2014.02.14

【この1年を振り返って】男児当に死中に生を求むべし

お久しぶりです.M2の吉川遼です.
本来であれば僕も今年で晴れて修了,さあ社会人!...,なのですが,現在ご縁がありフィンランドのアールト大学芸術デザイン建築学部(Aalto University, School of Arts, Design and Architecture)に留学させて頂いております.

Arabia

Aalto University, Arabia Campus. 昨年までMedia Labはこの建物内にあったのですが,今年よりHelsinkiの隣,EspooのOtaniemi Campusに引越してしまったため,あまりこちらに来る用事がないのが残念です.Alvar Aaltoが設計したOtaniemi Campusの整然とした佇まいもよいですが,こちらの雰囲気の方が個人的には好きです.

現在僕が在籍しているメディア・ラボの良い点として,講義の多くをメディア・ラボの卒業生が受け持っており,彼ら自身の専門や仕事で会得した実践知を学生と共有できる接点が複数あることが挙げられます.また各分野に特化したスタッフも数多く在籍しており,学生のサポート体制は非常に整っています.
また留学生の多さもさることながら,それぞれの学生が非常に多様なバックグラウンドを持っていることもよい環境を生み出している要因だと感じています.
コペンハーゲンで街中を使ったインスタレーションを制作していた人,身体を用いたタイポグラフィを研究していた人,漫画家でありながら化学を専攻していた人,...など皆さん非常に豊かなバックグラウンドを兼ね備えており,大変刺激的な毎日を送っています.

その一方,研究体制に関しては,特定の教授に就くといった日本のような体制ではないそうで,まだ組織自体が新しいこともあり理論的な枠組みの体系化や研究知見の積み重なりがまだ弱い,という声も聞かれました.

まだ留学生活もようやく1ヶ月を過ぎたばかりではあるので,何とも言えない部分が多いですが,これから先も色々と面白い体験ができそうです.


さて,昨年は色々な出来事が続々と降りかかってきて,今までにないくらい波瀾万丈の一年でした.どこからまとめてよいのか,といった状況なので少し雑多になってしまうかもしれませんが,研究活動を軸に留学に至るまでのこの1年を振り返っていきたいと思います.


■研究の焦点化
1月から3月にかけては,入学時よりこだわっていた「背景情報」を学習に活かすために何が求められるのか,対象とする分野や学習者,そして何をもって「背景情報」と呼ぶのか,自分が漠然と抱いていた背景情報を用いた学習支援のイメージをより具体化していく作業に追われていました.その結果として,熟達者の暗黙知的な要素(例:伝統舞踊や弓道の身体動作,譜面からの楽曲イメージ生成)が自分の抱いていた背景情報のイメージ,そして学習に活用できそうな背景情報と合致していたため,まずは「熟達者のプロセス」を用いるということでさらに対象を絞っていきました.


■問題意識の欠如
対象を楽器演奏に絞ってからは,認知科学や演奏領域の先行研究などを読み,自分が対象としている領域において何が問題となっているのか,その問題に対してどのような方法が有効なのか,頭の中では分かっているようなつもりになってロジックを組んでいたのですが,今思い返してみると前提となる「学習者が抱えている問題」や「社会的背景」の部分が非常にもろく,不安定なものであったように思えます.そのような砂上の楼閣に心柱が通っていると思い込んだまま,とにかく何か作らなくては,と焦燥に駆られていました.

それでも,自身の問題意識をより確固たるものにするため,楽器演奏熟達者の方々へのインタビューを通し,「どのように楽曲に対するイメージを形成しているのか」「それをどのように演奏に反映しているのか」といった点に対する理解を深める事ができました.実際にヘッドマウントディスプレイを使ってアプリケーションのプロトタイプを作ったり,...と(様々な課題をそれはそれは潤沢に残しつつ周囲に心配されながらも)順調に進んでいるように自分の中では思っていました.


■本厄の本領発揮
・・・とここまではよかったのですが,昨年末から無理をしていたツケが回ったのか,日常生活に支障がでる程体調が悪化してしまったことや,色々なトラブルも重なったため,JSETでの発表以降少しお休みを頂き,色々と思案を巡らせ,以前より興味のあったメディアデザインについて学ぶならこのタイミングしかない,と一念発起し,10月になんとかアールト大学に留学を申請し,年末年始ドタバタしつつも今年の1月6日に無事ヘルシンキに来ることができた,...というのが僕の2013年でした.

なので去年1年を振り返る,となるとよいこともあった反面,1年を通して辛く,苦しい時期が続いていた,というのが本音です.


■壁
研究活動において,壁は幾度となくやってきます.昨年までは小さな壁と大きな壁が毎月押し寄せ,その壁を乗り越えることに自身の全てのリソースを費やしていました.

壁を乗り越える活動からしばし引き剥がされたことで,今までの自分の物の見方を相対的に捉えることができたことは,留学してよかったことの1つだと思っています.また同時に自分の研究の立ち位置を相対的に捉え直したことで,今までの自分が大変な視野狭窄に陥っていたことに気づくことができました.当時ゼミで僕が研究発表をした後の空気感や皆さんから頂いた貴重なコメントの真意,そして僕自身が研究発表の前後に毎回抱いていた「コレジャナイ感」と毎日追い縋ってくる得体の知れない「何か」が何だったのか,今になってようやく気づくことが出来たような気がしています.

とはいえどこに行こうが壁にはぶつかるもので,留学における壁も言語や文化など様々です.これから先も僕は様々な壁にぶつかるのだと思います.

そのような場面において,自身の平衡感覚を麻痺させることなく,正面から対峙し,乗り越えられる力こそが,恐らくいつ,どこで,何をしていても自分自身を保つために,そして自分自身を成長させていくために必要なのかもしれない,と去年の8月上旬から先月までにかけての葛藤や苦悩,そして様々な方から頂いたご助言から学んだ次第です.


■経験に根を張った研究を
今後研究を進めるにあたり,僕自身の経験とそこで感じたものを自分の研究にどこまで入れ混ぜることができるのかが重要になってくると実感していますし(この点については最近,研究室の先輩の池尻さんのブログを読んで重要性を再認識しました),なによりそれだけの時間と場所を与えていただいたことに今は感謝しています.

また,研究室のメンバーの実践に携わることで,実験の準備や手順について間近で学ぶ機会があったことは来年度僕自身が実践をおこなっていく上で大変勉強になりました.どの方も綿密に計画を立て,スケジュールから機材等必要なものをきちんと管理し,参加者・実践者双方に実りのあるものを作り上げていく様子は,非常に参考になりましたし.大変尊敬できるものでした.

今の研究テーマがどのように進んでいくのか,どのように変わっていくのか,僕自身もまだ明確な方向性を打ち出せないままモヤモヤとしている状況ではありますが,今,この場所で学んでいる事を無駄にしないよう,自分が今持っている手札を学際的かつ有機的に結びつけていくことで,研究をより実りのあるものにしていければと思っています.

来年度も様々な方々にご指導・ご協力を仰ぐことになるかと思いますが,何卒よろしくお願い申し上げます.

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ヘルシンキより

吉川遼

2014.02.07

【2年間をふりかえって】時間蝿は矢を好む

先日行われた修論審査会を無事乗り切り,とりあえず一区切りついたM2の梶浦美咲です.
今回から毎年恒例1,2年間のふりかえりをテーマにブログをお送りします!

私にとって最後のYlabブログなので,今回は私の回顧録として2年間どのように研究を進めていったのかを記事にしてみたいと思います.

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【M1の前半:支援対象者の現状調査 & 先行研究レビュー】
一番最初,初年次大学生にメタ認知を促して学習計画を支援するシステムを開発したい,ということで山内研の門を叩いたのですが,ゼミメンバーから本当に初年次大学生はそれを必要としているのか,どのような困難を抱えているのかインタビューしてはどうか,という提案がありました.
そこで,もともとインタビュー調査の経験は皆無であったため,質的調査の作法など本を読みながら手探りで学び,先行研究のレビューと並行して大学生へのインタビューに臨みました.実際は同じ世代であったために全く緊張もせず,むしろインタビューから現場の声を聴くことで私が学部生であったときに抱いていた考え,勉強法とは違うものに触れることができ,非常に興味深かったです.
また,研究室の博士課程の先輩方からは,上手な学習方略のヒアリングをさせて頂きました.授業内容を自分の興味と関連づけて考える,友人とゲーム感覚で得点を競い合うなどの方法を伺い個人的には収穫が大きく,今振り返ってみても良い経験をさせて頂いたと思いました.

【M1の後半:システムアイデアの発想】
支援対象となる大学生像が大体描けてきた後は,ひたすら開発するシステムのアイデア出しをしました.質より量を優先してKJ法,オズボーンのチェックリスト法を使用したり,ロジックツリー,コンセプトマップを作成したりして,実現不可能であってもくだらないものであっても,とにかくひたすらアイデアを出していきました.アイデアは普段使用しているメディアの機能と組み合わせて考えたりもしました.
そのプロセスを経てみつけた良さそうな案を深化させ,最終的に他者の講義メモの入力状況を通知する講義の聴き方支援システムというアイデアに収束しました.ちなみにこのシステム案は宝探し+facebookメッセージの「入力中...」通知から着想を得ました.面白いシステムにするにはどうしたら良いか,自分1人で考え込まず,他の人とディスカッションするなどして数ヶ月考え続ける日々が続いたことを覚えています.

【M2の前半:システム開発】
そして開発フェーズ.もともと何かしらシステムを開発してみたいという思いが強かったのですが,当時の私のプログラミングスキルではシステムを開発できる自信がなく,やりたいという気持ちが強まる反面,実現できるのか不安が募るばかりでした.
そこで,自分なりにアプリ開発のできるベンチャー企業でアルバイトをしてプログラミングを学んだり,プログラミングに関する書籍を何冊も買い込んで家でひたすらコーディングをしたり....開発にこぎつけるまで私なりに試行錯誤して努力を重ねていました.
分からない部分はバイト先の社員さんに教えて頂いたりトラブルが発生した際は助けて頂いたりとお世話になりつつも,最終的には独力で開発できるまでもっていけたので,とても達成感がありましたし,自分の夢が実現して本当に幸せでした.システム開発中に自分の思い通りに動いてくれずやきもきすることも多々ありましたが,その分システムが完成したときには自分自身をほめていました(笑).

【M2の後半:評価実験・分析 & 修論執筆】
最後に評価実験をしました.正直評価実験もかなり苦労しました.被験者にPCでシステムを使用してもらえばすぐに実験が行える,と楽観的に考えていましたが,多人数で使用するシステムであるため,サーバーに負荷がかかってしまったり,プロトコルの通信速度に問題が生じたり,プロトコルが切断されたり,使用するパソコンが頻繁にフリーズしたりとにかく直前になって問題が多発し,もう修了できないのではないか,と危機感を抱いたときもありました(笑).
しかし数度の予備実験を重ね,最良の実験環境を模索したり,様々なトラブルを想定して対処プログラムを急遽追加したりして自分なりに最善を尽くした結果,なんとか評価実験を成功させることができました.システムの評価実験はトラブルが付きものだということを痛感しました.これも良い思い出です(笑).

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この2年間,今振り返ると沢山の経験を積んできたように思えますが,実感としてはあっという間に時がかけていったという感じです.学部生時代は指導教官に手取り足取り指導して頂き,あまり困難を感じませんでしたが,それに比較するとよく頭を使った気がします.
研究について沢山思考を巡らせて納得のいく研究ができて,本当に幸せを感じた2年間でした.しかし周囲の助け無しにはこのような充実した2年間は過ごせなかったと思います.研究を進める上で本当に多くの方にお世話になりました.数々の場面で助けて下さった方々に改めて感謝させて頂きます.ありがとうございました.
2年間の経験を人生の糧に,社会人になってからも精進していこうと思います.


※評価実験前に日本教育工学会第29回全国大会(2013年9月20日(金)~23日(月))でポスター発表をしたので,その際使用したポスターを記念(笑)にアップします.
JSETポスター「講義メモ書き込み状況アウェアネスに基づいた講義の聴き方支援システムの開発」

梶浦美咲

2014.01.30

【山内研のプロジェクト紹介】FLEDGE by Educe Technologies

みなさま、こんにちは。修士1年池田めぐみです。
山内研のプロジェクト紹介の最後となる今回は、「FLEDGE」について紹介させて頂きます。FLEDGEとは、半年間かけてワークショップデザインについて実践的に学ぶ大学生向けの勉強会です。NPO法人Educe Technologiesの社会貢献事業として、2009年より展開されています。
FLEDGEの共同企画者であり、『ワークショップデザイン論』の共著者でもある安斎勇樹さんに、FLEDGEについてインタビューさせて頂きました!


FLEDGEとは
Q.FLEDGEの名前の由来は何ですか?
巣立つ/巣立たせるという意味の英単語fledgeと、Future Learning Environment Design GEneration の頭文字をかけています。これからの学びの場作りを担う若き世代のための勉強会であるということと、ワークショップの「主体的な学びを促す」という志向性はひな鳥が自ら巣立っていくのを支援するメタファーに近いと考え、無理矢理こじつけています(笑)。

Q.FLEDGEの概要について教えて下さい。
毎期12名の大学生メンバーを募り、半年間で6回の勉強会を通して、ワークショップを自ら実践するところまで挑戦します。第1回目はワークショップを参加者として体験し、第2回目はワークショップデザインの演習課題、第3回目に実験的にミニサイズのワークショップ実践にトライし、残りの2回で本番の実践に向けて4名グループで企画を行います。本番の実践をした後、第6回目に成果報告会をして修了です。

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勉強会の様子

実践し、暗黙知を学ぶ
Q.プログラムの工夫点について教えて下さい。
ワークショップデザインって、いくら理論で説明されてもピンとこないというか、やってみなきゃわからないことが沢山あるじゃないですか。だから出来る限り理論的な部分は『ワークショップデザイン論』を無料で配布して事前に読んできてもらい、対面の勉強会ではとにかく手を動かして企画にトライしてもらい、それに対して僕や山内先生、FLEDGEのOB・Gから随時フィードバックをするかたちで進めています。

Q.実践型のプログラムにおいて難しさを感じた点はどんな点ですか?
ワークショップはデザインするのも難しいんだけれど、それを教えるのも難しい。デザインの方法論は出来る限り『ワークショップデザイン論』に言語化してまとめましたが、「なんとなくこの企画はいまいちな気がする」「煮詰まっているから、このタイミングで情報収集をしたほうがいいかも」といった感覚的な実践知は、やりとりの中でしか教えることができないんですよね。なので、なるべく毎回の勉強会で進捗を報告してもらい、それに対するフィードバックを重ねることで、書籍には書けなかった暗黙知を学んでもらうことを意識しています。


OB・Gが育てるFLEDGE
Q. OB・Gとの関わりについて教えて下さい。
FLEDGEを巣立った卒業生たちを「FLEDGED」と過去形で呼んでいます。OB・GコミュニティはFLEDGEの最大の魅力の一つです。FLEDGEDが今でも勉強会に遊びにきてくれ、後輩たちにフィードバックをくれたり、その後も食事に一緒にいったりしてくれていて、ハードな勉強会を乗り越えるための支えとなってくれています。いまだに何年も前の卒業生が同期で飲み会をしたり、連絡をとりあったりしているそうです。先日の新年会には歴代FLEDGEDが30名ほど集まり、卒業後のつながりも深いです。こういう飲み会の企画も、卒業生によるものです。

また、FLEDGEの重要なシステムの一つに「卒業生が次期の運営ディレクターを担う」というものがあります。僕や山内先生が授業運営のように直接統括するのではなく、期が終わるごとに参加者から次期のディレクターを募って運営を任せているのです。ディレクターは、具体的には、勉強会のコーディネートや参加者のグループワークのファシリテーションなどをしてくれています。自分たちが参加者として不満だった点を解消できるように、常に試行錯誤してくれています。

Q. ディレクターも教えることを通じて学んでいそうですね。
まさにそうです。参加者のときは「ワークショップをデザインする」という目の前の課題に全力で取り組めばよかったのですが、ディレクターは自分たちがアイデアを出せばよいというものではありませんから、全体の状況を俯瞰し、参加者が課題に集中できるように、色々な細かい点を整えなければいけない。参加者のモチベーションを維持するためのケアやコミュニティ作りも必要になるし、学習環境デザインについて総合的に学ぶことができますね。

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FLEDGE8期の打ち上げにて

葛藤を乗り越える経験としてのFLEDGE
Q.FLEDGEでの学びは、その後どのように活かされているのでしょうか。
FLEDGEはワークショップデザインを学ぶ場であり、実際に卒業後のキャリアのなかで、ワークショップデザインのスキルを活かしている人もいます。一方で、当初は想定していなかったけれど、FLEDGEが「良い意味で挫折経験になった」「人生が変わった」と言ってくれている人たちが結構いるのです。自分の大学の外に出て、多様で刺激的なメンバーとぶつかりあいながら、真剣にワークショップを企画し、厳しいフィードバックを何度も受けて、悔しさや葛藤を乗り越えながら何かを創りだす体験は、多くの大学生にとって貴重な成長機会になっているのかもしれません。

FLEDGEに参加する大学生たちは、ただでさえ本業の学業やサークル活動、学生団体やインターンなどで忙しい人が多いんです。そのなかでこれだけハードなプログラムをやりとげるということは、本当にすごいことです。他方で、やはりどうしても支援がいたらずに、途中でドロップアウトしてしまうメンバーも少なからずいます。それは課題の一つです。

Q.今後のFLEDGEはどうなっていくんでしょうか?
現在が9期なんで、10期が終了したら、ちょうど5年間。一つの区切りだと思っています。終了するのか、継続するのかはまだわかりませんが、同じやり方でそのままずっと続けていくのは面白くないですよね。まあ、今後のことはまだわからないですけど...!(笑)

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研究室にてFLEDGEDと安斎さん

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安斎さんインタビューにご協力ありがとうございました。
巣立つ/巣立たせる学びの場FLEDGE。今後が増々楽しみですね。

以上、FLEDGEについてのレポートでした。

池田めぐみ

2014.01.24

【山内研のプロジェクト紹介】学習者の状況に対応したシナリオ型防災教育教材の開発

みなさま、ごきげんよう。修士2年の早川克美です。
山内研のプロジェクト紹介第4回を担当させていただきます。

今回は、「学習者の状況に対応したシナリオ型防災教育教材の開発」についてご紹介します。この研究は、科学研究費助成事業基盤研究(A)24240103「学習者の状況および知識構造に対応したシナリオ型防災教育教材の開発」の助成を受けて実施されています。
以下の記事は、特任助教・池尻良平先生へのインタビューと提供いただいた資料をもとに構成しています。


【概要】
2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、防災教育体制の整備は喫緊の課題になっています。震災時に主体的に判断・行動する態度を育成する教材が必要とされています。シナリオ型教材は判断や行動力を促す教材としては効果的と考えられます。しかし、1つの状況を前提にしたものが多く、異なる状況の場合に間違った判断につながる学習をさせてしまう問題点があります。そこで、本研究では、学習者の多様な状況に応じて、災害時の判断や行動ができる体系的な教材を開発することを目的としています。

【学際的な研究メンバー】
開発に際しては、防災関連を専門とする東京大学・田中淳先生、大原美保先生、東北大学・地引泰人先生、慶応義塾大学・吉川肇子先生、そして、教材開発は教育工学を専門とする熊本大学・鈴木克明先生、東京大学・山内祐平先生、藤本徹先生、池尻良平先生という、学際的なメンバー構成によって研究は進められています。

【開発】
防災教育が普及しない原因(藤岡,2011)と防災教育特有の問題点(矢守,2010)を統合して、4つの教材を開発しています。
1. 詳細な状況を伝えるビデオ教材の提示
非現実的な楽観主義を払拭することを開発要件とし、首都直下地震の想定シナリオを詳細に描いたアニメ「東京マグニチュード8.0」の編集映像を導入として利用します。これは、震災時の状況に没入させて自分事にし、防災学習の動機付けを高める効果を有します。
2. 「あなたのまちと首都直下地震」の開発 
居住地域の危険度を診断できるWEBアプリで、学習者の状況に合った場面の設定を開発要件としています。学習者の身近な地域での災害を想定させると同時に、学習者の地域における状況の変数を取得する効果を有します。
首都地震.png
3. 学習者の状況に合ったシナリオ型教材の開発 
主体的な判断による失敗体験と成功体験の提供を開発要件としています。居住地域の多様性や学習者の関心に対応した上で、震災発生後の72時間を疑似体験できるシナリオ型教材で、より真正な震災場面での判断・行動が行えることを目標とします。
4. SNSによる学習内容の共有と議論 
個人が持つ盲点を相互補完する仕組みを開発要件として、SNSを通して教材によって得られた学習内容を共有し議論することで、多様な状況があることの認識を深めることを目標とします。

このプロジェクトのゴールは、「想定していなかったこと、知らなかったことがわかった」という、学習者の防災に対する知識構造の変容です。

お話を伺い、首都・東京に暮らす一人の市民として、
防災教育の重要性にあらためて気づかされた思いでした。
地震発生時に、必ずしも自宅にいるとは限らないわけで、
多様な状況下での自分の判断が大変重要になっていることに無頓着だと自覚しました。
「あなたのまちと首都直下地震」はすでに公開されているので、
是非ご覧になってみてください。

風邪が流行っていますがみなさまには
くれぐれもご自愛くださいますよう。

早川 克美

2014.01.16

【山内研のプロジェクト紹介】MOOC:東京大学Coursera

こんにちは.
先日ようやく修士論文を提出し安堵しておりますM2の梶浦美咲です.
山内研のプロジェクト紹介第3回を担当させて頂きます.

今回は山内研が携わっているMOOC(Massive Open Online Course)についてご紹介したいと思います.

MOOCとは「大規模公開オンライン講座」のことです.
世界中の誰もが無償で利用できるコースがオンライン上で公開されており,修了者には履修証も発行されます.
山内(2013)によると,CourseraやedXなどのプラットフォームで世界のトップ大学のオンライン講座が配信され,数万人が国境を超えて学ぶという現象が起きている,と言います.
MOOCには,世界トップクラスの大学として具体的にはハーバード大学,スタンフォード大学,プリンストン大学などが参加しています.

そして東京大学では日本初であるCourseraのプラットフォームを利用したMOOCを配信する実証実験を実施しています.2013年9月から英語による講義を配信しています.
Courseraは,世界中の学習者に最高クラスの大学のオンライン講座を無償で学べる機会を提供するための事業活動を展開している,スタンフォード大学の教授らにより2012年に設立されたソーシャルベンチャー企業です.

⇒ Coursera東京大学Webサイト https://www.coursera.org/todai

今回は実際に東大MOOCプロジェクトに携わっていらっしゃる東京大学大学院 情報学環 特任助教 荒優先生に具体的に東大のMOOCはどのようなことに取り組んでいるのかをお尋ねし,以下のようなご回答を頂きました.

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【東京大学MOOCの取り組み】
・2013年度は,MOOCプラットフォームのひとつ,Coursera(www.coursera.org)にて2コースを実施し,累計で8万人を超える登録者を得て,約5400人の受講者に修了証を発行しました.
・実施コース1:From the Big Bang to Dark Energy.宇宙の成り立ちから終わりまでを素粒子理論などの最新の研究成果を踏まえて学習する宇宙物理学のコース.講師は村山 斉先生(カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長)です.
・実施コース2:Conditions of War and Peace.戦争と平和の条件について受講者自身が考える国際政治学のコース.講師は藤原 帰一先生(大学院法学政治学研究科教授)です.
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私自身,受講学生同士で支援が可能となる講義の聴き方支援システムを開発・評価する研究を行っていたので,今後このようなweb上での講義が普及することで,学習者同士での講義支援システムが必要になってくるのではないか,と感じています.
現在,MOOCは学習意欲の高い優秀な学生を対象としているようですが(参照: http://blog.iii.u-tokyo.ac.jp/ylab/2012/11/moocs.html),学習意欲が不十分な学生でも学習が進められるような対策が必要になってくるのではないでしょうか.
今後,反転授業(Flipped Classroom)の動きと相まって,オンライン講座がより一層発展していくのではないかと思います.東京大学MOOCの今後の取り組みに注目しています.

梶浦美咲

2014.01.14

【山内研のプロジェクト紹介】「学習を指向した保育環境デザイン」「学習とコミュニケーションを指向した環境デザイン」:東京大学大学院情報学環・ミサワホーム株式会社・株式会社ミサワホーム総合研究所

みなさま、こんにちは。
M1の中村絵里です。

【山内研のプロジェクト紹介】第2回目は、「学習を指向した保育環境デザイン」および「学習とコミュニケーションを指向した環境デザイン」に関する産学共同研究について、ご紹介します。

本プロジェクトは、東京大学大学院情報学環とミサワホーム株式会社、株式会社ミサワホーム総合研究所の3者により、2010年6月から開始された産学共同研究です。2013年3月までは、「学習を指向した保育環境デザイン」に関する研究を行い、2013年4月からは、「学習とコミュニケーションを指向した環境デザイン」に関する研究を3カ年の計画で行っています。


■学習を指向した保育環境デザイン*1(2010年6月-2013年3月)

本研究では、社会性を育む遊具の提案・開発・評価を行いました。そこで開発された「まち遊びキット」(開発:東京大学大学院情報学環/ミサワホーム株式会社/株式会社ミサワホーム総合研究所/株式会社コビーアンドアソシエイツ)は、第7回キッズデザイン賞(2013年度)~子どもの未来デザイン 学び・理解力部門~を受賞しました。「まち遊びキット」は、建物(郵便局・駅・病院・パン屋)と、乗物(郵便車・郵便バイク・電車・救急車)で構成されており、子どもが中に入ったり、乗ったりしながら、子ども同士による関わり合いの中で遊びを発展させていくことができる遊具で、多重性知能理論を提唱したガードナーのプロジェクト・スペクトラムにおける定義*2「社会的理解」に着目し、社会的相互作用の活性化を目的に開発されたものです。
※詳しくは、キッズデザイン賞受賞作品のWebsite (http://www.kidsdesignaward.jp/search/detail_130043d4)をご参照ください。

*1 研究の詳細については、福武ホールアフィリエイトのwebsite (http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/affiliate/misawa/index.html)をご参照ください。

*2 多重性知能理論(Multiple Intelligence):認知心理学者ハワード・ガードナーが提唱した理論。本研究では、子どもの発育に特化した8つの知性(社会的知性、自然科学的知性、言語的知性、論理数学的知性、空間的知性、時間的姿勢、芸術的知性、身体運動的知性)のうち、社会的知性の発達に与える影響を調査・分析し、遊具を開発しました。


■学習とコミュニケーションを指向した環境デザイン(2013年4月-2016年3月予定)

本研究では、社会の変化により大きく意味が変わりつつある「人が集う場所」の未来について考える公開研究会「ミライバ」(年4回、3年間)を定期的に開催するほか、研究テーマに沿ったワークショップや大学連携講座などを開催しています。

今年度開催された「ミライバ」は、以下のとおりです。
●第1回:2013年5月24日(金)
被災地に人のつながりをとりもどす
―陸前高田コミュニティカフェプロジェクト「まちのリビング」―

●第2回:2013年9月2日(月)
地域の子どもたちが集まるコミュニティ
―二子玉川「いいおかさんちであ・そ・ぼ」プロジェクト―

●第3回:2013年12月10日(火)
シェアハウスと家族の暮らし
―シェア時代の家族とゲストの一軒家Miraie―

今後の開催予定と申込方法につきましては、福武ホールWebsiteのトップページお知らせ欄(http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp)で、随時ご紹介して参ります。

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保育環境や人が集う場所については、私自身が私生活の中で常に関わってきたスペースであり、本研究成果は、とても興味深いものです。また、自身の研究においても、人と人とのつながりの中で生まれるコミュニケーションを通じた学びという点で、関わりが深い分野になりますので、今後も同プロジェクトに注目していきたいと思います。

【中村絵里】

2014.01.05

【山内研のプロジェクト紹介】FLIT:東京大学大学院情報学環 反転学習社会連携講座


皆様、新年明けましておめでとうございます。山内研究室修士1年の青木智寛です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、本年度のブログテーマも、今まで【今年の研究計画】【山内研の必読書籍】【突撃OB・OGインタビュー】【参考になった研究の方法論】というテーマで進めてまいりましたが、今回からは、現在、山内研究室が参加しているプロジェクトのご紹介をしていきたいと思います。

題して、【山内研のプロジェクト紹介】
ということで、第1回はFLIT(反転学習社会連携講座)についてご紹介したいと思います。

FLIT(Department of Flipped Learning Technologies:東京大学大学院情報学環 反転学習社会連携講座)とは、昨年(2013年)の10月から東京大学大学院情報学環で始まった、反転学習に関する、NTTドコモの協力による産学連携型の共同研究の通称です。

FLITの主な目的は以下のとおりです。
1.反転授業に関連する学術的な理論の整理
2.MOOCと連動した反転授業モデルの開発
3.大学の授業における反転授業の効果検証

1の学術的な理論の整理では、現在世界中で行われている反転授業に関する種々の事例を、学術的な視点から見直し、理論として整理し直すということを目的としています。そもそも、反転授業とは、2007年頃からアメリカの学校を中心に広まった、オンラインを利用した新しい教育方法の通称です。その広まった経緯として、実践が先行して世間に認知されることになったため、学術的な定義がまだ十分に整理されていないという現状があります。そこで、FLITではそのような現状を一度アカデミックの立場から捉え直すということを検討していきます。

2の反転授業モデルの開発では、MOOC(Massive Open Online Course:大規模公開オンライン講座)を利用して、反転授業の新たなモデルを生み出すことを目的としています。MOOCとは、2012年頃から発展してきたオンライン学習の新たな形態の通称で、世界各国の大学の講義を世界中の学習者がWeb上で自由に受講できる仕組みとして近年注目されてきています。CourseraやedX,Udacityといった、MOOCを提供するプラットフォームが複数立ち上がっており、2013年度は、東京大学がCourseraに講座を公開しました。また、我が国でもNTTドコモがMOOCプラットフォームを開発を進めており、2014年春から日本の大学13校が授業を公開することになっています。FLITは、このうち1つの講座で反転授業の実践を行い、そこで得た知見を元に効果的な反転授業モデルについて検討していきます。

3の反転授業の効果検証では、実際の大学の授業で実践された反転授業の結果をもとに、それがもたらす効果について多方面からの検証を試みます。現在、反転授業は、先に述べた通り実践が広まってきている一方で、その検証が十分に行われていません。特に、我が国の高等教育の領域において、その検証を行うことはまだ始まったばかりです。(2014年1月現在の実践例としては、早稲田大、山梨大、島根大の実践があります。)そこで、実際に日本の大学で反転授業を行った事例から、その学習過程において得られる様々な記録を分析し、反転授業が教育・学習にもたらす効果について検証していきます。これについては、来年度から具体的に開始することを予定しています。


最新の情報を含めて、詳しい情報は、以下のホームページを参照していただければと思います。
http://flit.iii.u-tokyo.ac.jp/index.html


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個人的な話になりますが、先日反転授業に関する文献(Flip Your Classroom)を読んだときに、実際に反転授業を経験した生徒の声がいくつか取り上げられていました。そこには、学習意欲はあるものの、田舎で移動に時間がかかるため、課外活動の際に授業を見逃すことがあるといった、社会的な阻害要因によって満足に授業が受けられない学習者の様子が描かれていました。今後、FLITによる反転授業研究の進展によって、より多くの学習者が望ましい学習環境を享受できるようになることを、個人的には期待しています。

青木智寛

2013.12.21

【参考になった研究の方法論】人の「こころ」を研究するために


こんにちは、D3のふしきだです。きりりとした寒さが身に染みる季節になりましたね。
「参考になった研究の方法論」シリーズも、いよいよ今回が最後です。


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そもそも、研究の方法論には、何がどこまで含まれるのでしょう?
研究とひと口に言っても、学問領域によって捉え方は異なり、実際に研究者の方々がとられるアプローチも多岐にわたるはずです。
そんな迷いを常に抱えながら研究に取り組んできたこれまでを思い出しつつ、常に手元に置いておきたい5冊の本を紹介したいと思います。


---実験をデザインできることの大切さ---

わたしが初めて研究というものに触れたのは、学部2年生の後期だったように思います。認知心理学と社会心理学の大学院生に手取り足取り教えていただきながら、実験をグループで行い、個人でレポートを毎週書いていた記憶があります。そのため、「実験を計画・実施して、分析の結果に解釈を加える」という一連の流れが研究で、実験のデザインをいかに上手に組めるかがすべてを決めるのだと感じていました。

そして、その頃に繰り返し読んでいたのが、『心理学研究法-心を見つめる科学のまなざし(※1)』です。「ものごとを直感ではなく科学的に理解するためにはどうしたらよいのか」という視点から、実験法、調査法、観察法、検査法、面接法の基本的な考え方や手順が紹介されています。

当時、とても印象に残っているのは、実証的研究は「準備、発案、研究計画の立案、実施、研究の分析、報告」という6段階に分けられることや、実験法ではいかに変数の操作・測定・統制が重要になってくるのかといった、心理学研究法の土台の部分でした。人を対象に研究したいと考えている方には、最初におすすめしたい入門書です。


---初めて調査をするあなたに---

その後、色彩心理学の実験をテーマに卒業論文を書き上げた後、大学院に進学して痛感したのは、実験法と調査法では、気をつけなければいけないポイントやタイミングが異なるということでした。明らかにしたい事象について、それを構成する概念を設定し、測定可能な変数に落とし込むという手続きは、どちらの方法にも共通していました。けれども、実験法のベースにある変数の操作ができない調査法では、事象を検討する上で思いつく限りの変数を測定する必要があることを、うまく呑み込めずにいました。

そんなとき、とてもお世話になっていた先生が紹介してくださったのが、『心理学研究法入門―調査・実験から実践まで(※2)』でした。この本は題名からもわかるように、心理学の研究法を基礎から理解できるという点では、※1と重なる部分が多々あります。ただし、前半に質的調査および量的調査の特質やアプローチがていねいに解説されているという点では、わたしの調査法に対する戸惑いをひとつずつほぐしてくれる良書でした。

その後、修士研究では質問紙調査を行うことになり手にとったのが、『質問紙調査の手順(※3)』です。構成概念、尺度、項目といった質問紙に関する用語の整理にはじまり、先行研究の中から導出された問題に対して、適切な目的を設定し仮説を示した上で、尺度を作成することの大切さが語られているなど、質問紙調査の手順を時間軸に沿って理解することができます。加えて、調査を依頼・実施する際の注意点や、回収したデータの入力および分析方法に至るまで、初めて調査をする人にもわかりやすく手順が示されていますので、ぜひ参考にしてみてください。


---実験や調査によって得られたデータの活かし方---

先行研究をレビューして問題をみつけ、それを解決するために目的を掲げて適切な方法を選ぶとき、その方法にはデータの取り方と活かし方の2つが含まれると思います。先に言及した実験や調査がデータの取り方に含まれるならば、データの活かし方のひとつとして統計学があげられるのではないでしょうか。

卒業論文および修士論文、そして今取り組んでいる博士論文では、基本的にはデータの分析は統計学を用いてきました。わたしの場合、学部の頃はt検定や分散分析ができれば特に問題はなかったため、大学院に入ってから相関分析や回帰分析、多変量解析などを学ぶ必要性が出てきたとき、初めは頭の中を?が渦巻いていました。その理由のひとつは、学部時代に苦手な統計学をおろそかにしていたからなのですが、もうひとつの致命的な理由としては、推測統計学の考え方が曖昧だったことにあると今になって思います。

そんな統計音痴のわたしを救ってくれたのが、『心理・教育統計法特論(※4)』でした。この本は放送大学のテキストなので、オープンコースウェアで公開されている音声講義を聴きながら、全15回で統計を道具として使いこなすための準備を終えることができます。標本データの結果から全体の母集団の傾向を推測するという基本的な考え方や、これまでの統計学の経緯を理解した上で、目的に対応した分析方法をひとつずつ学ぶ際にとても役に立つと思います。


長くなりましたが、最後にもう1つだけ。

『創造的論文の書き方(※5)』は、博士論文に取り組んでいるわたしの机の上に、常に置いてある1冊です。ひとつの研究が終わり、知見を世の中に公開するときは、報告書にしろ論文にしろ、文章として形を残すことになります。そのときに、どうすれば自分が研究に感じた思いをそのままの強さで伝えることができるか、いつも頭を悩ませます。

答えは当分見つかりそうにありませんが、「創造的論文とは、・・・いい研究がいい文章で書かれたもののことである」という1文を励みに、博士論文を書き上げたいと思っています。


---引用文献---

※1 高野陽太郎・岡隆(編) (2004) 心理学研究法-心を見つめる科学のまなざし. 有斐閣,
東京
※2 南風原朝和・市川伸一・下山晴彦(編) (2001) 心理学研究法入門-調査・実験から実践
まで-. 東京大学出版会, 東京
※3 小塩真司・西口利文(編) (2007) 質問紙調査の手順. ナカニシヤ出版, 京都
※4 福田周・卯月研次(編) (2009) 心理・教育統計法特論. 放送大学教育振興会, 東京
※5 伊丹敬之 (2001) 創造的論文の書き方. 有斐閣, 東京


伏木田稚子

2013.12.12

【参考になった研究の方法論】方法論を学ぶための文献の読み方

こんにちは。博士課程の安斎です。山内研究室のブログは、だいたい2ヶ月ほどの周期で、同じテーマでそれぞれの大学院生がリレー方式で更新しています。今回のテーマは「参考になった研究の方法論」ということで、各々が参照してきた書籍や論文が紹介されています。是非、過去ログをさかのぼって読んでみてください。

安斎がこれまで参考にしてきた研究の方法論は数えきれません。直接的に自分の研究に活用できなくとも、良い論文をじっくり読めば、「こういう方法もあるのか」「この方法でいつかこういう論文を書いてみたい」などと、いろいろな面で参考になります。他方で、闇雲に文献を読んでいても、「面白い方法だけど、妥当性はどうなんだろう?」「使ってみたいけど、どんな時に使えばいいんだろう?」などと迷ってしまい、自分の研究の血肉にできないこともあります。

そんな経験を振り返ってみて、方法論を参考にレビューする際に、覚えておくといいかもしれないことを2つご紹介したいと思います。


(1)受賞論文を読む

まずおすすめなのは、自分の研究テーマに関連する学会の過去の受賞論文を読むことです。これは修士課程の頃に先輩の森さんからアドバイスいただいたことで、それ以来、時間をみつけて実践しています。

たとえば日本教育工学会の受賞論文一覧はこちらで参照することができます。方法論にも潮流があることがなんとなく見えてきますし、たとえば少し古い授業研究などであっても、そのままワークショップの領域に転用できそうなものもいくつかあります。

また、メインの所属学会に限らず、近接領域や関連学会の論文もとても参考になります。方法論の妥当性は学会によって異なります。例えば日本認知科学会の受賞論文を読んでみると、内容も面白いのですが、「ここまで細かく分析するのか」と思うものもあれば、「この方法は教育工学会には適応できないかも」と感じるものもあります。他の領域をみることで、かえって自分が依拠すべき妥当性の境界が相対化されて見えてきます。


(2)なぜ別の方法を使わなかったのかを考える

他の研究者の論文を読む際に大事だなあと思うのは、その論文で使われている方法論そのものを真似することではなく、「なぜ他の方法を使わなかったのか」という理由を探ることのように思います。

たとえ受賞論文で使われている方法あっても、その背後には試行錯誤の過程があり、無数の「不採用」となった方法があるはずです。そこに書かれている方法をただ鵜呑みにするのではなく、「なぜインタビュー調査ではなく思考発話法なのか?」「なぜ比較対象を設けながら、統制群という言葉を使っていないのか?」などなど掘り下げていくと、その方法の「使いどころ」も同時に見えてきます。そういった分析をするだけでも発見がありますし、チャンスがあれば著者に直接尋ねてみてもいいかもしれません。


以上、僕もまだまだ実践しきれていないことばかりで、偉そうに書きながら変な汗が出てきました。大学院生活も残り3ヶ月、頑張って博士論文を仕上げたいと思います。

[安斎 勇樹]

2013.12.06

【参考になった研究の方法論】フォーカス・グループ・インタビュー

みなさま、こんにちは。
M1の中村絵里です。

キャンパスの銀杏の黄色い絨毯と、青空に向かって伸びる銀杏の樹が、息をのむほど美しいこの頃です。地面を見たり、天を見上げたりと、この季節は赤べこのように下から上へと眺めながらキャンパスを散歩しています。授業と研究のほかに、また一つキャンパスに来る楽しみが増えて、遠路はるばるやってくる甲斐があるというものです。

【参考になった研究の方法論】第6回目は、インタビューの技法についてお届けします。

インタビューというと、みなさま、どんな場面を想像しますか。

著名人が、マイクとカメラを前に語るという姿が思い浮かぶ方もいるでしょうし、企業などのトップマネジメントが、経営方針等についてインタビュアーを前に身振り手振りを交えて語る姿、あるいは、TVニュースなどでよく見られるような街頭で一般の人を対象にインタビューする場面をイメージする方もいるかもしれません。実のところ、インタビューは、前述した事例のようなビジネスやマーケティングシーンで活用されるだけでなく、探索的な研究をする際に重要となる質的データを得るための手法としても取り入れられています。

私自身の研究では、実践の評価のためのデータを、個人およびグループを対象としたインタビューから取りたいと考えています。そこで、今回は、主にフォーカス・グループ・インタビューの技法について、以下の書籍を参照しました。


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『グループ・インタビューの技法』
S・ヴォーン, J・S・シューム,J・シナグブ 著
井下 理 監訳,田部井 潤・柴原 宣幸 訳
慶応義塾大学出版会 1999年
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フォーカス・グループ・インタビューとは、リラックスした雰囲気の中で、特定のトピックについてグループで討議し、非常に幅の広い、より包括的なデータを得る手法だと定義されています。同グループ・インタビューには、以下のような実用性が含まれます。

1.相乗効果性(グループでの相互作用を通して、より広範なまとまったデータが現れる)
2.雪だるま性(ある反応者の発言が、さらなる発言へと連鎖的反応を引き起こす)
3.刺激性(グループでの議論そのものが話題についての刺激を産み出す)
4.安心感(グループが安らぎをもたらし、率直な反応を促進する)
5.自発性(参加者は全ての質問に答えるよう要求されているわけではないので、彼らの反応はより自発的で純粋である)


これらの実用性を私の研究に照らし合わせてみると、個人を対象としたインタビューだけでは得られないであろう集団ならではの意見の広がりが、期待できます。研究の具体的な対象はまだ確定していませんが、可能な限り、アジアの途上国において教育アクセスが困難なコミュニティに焦点を当てる予定です。その国内において、異なる場所に存在する2つ以上の実践コミュニティ(Community of Practice: COP) をつなぎ、相互に情報流通させることが、それぞれのCOPに対して、どのような影響をもたらすかということを明らかにしたいと考えています。フォーカス・グループ・インタビューの特性を最大限に活かして、COPへのインタビューを試みたいと思います。

この本の中では、フォーカス・グループ・インタビューの教育・心理学研究への応用、参加者の選定、司会の役割、データ分析といったインタビューの準備から実施、終了後のデータ分析に至る一連の流れが紹介されていますので、今後、具体的に研究が進む中で、度々参照することになるかと思います。

以上、インタビューを研究における有益なデータ取得法と捉えて『グループ・インタビューの技法』を紹介しましたが、研究のみならず日常生活においても、人の話を聞くという基本的なコミュニケーションの一つとして、インタビューの技法は身につけておきたいものです。そこで、参考になったのは以下の書籍です。


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『インタビューの教科書』
原 正紀 著
同友館 2010年
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こちらの本には、主に一対一の個人インタビューに関する心得が綴られています。インタビュアーとして留意すべき点や、相手のレスポンスに応じた切り返し方や話の掘り下げ方など、プロのインタビュアーでなくても、日常的な場面で役立ちそうなコミュニケーション能力を養うためのヒントが満載です。

さて、この先あと1年間で、どんなインタビューを設定できるかまだわかりませんが、ご紹介した2冊をときどき読み返しながら、質の高いデータを収集できるように努めたいと思います。

【中村絵里】

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