2026.06.12
皆さんはじめまして。M1の藤堂祥太朗です。
大学院夏季入試の出願まで残り約1ヶ月となりました。私からは、記憶が新しいうちに、研究計画書を書く際に特に意識したことと、大学院進学を控えた学部時代の過ごし方について共有させていただければと思います。特に大学院受験生の方々にとって参考になれれば幸いです。
※「これをやれば受かる!」という保証はできません。ご留意ください。
【研究計画書について】
かなり前になりますが、山内先生が研究計画書の書き方についてコメントをされています。
【エッセイ】 人をうならせる研究計画書
これを踏まえつつ、具体的に私が大切にしたことやAIの使い方についても意見をお伝えします。
まず、研究計画書を書く際に意識すべきことは大きく2つあると思います。
①研究意義
研究には、学術的価値と社会的価値があります。
学術的価値については、先行研究で検討されていない新規性が重要になります。これを見つけるには、多くの文献から傾向や課題を分析した「レビュー論文」と呼ばれるものを参照する、また論文を沢山読む中で共通して挙げられている課題に注目することが大切です。加えて、私はESD(持続可能な開発のための教育)と教育工学の2つを掛け合わせた研究をしているのですが、それぞれの学問分野にどのように寄与するかも考えました。具体的には、教育工学が「SDGs」という社会課題とも接続するという点、ESD研究ではあまりされてこなかった効果検証を取り扱えるという点を強調しました。
そして、社会的価値をしっかり考えられるかどうかが、専門外の人に対する研究の意義の説得力に直結します。統計的に示されている現状と結びつけられると良いと思います。
②実現可能性
どれだけ新規性があって夢のあることを書いても、それが現実的である必要があります。特に、修士課程の2年間で出来ることは限られているはずです。意識したのは、研究で実践フィールドを用意することについてです。実践対象を具体的にリストアップし、どのように協力を要請するかを綿密に練ると良いです。加えて、私は研究技法に関する書籍も複数読み、反映させました。自分のテーマに関する論文ばかり読みがちですが、研究のガイドライン、進め方に関するものにも忘れず目を通すことで、抽象的なビジョンを具体化できます。
加えて、行きたい研究室の志向との整合性も重要です。極端な話、農学に関する完璧な研究計画書を作っても、教育工学系の研究室には入れません。アドミッションポリシーや希望指導教員の先生の研究にはしっかり目を通しておきましょう。
AIとの向き合い方
研究計画書の中身に関して、可能な限り自分の言葉で枝葉を描いていくことが望ましいです。研究計画書の核になってくるのは、自分自身の課題意識や原体験になってくると思います。これは、AIが作れるものではありません。その為、根気強く言葉を紡ぐことで研究計画に一貫性をもたらせ、その上で熱意を持つことができます。
しかし、人に伝わる文章を書く必要があります。そこでAIが活躍します。私は主にAIには、言葉の言い回しや、冗長な表現を直してもらっていました。また、研究意義に関して自分では思いつかないアイデアを出すためにAIを活用しました。ただ、これは鵜呑みにせず、現実世界の状況にきちんと即しているかを自分で吟味する必要があります。
※情報漏洩、AIモデルの学習への利用に関する設定には気をつけてください!
(研究計画書作成に役立った文献)
高野・岡『心理学研究法:心を見つめる科学のまなざし 第3版』
大島・千代西尾『主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック』
【大学院進学を控えた学部時代の過ごし方】
大学院進学に向けて学部時代にすべきことは、一言でまとめるなら「卒論を人一倍頑張る」ということです。学部の時から凄いプロダクトを開発したり、長期に渡る参与観察をしたり、複雑な実験を行えればそれに超したことはありませんが、大概は難しいと思います。私もそうでした。
その中で私は文献調査による理論研究に精を尽くしました。安易に孫引きせず、一次文献に徹底的にあたりました。複数の図書館を行ったり来たりして大変でしたが、その分、質の高い整理と分析ができたと実感しています。文献整理にあたっては、Zoteroという管理ツールを活用していました。修士に入ると莫大な量の文献にあたらないといけないません。学部時代に培った文献と向き合う姿勢が、現在では非常に役立っています。
役に立ったかは分かりませんが、私は卒論でExcelを活用した簡単な教育支援ツールのプロトタイプを作成しました。正直出来映えはひどく、卒論の一貫性も少し失われてしまったのですが、0からアイデアを形にする経験は良かったです。モノを作る一連の流れを把握できたのは自分にとって大きかったです。けど無理に卒論に組み込まなくてもよかったなと、今になって思います。欲張らないことも時には大切ですね(笑)。
【最後に】
研究には息抜きも大事です。私は好きな音楽を聴きながら散歩したり、少ない時間ですがアルバイトをしたりして、研究のことを忘れる瞬間を作っていました。そうすると、フレッシュな頭から良い発想が得られることがあります。院試が終わっても卒論、そして修士の2年間が続くわけなので、無理なく研究を続けられる生活リズムを模索しましょう。健康第一です。
最後までお目通しいただきありがとうございます。
皆様のご活躍をお祈りしております。
2026.06.02
皆さんこんにちは。M1の押山匠です。
修士課程も後半に差し掛かり、入学からの1年を振り返ると、思っていた以上に「言語」と格闘してきた時間が多かったと感じています。
私は帰国子女として育ちました。日本語での読み書き、とりわけ大学院レベルの学術的な議論においては、ずっと私の「天敵」でした。入学前から、この点への不安は正直ありました。
しかし実際に研究を進めてみると、苦手なのは日本語だけではありませんでした。私の研究テーマは、日本とタイ・バンコクの学校のデジタル環境における教師の知識習得を比較するものです。当然、参照すべき文献は日本語・英語・タイ語、時にはそれ以上の言語にまたがります。苦手な言語の文献を読むことは、「避けたい問題」ではなく「乗り越えるべき課題」でした。
そこで私がとってきたのは、AIツールを使ったさまざまな実験です。今回は、読む・探す・聴く話す・理解を深めるという4つの場面で試してきたことを、できるだけ言語化して書いてみます。
1. 読む:NotebookLMで基礎的な理解をつくる
苦手な言語の論文を読む際にまず試したのが、NotebookLMです。
このツールの特徴は、アップロードした資料の内容だけをもとに回答する点にあります。他の生成AIと比べ、ハルシネーション(事実と異なる情報の生成)が少ないと感じています。また、日本語の論文に英語で質問する、といった多言語での使い方が可能です。さらに、ポッドキャストや動画形式で論文の概要を説明してくれる機能もあり、テキストだけでは掴みきれない内容を別のフォーマットで理解する助けになっています。
2. 探す:日本語文献のための検索パイプライン
英語文献の検索では、ResearchRabbitやLitMapsが役立っています。論文同士の引用関係を可視化してくれるため、分野の全体像を俯瞰しやすくなります。
ただし、これらのツールは主に英語文献向けです。日本語論文については、別のアプローチを試みました。CiNiiなどのデータベースからタイトル・アブストラクト・リンク・PDFを一括取得するスクリプトをAIに書いてもらい、取得した論文群をNotebookLMのMCPコネクターと連携させて大量にセッションにかける、というパイプラインです。これにより、日本語文献のリサーチを英語文献に近い感覚でこなせるようになりました。この方法は今も実験中ですが、今のところ一番しっくりきています。
3. 聴く・話す:授業とゼミのなかで
授業中の発言やゼミのディスカッションも、私には大きなチャレンジです。聞き取れなかった内容のために、Notta.aiやOtter.aiといったリアルタイム文字起こしツールを活用しています。ウェアラブル型のEven G2も試してみました。眼鏡型のデバイスで字幕を表示させるという体験は、なかなか新鮮でした。
発言や文章を書く際には、まず得意な言語で考えを整理し、AIに翻訳・校正してもらってから日本語でアウトプットする、という流れをとることもあります。授業のレポートやゼミでの発言など、書き言葉でも話し言葉でも、この方法は応用できます。ゆっくりですが、こうした積み重ねが少しずつ日本語での思考力を鍛えている実感もあります。
なお、このブログは英語で執筆し、AIの力を借りて日本語に翻訳したうえで、自分で読み返して校正したものです。このブログ自体が、上でご紹介した方法の実践例でもあります。
4. 理解を深める:AIをソクラテス的な壁打ち相手として
最後に、私が特に気に入っている使い方があります。ClaudeやGeminiなど主要な生成AIサービスには、直接答えを返すのではなく、問いかけを通じて自分自身で概念を理解するよう促すモードがあります。
論文の内容について「自分はこう理解した」と入力すると、AIが問い返してくれる。この対話形式を通じて、認知的な主体性をAIに丸ごと委ねることなく、自分の理解を確かめながら深めることができます。特に、慣れない言語で読んだ内容の「本当に理解できているか」を確認する用途に向いていると感じています。
では、AIに頼っていいのか?
ここまで様々な実験を紹介してきましたが、生成AIの出力は、往々にして一般的すぎると個人的に感じました。
得た情報は必ず自分で確認し、論文そのものを読む作業は省略できないと思いますし、AIが言っていることの信頼性は、常に自分でチェックする必要があると思います。その意味で、AIはゴールに連れていってくれるものではなく、あくまで「入口を広げてくれるもの」だと思っています。
その経験から、私は今こう考えています。
問うべきは「AIに頼っていいか」ではなく、「AIに何を担わせるか」だ、と。
生成AIは、検索・整理・翻訳といった反復的な作業においては大きな力を発揮します。しかしその出力の質は、与える「問い」の質に完全に依存します。AIにすべてを委ねれば、返ってくるのは平均的な答えです。独自の問いを立て、新しい知識を生み出すためには、「どう問うか」という技術こそが、今もっとも鍛える価値のあるスキルなのかもしれません。
M1の二学期になった今、苦手な言語の文献は、今もまだ私の天敵です。
でも、「向き合えない壁」から「工夫しながら越えていける課題」に変わると感じました。それだけで、研究生活はずいぶん違って見え、毎日が楽しく感じます。
今回ご紹介したのは、あくまで私個人の実験の記録でので、すべての人に有効とは言えませんし、私自身もまだ試行錯誤の途中にいます。ただ、語学力でも技術力でも、必要なスキルがすべて最初から揃っていなくても、試しながら進める余地が、少なくとも今の時代にはあると思います。そのことが、これから山内研を志す方の参考になれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
押山匠 6月2日
2026.05.01
皆さん、こんにちは。修士3年の李です。この1年間、就職活動を進めていく中で、仕事と学術研究には多くの共通点があることに気づきました。今回はその学びについて、皆さんに共有したいと思います。
「研究」と「コンサルティング」と聞いて、どのような印象を持つでしょうか。一見、アカデミックな教育工学の世界と、ビジネスの最前線であるコンサルティングは遠い存在に思えるかもしれません。しかし、私が修士課程での研究、特に学習方略や学習支援の研究に取り組む中で実感したのは、両者には「課題解決のプロセス」における強力な共通点があるということです。
今回は、コンサルティングの根幹を成す「ロジカルシンキング」が、いかに教育工学の研究、特に研究計画の立案や文献調査を効率化させるかについてお伝えします。
1. 大きな問題を「構造化」し、解けるサイズに分解する
教育工学の研究、とりわけ「学習術」や「学習方略の認識」といったテーマを扱う際、私たちは最初「どうすれば学習効率が上がるか」「なぜ学習者は適切な戦略を使わないのか」といった、非常に大きく曖昧な問いに直面します。
ここで役立つのが、コンサルティングにおける「問題の構造化(Issue Tree)」のスキルです。
漠然とした大きな問いをいきなり解こうとするのではなく、それを構成する要素を「MECE(漏れなく、ダブりなく)」に分解していきます。例えば、「学習戦略の認識」という課題であれば、「戦略の存在を知っているか」「その効果を信じているか」「実行するコストをどう感じているか」といった具体的なサブ課題に切り分けます。このように大きな問題を構造化し、実行可能なサイズの小さな課題へと分解することで、研究の「攻めどころ」が明確になります。
2. 曖昧さを排除し、実施可能な解決案を導く
コンサルタントの仕事は、クライアントの曖昧な悩みを具体的なアクションプランに落とし込むことです。これは研究においても全く同じです。「学習意欲を向上させる」という目標だけでは、具体的にどのような介入(Intervention)を行えばよいか見えてきません。
しかし、問題を構造化した先にある「小さい具体的な課題」にフォーカスすれば、「特定の学習方略の効果をメタ認知的に促すフィードバックの提示」といった、具体的で実施可能な解決案(研究手法)を提案できるようになります。いきなり巨大な壁に挑むのではなく、確実に登れる階段を設計する。このステップこそが、研究の実現可能性(Feasibility)を高める鍵となります。
3. 修士課程における「効率」の最大化
このロジカルシンキングの活用は、限られた時間の中で成果を出さなければならない修士段階において、大きな恩恵をもたらします。
目標の明確化: 課題が分解されているため、自分が今「どのパズルのピース」を埋めようとしているのかが常にクリアになります。
文献収集の効率化: 問いが具体的になれば、検索すべきキーワードや参照すべき先行研究の範囲が自ずと絞り込まれます。関連性の低い文献を読み漁る時間を削減し、核心に触れる議論に集中できるのです。
教育工学の研究は、理論を構築するだけでなく、現場の課題をどう解決するかという「実践的」な側面を強く持っています。だからこそ、ビジネスの世界で洗練されてきたロジカルシンキングや構造化のスキルは、私たちの研究を加速させる強力な武器になります。
「何を研究すればいいか分からない」「先行研究の海で迷子になっている」という方は、一度ペンを持って、自分の問いをツリー状に分解してみてください。きっと、進むべき一本の道が見えてくるはずです。
2026.03.25
皆さんこんにちは。
M1の松原正典です。
今年度も残すところあと1週間ほどとなり、山内研に入らせていただいてから1年が経とうしています。思えば大きく環境の変化した1年間で、最初はその慣れなさに四苦八苦していました。しかし、山内研の皆さんのおかげでなんとか走ることが出来ています。修士課程も折り返しとなりましたが、皆さんに支えていただきながら意義のある研究に出来ればと思います。
山内研にいることで様々な場所で勉強させていただく機会もありました。今回は私もアシスタントとして参加しているUtalkについてご紹介させていただきます。
【Utalkとは?】
Utalkは東京大学大学院 情報学環 福武ホールにて毎月第二土曜日に開催している対話型のイベントです。ゲストとして東京大学で活躍されている研究者の方をお招きして、ゲストの方の研究内容について参加されている方々とカジュアルにお話を交わしていきます。
コンセプトとしては「大学の知と社会が出会う「ゆるやかな学びの場」として機能することであり、お茶をする感覚で楽しんでいただけるように運営をしています。大学で開催されるイベントでは、シンポジウムや講義のように先生方が参加者に向けて一方的に話をして、質疑応答を行う形式を想像される方もいらっしゃるのではないでしょうか。Utalkはそのような形式とは異なり、参加者を15名までの少人数制にしたり、円形での開催にして相互にお話が出来るように工夫をしています。
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【Utalkの見方】
Utalkはゲストの方の研究内容をベースにテーマを設定するのですが、そのテーマへの興味と同様に「なぜゲストがこのテーマ(研究内容)にたどり着いたか?」という視点を持っているとよりUtalkがより面白く参加することができます。
先程シンポジウムや講義との比較をしましたが、テーマの情報量を比較するとUtalkはイベントの性質上、やや少なく感じられるかもしれません。そのため、Utalk内ではテーマの説明を重点的におこなうことよりもテーマに関する参加者の方の体験や、ゲストの方の体験の共有に重点を置くことがしばしばあります。この体験の共有の中で研究(テーマ)は決して空から降ってくるものではなく、ゲストのこれまでの経験の中から生まれてきたのだと気付くこともあるかと思います。
ここでコンセプトに立ち返ると、「大学の知と社会が出会う」という言葉には研究と生活のつながりが見えるということも含まれていると私は解釈しています。参加者である「私」の研究と生活のつながりを考える前に、ゲストがどのように生活と研究を結び付けてきたのかを知ることは非常に有意義な学びの場ではないでしょうか。
【最後に】
最後は宣伝にはなりますが、4月11日14時より総合文化研究科 超域文化科学専攻 准教授の針貝真理子先生がゲストで「演劇を学問するとは?ーポストドラマ演劇から考えるー」をテーマに皆さんとお話をします。Utalkのウェブサイトに参加申し込みのフォームがありますので、気になる方はお気軽にご参加ください。
Utalkホームページ
https://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/utalk/2025/06/12/17.html
みなさん、お茶しにきませんか?
2026.03.20
山内ゼミの合宿研究会に参加しました。今年は3月12日(木)から14日(土)までの2泊3日(もしくは3泊4日)で函館を訪れ、春から修士に進学する方々も含め、10名が参加しました。
初日の3月12日(木)は羽田空港に集合し、飛行機で函館へ向かいました。到着後はそのまま公立はこだて未来大学を訪問しました。公立はこだて未来大学は特徴的な校舎デザインで知られており、津軽海峡を望む山上に位置しています(https://www.fun.ac.jp/)。大きなガラス面の教室や、開放的なワンフロア構造の研究室が層のように配置されており、非常に印象的な造りでした。翌日の3月13日(金)に実施されるNFES(NEXUS FIELD of EMERGING STORIES 集うところから生まれてくる学びの物語。)の文字が遠くから見え(写真1)、思わず声をあげて驚きました。文字は各窓のブラインドの上げ下げで表現されており、コンピューターで一括制御されているとのことで、その点もユニークだと感じました。
この日は、公立はこだて未来大学の教室をお借りして、今春修了されるお二人の修士論文発表会が行われました。研究の集大成に触れるとともに、示唆に富むアドバイスを拝聴することができ、大変充実した学びの時間となりました。夜は海鮮居酒屋で夕食をとり、その後はホテルで山内先生を囲んでの語らいの時間もあり、ファシリテーター制度の成り立ちの歴史などを教えていただき、参加者同士の交流を深める貴重な機会となりました。
2日目の13日(金)には、美馬のゆり先生の研究室を中心に開催された学習環境デザイン研究成果発表会(NFES)および開学25周年記念講演会に参加しました。施設見学ツアーや、創設物語ダイアログ「大学創設メンバーがひらいた物語」、学習設計ダイアログ「『新版:学習設計マニュアル』成果報告会」、「遊びと学びのフィールド」と題された体験型ブース、企画展示「学びの物語:学習環境デザインのこれまで/これから」など、非常に多彩なプログラムが用意されており、刺激に満ちた一日となりました。また、すべての研究室の様子が見渡せるオープンな環境が、研究活動の活性化にどのように寄与するのかについても考えさせられました。
「未来の学びをデザインする」と題された開学25周年記念講演会では、山内先生のご講演および美馬先生とのご対談(写真2)を拝聴しました。生成AI時代において問われているのは、何を教えるかではなく、どのような学びを設計するかであると伺い、学びをより広い視野で捉える必要性を改めて認識しました。講演会後には懇親会も開かれ、公立はこだて未来大学の方々と交流する貴重な機会となりました。その後は参加者同士でも改めて集まり、和やかな時間を過ごしました。そして、こうした場でこそ、普段は見えない一面を知ることができると感じました。

最終日は観光が中心となり、五稜郭など函館の名所を巡りました。ゆったりとした時間の中で合宿研究会の余韻を感じながら過ごし、その後、空港へ向かい帰路につきました。本合宿研究会を通して、「学び」と「交流」(そしてほんの少し「観光」)がバランスよく組み合わさった、非常に充実した時間を過ごすことができました。企画・引率をしてくださった松原さんと飯島さんのお二人に、心より感謝申し上げます。
2026.01.14
皆さま、あけましておめでとうございます
M1の飯島洋輔です
早いもので今年度の授業もあと少しという時期になりました。
今回は振り返ってM1の間で特に印象が残った授業を紹介しようと思います。
学際情報学府にはさまざまな授業がありますが、印象で言うとどうしても強くなるのが「学際情報学府制作展示」です。
学際情報学府のM1の学生を中心に展示会の企画、作品の制作、運営を行うというもので、今年度は11月の13日から17日にかけてありました。趣旨としては「テクノロジーとアートの融合を探求する展覧会」でして、学内外問わず無料で見ることができます。
私は1つ作品を出させてもらった他、展覧会ウェブサイトの作成にも携わりました。この記事では、出展者側になってみての感じたことをご紹介したいと思います。
【アイデアを提案・実装する経験】
制作展では全ての履修者がチームもしくは個人で作品の制作を行います。アイデアを発想して提案を行い、作業をスケジューリングして期限内に実装するという流れを一通り経験することができます。制作期間は主に7月から11月と、展覧会運営の作業や研究と並行することもあって長いようで短いような時間です。
山内研ではM1は主にレビューに時間を割くので、修士で開発研究を行う場合は必然的に開発に費やす時間が短くなりがちです。M1のうちに技術に触れておきたい、短期間で実装をする経験を積んでおきたいという場合は、制作展は良い機会だと感じました。ですが一から展示できる制作物を作成する必要があるため、何を作りたいかのアイデアを持っておいた方が安全かもしれません。
【ネットワーキング】
制作展の履修者は作品の制作を行うだけでなく、企画・運営を行うチームにも参加します。私は展覧会用のウェブサイトを作成するチームに所属していました。チームで連携して長期間作業を進めることから、山内研以外の学生と知り合うことができる機会になります。個人で研究しているとチームでアイデアを発想・実現するという機会も少ないので、その側面でもいい経験になったと感じています。
また制作展本番では大学内外から様々な方がいらっしゃるので、自分の研究テーマに関心を持ってくれる方と繋がる機会にもなり得るとも感じました。
【「展示物」を作成する経験】
制作展ではさまざまな展示物が見られますが、基本的には来場者が短時間インタラクションするスタンドアローンな展示物が良いのではないかと感じました。来場者は次々といらっしゃるので、1人が展示物を長時間占拠することは望ましくないと思われます。また授業もあるので、制作者が必ずしも展示会場に常時いられるとは限りません。
私がそれまで作った経験のあるメディアは1人が長時間遊ぶことを前提としたシリアスゲームであったため、この制約の中で考えることは新鮮でした。学習のメディアでいうと、なんとなく博物館の展示物のデザインや工夫は参考になりそうだと感じました。私の場合は伝えたいメッセージを直接教授するものより、来場者が知見の創出に「貢献」することを許容するデザインにすることが効果的なのではないかと思い、それを念頭に参加型の展示の方向で制作を進めました。
以上、東京大学制作展に参加してみての感想となります。
研究と並行で進めるとなると、とにかく大変なので気軽におすすめできるものではないですが、特別な体験をさせてもらえる授業だと思いました。
11月の本イベントのほかに、7月にもプレイベントがあります。もし「面白そう」「参考になりそう」と感じましたら、覗いてみてはいかがでしょうか?
2025.10.30
こんにちは。M2の山﨑聡一郎です。
今回はちょっとした「研究の小ネタ」として、私が研究時に愛用しているガジェットを紹介したいと思います。
研究活動といえば論文執筆やデータ分析など、長時間パソコンに向かう作業が避けられません。そんな日々の中で、作業環境を少しでも快適にするために導入したガジェットたちが、今では研究生活に欠かせない相棒となっています。もしかしたら同じような環境で研究されている方の参考になるかもしれませんので、恥ずかしながらご紹介させていただきます。
多ボタントラックボールマウス:狭いデスクの救世主
まず紹介したいのが、中指で操作する多ボタントラックボールマウスです。人差し指や中指でボールを転がしてカーソルを動かすタイプで、一つの指に負担が集中しにくいのが特徴です。
私の場合、手の負担を減らせるように外側に傾けて使っています。ショートカットの利用はあまりできていないのですが、長時間にわたってパソコンに向かう上では結構楽になります。手首や腕にかかる負担を軽減できるのも素晴らしいのですが、一番気に入っているのは、マウスを振るスペースが不要なので狭いデスクでも快適な点。研究室のデスクは広々としていますが、自宅のデスクは論文や資料で埋まってしまいがち。そんな状況でも、トラックボールなら本体を動かさずに使えるので、資料に囲まれながらでも作業ができます。
ボールが大きいほどテコの原理が効くので、細かい操作をするときにゆっくりボールを動かすという操作がやりやすくなります。そのため、ボールは大きければ大きいほど良いと感じています。もっとボールの大きい製品に買い換えようかと思っているところです。もうすぐブラックフライデーかあ・・・
スマートグラス:未来感溢れるモバイルワークスペース
次に紹介するのが、サングラスをかけると目の前に大きなディスプレイが広がるという未来感溢れるガジェット、スマートグラスです。
メガネ型のウェアラブルデバイスで、目の前にディスプレイを配置することで、数メートル先に大画面スクリーンが表示されているような迫力のある映像を楽しめます。研究室や新幹線移動中といった、自宅デスク外でそれなりの時間作業をするときにはこれを使って、ワイドディスプレイ+ノートパソコンのディスプレイで作業を行っています。
まだ外部ディスプレイに比べれば目が疲れますし、若干重さは感じるので、長時間の使用には向かないかもしれません。しかし、場所を問わずに大画面で作業できるのは最高です。移動中でも論文の推敲や資料の整理がはかどりますし、研究室でもわざわざ重たい外部ディスプレイを持って行ったり設置したりする必要がないので、大活躍してくれます。
欠点は、サングラスをかけて宙を仰ぐ変質者として周囲から冷たい目線を浴びることですかね。でも、作業効率のためなら多少の恥ずかしさは我慢です。あ、あとディスプレイをのぞき見される心配がないので、研究倫理の観点からも安心です←
キーボード:止まらない探求の日々
最後に紹介するのがキーボードです。論文は長時間にわたって文章を打ち込むので、今年に入ってからキーボードの沼にハマってしまいました。
自宅:メカニカルキーボード
自宅で使用しているのは、コトコトとした打鍵感が気持ちいいメカニカルキーボードです。アルミ筐体で重さが2kg近くあるので持ち運びは無理ですが、その高い質感のボディから響く音がとにかく気持ちいいので、ずっと打っていたくなる。執筆のモチベーションを上げるには最高の相棒です。
外出時:静電容量無接点方式キーボード
外出時には静電容量無接点方式のキーボードを使っています。物理的な接点を持たないため耐久性に優れており、打鍵感がよく、長時間タイピングしていても疲れにくいのが特徴です。静音性があり、メカニカル式と比較すると打鍵感は静かで、「スコスコ」という感じの打鍵音がします。カフェなどで作業するときに周りに迷惑をかけにくいのも良いポイントですね。
研究室:左右分割キーボード
研究室には左右分割キーボードを置いています。左右が分離しているので、肩を開いた姿勢でタイピングができ、体への負担が少ないんです。長時間のデスクワークでは姿勢が本当に大切だと実感しています。
最近、新しいメカニカルキーボードのクラウドファンディングに出資したり、更に小さくて持ち運びもできる左右分割キーボードを追加で購入予約したりと、完全にキーボード沼にズブズブです。
音声入力という新たな地平
そんなキーボード沼にズブズブになった昨今ですが、AIの進化に伴って音声入力ソフトが進化してきたとのことで使ってみたところ、これまた精度が高くて感動しました。
これを使ってどこまで論文を執筆するかは、書きながら記憶を整理していきたい自分にとっては未知数です。でも、大学学部時代に指導教員の先生が「最近はもう音声入力ばかり使って論文を書いていて、殆どキーボードを使わない」と言っていたことを思い出します。それを聞いたのは気づけばもう10年も前・・・最先端のはるか先を行っていた先生だなと今更ながら感じています。
キーボード沼に散財した直後に音声入力の精度向上という現実に直面して、少し複雑な気持ちですが(笑)、それでもキーボードを打つ心地よさは何物にも代え難いものがあります。用途に応じて使い分けていくのが、これからの研究スタイルなのかもしれませんね。
おわりに
以上、私が愛用している研究ガジェットの紹介でした。ちなみに今はAIボイスレコーダーと3Dプリンターが気になっています←
研究環境の改善は、小さな工夫の積み重ねだと思います。トラックボールで手首の負担を減らし、スマートグラスで場所を選ばず作業し、お気に入りのキーボードで快適に執筆する。そして、最新技術である音声入力も取り入れながら、効率的に研究を進めていく。山内研は学習環境デザインをテーマにしているだけのことはあって、結構気になるガジェットで自分の研究環境を整えている人が多い印象があります。もちろん、これらのガジェットが研究の本質を変えるわけではありません。でも、日々の作業を少しでも快適にすることで、研究そのものに集中できる時間が増えるのは確かです。
皆さんも、自分なりの研究環境を整えてみてはいかがでしょうか。意外なガジェットが、研究生活を大きく変えてくれるかもしれませんよ。
2025.10.26
みなさんこんにちは。M2の松谷春花です。
夏が終わったと思ったら、急に寒くなってきましたね。
体調に気をつけて修論を無事に書き上げることが、個人的には目下の目標です🔥
せっかくなので、修論に取り組む中での出来事や気づきについて今回は書いてみようと思います。
【学びの場にいるとき、私は研究者でいられるのか】
私の研究では、もともと実践者として関わってきた教育プログラムを対象に、その効果や、どのような要素が影響を与えているのかを調査する形で研究を進めています。
この夏は、高校生を対象としたサマープログラムに研究者として関わりながら、同時に運営スタッフとして現場に立っていました。
学部時代からプログラムの設計やメンターとして運営に携わってきたこともあり、研究者として参加者の学びを観察し、データを収集するという立場をどう取るべきかは大きな悩みでした。
一方で、それはこれまでにない新鮮な体験でもありました。
「観察する側」と「関わる側」を同時に行うことの難しさと面白さを、日々実感していました。
【実践者かつ研究者としてどう関わるか?】
研究的な視点を持ちながら実践に関わるとは、どういうことなのでしょうか。
個人的にはその切り分けがとても難しく、今年あらためて考えさせられた大きな問いでした。
研究として参加者の行動や発言を注意深く観察し、記録を取りながら、
「今、目の前にいる生徒にはどのような学びのプロセスが生まれているのか」を捉えようとしました。
ですが、目の前の高校生たちが本気で議論し、迷いながらも自分の考えを形にしていく姿を見ていると、
ただ観察するだけではいられないという思いも次第に強くなっていきました。
私はこれまで、チームに入り議論をサポートしたり、
ファシリテーターとして介入やフィードバックのあり方を探ったりしながら、
「どうすればより良い学びの場をつくれるか」という実践的な問いを中心に活動してきたように思います。
ですので、今回は“入らないようにする”ことを意識しながら、
同時に“入りたい”という気持ちの間で大きく揺れていました。
「最高の学びの体験を届けたい」という思いと、
「研究者として距離を保ちながら現象を理解したい」という思いの間で、
心の中ではずっと綱引きをしていたように思います。
そのジレンマは正直、少し苦しかったです。
でも同時に、その緊張の中にこそ、研究と実践が交わる瞬間があるようにも感じました。
私は、実践現場を研究的なまなざしで見たい、
そして実践だけではなく、そこで何が起きているのかを明らかにしたいという思いから山内研での研究を志しました。
今回の経験を通して、ようやく実感を伴ってその難しさを知るとともに、
M2になってやっとそのスタートラインに立ったのかなという気がしました。
山内研では、教育や学習の現場で実践を行いながら、そのプロセスや効果を研究する方が多く在籍しています。
それぞれが異なるテーマや方法を通じて各々のスタイルで探究しているというのは研究室の特徴である気がします。
私自身も、その一人として実践と研究の両立に挑みながら、自分のスタンスを模索していけたらと思います!
【まとめ】
データを整理していると、あのときの参加者の表情や言葉が何度も思い出されます。
表情の変化や沈黙の時間、そしてチームの中で交わされた何気ないやりとりの一つひとつが、
今になってあらためて「学び」という現象の奥深さを教えてくれているように感じます。
ですが、それと同時に研究としての分析を進めるほどに、
現場で感じた熱量や空気を言葉にすることの難しさにも直面しています。
数値やテキストデータの背後には、
その場でしか生まれなかった関係性や感情の流れがありました。
あの時の生徒が、その瞬間にどんな表情をしていたのか、どんな感情を持っていたのか、
どんな言葉を選んで発言していたのか。
自分の記憶には鮮明に残っているけれど、データとしては残せていないことがたくさんあります。
それをどう扱い、どう伝えていくのか。
この経験を通して、改めて「教育を研究する」ということの責任と奥行きを感じています。
学びの場にいるとき、私は本当に研究という視点を持てているのか。
その問いには、山内研に応募した時から少し解像度は上がりましたが、未だ明確な答えを持てていません。
けれど、その曖昧さや揺らぎを抱えながらも、
研究でしか明らかにできないことや、果たせない社会的な意義もあると思います。
そして、研究と実践が互いに影響し合うことで生まれる相乗効果も、確かにあるのではないかと感じます。
これからも、研究者としてのまなざしと、実践者としての関わりのあいだを往復しながら、
自分なりにどのような関わり方や意義があるのかを考えていけたらと思います。
とりあえずは、修士論文として第一歩を踏み出すことに集中します!
みなさまも体調にお気をつけてこれから来る寒い冬を乗り切りましょう⛄️
2025.09.22
D2の田中です。
この春〜夏にかけて、新たな学習支援システムを開発し、最近そのシステムの評価実験を行いました。
ここ最近は開発に時間をかけることが多かったので、今回はそれについて書こうと思います。
今回の開発から、本格的に開発補助として生成AIを利用し始めました。
しかし不思議なことに、AIの補助が入って自分がコードを書くコストは減っているはずなのに、開発にかかる時間や労力は一向に減らず、むしろたぶん相当増えたような気がします(AI補助を使わなかった2023年の前回の開発と比べて)。
何が起きていたのかを考えたのですが、AIにいろいろやらせてみても、結局自分が「映画監督みたいな仕事」をしないといけないので、より大変になってるんじゃないか、という気がしています。
映画監督の仕事をちゃんと知らないのでイメージでものを言いますが、一番最後にYes / Noを言う仕事というイメージがあります。
撮影や脚本を担当するスタッフがいても、最後にそれが全体の設計と矛盾しないかについてYes / Noを言う監督という仕事は別で存在する世界観なんだろうと想像します。
私はAI補助を使う開発で、何回か回答を生成したり、同時並列に複数のスレッドをつくってその返答を比較したりして、その複数のサンプルを自分が参考にして、自分が判断する、ということをやっています。
開発だろうと文章執筆だろうと、自分の研究に関わるもので、AIの出してきたものがそっくりそのまま自分のお眼鏡にかなうということはなかなか少なく、AIの出してきたものに細かくNoを説明することになります。
全体の設計と矛盾しないか、研究の意図するデザインに合致しているか、結局最終判断でYes / Noを言うのは私であり、仮に補助AIやスタッフがどんなに優秀であっても、その監督業的な仕事がなくなるわけではないようです。
むしろ、自分1人でコードを書いている時よりも、補助を入れた時の方が、その判断をする瞬間は爆発的に増えるので、だからこんなに大変だったのかもしれません。
ちなみに、開発に使った(と記録していた)GPTとのやり取りのターン数を、履歴データからカウントアップしてみたところ、7719回とのことでした。
何千回と判断し続けることは、どうしようもなく大変ではありますが、しかし少なくとも自分は、この何千回もの判断のループ無しにモノをつくれる自信はありません。
というのも、この細かいループの中で、自分が自分のつくりたいもの、もしくはつくりたくないものに気づいていくことがたくさんあるためです。
これも不思議なことですが、出来てみると、目の前で動く状態になってみると、その瞬間に、それが自分のつくりたいものではないことがわかる、ということがよくあります。
目の前に出てくるまでは、それがダメであるという視点を持たないのですが、目の前に出てきてみると一瞬でダメだとわかることがあります。
つまり、先に注文書を完全に書き切ってしまえるのであれば、AIやスタッフや業者に完全に一任し、監督業は不要になりますが、その「注文書を先に書き切る」ということが私にとっては難しく、AIにNoを説明し続ける中で自分が自分の注文(何をつくりたいのか)をわかっていくという作業が必要でした。
作りながらでないと注文書を書いていけないので、本当の意味で一任するということはできず、結局自分が全体の設計やデザインの意図を考え続け、そうでないものを判断し続けるという仕事は私に残り、この4ヶ月ほど私はそれをやっていたんじゃないかと思うようになってきました。
まとめると、AIを使った方が、使う前よりたくさん考え、判断することになるので、より時間がかかったし疲れた、というオチでした。
2025.07.07
はじめまして。山内研究室M1の松田紀子です。
今回は「山内ゼミにはどんな人が集まっているか」について書きたいと思います。ひとことで言うなら、「プロテウス」的な人が集まっています。
毎回ではありませんが、ゼミでは山内先生が事前に出してくださる文献講読課題について、皆でディスカッションする時間が設けられています。先日、その文献講読課題の中に、「プロティアンキャリア」という言葉が出てきました。1976年にアメリカの心理学者、ダグラス・ホールによって提唱された言葉で、「組織的な報酬よりも個人的な価値観に突き動かされ、その人自身、家族、そして『人生の目的』に貢献する自己決定型のキャリア」と定義づけられています(Hall, 2004, p. 2)。英語のproteanには「変幻自在な」「多才な」といった意味がありますが、語源は姿を変幻自在に変えることができるギリシャ神話の海神プロテウス(Proteus)に由来しているそうです(Oxford University Press, n.d.)。
現代社会では、どのような職業に就いていても、時代の変化に応じて柔軟かつ継続的に学び、自らスキルを磨いて主体的にキャリアを築いていく「プロティアンキャリア」が求められていると感じます。山内先生の寛容さと多様性を尊重されるお人柄を反映して、山内ゼミにはさまざまなバックグラウンドをもつ学生が集まっています。社会人の割合も高く、キャリアの多様性や各々の自律性を大切にする風土が醸成されていると感じます。
私自身も社会人学生なのですが、教育実践者でもありますので、このゼミでの様々な学びは、私にとって特別な時間となっています。残念ながら遠距離通学のため、体力的に辛い時もありますが、ここでの出会いに感謝しながら、「プロテウス」的な人を目指していきたいと思っています。
Hall, D. T. (2004). The protean career: A quarter-century journey. Journal of vocational behavior, 65(1), 1-13.
Oxford University Press. (n.d.). Protean. In Oxford Learner's Dictionaries. Retrieved July 7, 2025, from https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/protean?q=protean