2010.05.25

【エッセイ】因果と相関の取り違え

asahi.comに以下のような記事が掲載されました。

農薬摂取で「子の注意欠陥・多動性障害増える」 米研究

この研究は、Timeのサイトでも紹介されていますが、タイトルの差が気になりました。

Study: A Link Between Pesticides and ADHD

朝日新聞の表現「AでBが増える」は因果関係を意味しますが、Timeの"Link Between A and B"は、相関しか指し示していません。

小さいことにこだわっているようですが、この差は研究では重大な意味を持っています。相関(AとBが関係している)は因果(AのせいでBになる)を保証しません。Timeの記事では、メディア接触状況などの環境要因が複合的に関係している可能性も指摘されています。

今回の研究のような疫学的な方法では、直接的な因果関係を立証することはできません。このことは、Timeの記事にも以下のような記述があり、慎重に報道されています。

「論文の著者は、相関を明らかにしただけであり殺虫剤の残留と発達の状況に直接因果関係があることを明らかにしたものではないことを強調している。」

もちろん、今回のような重大な疑義に関しては、追加研究を待つだけではなく、リスクを考慮して農薬の摂取を減らすという行動は選択肢のひとつになりえます。それでも、その選択は正しい情報に基づいてなされるべきです。

この報道に限らず、日本のメディアには、因果と相関を取り違えているものが散見されます。あふれるほどの情報が流通する現代社会では、統計的な考え方を身につけずに批判的に考えることは難しくなっています。高校から大学にかけて、統計に関する教育の充実が必要になっていると思います。

[山内 祐平]

2010.05.23

【今年の研究計画】歴史的知識を現代的問題の解決に活かす思考力を育成する学習環境のデザイン


みなさま、こんにちは。
【今年の研究計画】シリーズもとうとう博士課程にまわってきました。

今年度は研究生を含めて学生が10名になり、
扱うテーマも多様になって僕自身、日々良い刺激を受けています。

さて今週は、歴史学習をテーマにしている、
博士課程1年の池尻良平が担当させていただきます。


「うわー、歴史って年号とか丸暗記させられた嫌な思い出しかないや」と感じられ方!
僕はあなたの味方ですので、戻るボタンを押さずにぜひちょっと読んでみて下さい(笑)


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●歴史=社会の経験知の結晶?

 2008年10月の『週刊ダイアモンド25号』「歴史を知れば経済がわかる!」を読まれた方はいますでしょうか?ここで面白い調査結果が出ているのでちょっと紹介します。

 同誌が25歳以上の男女500人を対象に行ったアンケートによると、「学生時代にもっと勉強しておけばよかったと思う科目は何ですか」のトップ3はこうだったそうです。

1位:英語(67.8%)
2位:歴史(33.2%)
3位:数学(21.6%)

なんと歴史が2位にランクインしているのです!私もびっくりしました。

 同誌によると、もともと経済やビジネス誌と歴史的なものは相性がよく、経営戦略や人材育成や組織作りについて歴史からヒントを学ぶ経営者は多いのだそうで、先行きが不透明な現代のビジネスパーソンにとって「歴史に学ぶ」姿勢は不可欠になっているそうです。

 このように、歴史からヒントを得て今後の判断材料にするのは別に不思議なことじゃなく、アメリカの政治家達が外交的な戦略を決定する際に、ベトナム戦争や第二次世界大戦の結果をヒントに議論していることも研究から明らかになっています。

 自分の経験や実験室で測定される知見だけでは解決できない、社会的な問題にぶつかった時、歴史は色んな「社会」の経験を知っているものとして頼られる傾向にあるのです。


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●歴史にまつわる5つの能力

 よく「歴史学習に必要なのはとにかく暗記力だ!」と誤解されていますが、歴史教育学者のwineburg(2001)によると、歴史学習に伴う能力は下の5つがあると言われています。

 1、過去の光を通して現代の出来事を理解する能力
 2、文書記録を行き来し、絡んだ情報をまっすぐに整え説明する能力
 3、歴史的な文脈を正しく認識する能力
 4、歴史の場面での思考的な質問に対して反省的で分別のある返答をする能力
 5、歴史人物や歴史的出来事についての事実的な質問に答える能力

ちょっとわかりにくいので、危険を承知で意訳するとこんな感じです。

 1、歴史を使って現代を見られる能力
 2、色んな史料を使ってちゃんと歴史を紡げる能力
 3、当時の背景をちゃんと考えられる能力
 4、「なんでこうなったの?」を考えられる能力
 5、年号や人名や事件名を覚えられる能力

実は「暗記力」というのはこのうちの5番目の能力だけなんです。最近、大学入試でも論述問題が多く見られてきましたが、それでも4番目や3番目の能力までなんです。ちなみに2番目の能力はまさに歴史家が持っている専門的な能力です。


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●今の歴史学習の問題点

最初に紹介したように、歴史学習の「うま味」は1番の能力にあります。

 ところが歴史学習の先行研究を見ると、2〜4番目の能力をつけさせる学習方法しか研究されていないのです。そこで、うま味たっぷりの1番の「歴史を現代に応用する能力」を育成する学習方法が必要だといえます。

 修士研究では歴史のマクロな因果構造を利用して、みんなで批判的に考えながら現代のものに換えていくカードゲーム型の学習教材をデザインしました。

 ただし、「歴史を現代に応用する」という分野はほとんど未開拓な分野なので、課題は一杯あります。例えば、修士研究では歴史の「枠組み」に焦点を当てたため、最初に話したような歴史の具体的な解決策をヒントに問題解決をすることはしませんでした。

 ところが、なんでもかんでも安易に歴史を利用しようとすると、過去の解決策を間違えて用いる危険性があることも指摘されており、この学習方法をキチンと確立することは歴史教育における重要な課題といえます。


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●今年の研究テーマと博士を通しての展望

そこで博士研究の1つとして、この問題に焦点を当て、
歴史をヒントとして適切に使える能力を育てる学習方法を作りたいと考えています。

 「この歴史は時代背景が違うからダメだな。
  あ、でもこの時代の歴史の特徴は今と似ているから使えるかも!
  ...おお!クリエイティブな解決案が思いついたぞ!」

このように適切な歴史を選んで、その解決策をヒントに今の良い解決方法を生み出す。
そんな一連の能力を高校生が身につけてくれればと考えています。

どういう学習方法が最適なのかは目下研究中ですが、
この研究は、財団法人科学技術融合振興財団の
「平成21年度シミュレーション&ゲーミングの先進的独創的な手法の研究」として、
助成金をいただいておりまして、その分頑張らないと!と思っております。

博士研究全体としては、高校生の普段の生活の中でもっと歴史にアクセスしやすくなるような総合的な学習環境を構築して、これらの学習方法が最大限に活かせてもらえるようにしたいと考えています。

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これから3年間、気を引き締めて新しい歴史教育を作っていきたいと思いますので、
みなさまこれからもどうぞよろしくお願い致します。

[池尻 良平]

2010.05.18

【エッセイ】Twitter=わたしニュース論

韓国の研究者によるTwitterの情報ネットワークに関する量的分析が話題になっています。(論文PDFはこちらから)

この論文では、4170万のユーザーと、1億以上のTweetを分析しています。その結果、Twitterの情報伝達構造は、一般のSNSよりもニュースメディアに近いことが明らかになりました。これは、Twitterのフォロー構造が対称でないところから起こっている現象と考えられています。

この研究の結果から、Twitterは単純なソーシャルメディアというよりも、人のつながりを活かした「わたしニュース」ととらえた方が現状をうまく説明できます。「わたし」の今をつぶやき、「わたし」が気になったことを広める。その情報が読者との思いがけない相互作用を生み出す。そういう民主的でインタラクティブなニュースメディアという意味では、Twitterは新しい時代のCNNであるという主張もうなずけます。

[山内 祐平]

2010.05.15

【今年の研究計画】映画・映像制作ワークショップにおける効果について

はじめまして、修士1年の土居由布子と申します。宜しくお願いします。
【今年の研究計画】シリーズの第7回目を担当します。

私の「研究テーマ」は「映像制作ワークショップを通した参加者への効果について」です。

日本の教育はまだ「暗記型」の教育にはない、参加者の映像における「創造力」が養われるのではないかと思い、このテーマを選びました。

最近ではFacebookやYou TubeやMixiなどで動画をアップロードし、web上で共有することが多くなってきました。
一人に一台の動画機能つきのカメラも普及し、動画を撮る習慣も増えてきたと思います。

そういった背景のもと、テレビ局のカメラマンじゃなくても、映像を撮る技術やセンスなど映像を考えつくりだす「創造力」が求められるのではないか、と思いました。

アメリカをはじめ世界で映画制作ワークショップが開催されています。
日本でも各地で映画制作ワークショップがあり、小学生から中学生が対象になっているものが多く、その種類としてはドキュメンタリーだったり、フィクションストーリーとしての短編・長編の映画制作をするものもあり、そのプログラムスタイルは様々でテーマが決まっていたり、いなかったり、進行役のファシリテーターがプロとして技術指導される場合と干渉しない場合など。大抵の場合、ワークショップ中の監督、カメラマン、音声、照明などの役割を参加者内でローテーションさせます。
このように映画(映像)制作ワークショップは協調学習として協調性を身につけることにも有効だと期待されています。

参加者の感想としては、ワークショップに参加したあと、映画を観るときに今まで意識しなかったカメラワーク(ねずみの視点から物語が始まっていたり)、場面の切り替わりの方法や頻度などを意識するようになり、「自分だったらどう撮りたいか」もイメージするようになったそうです。

また長野にある小学校の映画制作活動では、「いじめ」をテーマにした映画を制作しているとき、主人公が悩んでいるシーンについて「悩んでる時ってうずくまったり、つったっていたり、とにかく止まっているよね」「でも止まっているものを映像で撮るのってつまらない」「じゃあアニメーションを使ってバックを暗いマーブル模様で動かして、主人公の心を表現するっていうのはどう?」などと(先輩の研究ワードを使って恐縮ですが)創発的な現象も起きています。

このように様々な効果が期待されるのですが、私自身どこの焦点をしぼるかにまだ迷っているところがあります。

アメリカと日本の映画・映像制作ワークショップの事例を調べ、比較するなどして、問題や魅力を抽出し、テーマを絞っていけたらと思っています。

2010.05.11

【エッセイ】どうしてプレゼンは字だらけになるのか

仕事に欠かせないツールになったPowerpointによるプレゼンテーションについて、Twitterで興味深いニュースが流れてきました。

敵はPowepointだ!
(The New York Times: We Have Met the Enemy and He Is PowerPoint)

刺激的なタイトルのこの記事では、アメリカ軍でPowepointによるプレゼン時間の浪費と「わかったつもりになる症候群」が問題視されていることが報告されています。
マクマスター将軍は、「なぜ危険かと言えば、それが状況を理解してコントロールしているという幻想を生み出すからだ。この世界の問題は全て箇条書きで表せるものではない。(not bullet-izable) 」と述べています。

軍隊だけでなく、一般的な組織でもPowerpointによるプレゼンテーションは問題になっているようです。

どうしてプレゼンテーションスライドは字だらけになるのか?
(cnet news: Why slides are too wordy)

こちらの記事では、箇条書きの危険性を指摘した上で、どうして文字だらけのプレゼンが作られるのかというプロセスを分析しています。
基本的には、発表者がスライドに依存せずにプレゼンできなければならないのに、現実はそうなっていないことから、人の語りなしで成立する「sliduments (スライド書類)」を作ろうとするところに、根本的原因があるという主張です。

この記事をTwitterで紹介したところ、面白いコメントがありました。組織レベルでそういう「スライド書類」を作るように指示しているところがあるようなのです。
こうなると、問題は発表者の力量ではなく、プレゼンテーションによる情報共有という活動が、仕事全体の中でどのような位置づけになっているかというレベルになります。スライド書類文化では、発表を儀式としてとらえていて、発表資料に合意事項がもらさず書いてあるかどうか(つまり、後から聞いていなかったと言われたときに証拠として反論できるようにすること)を重視しているのでしょう。

ただ、もしそうだとすれば、もっと厳密に記述された書面の形で確認した方がよいように思います。アメリカ軍の事例もそうですが、問題はPowerpointというツールそのものよりも、全てを箇条書きで記述し理解しようとする文化にあるように思います。箇条書きは楽ですが、万能ではありません。箇条書きにできない問題に対しては、事例をじっくり検討することや、しっかり構造化されたレポートを議論で改訂すること、インタラクティブにアイデアを出す対話型のセッションを行うことなど、いろいろなアプローチがあります。大事なことは「本当にここはPowerpointを使うべきところなのか」と疑ってみる態度なのかもしれません。

[山内 祐平]

2010.05.08

【今年の研究計画】多文化教育、特に在日ブラジル人児童向けのデジタル教材のデザイン

みなさま、こんにちは。初めまして。
修士課程1年、柴田 アドリアナと申します。よろしくお願いいたします。

【今年の研究計画】シリーズの第6回をお送りします。

私の研究は:

 日系ブラジル人の子供たちを対象としてデジタル教材をデザインすることです。

学校や友達から離れて、家族全員で来日してきた子供たち。
その裏にいろいろな原因があるが、その多くは家族の経済状況に関わります。
日本で働いて、一、二年たってから帰国する予定だった家族は結局長期滞在になってしまいます。

その結果、子供たちの教育にも大きな影響を与えています。

ブラジル人に関する教育の問題や学内でのいじめやけんかからは不就学、少年非行にも繋がるのではないかと思われています。
その学校での不適応の原因の一つは言語の難しさでしょう。
日本語の授業についていけない上、先生や同級生と上手にコミュニケーションできない状態も多いです。

 さて、グラフィックデザイナーの私は何ができるか?

私はこのように考え始めたのは2008年、群馬県にある大泉町に行った時です。
ブラジル人が通う公立学校やブラジル人学校の活動を見ながら、「楽しく学ばせる教材を作ろう」と思いました。
そのためにもっと勉強が必要だと気づきました。

今の問い:
 ブラジル人の子供たちに対して、どんな教材が必要なのか。

その教材をデザインするためにはなにが必要なのか、どのようなコミュニケーションがもっと効果的なのか。そして、各国の文化はそのコミュニケーションにどのような影響を与えているか。

日本の文化+ブラジルの文化=豊かな環境

テレビ、インターネット、様々なメディアを使って簡単に世界中につながる可能性があります。現在使われているメディアを使って、どんな学習や活動をできるのか...
このような様々な疑問がわいてきています。
この点を明らかにするため、グラフィックデザインの知識を深め、関わる分野の勉強もしながら研究を進んでいきたいと思いさす。
そして、対象をより深く理解するために、先行研究を読みながら、ブラジル人のコミュニティーを観察したいと思います。

大きな課題だと思いますが、皆様と一緒に考えて挑戦して行きたいと思います。

これからどんな教材ができるかはまだはっきり分かりません。
分からない点もたくさんありますし、調べたいこともたくさんあります。
これからはたくさんのアイディアを形にして、社会に役立つ研究にしていきたいと思います。

[柴田 アドリアーナ]

2010.04.29

【今年の研究計画】ICTを活用した国際理解学習の支援に関する研究

みなさま、はじめまして。
今年度から山内研で学ばせていただきます、修士課程1年の菊池裕史と申します。

【今年の研究計画】シリーズの第5回を担当させていただきます。

私の研究計画ですが、タイトルにも書きましたように『ICTを活用した国際理解学習の支援に関する研究』です。うーん、分かるようで分からない、と思われる方が多いかと思います。正直に言いますと、私自身もまだ頭の中がまとまっておらず、うまく言語化して説明することができません。しかし、当然のことではありますが、このタイトルは私が関心をもっているキーワードから構成されています。もう1度、今度は区切りをつけながらタイトルを見てみたいと思います。

『ICTを活用した/国際理解学習の/支援に関する研究』

私が現在関心をもっていることは、「ICTを活用して学習支援を行うこと」と「国際理解学習をテーマとして扱うこと」の2点です。今回はこの2点について説明させていただきたいと思います。

■ICTを活用して学習支援を行なうこと
まず、「ICT」という略語がどのような意味をもつのか、ということについて考えてみたいと思います。皆様は日常生活を過ごす中で、「ICT」という言葉を耳にすることがありますでしょうか?「IT」という言葉に比べると、ほとんど耳にする機会がない言葉であると思われますが、この「C」という文字は、情報通信技術を教育に利用することを考える際におきましては、非常に大切な要素を表していると考えられます。IT、ICTは以下の用語の略字です。

IT:Information Technology
ICT:Information and Communication Technology

「C」は上述した通り、Communication(通信)を表しています。現在におきましても、様々な場面で情報「通信」技術を利用した学習が盛んに行なわれています。身近な例を挙げますと、「語学学習」などは、情報通信技術の恩恵を多いに受けることができる分野であると考えられます。従来行なわれてきた「教科書や参考書を読んでCDを聞く」といったような単純な学習方法に比べて、インターネット(通信)を利用した学習は、より高度で複雑な学習を行なうことができます。たとえば、

・新聞社のWebサイトを訪問して最新のニュース記事を読む・聞く
・EメールやSNSを利用して文章を書く・読む
・IP電話を利用して話す

といったような、情報通信技術が発展する以前では考えることもできなかったような学習を行なうことが可能となりました。多様なイノベーションを引き起こす可能性をもつと考えられる「情報通信技術」の進展に注意深く目を向けながら、効果的な学習のために活用できると考えられた際には、積極的にICTを研究に取り入れていこうと考えています。

■国際理解学習をテーマとして扱うこと
情報通信技術の進展と同様に、グローバル化の進展も現代の社会を捉える上での大きな特徴と言えるでしょう。それに伴い、「異文化の理解」や「外国語運用能力の向上」などの大切さが様々な場面で強調されています。文部科学省も2008年に小学校学習指導要領の改訂を告示し、新学習指導要領では、小学校5・6年生に対して週1コマの「外国語活動」の授業を実施することとしました。中学校以降で行なわれる「外国語」科目が既に体系的なカリキュラムを構築しているのに対し、小学校での「外国語活動」科目はゼロからの試みになります。

どのような内容を扱い、どのような活動を行うことが、小学校段階での「外国語活動」科目にふさわしいのでしょうか?

私は、中学校で行なわれている「外国語」科目につながっていくような、その準備の段階となるような、外国語習得のための動機を高める活動がふさわしいと考えています。また、動機づけを行う手段として、国際理解学習を提案したいと考えています。

「学習者がどのような状態になると国際理解が行われたと言えるのか。」「国際理解が行なわれると外国語学習への動機づけが高まるのか。」などといった、検討しなくてはならない課題は山積みですが、これから少しずつ考えていこうと思っています。

まだまだ未熟な研究計画ではありますが、上述した2点を軸として、研究を1歩ずつ進めていきたいと考えています。

2010.04.23

【今年の研究計画】大学の文系学部におけるゼミナールに関する調査


みなさま,こんにちは。
【今年の研究計画】シリーズ,今週はM2の伏木田稚子が担当いたします。


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わたしは,山内研に入った当初,学生同士が対話をする中で理解を深めていくプロセスに興味がありました。
そこで,学生はなぜ授業中に問いを発しないのか?良い問いとはどのようなものか?といったResearch Questionを掲げ,「問い」「理解」「メタ認知」「対話」「議論」といったキーワードを中心に文献を調べていました。
その中で,問いかけが頻繁に起こる場は?と考えたときに,教員と学生が集う「ゼミナール」が思い浮かび,それが本研究に取り組むきっかけとなりました。


●研究のテーマ
大学の文系学部におけるゼミナールに関する調査


●ゼミナールの定義
『広辞苑』によれば,ゼミナールとは,「大学の教育方法のひとつ。教育の指導の下に少数の学生が集まって研究し,発表・討論などを行うもの。演習,ゼミ,セミナー。」とあります。
また,赤堀(1998)は,大学における授業を大きく2つに分類し,情報の伝達が知識である「講義形式」に対して,「ゼミナール形式」は相互の討論を用いるとしています。
学生による発表が授業の評価対象となる点や,理解という目的のために,教員と学生および学生と学生が共同で学習するといった点も,講義とは異なる「ゼミナール」の特徴として挙げられるでしょう(赤堀,1998; 船曳,2005; 中村・内田,2009)。
このような記述を踏まえるならば,ゼミナールは,「発表や討論を中心とする学習者主体の授業形態」と操作的に定義できると考えています。


●研究の目的
①国公立・私立大学の文系学部(法・経済・経営・商・文・教育・家政系)で開かれているゼミナールの形式を明らかにする
-いつ,どこで開かれ,どのような人々が何人ぐらい参加しているのか?
-中心となる活動は何か?発表,討論以外に何が行われているのか?
②参加者である学生の視点からゼミナールにおける学びの在り方を検討する
-ゼミナールの目的やそこでの学びをどのように捉えているのか?
-ゼミナールに対する意欲や所属意識はどれほどあるのか?
-ゼミナールに対する満足度や成長実感はどれほどあるのか?


●研究の背景
ゼミナールは最も大学らしい知の形式であり(船曳,2005),学習の成長の幹である(中村・内田,2009)というように,大学教育におけるゼミナールに対する評価が高まりつつあります。
このような動きは日本に特有のものではないようで,Tsui & Gao(2007)は,アクティブ・ラーニングを取り入れたセミナー科目は,学生の参与および満足度の向上や,認知スキルや持続力の獲得に寄与すると主張しています。
さらに,少人数でのディスカッションを中心としたセミナー科目は,批判的思考の発達を促進するなど,ゼミナールが望ましい学習成果と結びついていることを示す研究も行われています(Tsui & Gao,2007)。
けれども,毛利(2006)が指摘するように,日本ではゼミナールに関する実証的な研究はあまり進んでいないようです。
その理由としては,ゼミナールの形式が多様であること,教員と学生の共同体としてのゼミナールというように密室性が高いことなどが挙げられています(毛利,2006)。


●研究の課題
そこで本研究では,ゼミナールの形式を網羅的に調べ,いくつかのタイプに分類することで,複雑化していると言われるゼミナールの実態を明らかにしたいと考えています。
その際,参加者であり学習者である学生の態度(attitude)や信念(belief),特性としての学習観や学習スタイル等を併せて調べることで,ゼミナールの機能や効用に迫ることができれば・・・と思っています。


●調査の方法
質問紙調査で明らかになった事実を,インタビュー調査で補足するというミックス法を用いたいと考えています。
調査の対象や,調査のスケジュール調整は目下,検討中です。


●引用文献
赤堀侃司(1998) 大学授業改善の特徴と技法の共有化 大学教育学会誌 20, 63-66.
船曳建夫(2005) 大学のエスノグラフィティ 有斐閣
毛利猛(2006) ゼミナールの臨床教育学のために 香川大学教育実践総合研究 12,29-34.
中村博幸・内田和夫(2009) ゼミを中心としたカリキュラムの連続性~学生が育つ授業・学生を育てる授業-教員と学生が授業をつくる~ 嘉悦大学研究論集 51,1-13.
Tsui, L., & Gao, E.(2007). The efficacy of seminar courses. Journal of college student retention:Research, Theory & Practice, 8, 149-170.


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未だに整理がつかず,はっきりとしない部分が多くありますが,焦らず慌てず諦めず,しっかりと地に足がついた研究をしていきたいと思っています。
今年度もどうぞよろしくお願いいたします。


[伏木田稚子]

2010.04.20

【エッセイ】iPadの衝撃

先日、特任研究員の久松さんが並行輸入で購入されたiPadをさわらせてもらいました。
想像以上によくできたインターフェイスで、複数の指で操作する自然さに衝撃を受けました。iPhoneは持っているのですが、指の動かせるエリアが広くなるだけで、経験的にはほとんど別物になります。iPhoneに戻ると、指が押し込められて不快に感じられるほどです。
また、画面が非常に美しく、内蔵スピーカーのクオリティが高いことも特筆すべき点です。映像を見ていると、ポータブルテレビに近い感覚です。ウェブやマルチメディアビューアとしては完成度が高いものだと思います。
画面上のキーボードは慣れが必要ではありますが、長文でなければ入力に困ることはないでしょう。オフィスソフトであるPages,Numbers,Keynoteも販売されますので、今後の教育利用端末の最有力候補のひとつになることは間違いないでしょう。

すでに、教育利用に関係していくつかのニュースが入ってきています。

米国の3大学が『iPad』を無料で配布、1万冊の大学教科書を読めるサービスが開始。
マルチメディア元素ガイド"The Elements"の発売。

今後、様々な領域で教育利用の実験が進むでしょう。基本的には教育や学習の過程を改善する試みは望ましいことだと考えていますが、すぐに多くの大学が配布する状況にはならないと予想しています。

1) iPad本体は安い(約5万円)のですが、管理をするために別途Macが必要になります。セットにして配布すると20万円近くになり、大学側で管理するためには人的コストがかかります。

2) 電子教科書の流通は始まったばかりで、まだどの教科書でも選べるという状況ではありません。(日本では流通の仕組みすらありません。)

3) 教員側の準備が整っていません。学生がPCでノートをとったり、教科書を見るところまでは対応可能だと思いますが、それ以上の付加価値を出そうとすると授業のやり方を変える必要があります。

このような理由から、大学において本格的な利用が始まるにはまだ時間がかかりそうです。今後実験的に導入した大学の利用動向を注目し、ブログでお知らせしていきたいと思います。

[山内祐平]

2010.04.19

【今年の研究計画】第二言語習得を目的とした効果的協調学習の支援法に関する研究

みなさま、こんにちは。

【今年の研究計画】シリーズ、今週はM2の程琳からお送りさせていただきます。どうぞよろしくお願いします。

■研究テーマ
第二言語習得を目的とした効果的協調学習の支援法に関する研究
―日中学習者混在のグループランゲージエクスチェンジ活動としてのマンガストーリーテリングの分析を通して―

■なぜランゲージエクスチェンジか?
異なる母語の人たちがお互いに自分の母語を教えあい、そして、代わりに相手から向こうの母語を教えてもらうことがランゲージエクスチェンジという。簡単に言語交換と理解している人も少なくない。
ランゲージエクスチェンジのよさとして、「ネイティブスピーカーとの練習」、「異文化の発見」、「パートナーとの趣味や興味の共有」、「語学教室では不可能なスラングや口語体の学習」、「語彙や文法に関する質問を母語話者に直接質問」などが利用者に実感されている。

■ランゲージエクスチェンジの現況
実際に、オンライン資源が急激に豊富かつ利用自在になりつつある現在においては、ランゲージエクスチェンジのためのソフトウェアが理論をずっと先を歩んでいるのである。
ランゲージエクスチェンジのためのオンラインコミュニティと言えば、SharedTalkや、InterSpeakers、Livemochaなどがたくさん挙げられる。 それらが愛用されている共通理由として、以下の三点がまとめられる。
1. 自分が習おうとしている目的言語の母語話者と簡単に連絡取れること。(基本は単純文字チャットから、音声チャット、動画チャットまでマルチメディア環境として利用可能。)
2. 無料で誰でも加入できるオープン式。しかも、交流している相手も一人特定と言うわけではなく、一対一から一対多数の形態とグループワークの学習形態が共存している。
3. ある程度の学習資源を共有できること。グループ内での共有作文や共有チャット記録、それから、サーバーが提供してくれるニュースなどが利用できる。

■なぜランゲージエクスチェンジと漫画ストーリーテリングを結びつけるのか?
実際にランゲージエクスチェンジを愛用している学習者層を見れば分かる話だが、ある程度話ができるまでにならないと、目標言語の母語話者とパートナーになっても自由自在な会話どころではなく、意思疎通すら無理なのがネックである。
そして、外国語を学習して、途中で諦めてしまう人の多くは、その初心者から中級者への段階で挫折したわけである。
中級段階へのネックを乗り越えるための支援法として、ただ母語話者と母語資源に恵まれればよいのでは足りないならば、なにか異なる言語の両者ともに理解できるうえでロジックを立てやすくさせられる学習法はないかというところに、ストーリーテリングが紹介された。
また、学術的に、第二言語習得法指導法としては、インプットが十分なアウトプットを支えきれない際に、カードや絵、文章要約フォームなどの情報補助により、学習者のアウトプットとインプットがともに効果的に上達すると分かっている。
しかし、こういうインプット補助としてのカリキュラムは教育側としての先生役が利用する場合が多く、ランゲージエクスチェンジにはまだ導入されていない。加えて、学習者同士によるコミュニケーションとしては、お互いに外国語が難しいこともあるため、有効に利用される支援法が期待されている。

■日中学習者混在のグループランゲージエクスチェンジ活動としてのマンガストーリーテリング
そこで私が目を向けたいのは・・・
おとぎ話や童話、ディズニー物語のような世界中の人に共通認識の持ちやすい絵本をテキストにし、日本人と中国人(個人的に私の母語が中国だから、笑)からなるランゲージエクスチェンジグループで行われるストーリーテリング活動である。
英語学習にストーリープロジェクトが前から活用されてきているが、ランゲージエクスチェンジの支援法として有効に生かせる要因を自分の研究により明らかにしていきたい。

■今後の課題
初級レベルの学習者同士による協調学習の支援法として、この研究の目的を設定しているが、言語学習に生かされているストーリー支援研究を参照しながら、まだまだ活動案を具体化する必要がある。
それから、ストーリーの完成度を評価する方法、分析方法を含めて今度の努力が必要である。
言葉による壁をこの研究を通して、少しでも薄くできたら嬉しい。そのために、一生懸命がんばります!

【程 琳】

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