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2009.10.29

【学びの大事典!】「歴史的共感」

みなさん、こんにちは。
様々な学習理論をわかりやすく紹介していくシリーズ【学びの大事典!】
第5回は、修士1年の帯刀が担当させていただきます。
今週のテーマは「歴史的共感」です!

 韓国李明博大統領と日本の鳩山由紀夫首相による首脳会談が、10月9日に行われました。
李大統領は、
「韓日の協力関係は両国だけでなく北東アジアの平和と繁栄に向けても非常に緊要だ。近くて近い両国関係への発展を目指し、緊密に協力していこう」と呼びかけ、これに対し鳩山首相は、「新政権は歴史を直視できる政権。未来志向的な両国関係はアジアだけでなく世界の経済と平和のためにも重要だ」
と共感を示しました。(#1)
現在及び未来が、過去の継承...つまり歴史によって紡がれていくことを示す好例といえます。

 歴史学は、過去の社会や出来事を、批判的・共感的・多角的に分析し理解する学問です。
現在への鮮明な問題意識なくして歴史学は成り立ちませんが、同時に過去への深い洞察と知識なくして、現代を充分に理解することも、未来を予測することも出来ないのです。
歴史を事象の記憶にとどめず、より深く理解するための助けとなる学習の概念が、歴史的共感です。
そこで今回は「歴史的共感」について考えてみましょう。

歴史教育において、どのようにすれば学習者を歴史的共感へ導くことが出来るのでしょうか。
新井眞一(北海道大学大学院教育学研究科教育方法学研究室)氏は、『歴史教育における「同感(共感)」の位置づけ』(#2)において、想像力が重要だと言います。
歴史的な事象が起こるに至った社会的な事情と同じような事情を、現代の私たちが経験することはできません。(時代が違うのですから。)
 しかし、「自分自身の経験」を動員することによって「事情あるいは機構や立場」といった「おかれている境遇への想像力」を働かせることは不可能ではありません。この想像力の助けを借りることで歴史を築いてきた人々の動機に寄り添うことが出来るのです。

以上のような想像力を働かせるためには、想像力を掻き立てられるような事実が示される必要があります。
起きた出来事にだけスポットを当てるのではなく、その時の社会的事情、その事象がそこに導かれる境遇こそ大切なのです。
プロセスを共通して認識することではじめて、歴史的事象(事件、文化、行為等)が想像できるというわけです。
新井氏は、アダム・スミスの『道徳的感情論』を考察しています。
アダム・スミスが生き生きと描いた「近代市民社会の人間のポジティブな面」が社会との関わりの中で考察、理論化されることは、探求する価値のある"過去の人間の活動"を「無数の行為」である歴史の事象の中から導き出し、私たちに提供してくれると考えています。
境遇という事象に至るプロセスを知る、あるいは見ることによって共感を得られるのです。

歴史が、暗記教科から脱却するための重要なカギは「歴史的共感」の学習概念にあります。
そのためのファクターである想像力を掻き立てることにおいて、教科書に準ずるだけでなく、もしくは文字だけではなく、多角的な表現方法を用いる教授の可能性が広がるとは考えられないでしょうか。

鳩山首相は、「新政権は歴史を直視できる政権」だと言いました。
歴史を直視するためには、歴史を理解していなくてはなりません。
今後このような歴史における学習概念を土台とした歴史教育の盛り上がりが期待されます。

(参考)
#1 日韓首脳会談
http://news.goo.ne.jp/article/yonhap/world/yonhap-20091009wow011.html
(2009年10月25日)

#2 新井眞一『歴史教育における「同感(共感)」の位置づけ』
教授学の探究, 22: pp.215-234,2005

【帯刀菜奈】

2009.10.27

【イベント】モバイルARが拓くPBLの世界

┏━━━━┯━━━━━━┓
┃お知らせ│BEAT Seminar┠──────────────────────
┗━━━━┷━━━━━━┛2009年度 第3回 BEAT公開研究会
「モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界」 12月5日(土)開催!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 BEAT(東京大学大学院情報学環ベネッセ先端教育技術学講座)では、公開
研究会「モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界」を開催いたします。

 モバイルARは、拡張現実(Augumented Reality)技術を携帯デバイスで実現す
るもので、ケータイをかざすことによって、その場の映像の上に様々な情報を
重ねて見ることができます。iPhone用のアプリケーション「セカイカメラ」で
注目を集めたこの技術は、他キャリアのケータイでの試験的サービスも始まっ
ており、近い将来教育をはじめとした各種サービスの基盤になる可能性を持っ
ています。

 教育の領域でも博物館などでARの利用が進められてきましたが、モバイルAR
の出現によって、様々な場所で学びのきっかけを作り出すことが可能になりま
す。今回のBEAT Seminarでは、試行的に行われている事例を検討し、今後新し
く生まれてくるであろう場所を基盤とした学習の可能性について検討していき
たいと考えています。

 みなさまのご参加をお待ちしております。

-------------【2009年度 第3回 BEAT Seminar概要】-------------
■主催:東京大学大学院情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座
■日時:2009年12月5日(土) 午後2時00分~午後5時00分
■場所:東京大学 本郷キャンパス 情報学環・福武ホール(赤門横)
    福武ラーニングシアター(B2F)
    http://www.beatiii.jp/seminar/seminar-map40.pdf
■定員:180名(お早めにお申し込みください)
■参加方法:参加希望の方は、BEAT Webサイト
      http://www.beatiii.jp/seminar/?rf=bt_m65
      にて、ご登録をお願いいたします。
■参加費:無料

■内容:
1.趣旨説明 山内祐平(東京大学大学院情報学環 准教授(BEAT併任))
      久松慎一(BEAT特任研究員)

2.◎講演(問題提起・事例紹介)
 [事例紹介]
  ・Past Viewer / 東京大学ARキャンパスツアー
  中杉啓秋(博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所)
  ・バーチャル飛鳥京
  角田哲也(株式会社アスカラボ代表取締役)

 [指定討論]
  西森年寿(東京大学教養学部 特任准教授)

3.参加者によるグループディスカッション

4.パネルディスカッション
 『場所を基盤とした新しい学びの形とは』
 司会:山内祐平
 パネラー:中杉啓秋・角田哲也・西森年寿

2009.10.22

【学びの大事典!】「メタ認知」

みなさん、こんにちは。
様々な学習理論をわかりやすく紹介していくシリーズ【学びの大事典!】、
第4回は、修士1年の安斎が担当させていただきます。

今回のテーマは「メタ認知」です!


■メタ認知とは?
メタ認知は様々な定義や歴史があるのですが・・・、ざっくり言えば、

メタ認知とは「考えていることについて考えること」です。

普段、私たちは様々なことを考えていますよね。
何かを判断したり、推測したり、覚えたり、理解したり、etc..
そうした自然に起こる認知のプロセスに、一段上の視点から
「チェック」を入れたり、良い方向に「修正する」イメージです。


画像(リンク切れ)


例を挙げると・・・

「あ、今の発言は空気が読めてなかったな・・・」(モニタリング)
「よし、この場ではしばらく黙っておこう!」(コントロール)

これがメタ認知です!笑


■振り返りやプランニングもメタ認知
また、メタ認知は「いま」考えていることだけが対象ではありません。

・過去の経験を振り返って内省すること
・これから取り組む課題に対してプランニングすること

も、メタ認知の一種と考えられています。


■メタ認知の効用
こうしたメタ認知を働かせることによって、自分の思考や
行動をよりよい方向にコントロールしたり、弱点を補うことで、
パフォーマンスを向上させていくことが出来ます。

つまり、メタ認知こそが「学ぶ力」を支えてくれるのです。


<参考文献>
・三宮真智子(2008) メタ認知 学習力を支える高次認知機能 北大路書房
・三宅なほみ(2005) 学習プロセスそのものの学習:メタ認知研究から学習科学へ
・丸野俊一(2007) 適応的なメタ認知をどう育むか 心理学評論 50, 341-355.
・上淵寿(2007) 自己制御学習とメタ認知-志向性,自己,及び環境の視座から- 心理学評論 50, 3.


[安斎 勇樹]

2009.10.20

【エッセイ】"Doing Science"を学ぶ教師

教員の専門性向上は、日本のみならず世界的な課題になっています。コロンビア大学では、NSF(National Science Foundation)の財政支援を受けて、CUSRP (Columbia University's Summer Research Program for Secondary School Science Teachers)という、中高の理科教員に対するインターンシッププログラムを提供しています。このプログラムは、大学にある最先端の知識よりも「科学するための一般的技能 (Generic Skills of Doing Science)」の育成を志向し、サマープログラムを中心としながら2年間のプログラム構成されている点に特徴があります。

NSFによれば、このインターンシッププログラムの効果として、学生の成績に対しても直接的な効果が確認されたそうです。(テストの通過率の10%程度の向上)

日本とアメリカの教員の資質は異なっているので、このシステムが直接的に日本で有効であるかどうかはわかりませんが、大学と初等中等教育の連携の可能性として、試してみる価値はあるでしょう。

[山内 祐平]

2009.10.16

【学びの大事典!】「実践共同体の中の学び」


みなさん、こんにちは。
様々な学習理論をわかりやすく紹介していくシリーズ【学びの大事典!】.
第3回は修士2年の岡本絵莉が担当いたします。

今回紹介するのは「実践共同体の中の学び」です.

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実践共同体の中の学びを説明する前の前提として、ちょっと歴史の話になりますが...
1980年代頃に始まった「状況論的アプローチ」と呼ばれる研究の流れがあります。
このアプローチで「学習」というテーマに立ち向かった研究者たちは、それまでのように、「学習とは、個人が知識を獲得すること」という考え方をしませんでした。
そうではなく、「学習とは、周囲の社会的システム(人間関係、道具...)全体に分かちもたれて達成されるもの」と考えたのです。

<分かりにくいので例を使って説明します>

私は今、山内研究室の中で日常生活を送り、修士の研究をしています。(物理的にも、精神的にも。)
研究室に来てから1年半が経ちましたが、そこで私は研究室の中の人間関係(先生、先輩、同級生、後輩...)や道具(本、パソコン、言葉...)を使いながら研究を進めてきました。
その中で、私自身も変化しています。
たとえば、研究室に来たばかりの時とは、研究室の中での人間関係が変わってきています。
たとえば、研究室に来たばかりの時とは、私自身の自分に対する見方も変わっています。
たとえば、研究室に来たばかりの時とは、研究や研究室での生活についての熟達度が変わってきています。

こうした私の変化は、研究室というコミュニティ無しでは成立しませんでした。
...というより、これは研究室というコミュニティ(共同体)への「参加」そのものです。

このように、ある個人の学習を、あるコミュニティへの「参加」として捉えるのが、実践共同体の中で学びを考える研究者の立場です。
そして「参加」していく先のコミュニティのことを、実践共同体と呼んでいます。
実践共同体って、組織とは違うの?チームとは違うの?という話は難しいのですが、あえて説明を試みてみます。

確かに私は学生として大学組織に「所属」してはいますが、そこに私が「参加」していると言うにはやや単位が大きすぎますし、他のメンバーと共有しているものが少なすぎます。
また、例えば研究科対抗のソフトボール大会のためにチームが結成されたとしても、それは大会が終われば消えてしまい、そこに継続して「参加」することは現実的に難しいでしょう。

実践共同体と、そこへの参加として学習を捉える理論を提唱したウェンガーという研究者は、自身の理論は、ある前提にもとづいて、学習のある側面を語っているものである、としながらも、

「実践共同体はどこにでもある。それは"学習"というなじみ深い経験を体系的に語る上で役に立つ。」

と言っています。
日常生活の中で常に起きている学びについて私たちが考えてみる上で、有用な概念だと言えると思います。


参考文献:
・Etienne Wenger,1999,Communities of Practice: Learning, Meaning, and Identity,Cambridge University Press
・ジーン レイヴ・エティエンヌ ウェンガー(著), 佐伯 胖 (翻訳) ,1993,状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加,産業図書
・ケネス・J. ガーゲン (著), 東村 知子 (翻訳) ,2004,あなたへの社会構成主義,ナカニシヤ出版


[岡本 絵莉]

2009.10.13

【エッセイ】FreeRiceモデルの可能性

Twitterの情報を追いかけていくうちに、新しいタイプの学習サイトを見つけました。

Free Rice: http://www.freerice.com/

Free Riceでは、クイズに1問正解する度に飢餓に苦しむ人々に10粒づつ米が寄附されるようになっています。クイズは、芸術、化学、言語(英語、フランス語など)、地理、数学から選べます。問題にはレベルが設定されており、正解するとどんどん難しくなりますが、途中でやめてもそこまでの米が寄附される仕組みになっています。(この記事を書く前に、アートクイズで220粒寄附しました。)

このサイトを運営しているのはWFP(国連世界食料計画)で、Harvard大のBerkman Center for Internet & Societyがパートナーになっています。2007年にはじまったこのサイトは、記事執筆時点で69,256,048,100粒の寄附成果をあげています。(寄附はバナー広告の売り上げから行われています。)

このモデルの特徴は、学習の成果と社会変革を接続している点にあります。行われる学習はクイズとフィードバックですので、50年前の技術です。ただ、今までは「よくできました」というメッセージが表示されるだけだったところを、「社会にとって望ましい行為」である米の寄附につなげる仕組みを作ったところにオリジナリティがあります。

子どもの学習は、将来に備えるために行われるものが多く、「なぜ勉強するのか」と聞かれたときに、社会的な価値につながることを説得することに苦労します。FreeRiceモデルはこの本質的な困難に技術的な解をあたえることができる可能性を持っています。
ただ、現在の構成では、学習の持つ内容価値と社会貢献で行われる価値がずれているため、外発的動機付けとしてしか機能しません。食糧問題についてより深い学習をした場合に、評価によって米が寄附される量が決まるという仕組みにした方が、より内発的な学習につなげられるでしょう。

[山内 祐平]

2009.10.09

【学びの大事典!】「有意味受容学習」

みなさん、こんにちは。
様々な学習理論をわかりやすく紹介していくシリーズ【学びの大事典!】、
第2回は、修士2年の大城が担当させていただきます。

今回紹介する学習理論は「有意味受容学習」です!

■学習を捉える2つの軸
Ausubel & Robinson(1969 / 1984)は、学習を分類するのに次の2つの軸を用いています。

軸1:受容学習―発見学習
軸2:有意味学習―機械的学習

1つ目の軸は、学習内容をどうやって学習者の意識に近づけるか、という方法を基にした軸です。これによれば、受容学習は、学習内容が最終的な形で提示されて行う学習を指すのに対し、発見学習は、学習内容が最終的な形では提示されず、学習者自身がそれを発見しなければならない学習を指します。

たとえば、「三角形の内角の和は180度である」という学習内容があった時に、そのことを直接教える場合には受容学習となり、そうではなく、三角形の角度を測る活動などを通じて、内角の和が180度となることを自力で発見させる場合には発見学習となります。

2つ目の軸は、学習者が、学習内容を自分が既に持っている認知構造に関係づけようとするか否かを基にした軸です。これによれば、有意味学習は「学習者が既知のことに関係づけて保持し、それによって『意味づけ』ようとする」場合を指すのに対し、機械的学習は、「自分がいまもっている知識への関係づけなしにこの観念を覚えようとするだけ」の場合を指します(Ausubel & Robinson 1969 / 1984)。

前述の例で言えば、「2つの直線が並行である時、錯角は等しい」という、既に学んだ内容を思い起こして、三角形の頂点Aを通り、辺BCに平行な直線を引いて、三角形の内角の和は180度となることを示せる場合には有意味学習が行われており、「なぜかは分からないけれど、とにかく三角形の内角の和というのは180度になるものらしい」という理解の仕方をすれば、それは機械的学習が行われているということになります。

■有意味学習の成立要件
名前だけ一見したところでは、受容学習=機械的学習、発見学習=有意味学習、と対応するように思えるかもしれませんが、これは大きな誤りです。

有意味学習の学習が成立するための要件として、Ausubel & Robinson(1969 / 1984)は以下の3つを挙げています。

(a) 学習材料そのものが、ある仮説的な認知構造に非恣意的で実質的な仕方で関連づけ可能でなければならない。
(b) 学習者は、その学習材料を関連づけるべき関連観念をもっていなければならない。
(c) 学習者は、これらの観念を認知構造に非恣意的で実質的な仕方で関連づけようという意図をもたなければならない。
(Ausubel & Robinson 1969 / 1984より引用)

つまり、有意味学習が起こるためには、学習内容そのものが、(たとえば無意味な数字や文字の羅列などではなく、)論理的有意味性を持っており(a)、学習者の側にも、学習内容に対して必要な知識があり(b)、かつ、その知識と学習内容とを関連づけようとするという構えがある(c)という条件が必要になります。

Ausubel & Robinson(1969 / 1984)は、この2つの軸を基に、学習を次の4つの型に分類しています。

有意味受容学習
有意味発見学習
機械的受容学習
機械的発見学習

このように、受容学習と発見学習、それぞれに有意味な場合と機械的な場合が起こり得ます。つまり、教師が学習内容をその最終形でポンと提示したとしても(=受容学習)、学習者が何らかの形で、自分が既に持っている概念に関連づけることができれば、それは有意味学習となり、逆に、試行錯誤などを通じて学習者が一般的な原理に自力でたどり着けたとしても(=発見学習)、自分が既に持っている概念と関連付けずに、ただ覚え込もうとすれば、それは機械的学習となるのです。

■有意味受容学習を促進する仕掛け:先行オーガナイザ
ここでは有意味受容学習についてもう少し見て行きたいと思います。有意味受容学習、と言っても、実際にはどのようにして学習が行われるのでしょうか?ポンと提示された最終形の学習内容と、学習者自身の認知構造との間にはギャップがあると考えられます。このギャップを埋めて、学習内容を学習者の認知構造に適切に結び付けるのを支援するものとして、先行オーガナイザという仕掛けが挙げられます。

先行オーガナイザとは、「学習すべき(有意味)教材の本体に先立って、関連するつなぎとめ観念の入手可能性を確かなものとするために学習者に提示される」ものです(Ausubel & Robinson 1969 / 1984)。

先行オーガナイザには、「概説的オーガナイザ」と「比較オーガナイザ」の2種類があります。1つ目の「概説的オーガナイザ」は、学習者にとって新奇な学習内容を扱う場合に用いられるものであり、学習内容全体の一般的で包括的な記述を指します。2つ目の「比較オーガナイザ」は、学習者にとって新奇でない学習内容を扱う場合に用いられるものであり、たとえば、ダーウィンの進化論を既に学んだ学習者に対してラマルクの進化論を提示する場合に、2つの理論の類似点や相違点を指摘する、ということを指します。いずれの場合も、学習者が学習内容を自分の認知構造と関連付けられるようにするために、学習内容のどんなところに、どのように注目すれば良いか、そのヒントを与えていると言えるでしょう。

■まとめ
このように、学習者にとって有意味な学習が起こるようにするためには、学習者が学習内容を自分の認知構造に、時としてその認知構造を大きく変化させながら、うまく取り込めるように支援することが必要だと言えます。

【参考文献】
Ausubel, D. P., & Robinson, F. G. (1984). 教室学習の心理学(吉田彰宏・松田彌生 訳).名古屋: 黎明書房. (Original work published 1969)

[大城 明緒]

2009.10.06

【エッセイ】Connectivismの先にあるもの

教育に限らず、人文社会系の研究領域には、○○主義 (-ism)というやっかいな概念があります。「主義」は、研究者に共有されている人間や社会に対する仮説の集合で、行動主義・認知主義・構成主義・構造主義・構築主義などがその例です。
最近、○○主義の新しいレパートリーとして、学習研究者を中心にConnectivismという言葉が使われはじめています。

Siemens(2005)によれば、Connectivism(まだ訳語がないので、原語で表記します。)は、「カオス、ネットワーク、複雑系、自己組織化に関する理論を統合」したものであり、学習を「個人の制御下にあるものではなく、変化する中核要素から成り立つ混沌とした環境で生起する過程」としてとらえており、以下のような原理から構成されています。

・学習と知識は意見の多様性に基づいている。
・学習は特定のノードや情報源を連結する過程である。
・学習は人間以外の装置に起きる可能性がある。
・現在知っていることよりも、より多く知ることができる容量の方が重要である。
・連結を維持し育てることが、学習継続の支援にとって必要である。
・領域、アイデア、概念の連結を見る能力が、中核となるスキルである。
・流通(正確に言うと、知識の更新)は、Connectivistの学習活動の目標である。
・意志決定はそれ自体学習過程である。学ぶべきことや、入ってくる情報を選択する行為は、変化するリアリティのレンズによって認識されている。今正しいことは、意志決定に影響する情報が変わることによって、明日には間違っているかもしれない。

原理から明らかなように、これは、ソーシャルメディアによって大きく変化しつつある社会において、学習をとらえるための仮説を求めているものと考えられます。Connectivismという言葉が定着するかどうかはわかりませんが、今までにない「主義」が必要とされていることは間違いないでしょう。

[山内 祐平]

2009.10.02

【学びの大事典!】「転移」

みなさん、こんにちは。
今週から、様々な学習理論をわかりやすく紹介していく新シリーズ【学びの大事典!】が始まります。記念すべき第1回は修士2年の池尻良平が担当させてもらいます。

今回紹介する学習理論は「転移」です!

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■「転移」ってなに?
 まず、転移を体験するための実験をしてみましょう。次の文章を読んでみて下さい。

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「あなたは、胃に悪性の腫瘍がある患者を受け持つ医者です。患者に手術をすることはできません。けれども、なんらかの手段で腫瘍を死滅させなくてはその患者は死んでしまいます。その手段の1つとして、放射線治療が考えられます。一度に強い放射線を照射すれば、悪性の腫瘍を死滅させることができますが、同時にまわりの健康な細胞も破壊してしまいます。弱い放射線を照射すると、健康な細胞には危険はありませんが、悪性の腫瘍には効果がありません。悪性の腫瘍を死滅させ、なおかつ健康な細胞を破壊しないためには、どのような方法で放射線治療を行えばよいでしょうか?」

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 さてみなさん、答えは浮かんだでしょうか?浮かばなかったらここからが本番です。解けなかった人は次の文章を読んでみて下さい。
(ちなみに実際の実験では、この段階で正しい答えを導けた人はごく少数だったようです。)

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「将軍は、国の真ん中にある要塞をなんとか占領したいと思っています。その要塞からは、たくさんの道が四方八方に出ていて、すべての道には地雷が埋められています。このため、小隊ならばその道を安全に渡ることができますが、大きな隊になると地雷を爆発させてしまうおそれがあります。したがって、全隊での総攻撃は不可能です。そこで、将軍がとった方法は、軍隊をいくつかの小隊に分け、各隊を違う道から進めて要塞において集結させることでした。」

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 さて、ここで先ほどの放射線治療の文章に戻って、腫瘍を死滅させる方法を考えてみて下さい。...どうでしょうか?答えが浮かんできたでしょうか?

 もし放射線治療の文章だけでは答えが浮かばなかったのに、要塞の文章を読んで答えが思い浮かんだなら、学習の「転移が起こった」ということになります。
 このように、転移とは、「人の先行する経験と知識が、新しい状況における学習あるいは問題解決に影響したときに起こる」現象だと定義されています。
(ちなみに答えは「弱い放射線を複数の角度から当てて、腫瘍のところで交わるようにする」です。)

■学習目標のゴールとしての転移
 私たちが学校で知識を暗記したり、特定の問題を解けるように訓練する目的は、それを応用して社会で役に立たせるためです。しかし、学校で知識を使う訓練をしてきた状況と、社会で知識を使う状況は同じとは限りません。
 例えば、上で読んだ要塞の文章を学校で習っていても、実際の手術の場面でこれを思い出して活かされなければ、学校で覚えたことも無駄になってしまいます。
 だからこそ教育の最終目標として、以前学習した内容を新しい状況で使えるようにさせる、つまり「転移を起こす」ことは重要だと考えられてきました。実際、転移を促進させる条件を探る研究は100年前から行われ、重要な知見や問題点がどんどん発見され、今なお論争を生む研究領域になっています。

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 最近では、あらゆる教科で「活用」という言葉が重視されるようになっていますが、生徒が活き活きと知識を使えるような学習をデザインする際には、おそらく「転移の促進条件」というキーワードは外せなくなると思います。
 じゃあ、どうやったら転移を促せるの?転移にはどんな困難があるの?転移の評価はどうするの?といった疑問を持った方は、ぜひ参考文献をご覧下さい。
 
 みなさんが転移の新たな研究を生み出し、いつか子供達が学校で習ったことを100%社会で活かせられる教育が実現されるのを夢見ています。


参考文献:『授業を変える』米国学術推進会議編著 森敏昭・秋田喜代美監訳(北大路書房)2002


[池尻 良平]

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