2016.05.22

【今年度の研究計画】プログラミングの概念理解を促すTinkeringを支援するシステムの開発

みなさま、こんにちは.
修士2年の原田悠我です.

今回のブログのテーマは1年ぶりに【今年度の研究計画】です.
朝に書いたものを夕方には変更している状況ですが,
今考えている計画を紹介したいと思います.
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■ テーマ
プログラミングにおける概念の理解を促すTinkering(ティンカリング)を支援するシステムの開発
■ 背景
 コンピューターやインターネットといった情報技術の発展は,社会を変化させ仕事や私生活に大きな影響を与えている.このような変化に対応するため,21世紀型スキルと呼ばれる新しい能力の重要性が指摘されている(Griffin et al., 2012) .その中には問題解決といった,すべての人がある程度は訓練なしに持っている「ソフト」スキルが含まれている.「ソフト」スキルと訓練なしには知り得ない「ハード」スキル(例 連立方程式を解く)の両方をいかに育成し評価していくかが今後の課題となっている.
 こうした問題解決のスキルとしてComputational Thinking(計算論的思考 以下CT)が注目されている.CTは2006年にWingよってすべての人にとって必要な技術として主張されたものである(Wing 2006).CTの範囲や本質について議論がなされ(NRC 2010,NRC 2011),CTは抽象化とパターンの一般化などの要素から構成されていると広く認められている(Grover and Pea 2013).
 このようなCTを育成するためにプログラミングの重要性が指摘されている.確かに,CTではプログラミングができる以上のことを目指している(Wing 2006).しかしWolzやResnickが主張しているように表現する形式としてプログラミングを学ぶことはCTにとって重要である(NRC 2010).つまり,プログラミング教育はコンピューターサイエンスの専門家育成のためだけでなく,CTを育成するためにすべての人への教育として注目されていると言える.
■ プログラミング教育
 しかし,プログラミングを教えることは容易ではない.なぜならば,プログラミングには高度な認知能力が求められるからである.1980年代初頭より研究が進められ,熟達者と初学者の違いについて様々なことが明らかになってきた(Sonnetag 2006).また教育方法も検討され,プログラムを生成するためには,新しい機能を教えるだけでなく,それらの機能の使い方や組み合わせ方,特に一般的なプログラムのデザインの問題の根本にあるものを教えなくてはならないことが明らかになっている(Soloway and Spohrer 1989, Robins et al.. 2003) しかし,プログラミング教育研究の多くがシンタックスや言語の特徴に注力しがちであるという問題がある(Pears et al. 2007).
■ End-User向けプログラミング環境
 このように高度な認知能力が求められるプログラミングを教えるために言語やプログラミング環境が検討されてきた.そのなかでEnd-User向けのプログラミング環境が注目されている.End-User向けプログラミング環境とは熟達したプログラマーでなくても特定の目的のために開発ができる環境である(Ko et al. 2011).例えばResnickらは13歳の女の子がScratchを利用しながらアニメーションを作っている様子を報告している(Resnick et al. 2009).またAliceを利用した研究ではアニメーションやゲームを作りながらJavaについて学ぶことで,成績・自己効力感・継続率が高まるという報告がある(Daly 2013).すなわち,学習者はゲームやアニメーションの作成を通じて探求することでプログラミングを楽しみながら学んでいるのである.
■ Tinkering
 このような学習者自身の探究活動はTinkering(いじくり回す)と呼ばれている.Tinkeringは試行錯誤・just-in-timeのプランニングなどを含んだ遊び心に満ちた活動であり,構造化プログラミングと対比される.構造化プログラミングとはルール駆動でトップダウンの計画に頼るもので明確に計画を立ててからプログラムを書き始めるやり方なのに対し,Tinkeringはボトムアップに素材とのnegotiationや再編集を好むやり方である(Papert 1980, Turkle and Papert 1992 ,Turkle 1995).BearlandらはTinkeringは初学者および熟達者の両者においてプログラミングおよびプログラムを学ぶ真正なプロセスであり実践と主張している (Bearland et al. 2013)
 しかしながら,何も支援を与えず学習者任せにTinkeringさせても,学習者は上手く学ぶことが出来ないという問題が指摘されている(Mayer 2004).例えば,Kurland and Pea は学習者任せに50時間のプログラミングの授業を実施したが,再帰のプログラムを理解することができなかったと報告している(Kurland and Pea 1985).また,プランニングのスキル(Pea and Kurland 1984) や論理的思考(Dalbery and Linn 1985)についても実証的な研究は少なくさらなる研究が必要である
 このことは,Tinkeringによるプログラミングが学習を引き起こさないというわけではない.Littlefieldらは,訓練を行った状況 ・プログラミングの熟達 ・転移を測定する方法の定義が必要であると主張している(Littlefield et al.. 1989).同様にPalumboは教授方法や訓練の時間・強度などが影響をあたえるとしている(Palumbo 1990).このようにプログラミングの概念理解を促すためには学習者任せのTinkeringではなく適切な学習環境をデザインする必要がある.
■ 目的
そこで本研究ではTinkeringに着目した支援方法の検討を行なう.

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開発するシステムのアイディアはまだ定まっておらず,現在は調査のためにプログラミングのワークショップを初心者の高校生や大学生を対象に実施しています.一方で,プログラミング教育の流れ(特に日本の研究や実践)についてはもまだまだレビューできていない状況です.

研究や実践についてレビューしつつ,実際に学習者がプログラミングをどのように学んでいるかということを軸足に,現状の問題点を見極め支援システムの開発を行いたいと思います.

今年度もよろしくお願いいたします.

原田 悠我

2016.05.09

【今年度の研究計画】不登校の児童生徒における家庭学習の実態調査

みなさま、こんにちは。M2の長野香織です。
GWは久しぶりに岡山の実家に帰り、中学校に行って先生とお話したり、友達と飲みに行ったり、フリースクールを訪問させていただいたり...バタバタしながらも、充実した時間を過ごしました。楽しい時間は本当にあっという間ですね...少しさみしい気もしますが、しっかりとリフレッシュできたので、またぼちぼち研究の方を頑張っていこうかな〜と思います。

さて、今回のブログのテーマは「今年度の研究計画」です。まだ固まっていないところもありますが、4月にあった研究構想発表会で発表したものを紹介させていただきます。

■テーマ
不登校の児童生徒における家庭学習の実態調査

■背景
1. 社会的背景
 不登校の児童生徒の増加が社会的な問題となっている。文部科学省の平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によると、平成26年度の不登校の児童生徒数は、小学生が25,866名、中学生が97,036名、高校生が53,154名となっており、その数は全体で176,056名に上ると報告されている。また不登校状態になったきっかけとしては、小学生から高校生まで「不安などの情緒的混乱」や「無気力」といった心理的な要因に関するものが約6割を占めている。 
 それでは、不登校の児童生徒の支援を考える際に、心理的な支援のみに着目していて良いのだろうか。文部科学省の「不登校に関する実態調査」(平成18年度不登校生徒追跡調査報告書)では、「学校以外の場所なら勉強を続けたいと思っていましたか?」という質問に対し、学習の継続意思を持っていた不登校の児童生徒はは回答者の約半数(42.9%)という結果であった。さらに、勉強を続けやすい方法としては「通信手段を用いて助言をもらいながら家庭で勉強する」の項目が31.1%、「家庭訪問」が16.6%となっており、自宅で学習できる機会を持つことを望んでいる児童生徒が少なからず存在するということが明らかになっている。また現在不登校の児童生徒の学習権を保障するために、国会でも新たな法案が検討されており、社会全体として不登校の児童生徒の多様な学びを保障しようとする動きが活発しているのである。

2. 先行研究
 では、実際に不登校の児童生徒の学習環境としてはどのような場所が考えられるであろうか。不登校と一言で言ってもそれぞれの生活の仕方によって学習環境は異なる。以下では、それぞれの環境での学習支援について、学校内と学校外に分けて研究動向を概観する。

2.1 学校内での支援
 不登校の段階には様々な段階があるが、別室登校ができる生徒に対する学習支援方法としては、教室にいる時と同じように授業が受けられるようなシステム開発の研究がなされている。これらのシステムによって、教室に入ることができなくても周りの生徒と同じように授業が受けられる機会を持てる一方で、広田(2012)でも指摘されているように、学校内のネットワークの問題やセキュリティの問題、さらには別室の生徒をサポートする人材の不足などが課題として挙げられている。別室登校の児童生徒については、学校には来られる状態であり、授業や進路指導など学校の教育サービスを受けられる状態にはある。しかし、不登校の児童生徒の中には学校に来られない生徒もおり、学校内だけでは対応しきれないのが現状である。

2.2 学校外での支援
 まず挙げられるのが適応指導教室やフリースクールなどの施設である。それらの場所には統一されたカリキュラムはなく、施設によって支援方法や支援目標が大きく異なっている。それゆえ、学校の代わりとして学習支援を中心にしている施設もあれば、あくまでもソーシャルスキルの育成を目標とし、心理的な支援を中心にしている施設もある。また、保護者や児童生徒による施設の捉え方やニーズについてもそれぞれ異なっていることが明らかになっている。これらの施設の良さとして、人と接することができるという点や学校にいる時と同じように(またはそれ以上に)社会的な体験をすることができるという点がある。しかし、学習・進学支援がどれだけ充実しているかということについては施設に依存しており、特に進学を意識する生徒はその施設の方針に合わせて学習方法を変えていかなければならないところが難点である。
 また、適応指導教室やフリースクールの他にも民間の塾や学習教室なども学習環境としては重要である。それらの場所ではカウンセラーなどの専門のスタッフが勤務しているとは限らないため直接心理的な介入はせず、学習支援を主な目的としているところに特徴がある。さらに集団の施設に比べて敷居が低く、個人に寄り添った学習支援をすることができるため、個々のつまずきに対応しやすいといえる。

■問題の所在と目的
 これまで学校内、学校外の学習環境についての先行研究を概観してきた。しかしながら、不登校の児童生徒はこれらの場所で過ごす以上に多くの時間を家庭で過ごしている。さらに、上述したように不登校の児童生徒は学習を継続しやすい場所として「家庭」を挙げており、今後不登校の児童生徒の学習環境を考えるときに非常に重要な場所となる。しかしながら不登校の児童生徒の家庭学習の実態を明らかにした研究はない。そこで本研究では、不登校の児童生徒が家庭学習として、何を用いて何を学んでいるのかを明らかにすることを目的として調査を行う。この研究で得られた結果から、今後の家庭学習の支援につなげていくことができると考えている。

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以上、現時点での研究計画を紹介しました。現在はこの研究計画に沿って調査方法を検討しているところです。どれだけ学習支援と言っても、人の心にも関わってくる研究なので倫理的な問題も含め、慎重に検討していく必要があると考えています。

私の研究生活も残り1年となりました。限られた時間をできるだけ有意義に過ごせるよう日々努力して参ります。どうぞ今年度もよろしくお願いします。
【長野香織】

2016.04.28

【今年度の研究計画】アマチュア音楽活動における関心の深まり方の類型化

M2の杉山です.私の今年度の研究計画をご紹介します.研究の意義を説明する難しさに直面する日々です.世の中では,新規性,新規性,などと言うこともありますが,むしろ新しいもの中から「価値のあること」を見つけ出すことの方が重要で困難な作業です.目下,計画を修正中なので,以下のまま修士論文にはならないと思いますが,ご紹介します.

■テーマ
アマチュア音楽活動における関心の深まり方の類型化

■背景
 人が自己実現をするやり方は仕事の中だけにあるのではない.ある人の生涯に意味を与えるものの一つに,余暇活動がある.余暇活動には「気晴らし」と「真剣な余暇」があると言われ,アマチュアでありながらも長期間関与を続け,その領域においてキャリアを積んでいく真剣な余暇において,人は自己実現・自己表現を果たすという(Stebbins 1992) .こうした余暇活動の可能性は,文化政策や生涯学習,高齢者福祉などの領域で注目を集めており,人々が充実した生を送る一つのあり方として,余暇活動を支援・振興していくという動きが見られる.
 こうした政策領域における一つの大きな問題が,参加 particitpaiton と関与 engagement のあいだの隔たりである.これまでの政策領域では,「全く活動をしていない人」がいかに参加できるようになるか,という問題に焦点を当て,施設の整備やアウトリーチプログラムの実施などによって,活動への「アクセス」を拡大してきた.しかし,それによって「参加」の機会が増えることと,継続的な「関与」が発生することは別の問題として存在している.文化消費の事例ではあるが,イギリスの文化振興政策では「1度でも参加する人」の数を増加させることができたが,「定期的に参加する人」は全体の1割程度のまま,変わらなかったという.
 それゆえ,人々がある活動に熱中し,関与し続けることはなぜなのか,そうした関与を生み出すきっかけが存在し,支援は可能な対象なのか,という問題は,解かれるべき意義のある問いである.本研究では,年齢を問わず多くの人々が参加・関与しているアマチュア音楽活動を余暇活動の事例として,この問いに取り組む.

■先行研究
 アマチュア音楽活動への参加・関与の問題を主に扱っている領域は,音楽教育(生涯音楽学習)である.先行研究では,アマチュア音楽活動へ参加する成人は,中・上流階級の大学を卒業した専門職従事者が多いとされている.さらに,個々人にとっての参加の理由は,「新しい友人に出会う」というような社会的動機づけから,「音楽を愛しているから」というような音楽的動機づけ,「自己表現のため」という個人的動機づけに分かれるという(Coffman 2002).
 このように先行研究は,参加の理由のパターンについては明らかにしているものの,どのような属性をもつ人がそのような理由づけをするのか・どのようにしてそのような理由づけが生まれてくるのかについて検討していない.その点が明らかになれば,なぜ関与が生まれるのかについて有効な知見になるだろう.
 そこで参考になるのが,教育心理学における「関心の発達(深まり)」に関する研究である.教育の分野では,理科などの科目において,生徒がただその領域的な思考をするだけでなく.その領域に関心をもち,主体的に実践に取り組んでほしいという観点のもと,関心の分類と発展のモデル化を行っている(Hidi and Renninger 2006).それによれば,関心は単純に活動を続けていくだけで深まるのではなく,その領域での熟達やそのほかの経験が関連しあいながら,深まっていくものである.
 それゆえ,関心の発達に関する一般手的なモデルは存在しても,学習者が実際に何を経験するのかは,当該領域によって異なる.そこで「アマチュア音楽活動に関与していく中でいかに関心が変遷してきたのか・またそれはどのようなきっかけによるものだったのか」を本研究の問いとして設定する.

■方法
アマチュア音楽活動を5~10年続けている成人に対し,自らの音楽活動に関して回顧的インタビューを行う.それによって,活動に関与していく中でいかに関心が変遷してきたのか・またそれはどのようなきっかけによるものだったのかを探索的に明らかにし,類型化を試みる.

【杉山昂平】

2016.04.12

【今年度の研究計画】学校外のテクノロジークラブにおけるエスノグラフィ

春一番も吹き、本格的に春がやってきましたね。
みなさま季節の変わり目、いかがお過ごしでしょうか。
M2の青木です。

さて、新年度はじめは、毎回「今年度の研究計画」というテーマでブログをお送りしております。
昨年は、参与観察を中心に研究生活を送っていましたが、今年度はいよいよ修論執筆です。
悔いのないよう、日々を丁寧に送っていければと思っています。

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■テーマ
学校外のテクノロジークラブにおけるエスノグラフィ

■背景
●求められる学習の変化
現代はあらゆる情報がデジタル化された高度情報化社会・知識基盤社会とよばれる。このような社会変化から、教育・経済・職場などの多様な文脈でデジタルメディア実践への注目が集まっているMills 2010)。このような時代を生きていく現代の子どもたちに求められるデジタルメディア実践に関する学習については、情報技術に関する流暢さ(Being Fluent with Information Technology)(NRC1999)など様々な定義が行われてきた。また近年では、これらを包括・発展させた、21世紀に求められる学習として、21世紀型スキルや、デジタルメディアリテラシーなどが提唱されている。これらの定義から、これから求められるデジタルメディア実践での学習は、技術を理解し身に付けるのみならず、その技術を活用し、他者と協力しながら新しい表現・創造活動を生み出し、主体的に学び続ける姿勢であるといえよう。

●学校外のデジタルメディア実践への着目
では、上述したような21世紀に求められるデジタルメディア実践での学習は、どのようにして学ばれるのか。
現在日本では、プログラミングに関する教育の場としては、公教育と公教育以外の場があるが、高等学校では履修率が約2割であり(文科省 平成28年)、1.1で述べたような技術の活用や新しい表現・創造活動、主体的に学びつづける姿勢に関する学習が行われているとは言いがたい。
また、山内(2003)は、学校での学習はデジタル社会における技術・表現形式の変化の速さに追いつけない可能性が高く、さらに学校知として現実の社会とそぐわない形で教授される可能性があることを指摘している。その上で、デジタル社会のリテラシーは、表現と受容を循環しながら学ばれ、さらに継続的に活動するためには社会的実践に参加していく必要があるとしている。つまり、学校内だけではなく学校外でもデジタル社会のリテラシーの学習をしていく必要がある。

実際に、学校や学校外を往来しながらデジタルメディア実践に関して学習している青年の様子の研究も行われている。Barron(2006)は、青年たちが自分自身の関心に従って、学校や学校外、家庭を行き来しながら、学習機会を受容したり創造したりしながら技術的流暢さを獲得していく様子が明らかにした。この研究に対して、Collins(2006)は、イリイチ(1970)のOpportunity Webとの関連を指摘し、Barron(2006)で示されるように自身の関心を追い求めて学習するような、主体的な自己主導型の学習者は、21世紀の経済社会において勝者であろうと述べている。このように、現代の子どもたちに求められる学習を考える上では、学校のみならず、学校外も視野に入れ、子どもたちの周りに広がる学習のエコロジーを考慮していく必要があるといえよう。

では、学校外のデジタルメディア実践としてはどのような研究が行われているのか。たとえば、オンライン学習(SNSやゲーム)(e.g.Greenhow2009)や、ワークショップやプロジェクト単位のもの(山内2003)などがある。本研究では、近年、学習効果が実証されてきた「テクノロジークラブ」を対象とする。

●テクノロジークラブに関する先行研究
近年アメリカでは、テクノロジークラブの実践と研究が広がっており、効果も認められてきている。テクノロジークラブを対象とした先行研究では、状況的学習論をベースにしたエコロジーの観点からエスノグラフィを行い、テクノロジーを活用した関心主導型の学習(Barron et al., 2014)やデジタルリテラシー(Vickery2014)、アイデンティティ(e.g. Levinson et al.,2014)が獲得されることが明らかになっている。このように、学校外のクラブ施設では、メンターとの関わりや試行錯誤をしながら友人と自由に活動することによって、デジタルリテラシーや青年の関心やキャリアの促進が行われている(Ito et al., 2013)。

しかし、先行研究ではアメリカのテクノロジークラブが対象になっているが、アメリカにおけるテクノロジークラブは貧困や格差縮小を目指し、行政・企業・大学らが協力して実施している公共施設である。さらに、学校との連携を行ってプログラムが展開されているものもある。つまり、学校の延長としての放課後プログラムの特性がつよい。一方で、日本ではテクノロジークラブ自体は2013年ごろから増え始めたものの、民間の団体や企業が運営しており、小規模であり、アメリカと同じような運営をすることはできない。日本では生徒の社会化やメディア制作を通した社会活動などを目指すアメリカの実践と異なり、プログラミングに関する教育の提供、子どもの教育や子育てを目的としたNPO・組織、もしくは企業のCSR活動や大学の公開講座等の地域・社会貢献の一貫としての活動が行われている(総務省 平成27年)。日本でのこのような実践の歴史は浅く、規模や教育内容もばらばらであり、手探りで行われているといっても過言ではないだろう。
では、どのような学習環境であれば、より中高生は積極的に参加し、学習していくのだろうか。

■目的
本研究では、日本におけるインフォーマル学習環境のテクノロジークラブにおいて、どのような学習がどのようにして生起しているかを参与観察とインタビューから明らかにし、どのような学習環境をデザインすればよいかの知見を導出することを目的とする。

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まだ、推敲中なのですが、おおまかにはこのような方向性で研究を行う予定です。

今年度もどうぞよろしくお願いいたします。

【青木翔子】

2016.04.03

【本年度を振り返って】博論執筆の物語

Ylab2015年度最後のブログ、D3佐藤が担当します。

1年前、私は博士課程に再入学しました。
自身の博士論文のテーマである「物語」的に振り返ってみると、語り手の私に「学生」という属性が再び加わったことと、博論という物語の話者に再びなったということでしょうか・・・。

「妻」であれば夫や親戚、「母」であれば子どもやママ友や学校の先生、「教員」であれば学生や同僚・・・語りというものは、想定される聞き手により、自ずと語る物語が規定され部分があります。日々の忙しさに紛れ、望まれる物語を淡々と語っていくことにすっかり慣れてしまった私にとって、再び「学生」として無から物語を生み出す作業はとても苦しく、私の人生の物語においてはありがたくも辛い一年でした。


今振り返ると、大きく2つの心の持ちようが欠如していたのかな、、、と反省しています。

1.思考すること
博士論文という壮大な物語を書くことは、初めてかつ未知なわけで、何が望まれ、想定されるのか分かりませんでした。
今となっては、望まれ想定される内容は無く作りあげること、無から語るために思考をめぐらさなくちゃいけない、そのために思考のモードを変えることが必要だったのだと思います。
後輩の博士論文を、ただ面白い!とか主張が格好いい!とかではなく、どのように博論という物語の世界を「無の状態」から作っていったのか、過去のゼミでの様子を思い起こし、物語を紡ぐ過程とリンクさせながら読ませて頂くことが大きな助けとなりました。何よりも先日の春合宿での博士号取得3名のセッションもとても参考になりました。

2.覚悟を決めること
私のテーマは、幼児がメディアを使用するもので賛否両論のある領域です。
過去一年在籍した就職先で、保育現場あがりの先生の思い(とても素敵な思想)が染み付いて、博士課程に再入学した頃、実は子どもの育ちに自身の研究が必要ないかもと考えるようになっていましたし、もはや自分のやっていることが嫌いでした。つまり、物語(ナラティブ)研究では体験の意味を作り上げることがとても重要なのに、自分はそれが出来ていないという大きな矛盾を抱えてました。
もちろん指導教官にはお見通しで、研究での主張に対し揺るぎない信念を作り上げ、たとえそれが大きな反論を産んでも刺し違える覚悟をしなくちゃいけないという心の持ち方、「覚悟」することを教えて頂きました。

博論という物語を覚悟した上で紡いでいくことで、大げさかもしれませんが、見るのが嫌でしょうがなかった自分の主張が、今では本当に重要で大切で、多くの人に広めていきたいものになりました。一次審査を経て、ようやく自分の研究の必要性が見えてきた気がします。


ここからは私的な物語ですが・・・
「母」としての語りに対し、全て反抗的に返してくる息子が、「学生」という立場でもがき苦しみ、愚痴る私の語りには、とても優しく返してくれたのが何よりも嬉しかったりしました。怪我の功名?苦あれば楽あり?とにかく明るい一節が生まれたのでした。

あと1年の学生生活。現職の大役や家庭との両立が益々困難になりそうな予感がありますが、博論執筆という物語が途中で終わらぬよう、最終章まで書き上げていきたいと思います。

佐藤朝美

2016.04.02

[Looking back on half a Year] My first semester in Japan

There is much more to learn, not just coursework or research upon decision of leaving my country for another. After having been in the corporate industry for 3 years, I dove back into the world of education, studying about education. This decision had been thought of as spunky by others, braving a foreign country whose first language is not English, alone with minimal assurance of completion or funding. But it is that uncertainty and thrill which pushes me to endure. I have yet to regret such decision and my grit of doing so gave me much more experience than staying in a corporate setup back home for a decade.

Cultural Immersion

I had been to Japan twice on short visits; I have also known people who have done the same at least 5 times. However, living here tickles completely different feelings- the simple act of walking around, seeing the leaves fall and bloom, listening to bicycles and children playing in the park before class... these are small things that are essentially the big things. Similarly, these are also the activities neglected by short-term visitors as understandably, being short on time would necessitate haste in traveling from one destination to another. Living in Tokyo provided me with these kinds of experiences, perhaps often found as negligible because of sheer accessibility. Fortunately, I had been given the opportunity to live in a graciously lovely area of West Tokyo, stripped from the noise and lights should I desire placid time.

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Photo: Momiji from Inokashira Park on the way to school for class

Coursework, Research, アルバイト

Coursework is difficult, as is research. Juggling my time to accommodate both, along with extra hours for part-time work is challenging but well worth the effort. During my first semester, I took a lot of classes with 4 required, 2 electives, and some ad-hoc Japanese language classes thrice a week, Ylab's zeminars every Thursday, and extra time for part-time for the lab. Sensei himself said that I needed more than 24 hours a day to manage, and it was very funny because pushing myself to that extent really made me appreciate all the extra time I could. I have learned a lot, but know that I still fall short on my research pursuits, having to review more than twice than I already have.
At a certain point when I had been too busy, I lost my zairyu, among other important items such as my commuter pass and student ID. It was a day before I was to open a new account imperative for my study in Todai. I had never lost anything of importance before, and I found it really amusing in fact. I knew I lost it just somewhere on campus, hence I was complacent that it would come back at some point. Just the timing was very surprising, and I believed it to be some sort of omen. A similar case happened recently twice with 2 passes offered to me for spring break along Chuo line. Due to some circumstances, both had not been endowed and instead I had opted to try out a different route along Inokashira. Interesting things have happened since and always led me to believe that you are always where you are supposed to be. Through rejections, mistakes, and undesired conditions, I now see life in a different light consisting of acceptance and better arrangements.

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Photo: 500 Yen change from reissuing my commuter pass the week I lost my cards

I am lucky to have met great people both in my program, the lab, the dorm, among many other networks who have helped me overcome the challenges I have faced so far. I never believed in luck as a sole purveyor of opportunities, the hard work puts you where good luck can find you. I will continue to work hard and listen to kismet's guide to where she wills me to be.
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It has been 6 months since I landed in Tokyo (September 22nd) on a one-way flight, and I would do it all again.

【Lian Sabella Castillo】

2016.03.28

【本年度を振り返って】じっくりと考えた1年

皆さま,こんにちは
M1の原田です.

 先週は学位記授与式でした。東京を離れる先輩や逆に地元の九州から来る友人がいて春は出会いと別れの時期だなと強く感じています.私が人を賢くする道具を開発したいと思って山内研究室に入ってきたのが4月で,気付けばもう1年が経とうとしています.今回のブログのテーマは「本年度を振り返って」なので慌ただしく走り回りあっという間に過ぎたこの1年間を,少しだけ立ち止まって振り返ってみようと思います. 
 今年度を振り返ってみると,9割ぐらい文献レビューをして1割ぐらい現場の話を聞くような1年間でした.私は教育システム開発論文をイメージしながら修士研究に取り組んでいます.そこで今年度の前半は今後開発するシステムで解決する問題を見極めるために文献のレビューをしてきました.論文や本などの文献を読みそれが自分の研究に関係するかしないかを判断し,文献が言いたいことを理解する.それだけでなく,複数の文献を統合して理解する必要があり慣れていない私は大変苦労しました.今でも苦労していまが振り返ってみると,入学した頃よりは多少は上達したと感じています(思いたいだけかもしれないです).
 そうして今年度の後半には修士研究で解決する問題を絞るため,文献を読みながら考えた問題を現場の人に聞いてもらっていました.4月のテーマから少し変わり,現在は研究対象をプログラミング学習に絞って研究の計画を立てています.そのためレビューから考えた問題を,プログラミングを教えている大学の先生に聞いてもらいに行ったり,プログラミング教育をしている現場をみたり,エンジニアの友達に今考えていることを聞いてもらったりしています.その他にも授業や研究会で知り合った方にアドバイスを頂いたりと,自分一人で考えていて行き詰ったときにはとにかく様々な方から話を聞いて行き詰まりから抜けだそうともがいてきました.
 そんなこんなであっという間に1年が過ぎてしまいました.振り返ってみるとインプットにじっくりと時間をかけていた(かけれていた)貴重な1年だったと感じます.インプットしてじっくり考えてきたことを,上手くまとめ修士論文を書き上げられるよう1日1日を大切に走り抜きたいと思います.(とりあえずは4月にこのブログで研究計画を公開できるように頑張らないとです...)

次の担当はlianさんです!!
お楽しみに

【原田悠我】

2016.03.21

【本年度を振り返って】研究の難しさに直面して

皆さま、こんにちは。M1の長野です。
最近少しずつ暖かくなってきて、春の訪れを感じますね!先輩方の卒業式を24日に控えた寂しさと自分がM2になることに対する不安を日々感じて生きています。今回のブログのテーマは「本年度を振り返って」ということで、この1年間のまとめをしたいと思います。

最初に赤門をくぐったとき、私にとって研究の世界というのは完全に未知なる世界でした。学部生のときに本腰を入れて研究をしてこなかったせいで、研究とは何をすることなのかも分からないまま入学し、私の院生生活が始まりました。そこで私が最初にぶち当たった壁は「研究は経験では語れない」ということでした。入学当初、学問的なバックグラウンドのなかった私の強みになるものは4年間続けてきた塾講師の経験だけで、何を話すときにも経験からしか話せませんでした。しかし、それは研究の世界では通用しません。自分の研究を他の研究の中に位置づけ、そこから語れるようにならなければなりませんでした。私にとってこの1年は、研究発表でイタいところを突かれるたびに自分の知識不足、考えの浅薄さを痛感してはまた研究に戻る、この繰り返しだったと思います。まだまだ思うようにはいかないことばかりですが、修士生活が終わるまでに日本の誰よりも不登校の研究に精通していたいなと思いながら、これからも1つ1つの研究に丁寧に向き合っていきたいと思っています。

少し話題を変え、内面的な話をしますと、大学院生としての生活は正直つらいことが多かったです。塾講師として働いてみて、不登校の子どもたちの学習をサポートすることが大事だと思って研究を始めたのに、「なんで心の支援じゃないの?」、「不登校の子にとって学習って本当に必要なの?」と悲しくなるほどに言われ続けました。私は心の支援はもちろん大切だと思っていますし、学ぶことを強制しているわけでもありません。ただ、子どもには学ぶ権利があって、学びたいと思った時に学べる環境があるといいなと思うだけです。私の中では答えは出ているんです。でも、どこにいってもその言葉を投げかけられ、何度も自分がやろうとしていることに自信がなくなりました。
ただ、そんな私を支えてくれたのは、「人」の存在でした。私はこの1年間幾度と無く大阪に帰り、そこで研究のきっかけをつくってくれた元生徒に会いました。イキイキとしたその子と話をしているうちに自然とやる気が出て、「まだまだ頑張らないと」と思わせてくれました。また、この1年でかけがえのない新たな出会いにも恵まれました。それは2月に多様な学び実践研究フォーラム(http://aejapan.org/2016/)に参加したときのこと。私はそこで多くの不登校の子どもを持つ保護者の方と実際にフリースクールに通う子どもたちに出会いました。そのときに頂いたのは「長野さんがこの研究をしてくれて、本当に嬉しい。」という言葉でした。私の研究に理解を示してくれる保護者の方、私の研究を必要だと言ってくれる子どもたちがたくさんいて、その方たちと出会えたことは私にとって、本当に大きな支えとなりました。

1年間はあっという間で、もうすぐ修士生活も2年目になります。授業もなくなるので研究に打ち込める時間が圧倒的に増えますが、生活をしっかり管理していかないと何も達成できずに終わってしまうんだろうとも思います。1年後に「こうしておけばよかった」という後悔をしないように、やりきったと思える研究をするために、毎日を精一杯過ごしていこうと思っています。

皆さま、1年間ありがとうございました!
次の担当は原田くんです!

p.s.
3月18日(金)に今年度私が関わってきたモバイル教材『動物と自然とわたしをつなぐ どうぶつ大冒険』(http://www.d-bouken.jp/)がリリースされました!小学生のお子さんをお持ちの方、ぜひ動物園に行かれる際にはご利用ください!

【長野香織】

2016.03.12

【本年度を振り返って】問うべき問いを問うために

M1の杉山です。私の【本年度を振り返って】を書きたいと思います。

本年度を振り返ってみて、M1としての1年間、これまで辿ってきたのは「何を問うことに価値があるのか」を探す道のりだったと感じます。来月に修論構想発表を控え、修士研究の枠組みがそろそろ固まる時期ですが、そこでは何をリサーチクエスチョンに据え、それの解明や実現に取り組む意義がいかにあるのかを明示しなければなりません。なんでもかんでもいいから問いを立てる、ということは簡単にできますが、それが果たして「問うべき問い」なのか、立場を明確にしてはじめて、リサーチクエスチョンになります。

私は一貫してアマチュア芸術活動における学習に関心をもち、この一年間文献のレビューも行ってきましたが、アマチュアという存在はとかく学術領域では扱われにくい存在だと感じます。音楽でいえば、学校の授業として行われる音楽活動と、音楽院などの高等教育機関や仕事で行われるプロ・エリートの専門的な音楽活動に関しては、教育や学習の文脈でよく研究されてきました。しかし、大人たちが、趣味や余暇として―暇つぶしというよりは真剣な活動として―行っている音楽活動というのは、ほとんど対象になってこなかったのです。

なぜ対象になってこなかったのでしょうか。一つの要因には「それが私的な活動だから」ということがあると思います。学校教育やある領域の専門家は、かなりの程度、公の事柄としての性格をもっています。音楽を学校でどう教えるべきか、これからの音楽家はどうあるべきか、という問題は、個人的な問題を越えて、社会的なイシューになりやすいし、それに対し教育的・工学的に介入する根拠も主張しやすいと思います。それに対し、アマチュアの音楽は「人それぞれ」「好きでやっているから」というイメージをもたれやすく、なかなか研究する「意義」、問いの「価値」を語りにくい性格をもっています。

しかし、それはアマチュアを「研究する意義がない」ということでは決してないと思う、ということが、この1年言いたくてなかなか明瞭に言い切れないことでした。実際のところ、今でも言い切れてはいません。特に秋ごろまでは「研究したいから研究する」「自分が知りたいことを学術用語で言い換えてみただけ」のような状態が続いて、学術領域に自分の研究を位置づけることも、ままなりませんでした。それに比べれば、今は多少前進してきたような気もするのですが、満足はできていないです。とはいえ、そこに拘泥して研究ができないのもしょうがないですから、考えながら走り回るというのが目下の課題です。アマチュアにも豊かな学習があるということは、自分の経験からも、周りの友人たちを見ていても確信するところですから。

吉見俊哉先生が近著『「文系学部廃止」の衝撃』で書かれた一節が、最近頭の片隅にいつもあります。曰はく、「文系の知は、既存の価値や目的の限界を見定め、批判・反省していくことにより新しい価値を創造することのできる知です」。何かを問う価値は、既存の価値観の枠組みだけが保障するものではないはずです。では、いかにして、新しい価値観を創造しながら、問いを立てていくことができるか。とても難しい課題ですが、この先研究を続ける中で、少しずつ実践していければと思います。

【杉山昂平】

2016.03.01

【本年度を振り返って】研究したいことを研究すること

みなさま、こんにちは。
M2の松山です。
修論審査が終わりほっと息をついていたら、もう春がそこまで近づいていました。
年度末のブログテーマは恒例の【本年度を振り返って】です。

本年度、私は以下のようなことに取り組んでいました。

・研究計画書をつくる
・開発物のアイデアを固め、開発をする
・実験の協力者を募集し、実験の手続きをする
・実験を行い、データ収集をする
・データを分析する
・修論を執筆する

修士の開発研究では、このような作業をすべて自分で行います。
あたりまえのことのように思えますが、実際に取り組んでみるとなかなか大変でした。
人によって、開発経験が豊富だったり、人を集めることが得意だったり、文章を書くことが好きだったりと、それぞれ自分の進めやすい作業があると思います。
しかし修士研究ではそれだけでなく、経験のないことや苦手なことにも取り組まなければならないため、うまく前に進めずに焦りばかり増していく...という時期があったりもします。
特に私はほぼすべての作業が苦手だったので、毎日いろいろなところで躓いていました。
そんな私ですが、困っているときに手を差しのべてくださった方々のおかげで、なんとか一歩ずつ進んでいくことができました。

修士論文を書き終えたとき、まずはじめに思ったのが、「やりたいことをやらせてもらったなあ」ということでした。
自分が一番興味のある対象に向けてコンテンツを開発し、対象である子どもたちに実際に自分のつくったものを使ってもらうという日々は、大変なことももちろんありましたが、すべて私が望んでいたことでした。
研究したいことを研究することは、とてもつらく、そしてとてもしあわせなことだと思います。
自分の好きで研究しているからこそ、誰にも言い訳をすることができないので、ふと孤独を感じてつらくなることもあります。
それでも、自分の興味関心にもとづいて研究していると、自分がおもしろいと思う事例に出会ったり、昔から考えていたことが形になったりと、喜びを感じる瞬間もたくさんありました。
研究したいことを研究する機会と環境をいただいたことのありがたさを、今あらためて噛み締めています。

修士研究に取り組むにあたり、本当にたくさんの方にお世話になりました。
何もお返しできていないことが心苦しいのですが、みなさまに与えていただいたこと、教えていただいたことを活かし成長していくことを、今の私ができる精一杯の恩返しとさせていただきます。
2年間本当にありがとうございました。


松山彩香

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