2013.02.14
みなさま、ごきげんよう。修士2年の早川克美です。
気がつけばもう2月。今日はバレンタインデーですね。
同期の4人が修論を執筆し、無事に提出した背中を眩しく眺めながら、
本来であれば一緒に"最後のブログ"だったこの記事を
「来年度もがんばります。」という状況で書いております。
そう、修士課程をもう1年延長させていただくことになりました。
その事情も含めて、今回のテーマ【今年を振り返る】にまいりましょう。
■突然の就職
私はデザイナーでもある社会人院生ですが、卒業後は、大学教員になることを志望していました。これまで、非常勤講師を足掛け3年務めた際、自分の設計した授業プログラムによって、学生が変化し成長していく過程に遭遇、授業準備からそのプロセスまでがなんとクリエイティブなことだ!と感激しつづけました。そして、これを人生最後の仕事にしたいと思うようになったのです。ただし、いつもながら気づくのが遅い!!年齢的にはかなり厳しい状況です。実務の実績と修士号を合わせても少し足りないかもしれない、そんな不安を抱えていたちょうど1年前、1本の電話でお誘いをいただきました。
「うちの大学で新学科をつくる」
「100% e-learningで行うのであなたの大学院での学びも生かしてほしい」
「領域を横断した新しいデザイン概念で取り組める人を探していた」
なんと、幸運なことでしょう。でも、これは私の実績だけではないと思いました。
山内研究室に在籍したからこそ、このお誘いが現実になったのだとすぐに思いました。大学院に進学した際に、お電話をいただいた方には報告の連絡をしています。
物事とはこうして必然が起きていくのだと一人静かに感激し感謝したものです。
そして、誰よりも先に山内先生にご報告し、ありがたいお言葉をいただきました。
専任に就職したのは「京都造形芸術大学芸術学部 芸術教養学科」です。
2013年4月に開講するための準備室に所属となりました。
■修士研究を3年に...
というわけで、修士研究、教員、デザイナーの三足の草鞋状態となり、物理的にも精神的にも混乱し、山内先生にご相談し、お許しを得て、あと1年修士を延長させていただくことに至りました。
■正統的周辺参加とコア(中心)になることの狭間で...
gap gap
デザイナー ... 修士研究 ... 教員
(中心) (周辺〜中心へ) (中心・組織人としては周辺)
デザイナーとしての自分は、その世界でコアに存在し実践してきました。前にもここで書きましたが、研究となると全く違う作法とロジックが求められ、外側から徐々に中心に向かっていく参加者となります。そのギャップたるやすさまじく、未だに苦しんでいます。
また、e-learningについても、ゼミでの他メンバーの研究や、先生のお話、研究室での研究実践...と、「耳学問」と「観察」による周辺参加者です。
それが、教員となるといきなり、e-learningのコアになることを求められました。山内研で学んだ知識を用いて、学習者にとって学習環境を最適化すること、Hard-Fun な学習プログラムを設計すること、こうした目標を持ってのぞんだものの、現実社会はそう理想通りにはいきません。関わっている様々な立場の思惑、予算、実社会ではあたりまえの障害なのですが、一度大学院に進んだ自分にとっては、今度はこのあたりまえのことが新たなギャップとなって立ちはだかります。大学教員としては新参者ですから、組織というコミュニティにおいては周辺に位置します。これも厄介で(笑)、一度自分の会社を持って自由気ままに活動していた自分にとっては、経験したはずなのにここにもギャップが生まれます。
全く性質の異なるコミュニティでそれぞれに序列の違う立ち位置で、物事を進めなければならないこと、本来の自分の性格としては面白くて仕方ない場面なのですが、毎日いろんな仮面を付け替えているような心持ちとなり、つい最近まで、かなり苦しかったことを正直に告白します。
■とはいうものの...やりたかったことが実現できる喜びも
そもそも私はボーダーのない考え方をずっと志向したいと考えて生きてきました。デザインにおいても、領域と領域のすきまを考えていましたし、学際情報学府に進んだのも、人と空間と学びを学際的に考えたかったからなのです。ですから、京都の大学で、新しい学科の立ち上げに参画し、自分の考えるようにカリキュラムを作れる立場をいただけたことは、存外の喜びです。職能で分断されたデザインを、生活者のためのデザインとして再構築すること、これが今の私が目指している新学科でのカリキュラムの一端であります。
年内には教科書を2冊出版します。1冊は同じ研究室の先輩、安斎勇樹さんに非常勤講師になっていただき、一緒に進めています。その他にも、東京大学で出会った魅力的な方々にご協力をいただきながらひとつひとつ丁寧に進めています。大変だけれど幸せです。
■そして修士研究
まるまる1年、頭の片隅においやってしまった修士研究をスタートさせねばなりません。早くやりたくてワクワクしています。京都の仕事をしていく中で、ゆるやかに自分が研究へと向かえていけるように予感しています。同僚の先生方はほとんどが人文系の研究者なので、そのお話を伺うことも、私にはよい刺激となっているようです。応援もしていただいているので、物理的にはハードですが、やるっきゃない!そのひとことです。
もしかしたら、デザイナーからいきなり修士にのぞんだのはホップ・ステップ・ジャンプのステップの部分が欠落していたのかもしれず、教員になってのこの1年は自分にとっては良い意識のステップだったのかもしれないとも考えています。
■最後に...同期のみんなへ
私たちは同期5人の女性ばかりのかしましい一団でした。私をのぞいた4人がこの春、新たな世界へと旅立ちます。うやらましくもさみしくもありますが、ずっと何らかのかたちでつながっていくようにも感じています。2年間はあっという間だったけれど、歳の離れた私を関係なく仲間にしてくれて、本当にありがとう!。あなたたちに会えて、一緒に過ごした時間は宝物です。ありがとう。
1年、激動でした。波あり過ぎで、ヘトヘトでしたが、また次の1年、大波を乗り越えた自分で、みなさんにご報告できたらうれしいです。
上がったり下がったり忙しい内容で失礼いたしました。(しかも大長文!)
まだまだ寒い日がつづきますが、春はもうすぐそこに。
みなさま,ご自愛くださいませ.
ではまた.
長文・拙文におつきあいいただきありがとうございました!
【早川 克美】
2013.02.08
先週、無事に今年修了予定の4人の口頭審査も終わり、修士2年間あっという間だったなぁとしみじみしている山田小百合です。こんにちは。(まだ修了は確定していませんが!)
【今年を振り返る】というテーマですが、昨年はこのテーマでブログを書けなかったため、勝手に2年間をざっくり振り返ろうと思います!
「研究は好きなものじゃないとできない」と言いますが、大学院生となり、「好きな事を(研究)できていいよね!」と言われることが増えました。この領域が好きなのは事実だし、ありがたいことですが、そんな私の修士の2年間は、好きな気持ちを疑いたくなるくらい悔しさでいっぱいでした。私のこの記事のタイトルは、修士2年間を振り返って感じたことです。
本業として、月1回の研究発表、理論や研究方法などを学習したり、論文を読んだりするものの、理解がうまくできないことも多く、焦ることはしばしば。厳しいコメントもたくさんいただき、悔しい気持ちが募ることもありました。頭のなかではわかっているつもりでも、いざ行動に移そうとするとできないことがたくさんあり、そんな自分に嫌気が差すこともありました。また、大学院生は研究だけしているわけではなく、学府の授業のハードさは想像以上で、プレゼンやミーティングが次から次へと舞い込んで来ます。もちろん授業だけでない忙しさもありました。
そんな中、久しく会う友人に「最近何してるの?」と尋ねられるときや、この分野に関心のない人に研究の話をしても、上手にその意義を伝えられてないなぁと反省することもあれば、これまで特別支援教育を専門的に学んだこともなかったので「それであなたに研究ができるわけ?」と言われ、「私が研究をしている意味はあるのだろうか...」と落ち込んだりもしました。
一方、私の場合はNPO法人を立ち上げることを決めたので、(団体設立準備が、修論が書けないという言い訳にはもちろんなりませんが)、「研究モード」と「新しい組織をつくるモード」を切り替えるのになかなか慣れず、経験したことのない2つのことに並行してとりかかる苦しさと向き合ったりもしました。
他にも思い出されることはいろいろあるのですが(笑)、総じて「できないこと・わからないこと」に向き合うことがたくさんありました。想像できないほどにいろんなことにぶつかり、そんな自分が本当に悔しかったし、そんなことがあまりにも続いている(気がする)ので、自信もなくなっていきました。
もちろん、これらは誰かのせいでは決してなく、私がとにかく「やるしかない」ので、ひたすらその時の悔しい自分と向き合い続けているうちに、論文を執筆し始め、あっという間に2年間が終わったような気がします。お恥ずかしい話ですが、好きで大学院に入学したはずなのに、投げ出したくなったり、やめてしまいたいと思ったりもしました。でも、絶対やめたくなかった。
理由はいくつかありますが、悔しい思いをしながら、小さい一歩を感じることはたくさんあり、悔しい気持ちを溜め込んだ後の「できた!わかった!」という気持ちは爽快なものでした。
またこの2年間は、いろいろな大学へ訪問してお話を伺ったり、特別支援学級へ訪問したり、非営利団体の実践を見学したり、いろいろなところへ出向いてきました。私自身も実践研究としてワークショップを子どもたちに行い、たくさんの子どもたち・保護者のみなさんと出会いました。さらに、先日ありがたいお話をいただいて、ニューヨークとメリーランド州に行き、大学や学校、NPOなど6つの場所を訪問させていただきました。研究者、学校の先生、実践家、保護者のみなさん、そして何より子どもたち...2年間多くの人と出会う中、それぞれの立場の人の言葉を聞き、何より子どもたちの姿を見ていると「なんとかしたい!」と思ってしまうのです。
もちろん、好きが高じて研究をしている人が多いと思いますし、私もそうですが、好きな気持ちが折れそうなことは多々あると思うのです。でも、悔しいからこそより真剣に取り組もうとするし、結果より良い研究になるし、より良い研究は多くの人に研究を届くと思うのです。そうは言えども「悔しい」という気持ちに向き合う事って、実はそんなに簡単じゃないなぁと、自分自身を振り返ってみて感じます。まだまだ未熟者だなと痛感させられる2年間でした。
なんだかこうして書くと、楽しかったことはないのか!?と思われそうですが、楽しいコトばっかりでした!でも、こういういろんなことを、自分なりに乗り越え、未熟さを感じながら、総じて「楽しかった!」となっています。
こうした2年間があるのも、多くの方々の支えと励ましのおかげです。研究は好きだけじゃできないし、本当に1人じゃできないなぁと感じています。それにやっぱり自分が好きなものしか研究できないなと改めて感じました。論文を1つの形としてまとめることができたのは、訪問先で出会うみなさま、ワークショップに参加してくださったみなさま、そして研究室のみなさまなど、本当にたくさんの方にお力添えいただいたからだと感じています。厳しいコメントや温かい励ましなど、本当にありがたい2年間でした。
さて、学際情報学府という環境は、複数の領域にまたがるような面白いテーマを扱う場所なので、実践家、研究者、地域のみなさん、学校の先生など...いろんな立場の人に、自分の活動や研究を伝えられないといけないなと感じていますが、それはNPO法人、社会起業家も同じだと思うのです。そういう意味でも、学際情報学府、山内研で学んだこと、経験したことを、NPO法人での活動で活かし、貢献していかねばならないと感じています。
学際情報学府、山内研で2年間を過ごせたことに心から感謝しています。私が山内研究室ブログを書くのもこれが最後となりますが、本当にありがとうございました。そして今後とも、山田小百合とNPO法人Collable(http://www.facebook.com/collable)をどうぞよろしくお願いいたします。
【山田小百合】
2013.01.31
皆様こんにちは.
【今年を振り返る】シリーズ第3回は修士2年の末 橘花がお送りします.
さて,今日は学際情報学府修士論文の口頭試問でした.結果はまだ出ていませんが,これで修士研究も一区切りつきました.
このタイミングで1年を振り返るとなかなか感慨深いものがあります.
改めて振り返ると,本当にたくさんの方々に支えられて2年間を過ごすことができたのだなと実感します.
特に実践研究を行うにあたって,プレ実践として母校でオーラル・ヒストリーの授業をする機会をいただいたり,本実践として東京大空襲・戦災資料センターにご協力いただいたりしました.他にも,オーラル・ヒストリーをご専門にする先生方にFacebookを通じてお会いさせていただいたり,教育工学会でのポスター発表で様々な研究者の方に助言をいただいたりする機会がありました.また,研究室にこもって論文とにらめっこしたり発表資料の構成に頭を悩ませ,先輩方や助教さんに沢山の助言をいただいたり,ゼミで指摘していただきました.研究を行うにあたって,本当にたくさんのことに挑戦すると共に,たくさんの人に恵まれたのだなと思います.また,沢山の人から多くの刺激を与えて頂くことで,自分のことをじっくりと見つめる本当に良い機会にもなりました.
しかし,研究の渦中にいると,大量の論文を処理したり,実践の準備や運営したりするのに明け暮れ,手一杯になってしまい,周りが見えなくなってしまうこともありました.それ故にご迷惑をおかけしてしまったことも多くあったのではないかと思います.
それでも,先生方や先輩方,同期に後輩,山内研究室のみなさんが温かく時には厳しく指導してくださったり,支援してくださりました.また,卒業された先輩方からもメールをいただいて励まして頂いたこともあり,本当に嬉しかったのを覚えています.
更に,論文を提出する際にも,口頭試問の直前も,最後の最後までみなさんが心配してくださり,申し訳なさを感じると共に,私の修士研究は私一人のものではなく,支えてくださった皆様と共に作り上げたものだと改めて実感しました.この場をお借りして,私を支えてくださった全ての方にお礼申し上げたいと思います.
さて,今度は私がお世話になった方々にお返ししていく番です.私一人に出来ることは少なく,貢献するのは難しく私には何も出来ないなと思ったこともありました.しかし,研究のことで先輩からアドバイスを頂いた際に,「自身も昔は先輩からアドバイスを受けたり支援してもらったのだ」と伺ったことを思い出し,お世話になった方に直接は返すことができなくても,一つの方法として,ペイフォワードしていきたいなと思います.4月からは社会人として会社に勤めますが,私なりに社会や人に貢献していきたいです.
【末 橘花】
2013.01.25
みなさま、こんにちは。今週のブログの担当の呉重恩です。
修士論文を提出して、そろそろ日本での留学は終わるところです。過去そしてこの3年間の留学生活を振り返ると、時間の経つのが早いなあ、としか思わないぐらいです。
ついこの前、修士課程に入学したばかりなのに...
ついこの前、高校を卒業して、ワクワクな気持ちで大学に入ったのに...
そして、父に抱っこされていて、幼稚園に連れていかれるのもまるで昨日のことのような気がしています。
しかし、もうこれで人生の1/4が経ってしまいましたなんて!しかも、果たして無事に百歳までに生きていけるのでしょうか。こう考えると、人生とは、本当にあっとうい間のものですから、こわいです。小さい頃から、父からよく「善を尽くす;美を尽くす、すると悔いのない人生が過ごせる」と吹き込まれていました。その通りに努力していると、確かに毎日楽しく過ごせています。無論、このマヤ暦の予言で言われた人類が滅亡する2012年をも楽しく過ごしてきました。
学業のほうは、修士段階の研究は無事に一段落つくことです。PBLに興味を持っているといっても、それを模擬した実験活動の経験がなかったから、最初は色々と心配でした。先生とゼミの皆様のお陰で、予備実験も本実験も無事に実施しました。その後の分析もほとんど何も困難なく終わり、ぼんやりしているうちにもう修論そのものを書き上げました。苦しいやつらいやという思いが全くなくて、この研究室に入ってきた当初に書いたブログの「余裕を持って生活する」というのは確実にできています。いや、むしろ楽しいほうです。実験で色んな参加者の方々と出会うこと、そこで人間の行動と座席レイアウトとの間の微妙な関係性を観察すること、評価者と実験後にデイスカッションすること、分析の段階で結果が次々と出てくること、そして論文そのものを書くこと......どれもこれも面白くて楽しいです。完成した論文の質はともかく、形的には1つの研究ができて、しかも楽しく頑張ってきたから、一応物事の「美」を尽くした。
ところで、楽しく研究しているよ!と主張してばかりいると、きっと色々と嫌がられるでしょう。「結局自分がどれだけすごいってことを見せびらかすために、わざと人前で楽しい楽しいって言っているんじゃない」といわれそうです。確かに100%楽しいわけではなく、苦痛もある1年でした。
2012年が始まったばかりの1月に、祖母が倒れて、病院に4回も危篤通知に出されました。一応危機を乗り越えたというが、いまでも週5回人工透析を受けています。ずっと可愛がってもらっている孫娘のわたしは、その時にもっとそばにいてあげられなくて、本当に悔しいです――なぜなら、いまの祖母はもう意識混濁で、わたしのこともすっかりわからない状態になっていますから。夏になったら、祖母の看病どころか、自分自身の体調をくずし、慌てて手術を受け、親に大変な心配と迷惑をかけてしまいました。中国は、百善孝為先(善のうち、親孝行が第一)が伝統で、孝行もできてないから、「善」を尽くしたとはいえません。
このように、半分「尽善尽美」ができたような感じの1年でした。わがままで、気が利かないわたしは、周りの皆様の包容力のお陰で、穏やかで充実な留学生活になりました。これからの毎日も、いままでの毎日と同じようなペースで行きたいと思います。
2013.01.18
皆様こんにちは!修士2年の河田承子です。
今週からブログのテーマが変わり、学生がこの1年間について振り返る【今年を振り返る】をお送りいたします。
昨年の今頃、先輩から「修士2年はあっという間だよ」と言われていたのですが、今振り返るとその通り、「あっという間」に1年が終わってしまったなと思います。
先行研究を読んでいたばかりの修士1年も楽しかったのですが、やはり5月〜6月にお母様達へプレ調査を行ったあたりから、一層研究が楽しくなってきた気がいたします。論文を読んでいるだけでは分からなかった、母親達が置かれている状況が少しずつ見え始め、段々と自分が見たいことに近づいている実感を持つ事ができました。このプレ調査は、質問紙を作成するために行ったのですが、面白かった反面、この1年間の中で一番苦労した時期でもありました。聞きたいことはたくさんあるけれど、一人でも多くのお母様方に回答してもらうにはどうすればいいのか、毎日試行錯誤の日々が続きました。最後まで「これで大丈夫だろうか?」「本当に返信してもらえるのだろうか?」と不安は尽きませんでしたが、結果的に多くのお母様が連日返信をしてくださり、有り難く思うと同時に、本当に嬉しい気持ちになりました。
分析に入ってからも、結果の解釈に頭を悩ませることもありましたが、ファシリテーターの高橋薫先生を始め、多くの方に助けていただき、修士論文を書き終えることが出来ました。修士論文を書き始めた当初は、課題が山積みで「毎日大変だ!」と思う気持ちが大きかったのですが、3章を執筆するあたりからは大変だけれども楽しいと思うようになり、これが「HardFun」なのかな、と感じていました。特に最後の方は、締切が近づいて焦る気持ちと、2年間自分が打ちこんだ事が終わってしまう寂しさを交互に味わっていました。
不思議な巡り合わせですが、卒業後の4月から、私は研究対象だった「母親」に自分自身がなります。修士1年の間に、母親や育児情報に関する数えきれない論文を読み、頭では分かっていたつもりでしたが、実際に妊娠が分かると色々な不安が襲ってきました。インターネットで検索をすると、信頼出来そうだと思える内容から、噂レベルの内容まで多くの育児情報が目に入ってきます。安心を得ようと情報を探すのに、かえって不安が増してしまう場合もあり、母親になって初めて得た感情に自分で驚く事もしばしばでした。
4月からの生活がどのようになるのか、まだ分かりませんが、今後は母親としての目線も持ちながら、修士で学んだことを生かせる活動が出来ればと思っております。
大学を卒業、結婚を経て山内研究室に入学した当初は、本当に修士論文が書けるのか自信がありませんでしたが,山内先生を始め、多くの方の助けによって、ここまでたどり着く事ができました。今後は皆様への感謝の気持ちを忘れず、新しい道へと歩んで行きたいと思います。
皆様、本当にありがとうございました。
修士2年 河田承子
2013.01.16
昨日、電気自動車普及協議会(APEV)が主催する「超小型電気自動車デザインコンテスト」の記者発表が行われました。このプロジェクトは、国内外の大学生がチームを組んで、未来の電気自動車を3次元デザインツールを使って構想するというもので、我々はこのコンテストで行われるオンライン学習の支援について共同研究を行う予定です。記者発表の模様はワールドビジネスサテライトで放映されました。
電気自動車 普及を加速させよ (3分45秒あたりから記者発表がとりあげられています)
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/newsl/post_33432/
通常のコンテストでは、参加者同士が交流することはなく、受賞した作品だけが発表されますが、このコンテストでは、参加者は制作過程を定期的にオンラインで共有し、相互にコメントするとともに、様々な専門領域のサポーターのアドバイスをもらえるようにします。
学生向けのコンテストでは教育的意義が強調されることが多いのですが、いままではそこで起こる学習の支援について検討されていませんでした。しかしながら、コンテストはプロジェクト学習の一種としてとらえられるので、起こってほしい学習を意識しながら過程をデザインすることによって、参加者により多くの学びを持ち帰ってもらうことができるようになります。
この共同研究によって学生向けコンテストの新しいモデルを構築できるよう、努力して行きたいと考えています。
【山内 祐平】
2013.01.12
みなさま、あけましておめでとうございます。
【研究発表のこだわり】シリーズの最終回は、D3の池尻良平がお送りします。
2012年は、教育工学系の学会、社会科教育系の学会、教育メディア系の国際会議、大学教育系の学会、歴史学者が集まる研究会、高校の副校長が集まる研究会、社会人が集まる研究会など、とても多様な立場の人に向けて「歴史を現代に転移させる方法や教材」について研究発表をする機会がありました。今までのシリーズではゼミ内の発表や審査時のような厳密さが求められる研究発表のこだわりが紹介されてきましたが、今回はこのような経験を活かして、自分の研究を多様な人に伝えることに重点を置いた研究発表のこだわりの話をしたいと思います。テーマはずばり「研究発表の場でチーム感を作ることの重要性」です。
■なぜ研究発表の場で「チーム感」を作ることが重要なのか
ある学会で他人の発表を聞いていた際のことでした。その学会の、おそらく重鎮クラスの教授がその発表者に対して以下のような質問をしていました。
「あなたの研究知見は面白い。ただ、それは○○学会にどのように貢献しうる知見なのか?」
この質問は「研究」という活動においては非常に重要なものです。というのも、「研究」の強みは、ある研究領域の問題に対して世界中の研究者が何十年もかけて分担して取り組み、漸進的に解決していける点にあるからです。別の言い方をすると、既存の研究群に位置づけられない研究はほとんど価値がありません。
たまに先行研究を調べずに自分のやった研究知見だけをアピールする人や、数本の先行研究の批判をしてすぐに自分の研究の話に移り、結局大きな研究群の何に貢献したのか不明な人を見かけます。もちろん発表者が自分の研究をその領域の研究群に位置づけなかったとしても、誰かがレビュー論文を作る際にあなたの研究を研究群に位置づけてくれる可能性はあります。
しかし、これは僕が肌で実感したことですが、自分で研究群の全体像を提示した上で自分の研究を位置づけ、他の研究(者)とどのように関連するのかを提示できれば、一気に発表の場が活性化します。そして、これも体感ですが、この「チーム感」が作れると、それぞれの研究領域を分担している聴衆から、その研究領域における大きな目標達成に結びつく建設的な質問やコメントをしてくれる率が高くなります(もちろん研究に突っ込みどころがなければの話ですが)。また、自分の研究の強み(聴衆との違い)もきっちりと伝えことになるので、コラボレーションできる可能性も高まります。しかもこれはアカデミックな場に限った話ではありません。特に僕のような教育の分野では、実践者とのチームを作ったり、産学連携のチームを作ることは必須になってきています。この点でもチーム感を作ることは重要だといえるでしょう。
■研究発表の場で「チーム感」を作る方法
では、どうやったら研究発表の場でこの「チーム感」を作れるのでしょうか。ポイントは「チームを知ること」と「チームと自分の関係性を示すこと」の2つです。
(1)事前に作りたいチームの構成状況を知っておく
これは研究における最も基本的な作業で、いわゆる先行研究のレビューに当たる部分です。より多くの聴衆をチームに巻き込むには、より広い範囲の先行研究を調べ、その構成メンバーを知る必要があります。つまり、自分の研究と直接関係なくても興味を持って自分の研究領域の論文を調べておくことがポイントになります。
また、研究者が集まる場以外で発表する際は、自分の研究領域の先行研究調査だけでは不十分です。例えば教師が集まる場であれば、授業の制約や広く教師が悩んでいることを知っておくことが大事ですし、企業の人が集まる場であれば会社の仕組みや今社会で重視されていることを知っておくことが大事です。そこで、普段から学校に足を運んだり、教師にインタビューして学校教育の状況を知ったり、企業の人と交流して会社の仕組みや今注目されている社会的動向を知っておくことがポイントになります。また、自分の専門でない領域でも臆さずにどんどん参加して、自分の肌で様々なチームの構成状況をイメージできるようにしておくことも大事です。
(2)チーム感を意識させる発表をする
下調べができたら、それを最大限に活用しながらチーム感を意識させる発表を行います。ポイントは導入と考察の部分です。
導入部分では、その研究発表の場に集まっている人の属性を考慮に入れたり、事前に調べた領域の知識を利用して共通の大きな研究目標と自分の研究の立ち位置を話すことがポイントです。例えば僕は「歴史を現代に転移させる力を育成する高校生向けの教材開発」を行っているのですが、高校の教師が多い場では最初に高校のカリキュラムの話を振って自分の教材を使うタイミングを話したり、小中高の子どもの思考力に関心のある研究者が多い場では小中高で求められている思考力の連続性や違いを話してから本題に入るようにしています。また、メディア系の研究者が多い場ではメディアの種類を振って自分のメディアのタイプを話したり、歴史学者が多い場では歴史哲学の話をしたこともあります。もし発表時間が長いのであれば、「背景」の最初の大きな話としてこの部分のスライドを1枚作成することをオススメしますが、時間の制約があってスライドを入れる余裕がない場合でも、タイトルを話す前に口頭で軽く触れておくと良いと思います。また、学会以外の場で発表する場合は、この導入部分をより丁寧に話しておかないとチーム感が出なくなるのでより注意が必要です。これらの導入部分の説明によって、まずは「チームの枠」を意識させることができます。
チームの枠ができたら、次に自分の研究知見がそのチームにどう還元するかを提示するのがポイントになります。これは主に「考察」で行います。研究発表の場合、考察では知見をより詳細に分析するミクロなベクトルと、自分の研究知見が研究群にどう還元されるかを検討するマクロなベクトルの2つがありますが、チーム感を作るには特に後者のベクトルが重要です。学会発表であれば事前に調べていた自分の専門領域に還元するだけで十分ですが、より多様な人が集まる場での発表の場合、もう一工夫する必要があります。まず、聴衆は徐々に発表者の研究に意識化しているはずなので、最初に全員の視点をメタに戻すフリが必要になってきます。そして次に、自分の研究知見で使った学術用語を、事前に調べていた他分野での用語に翻訳し、チームの枠内にある複数の領域(共通の大きな研究目標に対して分担している部分)を繋げる仕込みをします。そして最後に、チームの枠内にある複数の領域同士の関連性を考察し、自分の研究が貢献できるポイントや、逆に自分の研究の限界点を話します。例えば教師が多い場合、僕は考察の部分ではこんな風に話します。
「さて、歴史を現代に転移させる力を育成する高校生向けの教材開発の話をしてきましたが、ここで最初に話した歴史教育のカリキュラムの中で、この知見がどう位置付くかを考えてみたいと思います。背景でも説明したように、従来の歴史学習の先行研究では歴史の分析や解釈を支援する教材は開発されてきましたが、学習指導要領で重視されている「活用」の部分を支援する教材はほとんどありませんでした。私の発表では「転移」という用語を使っていますが、これは学習指導要領で重視されている「活用」に近い用語です。そのため、歴史教育のカリキュラムの中の「活用」の段階に提示する教材の設計理念やインストラクションの点で貢献ができると思います。ただし、教師がどうファシリテートしうるか、生徒同士をどうグルーピングするか、前後の授業はどうしたら効果的なのかはわかっていませんので、そこが本研究の限界点です。」のような話し方です。また、もし複数の領域の人が聞いていて、かつ時間に余裕があるならば、他の領域に対する別の考察を何度か行うようにしています。実際、2012年では様々な領域の人とチームを組めるようになりました。
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研究は個人では力を発揮しません。研究者に対してでも、実践者に対してでも、社会人に対してでも、チームを組めるかどうかが非常に重要な時代になっています。今後も色々な人とより大きな目標を達成していければと思っています。
[池尻 良平]
2013.01.03
みなさま、あけましておめでとうございます。
2012年は、自分の中で手綱を引き続けることに必死でした。今の場所にどっしり立っていたい気持ちと、前へ前へと逸る気持ち。
2013年は、もっと自然に、もっとたおやかに、均衡を保てる人でありたいなと思います。
「研究発表のこだわり」シリーズ第10回目は、D2の伏木田稚子が担当いたします。
山内ゼミでの研究発表については、だいぶ情報が充実したように思うので、今回は学会発表について書かせていただきます。
初めて学会発表をしたのは、修士2年生のときでした。それから月日が流れ、博士課程に入ってからは年間3回の発表が習慣になっています。
・ 3月 : 大学教育研究フォーラム
・ 6月 : 大学教育学会
・ 9月 : 教育工学会
これまで、ポスター発表は1回のみで、多くはパワーポイントによるプレゼンテーションが中心の口頭発表を経験してきました。そのときに共通して心がけていることを、いくつか書き抜いてみたいと思います。
◆ 時間配分と分量 ◆
多くの場合、発表時間として15分程度いただくことが多いので、スライドは20枚~25枚以内に収まるように工夫しています。文字のないスライドを使うことはほとんどないので、1スライドの説明に1分前後の時間を使います。スライドは、題目、(当日の発表概要)、研究の背景、先行研究の問題、本研究の目的、方法、結果、考察、今後の課題の順に構成します。各要素にあてるスライドの枚数は、均等にはしません、その時々の状況に応じて、背景を多めにしたり、結果と考察を充実させたりと臨機応変に対応しています。スライドについては、文字は小さくても16ポイント以上、色は黒・グレー・赤の3色にとどめ、図(写真を含む)や表をバランスよく配置するようにしています。
◆ 話し方 ◆
聞いてくれている方々がどのような人なのか、を初めに意識します。わたしの場合は、研究のテーマが「学部ゼミナール」であり、聞いてくださる方々も多くは大学教員ですので、自分の研究を正確に伝えることに心を砕きます。そして、研究のどこに学術的な穴があるのか、どうすればもっと実践的な知見を提供できるのか、という2点についてアドバイスをいただけるよう、説明をていねいに重ねていきます。スライドの内容はすべて暗記し、スライドを見なくても噛まずに話し続けられるよう、発表の2日前ぐらいから繰り返し練習します。ひとりひとりの顔を見ながら、説得的に、でもごく自然な語り口調で発表できるように気持ちをあげていきます。
◆ 質疑応答 ◆
口頭発表で大切なのは、発表時間をフルに使いきってわかりやすく簡潔に発表することだけではありません。発表後に5分~10分程度用意されている質疑応答の時間が、今の私にはなくてはならない学びの機会です。研究について、自分では見落としている視点から鋭い切込みが入ることもあれば、取り返しのつかない失敗をする前に気づきを与えていただくこともあります。ゼミナールを実践している教員の方々からいただくご意見・ご感想は、そのどれもが貴重な研究の糧となります。どうすれば自分の研究が誰かの役に立つのかを、しっかりと考えられる機会ですので、感謝してもしきれません。
・ ・ ・
以上、3つの点から私なりのこだわりをまとめてみました。
年間3回の発表では、その学会や来ている方々の特徴を頭に描きながら、そのときそのときに合った形で発表の仕方を変えています。
また、そのときどきの反省を次に活かすために、無意識のうちに少しずつ変化させている点もあると思います。
そして、先輩の池尻さんや同期の安斎くんの発表を見たり聞いたりしながら、いいところをこっそり盗むこともあります(笑)
その中で、これだけは忘れないようにしておこう、と思っていることを書き記しました。
これから学会発表をする人のお役に、少しでも立てれば幸いです。
【伏木田 稚子】
2013.01.02
みなさま、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年あたりから、不透明な時代状況を反映して、未来予想に関する本やイベントが増えています。その流れの中で、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授の執筆した未来の働き方に関する「ワークシフト」という本が話題になりました。
この本の中に「専門技能の連続的習得」という言葉が出てきます。変化の激しい社会ではゼネラリストの価値が下がり、スペシャリストが評価されるようになること。また、その専門性は学習によって常に最新の状況に保たれており、専門分野を超えた人的ネットワークを構築したり、自分自身で複数の専門技能を身につける必要があることが書かれています。
一つの専門性を獲得するだけでも大変なのに、それを更新し続け、さらに複数の専門技能を身につけるのは高い目標といわざるをえません。このような高次元の専門性の学習をささえるのが、21世紀型スキルのような、高度かつ転移可能な一般能力という関係になるのでしょう。
いずれにせよ、今後求められる知識や技能は飛躍的にあがることになります。学習システムの改善なくしてこの水準の達成はありえません。このような学びを実現する環境について、研究と実践を積み重ねていきたいと考えています。
【山内 祐平】
2012.12.27
D2の安斎勇樹です。「研究発表のこだわり」シリーズ、第9回です。
研究発表といっても、学会口頭発表、ポスター発表など様々な場面が想定されますが、今回の記事では「ゼミにおける研究進捗発表」に焦点を当てて書きたいと思います。山内研究室ゼミでは、週に1回、院生3名が研究進捗を発表する機会が設けられています。所属メンバーは11名なので、4週間に1度自分の発表の順番が回ってきます。他の院生、助教、指導教員からフィードバックを頂く貴重な機会ですから、情報伝達の方法に工夫をし、進捗状況を正しく理解してもらい、適切な質問やコメントをもらえるように努力することは肝要です。それができなければ、自分の研究はいつまでも進みません。
しかし最近では、「自分の研究を進めるため」に発表するのではなく、「聞き手にとって学びがあるかどうか」も重要なのではないかと考えるようになりました。そう考えるようになったのは、同期の伏木田さんの研究進捗発表のレジュメがまるで授業テキストのように構成されていたのに感動したことがきっかけで、僕自身もあまり実践できていないことなのですが(笑)。
思えば大学院のゼミは、各々が専門のテーマを掲げ、多様なメンバーで構成されています。自分のテーマについては当然ゼミメンバーの誰よりも自分が詳しく、進捗発表までの4週間は誰よりもそのことについて考えてきているはずです。そう考えれば、研究進捗発表は「他人の視点からアドバイスをもらう場」であると同時に、「自分の専門性と努力の成果を共有する場」でもあるわけです。
自分の努力をおすそわけして、他のメンバーにも発見を持ち帰ってもらいたい。そのために、進捗をレジュメにまとめる過程で「これは誰かのテーマに関連しないだろうか?」「この方法論は誰かの役に立たないだろうか?」「この発見はみんなも面白いと思ってくれるのではないか?」と想像する。そういう意識を少しするだけで、わかりやすいだけでなく、聞き手に学びをもたらす発表に近づくのではないでしょうか。
ただ「困ってるんです、助けて」という姿勢で進捗を放り投げるのではなく、聞き手に貢献するつもりで発表を行うことで、より互恵的に学び合えるコミュニティをデザインしていく。そんなことを来年度の目標の一つにしたいと思います。
[安斎 勇樹]