2016.02.21

【本年度を振り返って】巡り巡った研究テーマ

すっかり花粉の季節になったようで、マスクをした人が増えたように感じる今日この頃です。私自身はまだ花粉症ではないのですが、時間の問題といわれ戦々恐々としている、M2の逆瀬川愛貴子です。

さて、本年度を振り返ってというテーマでお送りしている山内研ブログですが、私は今年で大学院を卒業するということもあり、2年間の修士生活を振り返ってみたいと思います。


このブログを書くにあたって、これまでの研究生活がつまったポートフォリオを見返してみると、お粗末すぎて目を瞑りたくなるレジュメもあり、くすぐったいような気持ちになりました。


私は、リサーチクエスチョンがきちんと決まったのはM2の7月と遅く、それまではあれでもないこれでもないと研究計画をつくっては練り直すことを繰り返していました。
何もすがるものがない状態で自分がこれからすることを自分自身で選択していくことは、私にとってはじめての経験であり、自分の研究に自分で責任を持つということがなかなかできずにいました。


なにが面白い研究なのか、どんなものがいい研究となるのかわからず、自分の選択に自信を持てなかった私は、他の人から批判的な意見を受けるたびに、また別の便利そうなアカデミックワードに飛びつき、研究テーマを二転三転していました。
その期間は、このままリサーチクエスチョンが決まることが永遠にないような気もして、とても苦しいものでした。


でも今こうして自分のポートフォリオを眺めてみると、右に左にと揺れに揺れていたように見える過去の研究テーマたちも、
「多様な生徒が一緒に学ぶ教室空間の課題を乗り越えたい」
という問題関心が根底にはあり続けていたことに気づきました。


興味関心も学力もパーソナリティもバラバラな生徒が存在する学校の教室で、より良く学ぶためにはどうしたらいいのかについて考えてきた2年間だったように思います。


入学して3ヶ月ぐらいで研究向いてないなぁと悟り悲しみに暮れていた私ですが、今手元にある自分の修士論文を見ると、わずかながらも自分の問題関心に一歩近づくことができたように思えて、諦めずに続けて良かったと思うことができます。


リサーチクエスチョンもなかなか決まらず、先行研究の海をふらふらと彷徨い歩いていた私に、いつの日も変わらず、きびしくも温かいコメントをくれた研究室のみなさま、まだ固まりきっていない研究案にも関わらず協力を快く引き受けてくださった先生をはじめとする学校関係者の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。
それ以外にも、多くの方がいろんな形で修士生活を支えてくれました。


これから少しでも恩返しができればいいなと思います。

2年間本当にありがとうございました。
そして、これからも細々とよろしくお願いします。

さて、次は松山さんの担当です。


逆瀬川愛貴子

2016.02.07

【本年度を振り返って】エスノグラフィの難しさ

まだまだ寒い日が続きますね。
M2の青木翔子です。

本年度最後のblogシリーズは【本年度を振り返って】というタイトルでお送りします。

修士1年の頃は、自分自身の研究テーマにあわせて先行研究をレビューすることが主でしたが、
今年度は、エスノグラフィという研究方法の難しさに直面した1年でした。
エスノグラフィとは、フィールドワーク(参与観察)において、その現場で見聞きしたことについての記録をフィールドノーツに書き留め、それをもとに現場の社会や文化を記述した報告書(もしくはその調査方法・プロセス)のことです。
そのエスノグラフィを行なっていく上で直面した困難についてまとめたいと思います。

◼︎現場に入ること
フィールドワークでは、研究者はその現場に関わる程度によって参加のタイプが異なります。現場への関わりは、その現場の人と同じように参加するような完全な参加(インサイダー)から、現場の活動の場面には居合わせるが参加しない傍観者、活動に参加しない(アウトサイダー)というあり方まで多様にあります。
私は多くの場合、「中程度」から「積極的な」参加をしてきました。参与の度合いが大きかったため、観察者としての役割と参与者としての役割の葛藤がありました。
最初は、現場のことがそもそもまだわからないし、どこまで現場に踏み込んで良いのかもわからない、自分自身が現場に与えている影響も考慮しなければならない・・・と考えるべきことで頭がいっぱいになりながら、探り探りで日々を過ごしていました。しばらくすると現場に慣れることはできましたが、今なにが起きていて、次にどうすればよいのか、次に何をみるか等の判断を、現場にいる一瞬一瞬において決めていかなければならないという困難はなくなりません。まだまだ難しさを感じますが、徐々に上達していきたいです。

◼︎データに向き合うこと
フィールドノーツの質を上げることも難しいですが、それを分析し、現場の背景にある文化や現象を解釈していくことも現在の課題の1つです。自分自身のとったフィールドノーツやインタビューのデータに対して、なぜ?これは何と関係している?目的は?どの段階のこと?と問いかけながら、現象を深く理解していかねばなりません。「現場に密着した」コードをつけその背景を探っていくということは、正解があるわけでもなく、その現場にいた私自身で考えていくしかありません。先生 方のアドバイスをいただきながら、そのような分析的な思考方法を模索しました(しています)。
いろいろな本には、分析をする方法が書いてあるかと思います(たとえば、KJ法やエクセルを使う、ペンで書き込む等)。しかし、その方法が自分にあっているとは限りません。自分自身がより分析的に深く思考できる方法をみつけることも大事だと思いました。

◼︎まとめ
エスノグラフィの結果として出される論文や書籍を読んだり、方法論の本を読むととても的確に、そしてわかりやすくまとめてあります。それらを読んでいるとなんとなくわかった気がしてしまいます。しかし、実際にやってみると、本当に雲をつかむような気持ちになりました。
どの方法もそうだと思いますが、エスノグラフィは特に実際にやってみることが学ぶための一番の方法だと思います。まだまだ勉強していかなければなりませんが、あと1年ほど修士論文をかくまでに時間をいただけることになったので、来年はこの一年の模索を通じて得たものを生かして修士研究に邁進したいと思います。


どうぞ宜しくお願いいたします。

【青木翔子】

2016.01.24

【本年度を振り返って】


厳しい寒さが続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
M2の池田めぐみです。
早いもので、2015年度も終わろうとしていますね。本年度最後のblogシリーズは【本年度を振り返って】というタイトルでお送りします。

ーーーーー
私にとって2015年度は、おぼろげなリサーチクエスチョンを整えて行き、調査を行ない、修士論文を書き上げるという、1年でした。
この1年のなかで気づいたことについて記していきたいと思います。

■「批判を糧に」を大切に
 本年度を振り返るなかで、1番に感じたことは、「批判的なコメント」をこわいものだと思わないことの大切さに気づいたことだと思います。

1年くらい前自分の研究に対する他者からのコメントが恐怖でしかありませんでした。他人からのコメントが怖いので、人前で自分の研究の方向性や研究計画を話すことは極力さけて一方でいました。
一方で、今年1年を通じて批判的なコメントは、研究に対する怖い否定ではなく、研究をよくしていくためのアドバイスなのだと気づけるようになりました。
自分の頭では考えられることに限界もあるし、論理が破綻していることも多々ある。そういうことに気づかさせてくれる批判やアドバイスには本当に大切ですよね。
今までは、人からのコメントを恐れ、ゼミでもびくびくしていましたが、
最近では、他者のコメントやアドバイスにできるだけ早く出会いたい、それをもとに本当にこれでいいのか、自分で見極めながら研究を進めていきたいと思えるようになりました。

これが1年間で一番変化したことなのではないのかなと思います。

ーーー

さて、この1年間とてもたくさんの人にお世話になりました。
修士研究にご協力してくださった、学生の皆様と先生方、
この素晴らしい学習環境を提供してくださった山内先生、ゼミでいつもファシリテーターとして、研究の様々なフェーズにおいてご丁寧な指導をしてくださった伏木田さん、ゼミの時やインフォーマルな場でも様々な面で助けて下さった助教の皆様と、同期、後輩達、本当に本当にありがとうございました。

修士論文を書ききることができたのは、皆様のお陰です。口頭審査もがんばらないとな!

次のblog担当は青木翔子さんです。

【池田めぐみ】

2016.01.07

【私の20%の過ごし方】越境から得られるもの

あけましておめでとうございます!今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2016年Ylabの初ブログ、D3の佐藤が担当します。

私の研究テーマは「子どもとデジタルメディア」に関することです。賛否両論ある領域ですが、テクノロジーを付加することで、これまでになかった豊かな体験、子どもや家族の楽しく宝物になる時間を創出する・・・そんな環境を自ら産みだしてみたいという衝動に駆られ、現在も試行錯誤している状況です。

一方で、心惹かれるアナログな活動があります。一見真逆の方向に見えるかもですが、「木育」です。

岐阜に一年赴任している間、ありがたいご縁で、岐阜森林文化アカデミーの松井勅尚先生率いる木育メンバーと交流することができました。松井先生は、時代を遡るのではなく、進化する社会に合わせながらも子どもを真ん中に据えた街づくりに木育を取り込むべく、地域の幼稚園・保育園の先生方とレッジョエミリアを視察されたり、革新的な活動を続けていらっしゃいます。

■岐阜県立森林文化アカデミー
http://www.forest.ac.jp/

「木育」とは、人と、森や木との関わりを主体的に考えられる豊かな心を育てたいという思想から生まれた用語です。これまで当たり前だったことを改めて言及せねばならない状況、その必要性を問う言葉の由来が「食育」と似ていると言われています。

私は、木育の玩具に初めて触れたとき、これまで憧れてやまなかった海外のメソッドやアプローチ、教具も恩物も一瞬吹っ飛びました。その繊細な木目や香り、触り心地から五感に働きかける玩具、自然物であれば1つとして同じものはない、その差を実感していく体験。それらを日本人の職人たちが提供していく仕組みがあるんだ!と目からウロコで、少々大げさかもしれませんが勉強不足を痛感しました。

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つみぼぼまあるいつみき


昨年、おもちゃ美術館赤ちゃん木育ひろばチーフディレクターの石井今日子さんにインタビューをする幸運を得ることができました。子どもが夢中になるだけでなくお母さんが遊び出したり、30mmのスギ材の床にお母さん達がのんびりくつろぐ様子をうかがいながら、子どもを取り巻く一番重要な環境である親の精神状態に、ポジティブに働きかける木育環境のパワーを感じました。

そして、木育を推進する多田千尋館長の存在はとても大きいです。15年近く前、世田谷のご実家に開館されていた頃、息子と遊びに行って以来、個人的にもファンであります。5分で引きこまれてしまう世界観、何度講演を聞いても面白く心に響くお話だけでなく、木育展開への活動の様子をFBで拝見し、ただただ頭の下がる思いです。

■東京おもちゃ美術館
http://goodtoy.org/ttm/

■第3回木育サミット
http://goodtoy.org/ms2015/

■無印良品 木育広場
http://www.muji.net/kids/#mokuiku

何故「木育」に惹かれるのか?について、最近、「文化的道具」に興味があるのだと博論を執筆する中で感じるようになりました。人類が知恵を絞り、願いを込め、未来を担う子どもたちに最高の環境をつくり上げること、同時に、道具のデザインから子どもの育ちや取り巻く環境へ働きかけること、これらを考えることがたまらなく面白いと感じます。

ただ、同じ道具でも、デジタルとアナログではそこに関わる大人たちと、そこで使われる用語があまりに異なることに驚きます。たとえ、「子どもの豊かな体験とより良い育ちを願う」という根本は同じだとしてもです。けれどもその差分が多くの気づきや学びを与えてくれる、だからこそ、どちらも私にとってはかけがえのない関わりなのかな・・・考えるようになりました。

新たな時代、高次な思考活動を支える道具として、子どもたちはますますデジタルに触れる機会が多くなることが想定されます。が、そうなればなるほど、自然との触れ合いで生まれる感覚や五感をどう育んでいくのか?が重要な検討課題になると考えます。

私の20%の過ごし方、これからも広い視点で「文化的道具」を捉え、アンテナを広げていきたいと思います。


【佐藤朝美】

2015.12.30

University Life: Philippines and Japan

The land of the rising sun and the pearl of the orient seas: in close proximity but almost in polar opposites when it comes to culture and education systems. The Philippines, having been colonized by the Americans shortly after 3 centuries under Spanish rule, had adopted the former's education system and language. Hence, even if American "colonialization" was a mere half century, the influence and language is strong in the country even up to this day.

Although I cannot vouch for the majority of the universities in the Philippines, nor even the direct counterpart such as state universities, this piece will attempt to compare and contrast the Philippine and Japanese universities (at first impression). As a general disclaimer, I would like to roughly state that I have only been in University of Tokyo for (UTokyo) half a semester and the most significant years in my undergraduate at De La Salle University (DLSU) had been on my final 2 years of study (out of 4.5).

Furthermore, comparing an exuberantly technical bachelor's program and an international humanities postgraduate program might not be the best for validity in any case. Nonetheless, I will enumerate the most apparent differences I have experienced on my first few months: a comparison between Japanese national university experience and a Philippine private university experience.

Classes

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In the onset, UTokyo and DLSU are very similar in terms of how classes are held. My professors in both institutions encourage transformative learning and a healthy discussion of the topic at hand. What I personally found different in my classes was that since there are a healthy mix of cultures and international students, the discussions are rather more reserved. In my DLSU classes, the overall vibe was relaxed and quite open to the occasional banter between classmates, and sometimes even towards the professor. In UTokyo, the aura is more quiet, toned down, and very much focused on the task at hand. The deafening silence that also accompanies Japanese classrooms would discourage the slightest of whispers as to not pull unnecessary attention towards one's self.

Zemi Presentation

Zemis are one of the things which are directly incomparable to my undergraduate experience. We never had these, and a lab group was not compulsory for the bachelor's program. What is interesting though is the manner in which zemis are conducted: we print out a transcript of our presentation and proceed reciting our findings, in almost verbatim narration of the text (literally) on hand. I found this very unique in my first experience as such a manner would be quite taboo in the Philippines. Most presentations would actually instead involve a Powerpoint with minimum text and would echo most types of talks from conferences such as say, TEDx.

Student Body Culture

In both cases, my experiences in DLSU and UTokyo were both in their main campuses. With a student body population of 20,705 and 27,955 respectively, one would expect the latter to have a more interactive student body just due to its sheer volume. However, the experience is actually a far cry- DLSU and UTokyo both fairly exclusive in their selection were almost incomparable. UTokyo, a very prestigious research university had similar to its classes, a very reserved and quiet student population. Going around campus, I could see a plethora of academic conferences, events, and various student activities but they all somehow felt restrictive in nature.

DLSU, perhaps not the top in the research field but can otherwise boast of its holistic education, had a much more enthusiastic and outgoing attitude. During the course of my undergraduate experience, you might just be bombarded with student organizations, government, some sponsors and various events here and there. The school spirit, in all its novelty was tremendously felt.

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Although distinctly different in their own way, Japan and the Philippines (consequently UTokyo and DLSU) have provided numerous avenues for me to mature in facets of my being. My undergraduate experience in DLSU had helped me grow to become the resilient person I am today in facing the challenges of supporting my further studies in a foreign country. Similarly, I would like to embrace all opportunities that UTokyo has in store so I may reap the Japanese [top] university experience to its fullest extent.

I am looking forward for the rest of my years with the University of Tokyo, ITASIA Program, and Yamauchi laboratory.


Hanggang sa muli [until next time],
Lian Sabella Castillo


Credits to Albert Leonard Dizon for the photographs.

2015.12.24

【私の20%の過ごし方】あこがれを追いかけて

 こんにちは.修士1年の原田です.2015年もあと少しで終わりますね.

 実は我が家では,お正月にケーキを食べながら新年の目標を3つ立てるという習慣があります.父親が張り切って家族を集めて,全員に計画を立てさせるわけです.そうやって去年立てた3つの目標も,あえなく全て達成できないまま2016年を迎えようとしています.まぁ目標もすっかり変わってしまったので良いのですが.

 では,ブログのテーマ「私の20%の過ごし方」を紹介していきたいと思います.土日も研究室に居ることが多い私ですが,色々な研究会やイベントに出かけることも好きです.何かテーマを持って行っているというよりは面白そうだなと思った場所に行くという感じです.今回は「情報技術」と「学習」に分けて,「どこに行ったか」と「どうやって見つけているか」を紹介していきたいと思います.

■情報技術
 最新のテクノロジーやガジェットが大好きなので土日を使って見に行くことが多いです.例えば「Java Day Tokyo 2015」,「Engadget 例大祭 」,「Scratch Day 2015 in Tokyo」などに参加しました.ちなみに,イベントではないですがゲームセンターを見て回るのも最新技術が見れるので好きです.
 どうやって見つけているかというと,情報技術関係のイベントはWebサイトをRSS登録して見つけています.日々ニュースを見るついでに面白そうなイベントを見つけたら参加するという形です.詳しくは,過去の先輩の「【研究に役立つウェブサイト】 開発研究のアイデアを育む」が参考になります.

■学習
 研究テーマにも直結しますがやはり学習や教育は好きなので,20%でも学習や教育関係のイベントに多く参加します.例えば「認知科学会の大会やシンポジウム」,「FLIT 公開研究会」,「JSETの大会や研究会」などです.
 学習や教育関係のイベントは学会のサービスを利用して見つけることが多いです.例えばJSETであれば,SIGに登録しているとML(メーリングリスト)でイベントの情報を得ることができます.また認知科学会や日本教育工学が発行している論文誌やニュースレターなどを見ることでイベントを見つけています.


 しかし,ここまで書いてまとめてみると思ったのが分野で絞ってイベントに参加する以上に,あこがれの人やコミュニティをおいかけて参加しているということです.あの人いいなと論文で読んで思ったらその人が主催するイベントに参加してみたり,こんな関係が良いなと思ったらそんな関係を築いている場所に参加してみたりしています.それが「学習」や「情報技術」を必ずしも対象にしていたかというと違う時もあります.
 「どうやって見つけているか」を考えてみても,実際に参加したイベントはあこがれの人やコミュニティが発信する情報で見つけたことの方が,上で紹介したものよりも多かったです.あこがれの人やコミュニティのTwitterやfacebookなどで情報を集めつつ,お会いできた際には次のイベントを紹介してもらったりしています.

 そんなこんなでいろいろなイベントに参加しあこがれを見つける中で,去年考えていた目標より,新しく大事な目標が見つかってきたのだなと振り返って気付きました.2015年あと少しですが積み上がったタスクを処理して,2016年を迎えたいと思います.

次回もお楽しみに.
【原田悠我】

2015.12.16

【私の20%の過ごし方】学びの場の創出を目指して

こんにちは。M1の長野です。
12月も中旬になり、だんだんと寒くなってきましたね...一人暮らしなので洗濯物や洗い物がつらい(手が大荒れする)季節ですね。研究室も修論提出間際の大事な時期なので、加湿器がフル稼働してくれています。先輩方が大病なく修論を書き終えられますように!

さてさて、今回のブログのテーマは『私の20%の使い方』。研究以外の20%を何に使っているのか、またそれがどう私の一部になっているのかを紹介しようというお話です。
他の方がオンライン学習や勉強会という過ごし方を紹介している中、私はというと...
実はこの半年間で、8回ほど動物園に行きました。北海道の旭山動物園、横浜のズーラシア、千葉にある千葉市動物公園、そして東大のすぐ近くにある上野動物園...今では写真を見ればどの動物園かわかるようになりました。ちなみに、下の写真は横浜動物園ズーラシアで撮ったホッキョクグマの水中からの写真です。(お気に入りです)
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■プロジェクトに力を入れた半年間
私は7月頃からあるプロジェクトに関わらせてもらっています。
それは、『どうぶつ大冒険』というウェブ教材の開発プロジェクトです。

皆さんは小さいころ、動物園に行ったことはありますか?
動物園に行って、動物を見て、何と言いますか?「かわいい!」「大きい(小さい)!」とひたすら言っていませんか?(ちなみに私はそれしか言っていなかったと思います)

でも動物園は「かわいい」「大きい(小さい)」だけの場所ではないのです。
本当は、動物の進化や生物多様性、自然保護の問題など、多くの学びが隠れている場所なのです。

それをもっと動物園に来た多くの人に知ってほしい。
そんな思いの中で始まったこのプロジェクトでは、小学生の親子を対象にして、楽しみながら学べるウェブ教材を開発しようとするプロジェクトです。具体的には、動物園で動物を観察しながらミッションを進め、その後自宅に帰ってから学びをより深めていく、という流れになっています。

■簡単そうで、難しい
私はそのプロジェクトの中で、クイズのシナリオ制作や動物園での取材・撮影などを担当しています。最初は「子どもが楽しめるクイズを作るだけだ!」と思っていた私ですが、それが案外難しいことであると知ったのは、実際に作り始めてからでした。

まず最初に難しさを感じたのは、会話が起きる仕組みを作ること
つい先週、ゼミの輪読でmCSCL(Mobile Computer-Supported Collaborative Learning:モバイルデバイスを使った協調学習の支援)の章を読みましたが、モバイルデバイスを通して協調的に学べるように設計するということが実は難しいことなのだと、このプロジェクトに関わることで気付きました。確かに、スマホやiPadを使うことで、学習のきっかけにはなるのかもしれません。しかし、それだけでは『会話』(協調学習的に言うと『社会的相互作用』)が起きません。動物園のプロジェクトでは、親子の会話を促すことが目的なので、私がシナリオを作るときには、できる限りその場面を想像しながら作るようにしています。ただ、これに関してはまだまだ改善の余地あり、といったところです。

2つ目の難しさは、動物園という場を最大限に活用できるようにすること
それは、どれだけ凝ったシナリオを作ったとしても、動物園で動物を見なければそこにいる意味がないということです。スマホやiPadがあれば、場所や時間に縛られないため、学習の可能性は広がります。しかし、それは一歩間違えると展示物そのものを見ずに、スマホばかりを見てしまうことにもつながりかねません。動物園のプロジェクトでも、最初は深い思考を促すために、子どもたちに考えさせる問題を動物園でのミッションの中に入れていましたが、実際に使ってもらうと、動物がせっかく前にいるのに手元のスマホばかりを見て考えている、という場面が起こったことがありました。そこから私たちは、動物園ではちゃんと動物を観察しないと分からないクイズにしようという大きな方向転換をしました。あくまでもスマホやiPadは学習を手助けするもの、ということですね。


他にも「どうすれば動物園から帰ってもこのウェブ教材を開いてくれるのか」、「1つのストーリーとして考えてもらうためには、どう動物園と自宅をつなげば良いのか」など、難しいと感じることは山ほどあります。良い教材を作っていくためには追求していかないといけないことがたくさんありますね。うーん、むずかしい。

以上、私が関わらせてもらっているプロジェクトについてお話してきました。
このプロジェクト自体は私のメインの研究ではありませんが、私自身ウェブ教材の開発も視野に入れて研究をしていることもあり、実際の教材開発の流れを身を持って知ることができたことはとてもありがたい機会だったと思っています。やはり新しい学びの場をつくることは大変なことですね...仕事として本格的なプロジェクトに携わることもこれが初めてなので、日々勉強させてもらっています!

とりあえず、このウェブ教材のリリースまであと2ヶ月ほどなので、私にできることを全力でしたいと思います!詳細はまた後ほど公開されると思いますので、お楽しみに...!!

それでは今回はこの辺りで!次の担当は原田くんです!
どんなお話が聞けるのでしょうか〜?
よろしくお願いします!


【長野香織】

2015.12.08

【私の20%の過ごし方】 読む・話す・踊る

こんにちは。M1の杉山です。
引き続き「私の20%の過ごし方」というブログテーマをお送りします。
今年も残すところあとひと月です。この1年、修士学生としてどんな20%を過ごしてきたか振り返ってみます。


○読書会に参加した
 学部生時代から、読書会に頻繁に参加しています。ほとんどは参加者としてですが、たまに企画することもあります。学術書を仲間で読み合うという文化には、大学に入る前から憧れがあったのですが、大学1,2年のころは出会うことができず、3年になって社会学専攻に進学してから、同期や先輩に恵まれいろいろな読書会に顔を出してきました。
 読書会の良いところは、参加者それぞれがもっている得意な分野から学べるということで、同じ本を読んでいても注目するポイントや、疑問点の引き出し方が違うため、より深い読みを促されることだと思います。振り返ってみると、ぼくは社会学を、教授による講義ではなく、読書会などの仲間どうしの交流の中で学んだという感覚を強くもっています。それは、会話のなかで、時に仲間たちの「すごさ」に圧倒されながら、社会学という学問分野の文化や空気に浸ることができたからだと思います。
 大学院では、ゼミの文献講読も読書会の一種で、山内研の学生としての勉強はそこでさせてもらっています。山内先生や助教の方々、先輩や同期たちは文献をどのように読んで議論するのかというのは、いつも興味深く聞いています。

今年20%ルールの中で参加した読書会は、
・『教育工学どはどんな学問か』『授業を変える』:山内研M1で
・『宗教生活の基本形態』:社会学の人たちと
・『触発するゴフマン』『美と礼節の絆』:学府や社会学の人たちと
・"Constructing an Organizational Field" " Institutional Logics and the Historical Contingency of Power in Organizations":教育社会学の人たちと
・『小説の言葉』:状況論の人たちと
などが思いつきます。

 自分の学問的バックグラウンドはやはり社会学なんだなと痛感するラインナップですが、学府に進学し、社会学とは関わりのない研究室に来ても、こうした社会学の勉強ができるのは有難いことだと感じています。今後は認知科学や人工知能方面にも節操なく手を出したいと考えています。もう少し「学習」とか「知識」について考えられる会がもてたら良いなというのが、目下考えているところです。


○フラメンコを踊った
 修士研究のテーマとして舞台芸術における熟達を設定するきっかけの一つが、学部4年間を通してフラメンコを踊ってきたことでした。院生になっても続けられるか迷うところもありましたが、結局は今も継続しています。

ライブ経験は、
・八王子グランデセオ出演
・五月祭公演
・駒場祭公演
というところでした。

 グランデセオは、サークルの一員としてではなく、はじめて個人名で出演したライブだったので、思うところも多い経験でした。その時の経験は、「ライブ・レポート」という形で残してあります。プロフェッショナルやアマチュアについて考えるきっかけでした。

 これら以外にも単発の活動はいろいろありますが、継続して行ったものとなると読書会とフラメンコだと思います。2016年はこの中に「文章を書くこと」「アートの現場をたくさん見ること」を追加しようともくろんでいますが、それについてはいつか報告できたらと思います。

 研究室の人たちが、研究室の外で何をやっているのかはあまり知る機会がないので、自分自身このブログテーマは読むのが楽しみです。次回もお楽しみに。

【杉山昂平】

2015.11.29

【私の20%の過ごし方】オンライン学習のススメ

こんにちは。
山内研M2の松山です。
いよいよ修士研究も佳境ということで、毎日胃を痛めながら過ごしています。

さて、今回のブログテーマは「私の20%の過ごし方」ということですが、思い返せば私は、大学院に入ってから山内研以外の研究会やイベントにほとんど参加していませんでした。
そんな非アクティブ人間の私ですが、M1のときに積極的に取り組んでいたことがあります。
それが「オンライン学習」です。
ここ数年で様々なオンライン学習サービスが注目を集め、仕事で忙しい人が空き時間に少しずつ学んだり、私のようなインドア派の人が自宅で学んだりすることも増えているように感じます。
ひとくちに「オンライン学習サービス」と言っても、学習内容や講義形式、ユーザ層などは多種多様なのだろうなと思い、それぞれの特色が知りたくなっていろいろ試していました。
というわけで今回は、私が利用していたオンライン学習サービスを学習体験とともに紹介していこうと思います。

gacco
大学の講義が無料で受けられるウェブサービス。
講座一覧をざっと見ると、かなり幅広い分野の講義があることがわかります。
私が最初に受講した講座は、武蔵野美術大学の「カタチで意味を伝える ピクトグラム」。
この講座は受講者同士が作品を相互評価するというシステムだったので、自分のつくったものに対して他の方にコメントしてもらえるのがいい刺激になっていました。
また、gaccoには「ディスカッション」という掲示板機能があるのですが、70代や80代の方が積極的に学習し書き込みされているのが印象的でした。
そして、修了条件をクリアすると修了証がもらえるのもgaccoの特徴のひとつ。

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上の写真は私が提出した課題と修了証です。
学位や資格とちがい、就職などに有利になるものではないのですが、修了証がもらえることで達成感がうまれ次の学習のモチベーションにつながりました。

レアジョブ
Skypeを利用したオンライン英会話サービス。
M1の後半は、ほぼ毎日レアジョブで学習していました。
恥ずかしながら私は英語で話すことがほとんどできないのですが、知っている単語をつないでなんとか話そうとしていると、講師の方が「あなたの言いたいことはこう?」とSkypeのチャットボックスに文章を書き込んでくれたので、うまく言えなかったことの伝え方がわかりとても勉強になりました。
私のように「英語を読むことはできるけれど会話は苦手」という人に特におすすめです。

schoo
スキルが身につく講座中心のオンライン学習サービス。
プログラミング、デザイン、英語、マーケティングといった、今の学生や社会人のニーズに合わせたラインナップが特徴的です。
動画を使ったオンライン学習というと、「いつでも、どこでも」が最大のメリットだと思っていた私ですが、schooの良さは「生放送」にあると感じました。
もちろん録画授業もあるのですが、生放送では講師の方に質問できたり、他の受講者とディスカッションしたりできるため、よりライブ授業に近い感覚で学ぶことができます。
schoo上での自分の所属学部を決めるシステムも、学生として参加している実感をもたらす効果がある気がします。

ドットインストール
初心者向けのプログラミング学習サービス。
私は修士研究の一環として、Androidアプリの開発に取り組むことになったので、開発の基礎の部分をこのサービスを使って学びました。
Androidアプリは学部2年のときにも開発したことがあるのですが、もう4年も前のことですっかり知識が抜け落ちていたので、環境構築から学べるという点からドットインストールを学習方法に選びました。
動画を見ながら学ぶので、どこをクリックしたら次の画面に移動できるのかもわかりやすく、初心者にやさしいつくりになっていると思います。
ひとつの動画時間が3分程度と短くさくさくと次のレッスンへ進めるのも、初心者に向けた「進んでる感」の演出なのかなあと感じました。

BenePa
ベネッセがリリースした、コンビニで買えるオンライン学習プログラム。
これは自分の学習のためではなく、研究の参考にするために買って試したものです。
通信教育として有名な「こどもチャレンジ」や「進研ゼミ」の内容がコンビニでワンコインで買えるという点が斬新でおもしろいと感じました。
こういった新しい形のサービスが今後も出てくるかもしれないと思うと、とても興味深く楽しみですね。

いろいろなオンライン学習サービスを試してみて感じたのは、初心者向けのサービスが非常に多いということです。
オンライン学習には強制力があまりないので、「どう継続させるか」が重要なのかと思っていたのですが、そもそも初心者向けサービスは「基礎の部分だけ」と割り切っている印象を受けました。
学習者側も、「基礎をオンラインで身につけて、応用は対面授業や専門書で学ぶ」というような使い方をする人が多いのだろうなと思います。
学習内容の区切りを細かくしたり、学習期間を短めに設定したり、初心者が基礎で躓かないような工夫が重要なのだと感じました。
個人的には、「上級者が応用的な内容をどうやってオンラインで学ぶか」ということにも興味があるので、上級者向けのオンラインサービスも試してみたいなと思っています。

大学院生活は忙しいですが、M0やM1の人は時間があるときにオンライン学習サービスを利用してみると、専門以外の興味が広がったりして楽しいと思うのでぜひ!
それでは、次回のブログもお楽しみに。


【松山彩香】

2015.11.22

【私の20%の過ごし方】授業の見つめ方を学ぶ

こんにちは。M2の逆瀬川です。
冬の気配が近づくと共に、修論も追い込みの時期に入って参りました。

さて、前々回からお送りしているブログのテーマ【私の20%の過ごし方】ですが、修士生が研究活動以外の時間をどのように使っているのか、大学院受験を考えている方がイメージするのにお役に立てればと思います。

山内研究室では、研究室関連で行っているプロジェクトやお仕事をバイトのような形でお手伝いする機会が結構あります。
今回はその中でも、NPO法人EduceTechnologiesと丸善株式会社の共同プロジェクトで行われていた、都内にあるx大学でのアカデミック・ライティングの授業(契約上の取り決めにより固有名詞は伏せさせていただきます)のTAをしていた時のお話をしたいと思います。

この授業は、初学年教育の一貫で、アカデミックライティングの習得を目的としており、最終的には学生個人が設定したテーマで4000字のレポートを書き上げます。

最後のレポートを書くまでに、文献の読み方から、テーマの設定方法、参考文献の検索・引用の仕方など、段階に分け丁寧な指導が行われています。

大学の授業としては、結構ハードなので、学生のモチベーションを保つため、要所要所で、ペアワークやワークショップ形式の授業などが取り入れられています。

私はTAとして、学生の出席・提出物の管理、授業中にSAと一緒に学生とコミュニケーションをとったり、時には授業の進行を一部を任せていただいたりしました。

私のクラスの講師の方は、どんな時でも優しく一人一人に誠実に向き合うという姿勢を一貫して見せていました。
最初の授業では、ほとんど授業に関心を見せていなかった学生でしたが、だんだんとこちら側の問いかけにも反応してくれるようになり、アクティブラーニング型の授業では、学生とのラポール形成が大切なんだなということを学びました。
この人の授業では、こんなことを自由に話していいんだという安心感をクラスで共有することで、グループワーク中の学生の発言量は多くなり、講義中の反応も大きくなっていくという変化を実感した半年間でした。

昨今、アクティブラーニングの手法が数多く取り上げられていますが、プログラム設計やテクノロジーの利用以外にも、教員側の地道な雰囲気づくりや文化づくりが大事な要因なのだと改めて考えさせられました。

私は、M2の夏以降から研究対象である高校の授業見学にたくさんの学校を訪れましたが、それぞれのクラスで先生の哲学があり、教室の文化があり、授業が形成されていました。
今、振り返ってみると、半年間ずっと同じ対象を見続けることのできるTA経験が、授業を見学する際の生徒や先生を見つめるための物差しを形作ってくれたように思います。
とてもありがたい機会をいただいたことに感謝しています。

さて、次回は、松山さんの担当です。
お楽しみに。

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