2010.05.23

【今年の研究計画】歴史的知識を現代的問題の解決に活かす思考力を育成する学習環境のデザイン


みなさま、こんにちは。
【今年の研究計画】シリーズもとうとう博士課程にまわってきました。

今年度は研究生を含めて学生が10名になり、
扱うテーマも多様になって僕自身、日々良い刺激を受けています。

さて今週は、歴史学習をテーマにしている、
博士課程1年の池尻良平が担当させていただきます。


「うわー、歴史って年号とか丸暗記させられた嫌な思い出しかないや」と感じられ方!
僕はあなたの味方ですので、戻るボタンを押さずにぜひちょっと読んでみて下さい(笑)


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●歴史=社会の経験知の結晶?

 2008年10月の『週刊ダイアモンド25号』「歴史を知れば経済がわかる!」を読まれた方はいますでしょうか?ここで面白い調査結果が出ているのでちょっと紹介します。

 同誌が25歳以上の男女500人を対象に行ったアンケートによると、「学生時代にもっと勉強しておけばよかったと思う科目は何ですか」のトップ3はこうだったそうです。

1位:英語(67.8%)
2位:歴史(33.2%)
3位:数学(21.6%)

なんと歴史が2位にランクインしているのです!私もびっくりしました。

 同誌によると、もともと経済やビジネス誌と歴史的なものは相性がよく、経営戦略や人材育成や組織作りについて歴史からヒントを学ぶ経営者は多いのだそうで、先行きが不透明な現代のビジネスパーソンにとって「歴史に学ぶ」姿勢は不可欠になっているそうです。

 このように、歴史からヒントを得て今後の判断材料にするのは別に不思議なことじゃなく、アメリカの政治家達が外交的な戦略を決定する際に、ベトナム戦争や第二次世界大戦の結果をヒントに議論していることも研究から明らかになっています。

 自分の経験や実験室で測定される知見だけでは解決できない、社会的な問題にぶつかった時、歴史は色んな「社会」の経験を知っているものとして頼られる傾向にあるのです。


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●歴史にまつわる5つの能力

 よく「歴史学習に必要なのはとにかく暗記力だ!」と誤解されていますが、歴史教育学者のwineburg(2001)によると、歴史学習に伴う能力は下の5つがあると言われています。

 1、過去の光を通して現代の出来事を理解する能力
 2、文書記録を行き来し、絡んだ情報をまっすぐに整え説明する能力
 3、歴史的な文脈を正しく認識する能力
 4、歴史の場面での思考的な質問に対して反省的で分別のある返答をする能力
 5、歴史人物や歴史的出来事についての事実的な質問に答える能力

ちょっとわかりにくいので、危険を承知で意訳するとこんな感じです。

 1、歴史を使って現代を見られる能力
 2、色んな史料を使ってちゃんと歴史を紡げる能力
 3、当時の背景をちゃんと考えられる能力
 4、「なんでこうなったの?」を考えられる能力
 5、年号や人名や事件名を覚えられる能力

実は「暗記力」というのはこのうちの5番目の能力だけなんです。最近、大学入試でも論述問題が多く見られてきましたが、それでも4番目や3番目の能力までなんです。ちなみに2番目の能力はまさに歴史家が持っている専門的な能力です。


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●今の歴史学習の問題点

最初に紹介したように、歴史学習の「うま味」は1番の能力にあります。

 ところが歴史学習の先行研究を見ると、2〜4番目の能力をつけさせる学習方法しか研究されていないのです。そこで、うま味たっぷりの1番の「歴史を現代に応用する能力」を育成する学習方法が必要だといえます。

 修士研究では歴史のマクロな因果構造を利用して、みんなで批判的に考えながら現代のものに換えていくカードゲーム型の学習教材をデザインしました。

 ただし、「歴史を現代に応用する」という分野はほとんど未開拓な分野なので、課題は一杯あります。例えば、修士研究では歴史の「枠組み」に焦点を当てたため、最初に話したような歴史の具体的な解決策をヒントに問題解決をすることはしませんでした。

 ところが、なんでもかんでも安易に歴史を利用しようとすると、過去の解決策を間違えて用いる危険性があることも指摘されており、この学習方法をキチンと確立することは歴史教育における重要な課題といえます。


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●今年の研究テーマと博士を通しての展望

そこで博士研究の1つとして、この問題に焦点を当て、
歴史をヒントとして適切に使える能力を育てる学習方法を作りたいと考えています。

 「この歴史は時代背景が違うからダメだな。
  あ、でもこの時代の歴史の特徴は今と似ているから使えるかも!
  ...おお!クリエイティブな解決案が思いついたぞ!」

このように適切な歴史を選んで、その解決策をヒントに今の良い解決方法を生み出す。
そんな一連の能力を高校生が身につけてくれればと考えています。

どういう学習方法が最適なのかは目下研究中ですが、
この研究は、財団法人科学技術融合振興財団の
「平成21年度シミュレーション&ゲーミングの先進的独創的な手法の研究」として、
助成金をいただいておりまして、その分頑張らないと!と思っております。

博士研究全体としては、高校生の普段の生活の中でもっと歴史にアクセスしやすくなるような総合的な学習環境を構築して、これらの学習方法が最大限に活かせてもらえるようにしたいと考えています。

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これから3年間、気を引き締めて新しい歴史教育を作っていきたいと思いますので、
みなさまこれからもどうぞよろしくお願い致します。

[池尻 良平]

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