2007.06.01

【受験生に薦める1冊】「基礎情報学」

『基礎情報学』 西垣 通 著 NTT出版 ,2004

この本は学環の先生である西垣教授が書いた本です。先生が行う学環の授業の中でも、この本は教科書として使われています。

本の内容をすぐに紹介してもいいのですが、最初に、西垣先生が授業中に話していたエピソードをひとつ紹介します。そのエピソードを要約すると以下のようになります。
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いままで「学際」と名のつく様々なイベントにでた。そこには、文系理系問わずに様々な人が集まっていた。しかし、それらはお祭りとして集まっているだけで、まったく話が噛み合ない。そこで私は、共通の土台となる情報学の基礎。すなわち「基礎情報学」というものを作ろうと考えたのである。
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元々の話から多少私の解釈が入っているかもしれません。

ただ、この話は授業の最初の方にしたのですが、いまでも頭の中に残っている言葉です。

この本の内容をシンプルにいえば、「情報」という様々な分野で語られた概念を、生命情報,社会情報,機械情報に分類し、情報の意味、伝播ということについて論じていくものです。様々な概念が出てきますが、あれだけ複雑な概念をすっきり語る事ができるのは、西垣先生ならではと思います。

「学環」という組織は、まさに「学際的」であり「情報」を取り扱った組織です。受験にあたって、学環に所属する先生の著書を読むのはひとつの方法ですが、それだけではなく、学環での生活を豊かにする意味でも読んでおきたい一冊だと思います。

[舘野泰一]

2007.05.24

【受験生に薦める一冊】「複雑さを生きる」

『複雑さを生きる』 安富歩 著 紀伊國屋書店,2006


 相変わらず、複雑系「ブーム」は続いているようだ。

 この流れは、教育研究の世界においても見られる。昨年の全米教育学会(AERA)においても「複雑系」のセッションが設けられ、「複雑系をどのように教えるか」、また「複雑系」というものをどのように教育研究に活かすか、という2点が熱心に議論されていたという。

 私自身、ワークショップの研究をしているが、実践の中で起こっていることはまさに複雑であり、完全な予測のもとに学習プログラムをデザインすることは不可能であることを痛感させられる。しかしながら、何の予測も立てないのでは、これまた、実践は崩壊する。教育における理論と実践について考えていく上で、今後「複雑系科学」は一つの拠り所となるかもしれないと思う。

 もちろん、「複雑系科学」は学問であり、単なる事象の“複雑さ”を指すものではない。今回取り上げた『複雑さを生きる』は、この点がきっちりとふまえられており、巷に出回るブーム本とは異なり、非常に濃い内容である。
 著者である安富歩氏は、東京大学東洋文化研究所の教員。学際情報学府にて、現在授業も持っている。「ハラスメント」という概念から社会・経済・歴史・思想などを再構成するという「冒険」を行っている、と自ら述べる。東大での講義では、「その冒険の実況中継を行う」とし、用意したカリキュラムをシラバスに掲げながらも、「但し、『事前に計画を決めて、その通りに実践する、という思想がそもそも間違っている』ことを明らかにするのがこの授業の主張点なので、ここに掲げたテーマが実際に話されるとは限らない」と、チャーミングな記述をしている。

 数理的手法にも明るい安富氏は、複雑系科学の知見を応用し、秩序の無根拠に対して、それをシステムの問題と捉えた上で、実践的に対処する態度と技法を探求しようとしている。困難な数式による目くらましもなく、複雑系初学者には最適の一冊だろう。文章も明解であり、非常に読みやすい。

 ベイトソン、M・ポラニー、ルーマンといった、この分野の基礎文献に加え、リデル=ハートや孫子といった意外なテクストや、野球や鍼治療など卑近な実例もあり、言及範囲は学際的である。これら、一見収束しないかのように見える議論も、全体の構成としてみると、人文社会科学に対する複雑系科学の導入から始まって徐々に人間および社会のシステムへの応用の手続きへと広がっており、その主張には一貫性が感じられる。

 黄土高原における実践活動など、多方面で活動する安富氏における現時点での問題意識が表出された一書。著者の今後の展開にも注目していきたい。

2007.05.17

【受験生に薦める1冊】「インターネットの子どもたち 」

『インターネットの子どもたち 』 三宅 なほみ (著) 岩波書店 (1997/07)


 インターネットやコンピュータの普及により、子どもたちの学習や遊びやコミュニケーションがどのように変化していくのか、この研究室を志望される方の中にはそのような興味をお持ちになる方もいらっしゃるかと思います。

 この書は、当時のインターネット最前線にいる子どもたちの諸活動を紹介するとともに、「自己表現のための創造的メディアとしてのコンピュータの可能性」について取り上げています。この書で書かれた「インターネットの関わり中で子どもがどのように学ぶか」についての問いは、10年経った今でも変わりません。大変読みやすく、入門書としてお薦めします。

 例えば「第五章インターネットで英語を学べるか」では、インターネットによる英語教育の支援を考えるために、英語教育の「真実性」問うことから始めています。学校教育現場で行われている英語教育が、最終的に受験等の試験で評価される場合、教える知識や技能はその目標を満たすものになってしまいます。つまり、将来実際に英語を使う場面で必要とされる知識や技能とは異なります。そこで、真実性を持たせるためにインターネットの役割が期待されます。インターネット上では、世界の専門家たちとのつながりが持てるわけで、自分が「知りたいこと・知らせたいこと」のコミュニケーションに英語を使うことができるわけです。
 さらに、この書が大変面白いのは、各々で学んだ経験の結果を比較しているところです。両者の差は、単純に点数の上下というものではありませんでした。影響が出たのはむしろ穴埋め問題や他人が書いた手紙を読みやすく直す問題でした。ものすごくテスト的な問題にみえますが、実はこれが実際のコミュニケーション能力を反映するそうです。日常的な会話でも聞き取れない言葉を自分で生めることが出来れば会話が成立しますし、それは相当の言語使用力があることを意味するそうです。その他の結果も興味深いものでしたが、ここでは、両者を比較する際の評価の難しさについても言及していました。

 人工物を用いて「学び」を支援するためには、本来の「学び」の真実性を問い、新たな「学び」を提案することになるのだと思います。そして、提案した「学び」が引き起こす変化がいかなるものであるのか、さらに問い続ける姿勢が大切なわけです。この書で書かれた一連の流れは、対象者や支援形態も全く異なる私の修士における開発研究にも重なることが多々ありました。

 これからの子どもが必要なものとして、未知を創造する力について次のように言及しています。「ものを知っていること」から「どこに行ったらどのようなことを知ることができるかを知ってること」について、また、「問題を解けること」より「問題を解けるためにはそもそも何をしたらよさそうかを知っていること」、「何が問題かを見つけ出すこと」、さらに「問題そのものを作り出すこと」が必要なわけです。そのためには一人で学ぶことには限界がある。新たな学びの可能性をインターネットを通じた協調活動へ託してます。本書は、平易な文章で書かれ大変読みやすいのですが、とーっても奥深いです。

[佐藤朝美]

2007.05.10

【受験生にお勧めの一冊】ネット社会の未来像―神保・宮台マル激トーク・オン・デマンド3

この本は、教育・教育工学の専門書では、ありません。
教育とは一見、関連性のないように見える対談集です。

また、一方で、私たちの生活と密接に関係している事柄を扱っています。
教育や学習の視点からではなく、社会やテクノロジーに関して語られている
ものです。

教育とテクノロジーは、現在、どのような歴史的、社会的文脈、政治的文脈、
経済的文脈に位置づけられているのか。
教育はどこから来て、どこへ行こうとしているのか。

それを必ずしも教育に一見、親和性のないように見える、他の領域の知見と
照らし合わせたり、比較して、眺めてみせることが出来るのが、
学際情報学府で学習や教育を研究する「醍醐味」のひとつだと言えます。

あえて異なる分野の視点から教育を冷静に見つめ、自分なりの世界観を思い描くことは、
学際情報学府において教育や学習を語る上で、また、実践やシステムを開発して
いく上で、実は非常に大切な営みなのではないか、と個人的には、思っています。

非常に難しいことですが。

また、これらの対談の論者の学問的背景と、例えば山内研究室で読まれる、
社会文化歴史的アプローチの心理学研究などのルーツと思いがけないところで
接点を感じられるという意味でも少しお得です。

様々な分野の知見は、色んな所でひっそり繋がっているのです。

「受験生にお勧めの一冊」という実用的な意味では、以下の3点を意識しました。
情報学環からは西垣通先生や水越伸先生がゲストとして参加されています。

1)対談集ですので、人文社会的なフレーバーのする本に馴染みのない方に
  とっては、「入門書を手に取る前の」良い切っ掛けとなるのではないでしょうか。

  例えば、ここから西垣通先生の『こころの情報学』や水越伸先生の『メディア
  ・ビオトープ』、『コミュナルなケータイ』などを読む。
  更に、教育・学習ではない、情報学環の先生方の本を読んでみる。

  ※情報学環の先生方のパンフレットを携えていると良いかも知れません。

2)学際情報学府では、入学後に色んな領域の、様々なバックグラウンドを持つ
  方々と出会います。その際に教育・学習に閉じずにディスカッションできるための
  レッスンの一つ。

3)自分の研究(教育)と社会、また他領域との距離をはかるための、
  複数の補助線うちの一つ。

学際といっても色んなアプローチがありますので、他にも色んな領域の視点が
あるはずです。

さて、あなたはどこから来て、どこへ行こうとしているのですか?
あなたの研究はどんな未来に繋がっているのですか?

2007.04.26

【受験生に薦める1冊】「心理学と教育実践の間で」

佐伯ゆたか,宮崎清孝,佐藤学,石黒広昭 (1998)『心理学と教育実践の間で』東京大学出版会

山内研のメンバーは様々な研究テーマに取組んでいますが,私たちの間で交わされる議論には心理学の知見がたくさん出てきます。と同時に,教育の話題も登場するといった具合です。

ところが,いくらか前には心理学と教育学はあんまり仲がよくないということがまことしやかに語られた時代もあり,実際,教育の現場に心理学の成果をどう生かすのかはいつも議論になる事柄でした。この本もそのような背景のもとで上梓されたものといえるかも知れません。

「おお,心理学と教育実践の溝を埋めるヒントが書いてあるかも…」とかつて教員を志望していた若き私は思いました。実際に読み始めて私は自分の浅はかさを知りました。

「む,むずかしい…」

本書は序章に始まり,以下のような5章立て構成となっています。

序  心理学と教育実践の間で(佐伯)
1章 教師の実践的思考の中の心理学(佐藤)
2章 心理学は実践知をいかにして越えるか(宮崎)
3章 心理学を実践から遠ざけるもの(石黒)
4章 学習の「転移」から学ぶ(佐伯)
5章 コメントとコメントへの返答

1章,教育研究者の佐藤氏が書いた「理論と実践」に関する問題を,2章3章で心理学研究者の立場から宮崎氏と石黒氏が引き受けて論を展開するという形になっています。教育研究者として,或いは心理学者としての在り方に深く考察を加えていこうとする試みに,読者として追いつくのはなかなか大変です。

そんな私を救ってくれたのは4章の佐伯先生の論考で,これは教育の世界と心理学の世界をつなげて考えたい者にとってはよい入口に見えたのでした。

行動主義から認知主義,そして構成主義へと移り変わる心理学の世界について,流れるように…とまではいきませんが,解説を加えてくれているので,大変参考になると思います。

というわけで,お薦めする「1冊」というには前半部分は大変重たい本ですが,4章から読み始めて,いずれ教育との関係を深く考えたくなったときに残りの部分をじっくり検討するのがよいと思います。5章のコメント部分は議論の理解を助けてくれるのではないでしょうか。

[林向達]

2007.04.18

【受験生に薦める1冊】「ワークショップー新しい学びと創造の場ー」

『ワークショップー新しい学びと創造の場ー』中野民夫著 岩波新書,2001

ワークショップに参加したことがありますか?
最近では、学校や美術館、まちづくりなど、ワークショップという言葉を耳にする機会も多いと思います。
本書は、ワークショップとは何か、ワークショップの実際、ワークショップの意義、ワークショップの応用、の4章から成り、著者が参加した、或いは企画、運営に関わった多くの具体例を挙げながら、「新しい学びと創造の場」であるワークショップの魅力や可能性を紹介しています。

著者はワークショップを「講義など一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学びあったり創り出したりする学びと創造のスタイル」と定義しています。
ワークショップでは、主体的な「参加」、頭だけでなく身体や心をまるごと使った「体験」を大切にします。それは、従来の教育で一般的な、教える側から学ぶ側への一方通行ではなく、双方向的な学びのスタイルです。

体験談の中には、ワークショップという手法の中にあるエッセンスがたくさんちりばめられています。
一人で感じる、二人でペアになって体験する、グループで話し合う、全体で発表するなどの活動形式や、話を聞く、自ら話す、身体を使って動く、静かに感じるなどの様々な活動の仕方を行き来することは、個人の学びを深めるだけでなく、その場全体としての相互作用を生み、将来の持続的な学びへとつながっていく可能性を持っているようです。

また、他者の話をじっくりと最後まで聞くこと、自分自身にも耳を傾けること、他者の意見を批判しないこと、唯一の正解を求めないこと、自分の言動が場を動かすことを知ること、などといった態度が求められるのは、ワークショップという場だけではないと思います。
著者は、ワークショップにももちろん限界や注意点があると述べた上で、社会の様々な分野で応用することができるとしています。

ワークショップをデザインする人、ワークショップに参加したい人、参加したワークショップを振り返りたい人、会議や活動にワークショップ的な要素を取り入れたい人…。様々な視点から学ぶことができる本ではないかと思います。
ワークショップに参加したことのない人は、机の上で一人なるほど…と読むよりも、実際に一度ワークショップに参加してみてから再度読むと、具体的な体験と結びつけて感じることができていいのではないかと思います。
ワークショップは「参加体験型」の学びのスタイルですから。

[牧村真帆]

2007.04.12

【受験生に薦める1冊】「学ぶ意欲の心理学」

『学ぶ意欲の心理学』市川伸一著 PHP新書,2001

動機付けの理論の概要について学ぶには読みやすい本だと思います。全体的に口語調の文章なので,すらすらと自分の経験を振り返りながら読むことができます。
個人的には,日頃過ごしている中で何気なく感じていることを,学術的な観点から見ることの楽しさを教えてくれました。

4章で構成されており,第1章では動機付けの心理学の展望として,基本的な古典研究から,「学習動機の2要因モデル」といった著者の研究まで,具体例を踏まえながら概略を述べていきます。
第2章と第3章では,動機付けの心理学に対して比較的批判的な論を持っている方との対談をそれぞれ行います。それぞれ異なる考えを,現代の教育問題や労働環境などに沿って展開していくことで,動機付けの理論を,教育現場や日頃の生活やる気の出し方やその維持にどのように生かしていくか考えていく第4章へとつながっていきます。

個人的に興味があるのは第3章の討論です。
ここでは,内発的動機付けを重視する傾向が,安易に「こどもはみんな学びたがっている」と一般化されてしまうことについて警鐘を鳴らしています。
俗流化してしまった動機付け理論の観点に立つと,家庭といったような周辺環境から受ける内面的・心理的な影響によって,当然学ぶ姿勢や学力も変化してくるという点を見落としてしまいがちになる,というのがこの章で取り上げている問題点です。
これについて,筆者は俗流の動機付け理論と学術的な動機付け理論を再度整理した上で,学術的な動機付け理論こそ外的な要因を考慮していること,すなわち外発的な状態から内発に移行していく自律性の高め方の重要性について言及し,理論を実践へつなげていく方法について考察していきます。

全体を通して具体的な実践例が多く,最初から最後まで理論と実践の考え方が行き来しています。そのため,決して両者のどちらかが優れているわけではなく,両方のつながりを忘れずに研究していかなければいけないということを改めて気付かせてくれる本だと思います。
[坂本篤郎]

2007.03.29

【Book Review】「三葉虫の謎」

リチャード・フォーティ著 垂水雄二訳(2000=2002)『三葉虫の謎』早川書房

「三葉虫」という生き物をご存知でしょうか? そう、理科の教科書などでおなじみの、殻を持った、平べったい古代の節足動物です。非常にポピュラーな古生物なので、皆さんも写真や映像など、どこかで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。この本は、三葉虫研究の第一人者であるイギリスのリチャード・フォーティ博士によって書かれました。

研究者が書いた本だから難しいことばかり書かれているかというと、そんなことはありません。トマス・ハーディの小説の一節から始まり、硬い殻、柔らかい脚からその進化のプロセスへと次々に語り継いでいく著者の語り口に、読者は一気に引き込まれてしまいます。その後も、化石発掘の際の苦労と喜び、同僚の科学者との交感、科学者の日常生活など、数多くのエピソードを基に、三葉虫研究の最前線がわかりやすく語られていきます。

この本で、三葉虫研究を通じて著者が語ろうとしていることは、三葉虫という生き物の詳細な生態だけではありません。著者は、科学するということ、あるいは、科学者という生き方について、多くのことを述べています。言ってみれば、三葉虫の“眼の探求”を通じた、科学者の“眼の探求”です。

研究の最前線とは、いつも過去の偉大な業績との戦いであり、その意味で過去は不変ではあり得ず、変わりうるものであるということ。科学とは協調的なプロセスであり、科学者同士が協力し、ときに対立しながら、ともに知を作り上げていかなければならないこと。絶対的な真理など存在せず、科学者たちはその方向へと向かい続けることしかできないこと…。これらは、古生物研究だけに言えることではないと思います。

物言わぬ三葉虫の眼が、私たちに多くのことを語りかけてきます。私たち人類は、三葉虫の生きた時代:2億5000万年のうち、まだ1000分の1も生きていないのです。[平野智紀]

2007.03.23

【Book Review】「イノベーションの達人!」

トム・ケリー&ジョナサン・リットマン 鈴木主税訳(2006)
『イノベーションの達人!発想する会社をつくる10の人材』
早川書房

この本は以前、平野さんのほうで紹介していただいた「発想する会社!」の続編に当たる本です。(前作の詳しい話は、そちらの書評をご覧下さい。)

前作のポイントをヒトコトでいうのならば、IDEOという会社の「イノベーションの方法」について書かれたものでした。クリエイティブな仕事の土台となっている「企業文化」や、「環境」、「技法」について書かれており、そのやり方は非常に大きなインパクトを与えました。

今作で注目しているポイントというのは、ズバリ「人」です。前作で紹介したような企業文化を実現には、なんといっても、それを支える人材が必要です。今作では、そこに必要とされる人材の役割を10のキャラクターで表現し、ホットなチームへ必要な要素について述べています。

10のキャラクターは大きく3つのカテゴリーに分かれています。

・情報収集をするキャラクター
1  人類学者:観察する人
2  実験者:プロトタイプを作成し改善点を見つける人
3  花粉の運び手:異なる分野の要素を導入する人

・土台をつくるキャラクター
4  ハードル選手:障害物を乗り越える人
5  コラボレーター:横断的な解決法を生み出す人
6  監督:人材を集め、調整する人

・イノベーションを実現するキャラクター
7  経験デザイナー:説得力のある顧客体験を提供する人
8  舞台装置家:最高の環境を整える人
9  介護人:理想的なサービスを提供する人
10 語り部:ブランドを培う人

本の中では、それぞれの特徴、役割が細かく書かれています。今作も、前作と同じく、具体例が豊富であり、身近なものを取り上げていることも多いので、気軽に読み進める事ができます。

ポイントとなっているのは、イノベーションについて、ひとりの天才に注目するのではなく、キャラクター同士のチームプレーとして捉えている点です。例えば、ある問題について、人類学者が人々の様子を観察して情報を集め、コラボレーターなどがイノベーションのための土台を作り、語り部が聴衆をあっと言わせる。

こうしたチームを作る事で困難を乗り越えようとしています。

イノベーションを起こす方法については、おそらく様々な本が出ていると思いますが、この本がよいところは、問題を身近に感じられるところかなと思います。それは分かりやすいメタファーを用いてキャラクターの説明しているだけでなく、IDEOという会社で起こっている事を題材としたり、豊富な実例があるからでしょう。

より専門的な本とはまた別に、こうした本を読む事で、大きなイメージをつかんだり、専門書とはまた違ったインスピレーションを得る事ができるのではないかと思います。前作を読んだ方は、ぜひ今作も読んでみたらいかがでしょうか。[舘野泰一]

2007.02.22

【Book Review】『コア・コンピタンス経営』

 
G.ハメル&C.K,プラハラド著・一條和生訳『コア・コンピタンス経営』日本経済新聞社,1995。

原著はG. Hamel & C. K, Prahalad.,”Competing For The Future”(1994)です。
著者は両者とも経営学(国際経営・企業戦略)の研究者です。
内容は経営戦略論です。文量は380頁程度。訳は読み易いです。

本書は経営戦略論では、資源論(競争優位の源泉を組織資源により議論する学派)に位置づけることができます。
学術的な有用度は、経営戦略論ならば“重要”、更に資源論が論点ならば“避けては通れない”です。

本書は企業が“持続的に競争優位を獲得する”ための考え方を示しています。
題名にあるコア・コンピタンスとは、“顧客価値を提供する自社の中核能力”のことです。
このコア・コンピタンスを未来市場において増強することが、持続的競争優位につながるということが論点です。

私情では原題の”Competing For The Future”が大変気に入っています。本書の内容はまさにこの原題に尽きるからです。
「コア・コンピタンス経営」というと、さもそういった経営プロセスがあるような誤解を受けます。
しかし本書で示されていることは、未来市場で勝つことを構想し、どのように組織資源を増強するかという考え方です。

目先の(今重要に思える)活動を場当たり的に連鎖させるのではなく、10年後の未来市場を構想し戦略を構築する、という考え方には、
私達が組織運営を考える場合の“判っているようで解っていない”、重要な指摘があると思います。

[M0 山田寛邦]

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