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2012.02.14

【エッセイ】耳に残る研究計画

研究者にとって秋から冬は次年度の研究計画を立てプレゼンするシーズンです。
職業柄、学生を含め他の研究者の研究計画を聞く機会も増えます。
以前、「人をうならせる研究計画書」というエントリーで、よい研究計画は「おもしろく」て「できるかも」と思わせることが大事だということを書きました。
研究計画書がこの条件を満たしているのに、プレゼンが上手くないため人に伝わらないこともあります。人によって受け止め方は違うと思いますが、個人的な経験則では、

「最初に、研究の意義を、具体的な例を交えながら主張する」プレゼンは耳に残ります。

プレゼンを開始したらできるだけはやいタイミングで、この研究でどれだけすごいことができるのかを主張しましょう。「風邪を引いていてお聞き苦しくてすいません。」など言い訳で始まると注意がそがれます。

研究の意義については、社会的な影響と学術的新規性が考えられますが、社会的な影響であれば誰もが重要であると同意できる問題の解決に寄与すること、学術的新規性の場合は、明らかになったらすごいという夢を持つ話であることを情熱を持って述べることが大事です。重箱の隅をつつくようなことについて「今まで研究されていないからやるのだ」と主張されても興ざめです。研究の価値について話しましょう。

最後に、「具体的な例をあげながら」話すことが肝です。世界を変えるような大風呂敷を広げたとしても、それが抽象的だと説得力がありません。「身近にあるこういう問題が解決されるのです。」「日常にあるこういう現象の認識が変わってしまうのです。」など、専門外の人にもわかる具体的な例をあげると、記憶に残ります。

研究計画のプレゼンは、数年間をかけようと望む場合が多いはずです。内容が評価されないのはともかく、話し方で損をするのは悔いが残るでしょう。自戒も含めてメモとして記してみました。

山内 祐平

2012.02.10

【読書感想文】傍に置いておきたい5冊


 博士課程1年の伏木田です。底冷えの残る毎日ですね。
 読書感想文を書くにあたって、「初めて読んだときに響いたもの」、「その後何度読み返しても酔い続けられるもの」を5冊選びました。そして、その本たちを読む中で感じたうれしさだったり、ゾクリとした感動だったりを、どうにか1つのストーリーとした形にしたいと思い、それぞれの本に対する想いを紡いでみることにしました。
 このblogを見た誰かが、電車の中で揺られながら、自分の部屋でゆっくりとくつろぎながら、ここに載せた本のどれからを読んでみたいと思ったとき、まっさらな気持ちで本を手にとれるよう、それぞれの本のあらすじは割愛します。

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   「なんだろう、このパン」
   「そうなのよ、変なパンでしょう?」
   「ひと口めより、ふた口めの方がおいしいけど」
   「そうなのよ。でも、よく考えてみると、本当においしいものって、そういうもんじゃないの?」
   (吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』p.155)

 毎日の暮らしの中で、本当に○○なものに思いを馳せる。本当のやさしさ、本当のつらさ、本当の可愛らしさ、本当の...。ひと目ではわからない、かといって味わい尽くしてからわかるというのでもなく、ひと口めよりもふた口めの方がおいしいという「本当においしいもの」。それは何も、日々に口にする食べ物のおいしさだけでなく、人、風景、想い出など、あらゆる中にある「おいしさ」にもあてはまることはないのだろうか。
 自分にとって、周りの誰かにとって、吉田篤弘が描くところの「本当においしいもの」に近づきたい、そういう中身をもった人になりたいと、実はひっそりと、心の底で望んでいたりする。では、どうしていくのかよいだろうか?

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   大丈夫に見えて、薄汚れているもの。それから、だらしなく見えて実はきちんとしたもの。古びて見えるのに、まだ真珠みたいにそっと輝いているもの。(中略)
   それをひとつひとつひろいあげて、自分で見て、触って、嗅いでみてはじめて自分にとってどういうものか考えること。
   (よしもとばなな『なんくるない』pp.224-225)

 まずは、「正しい目をもつ」ということだろうか。物事の裏と表の両方を見る目、見過ごしてしまったことに気づくことのできる目、もう1度見直すことができる目。そして、五感を使って見つめ続けることができる目。
 "それが自分にとって白か黒かわからなくても、受け入れていいんだよ。大丈夫、グレーのものもあるかもしれないけれど、自分にとって白か黒からはじっくりひとつずつ確かめて、最後に答えを出せばいいんだよ。"と励まされている気持ちになれる、大好きな文である。そして、"世の中は自分が思っているよりもずっと、複雑怪奇で見過ごしてしまうことばかりなんだけど、そんなに悲観しなくて大丈夫"と背中を押してもらったところで、次のステップ。

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   「もの」に出会って自分の生活に引き入れたら、あとはそれを育てる。
   (堀江敏幸『もののはずみ』p.213)

 正しい目をもつことと並行して、「育てるこころ」も大切にしたい。自分の中の引き出しに入れるものをみつけたら、咀嚼して咀嚼して、自分のものにしたい。考え方も、もちろん物理的なモノも、どちらも育てていけるこころがほしい。何かを大切にするということは、その何かの傍らで、その何かがよりより何かに育っていくまでを、じっくりゆっくり守っていくことなんじゃないかと思っている。
 その一方で、「潔いこころ」も失いたくない。

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   持つより持たない方が楽だ、と、ある日ふいに気がついた。すべてを持つことはできないのだから、比較的いろいろ持っている、と思うより、何も持たなくていい、と思う方がずっと安心ではないか。
   (江國香織『とるにたらないものもの』pp.22-23)

 なんという潔さ。自分が欠けていることをカバーしようとせず、欠けているのだと言い切る凛とした構え。そうした「潔いこころ」も「育てるこころ」と一緒に持っていたい。だって、比較的いろいろ持っているのだと言い訳をしないことは、かっこいい。それに、何も持たなくていい、とはさみしくてなかなか思えないことだから、そう思う方が安心だと考える潔さは、まだわたしには足りないからこそ憧れる。

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 わたしが「本当においしいもの」に近づくために、「正しい目」と「育てるこころ」と「潔いこころ」をもったとして、でも本当に要しているのは、「飄々とした風情」かもしれない。例えばそう、こんなやり取りをできてしまうような。

   -どうした高堂。
   私は思わず声をかけた。
   -逝ってしまったのではなかったのか。
   -なに、雨に紛れて漕いできたのだ。
   高堂は、こともなげに云う。
   (梨木香歩『家守綺譚』p.13)

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 わたしにとって珠玉の5冊。ことばのひとつひとつや、ことばの連なり、そして本から香り立つあれこれが、とても好きなものばかりです。

● 吉田篤弘 『それからはスープのことばかり考えて暮らした』
● よしもとばなな 『なんくるない』
● 堀江敏幸 『もののはずみ』
● 江國香織 『とるにたらないものもの』
● 梨木香歩 『家守綺譚』


伏木田稚子

2012.02.08

【エッセイ】講義ノートの権利は誰のもの?

大学の授業でとったノートの著作権は誰のものなのか?

カリフォルニア大学でこの問題が議論になっています。きっかけになったのは、カリフォルニア大学バークレイ校がまとめた「授業におけるノートと教材利用に関するポリシー」の策定でした。この文書では、学生にノートをとることを推奨するとともに、教員の知的努力の結果である講義内容の公表について、教員がノートや録音に対し許可や制限を与える権利を保有することが明記されています。同じクラスを履修している学生間ではノートを共有してもかまわないとされていますが、その範囲を超えて教員に無断でノートを共有もしくは販売した場合にはこのポリシーに違反することになります。

このようなポリシーが策定された理由には、オンラインのノート販売サイトに対して大学側が苦慮していることもあるようです。カリフォルニア州の教育コードではノートの販売が禁止されていますが、ノートの販売行為は止まることがなく、訴訟も起きています。
ノートの共有は昔から行われてきた行為ですが、インターネットの登場により、共有範囲が教室から全世界に広がったことや、簡単に不特定多数の学生に販売できるようになったことが、この問題の背景にありそうです。

山内 祐平

2012.02.02

【読書感想文】ドラゴンボールとワンピース

博士課程1年の安斎です。僕は、気に入った漫画を何度も何度も読み返すのが好きです。漫画は、小説ほど文字情報が多くなく、映画ほど映像情報が多くなく、僕にとって色々な読み方で何度も読みたくなる、バランスの良いメディアなのかもしれません。

色々な漫画を読みますが、中でも僕はドラゴンボールが大好きです。ワンピースも好きですけど、やっぱりドラゴンボールが好きです。ところが、最近の小学生はワンピースは好きだけど、ドラゴンボールを全然知らないのだそうです...。時代は移りゆくのですね...。


●個人主義からコラボレーション主義へ

それも、ある意味仕方が無いことなのかもしれません。ドラゴンボールとワンピースを比較してみて思うのは、ドラゴンボールはきわめて「個人主義」的な漫画だと感じます。強大な敵にぶちあった時に、その問題を解決する方略はたいてい「修行をして個人の能力を高める」ことです(たまに、元気玉のような奥の手にも頼りますが)。しかも、多くの戦闘は1対1です。いろいろ苦戦するけれど、最終的に敵の戦闘力を上回った悟空が登場して、一時的に共闘した仲間は用無しになり、タイマンで悟空が相手を倒す、というパターンで物語が展開されていきます。ラストバトルでの悟空の「一対一で勝負してえ...待っているからな...オラももっともっと腕をあげて...またな!」という台詞からも、個人主義的な信念が読み取れます。

一方で、ワンピースはとても「コラボレーション主義」的な漫画ですよね。海賊という設定がゆえ、船長、航海士、コック、船医...など、役割分担が明確であり、仲間との助け合いや絆が重視されており、コラボレーションしながら問題を解決していくことが前提になっています。ドラゴンボールとは対照的に、個人が修行をするシーンもほとんど出てきません(最近になってようやく出てきましたね)。

近年主流である、創造性や問題解決を「天才的な個人」によるものではなく「コラボレーション」を前提に考えるキース・ソーヤーのグループジーニアスの考え方を想起させます。


●個人のパフォーマンスは社会的に評価される

また、この2つの漫画の違いは、個人の能力の評価方法についても読み取る事が出来ます。

ドラゴンボールの場合は、おなじみの「スカウター」を用いて、個人に内在する「戦闘力」を数値で測定する形で個人の能力が可視化されています。戦闘においては相手との相性とか時の運とかもあるだろう...と思うのですが、それでも戦闘力という絶対の基準があり、それを高めることがドラゴンボールというゲームで勝つ唯一の手段になっている。戦闘力42000では、戦闘力53万のフリーザには絶対に勝てないわけです。そこがシンプルで面白くもあるのですが。

一方でワンピースはというと、「悪魔の実」という個性的で特殊な能力をベースに世界観が設定されており、戦闘において相性や連携の要素が重要になっています。だから、戦闘力のような絶対的な基準で個人の能力を評価しにくい。そこで、「懸賞金」という指標で個人の能力が間接的に評価されているのがワンピースの特徴です。その個人がどれだけ強かろうが、社会的に何もしなければ懸賞金はゼロです。ところが、3億ベリーだった海賊が、大きな事件をやらかすと、実力に関わらず途端に懸賞金が4億ベリーになったりする。つまり、その海賊がどれだけ強いかではなく、どれだけの事を成したのか、という観点から社会的に評価されるシステムなのです。

創造性は個人に内在するものではなく社会的な相互作用の中でしか判断できない、というチクセントミハイの創造性のシステムモデルを想起させますね。


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そういうわけで、創造性や学習について研究している観点から比較しても、ワンピースはドラゴンボールに比べてとても現代的な価値観で構築されている漫画だなあと思うのです。

僕はコラボレーションの研究者なのに、なんでドラゴンボールの方が好きなんだろう...と、ここまで書いて疑問に思ってしまいましたが笑、たまにはそんなことをあれこれ考えながら漫画を読むのも、一つの読書の方法ではないでしょうか。

[安斎 勇樹]

2012.02.01

【イベント】ソーシャルラーニングとこれからの人財育成

BEAT(東京大学情報学環ベネッセ先端教育技術学講座)では、2011年度第4回 BEAT Seminar「ソーシャルラーニングとこれからの人財育成」を3月24日(土曜日)に開催致します。
近年のソーシャルメディアの急速な普及により、人々の関わり方やつながり方に大きな変化が見られるとともに、コラボレーションや学習の形態も様変わりしつつあります。ソーシャルメディアがもたらす新たな学び「ソーシャルラーニング」が、これからの人財育成のあり方にどのような影響を与えるかが問われています。
今回のBEATセミナーでは、まず、BEAT で今年度実施したSoclaプロジェクトの活動成果をご報告します。高校生を対象にFacebook上で実施したプロジェクト学習プログラムと、小論文、数学をテーマとした基礎学習の研究プロジェクトの報告を行います。次に、これまで数々の社会人教育プログラムの設立に取り組まれ、政府審議会等で次世代人財育成のあり方を提言してこられた妹尾堅一郎氏(産学連携推進機構 理事長、コンピュータ利用教育学会 会長、一橋大学大学院MBA 客員教授)に人財育成に求められるイノベーションと教育機関のあり方についてご講演いただき、これからの人財育成におけるソーシャルメディアを利用した学習環境デザインの可能性や課題を議論します。
みなさまのご参加をお待ちしております。

日時 2012年3月24日(土) 13:00~17:30
場所 東京大学 本郷キャンパス
情報学環・福武ホール(赤門横) 福武ラーニングシアター(B2F)

内容

13:00-13:15
1. 趣旨説明
山内祐平(東京大学 准教授)

13:15-14:20
2. 2011年度BEAT成果報告
報告1:Socla 数学学習 藤本徹(東京大学 特任助教)
報告2:Socla 小論文学習 高橋薫(東京大学 特任助教)
報告3:Soclaプロジェクト学習 山内祐平(東京大学 准教授)
今年度成果の総括と来年度に向けて 山内祐平(東京大学 准教授)

14:30-15:30
3. 講演「先端人財育成モデルのイノベーション
~工業モデルの熟達者訓練、農業モデルのイノベーター育成~」
妹尾堅一郎(産学連携推進機構 理事長、コンピュータ利用教育学会 会長、一橋大学大学院MBA 客員教授)

15:40-16:00
4. 参加者によるグループディスカッション

16:00-17:30
5. パネルディスカッション
「ソーシャルラーニングとこれからの人財育成」
パネリスト:
妹尾堅一郎
山内祐平
未定(外部より招聘)
司会:
藤本徹
高橋薫

定員 180名
(定員になり次第締切りますので、お早めにお申し込みください。)

参加費 無料
懇親会 セミナー終了後 1F UT Cafeにて 参加希望者(¥3,000)

お申し込みは、こちらからどうぞ。

山内 祐平

2012.01.29

【読書感想文】学び、生きること

みなさま、ごきげんよう。
修士1年の早川克美です。今週の記事を担当させていただきます。


「旅において出会うのはつねに自己自身である。自然の中を行く旅においても、我々は自己自身に出会うのである。旅は人生のほかにあるのでなく、人生そのものの姿である。」

これは哲学者・三木清の言葉です。この言葉の意味を最近あらためて考えています。すべての出会いや分岐点は、決して受け身ではなく、自らが選び定めてきたことなのだと感じます。自己効力感はもとより、後悔や反省も弱い自分の選択に他ならず、どんな道をどのような足跡を残してきたかは、まさに自己自身であります。そして、私は、どう生きていくべきか、について幼い時から何故か(笑)ずっと悩んでいます。

ここに、これまでの人生で何度となく読み返した本があります。最初に三木清を引いておいて、節操がないと思いますが、ずっと憧れている人間の生き方があります。あくまでも作品の中のその人物の生き方です。

司馬遼太郎著「花神」の主人公、大村益次郎、その人です。

大村益次郎は、日本近代兵制の創始者であり、高杉晋作の没後に、奇兵隊を倒幕に向け再編成し、大政奉還後に発足した官軍における事実上の総参謀を務め、戊辰戦争の勝利に貢献し明治維新確立の功労者といわれた人です。
周防国吉敷郡(現在の山口県山口市)の百姓に生まれた村田蔵六(後年大村益次郎と改名)は、新しい蘭学・洋学を学びたい一心で郷里を発ち、大坂適塾に緒方洪庵らを師として研鑽を積み、抜群の成績を上げ塾頭にもなりました。医師として故郷防長に戻った蔵六でしたが、ずば抜けて洋書を解読し、著述もできた彼は、様々な出会いによって、四国宇和島藩の軍艦建造に招かれ、それを機に洋学普及のため、江戸で私塾「鳩居堂」を開き、幕府の研究教育機関(蕃書調所のち開成所)でも出講するようになります。ただ、人と交わるのが不向きな蔵六は、出世をしても自らを売り込むことはせず、その45年の一生を愚直なまでに「技術者」でありつづけました。彼の一生はまさに技術者としての旅そのものだったと感じます。

自らの出来ること、なすべきことのみを見据え、芯を持って生き抜くこと、初めてこの本を読んだ高校生の時、その貫ききった生き方に美しさを見、震えたことを今でも覚えています。少し先の未来を予見しながら、ひたむきに学び続けた益次郎の生き様を、潔く美しいと感じたのです。と、同時に、多感な年頃の自分には、どうして男に生まれなかったのだろう、女でどこまで貫ききることができるのだろうか?と不透明きわまりない将来に絶望したりしたのは懐かしい感傷です。もちろん、今は女性として生まれたことに後悔はありません。(男女雇用機会均等法施行初年度の年代なので、現在20代の方達には想像もしないことかもしれません。苦笑)
話がそれましたが、とにかく、美しい生き方に憧れ、何か迷うたびに大村益次郎を思い返すという奇妙な癖がついてしまったほどです。なのに、益次郎の年齢を超えた自分は、まだまだ迷い多き道にいます。優秀でもない平凡な自分にとって、大きな功績を残すことは大それた望みであり、もちろんそこに目標を置いてはいません。ただ、自分の芯を持ち、貫いて生ききることができれば、そうありたいと、日々を重ねています。

もうひとつ、この本で私がワクワクしたのは、大阪「適塾」のさわりでした。
適塾とは、蘭学者・医者として知られる緒方洪庵が江戸時代後期に大坂・船場に開いた蘭学の私塾です。後に現在の大阪大学へと発展していく適塾、元来は医学、医療を教育する塾でしたが、とても学際的な学びの環境にあったようです。青雲の志熱き若者である塾生たちにとってはオランダを通じてもたらされる最新の知識、技術には一々驚くものがあったのでしょう。関心の赴くままに、医学によらず各種の本を貪欲に読んだようで、判らぬ言葉の意味を探して、適塾に一冊しかなかったヅーフ辞書を奪いあうように利用したため、辞書をおいた部屋はヅーフ部屋と呼ばれ、明かりが消える間がなかったそうです。塾生たちの勉強ぶりはすさまじかったようで、福沢諭吉にして、自伝の中で「凡そ勉強ということについてはこのうえにしようもないほどに勉強した」と述懐しているほどです。こうした自由闊達な塾風が、幕末から明治初期にあって日本の近代化の各分野で活躍する多様な塾生を数多く輩出し、その塾生には、福沢諭吉、大鳥圭介、橋本左内などがいます。
東北から九州まであらゆる地域の若者達がめざし、学んだ適塾。どんな対話がなされていたんだろう、それぞれの塾生はどのように成長していったのだろう、どんなシステムだったんだろう。あぁ、行ってみたいなぁ、観察したいなぁと夢想します。

私が大学院に入り、最初に感じたことは「あ。適塾だ」。そう、今、自分がいる環境はまさに現代の適塾といえるべきものでした。多様な興味・関心を持った学問の徒がそして師がそこにはありました。とてもうれしかった。

もうすぐ私の大学院生としての最初の1年が終わろうとしています。想像以上に厳しく辛かった。でも、それ以上に楽しく興奮することが数え切れないほどにありました。学びをあきらめないで精進しようと思います。
思考は柔軟に。これは益次郎が技術を積み上げていく過程で、とてつもなく柔軟に様々なことを吸収していたことを、凝り固まった自分の思考への戒めとしたいと考えます。
志は強く貫けますように。逆境にびくりともせずに歩み続けた益次郎の生き方を、私なりに追っていきたいとのぞんでいます。

「人はそのひとそれぞれの旅をする。人生そのものが実に旅なのである。」
最後にふたたび三木清の言葉を。

学び、生きる私の旅はどうやら相当鈍行のようです。そして、かなり美しくない。納得するのにいちいち躓きますが、憧れを胸に、一歩一歩進んでまいりたいと思っています。


読書感想文?ではないような内容になってしまいましたが、1年を振り返る節目でもあり、自分を奮い立たせるために書かせていただきました。

寒い日がまだまだ続きますが、みなさまにはくれぐれもご自愛くださいますよう。
拙文におつきあいいただき、ありがとうございました。

参考文献
"人生論ノート"三木清、新潮文庫
"花神"司馬遼太郎、新潮文庫

2012.01.25

【エッセイ】電子「教科書」という呪縛

AppleからiBooks2とiBooks Authorが発表され、教育の情報化が本格的に進展するのではないかという期待もでてきていますが、アメリカの専門家の中には異論もあるようです。

教育技術の専門家は(教科書というコンセプトが古い、価格的に課題がある、ソーシャルでないなどの理由から)AppleのiBooksに懐疑的

確かにiBooks Authorはよくできたツールですし、iBooksでマルチメディアを埋め込んだ教科書が安価に流通すれば市場は活性化すると思います。これによりiPadの中等教育への普及は進むでしょうし、Apple製品を人数分そろえられる財政的に豊かな学校には魅力的な発表でしょう。
その点をふまえた上で、さきほど紹介した記事の最初のパラグラフにある「これは以前流行したCD-ROMのインタラクティブマルチメディア教材と何が違うのか」ということについては考えておく余地があります。
今から20年ほど前、パーソナルコンピュータが本格的に映像や音声を扱えるようになったときに、CD-ROMにおさめられたマルチメディア教材が作られました。これらの教材には一定の教育的効果があることは研究により確認されていますが、「教科書の再発明」というほどのインパクトが残せなかったことも事実です。
一般ユーザーがタイトルを制作できるようになったり、流通システムが確立することには意義がありますが、それだけでは力不足なように思います。
記事にもありますが、我々はそろそろ近代教育システムの中核を担った「教科書」というメタファーについて再検討してもよいのではないでしょうか。分散したリソースを有機的につなぎ、ソーシャルな対話の中で学べるようになった現代の情報環境の中で、本当に現在の電子書籍的な形が教材として最も優れた姿なのかどうか、考えるべき時期に来ているのかもしれません。

山内 祐平

2012.01.23

【読書感想文】じぶん・この不思議な存在


みなさまこんにちは。修士1年の山田小百合です。
読書感想文シリーズ、今週は遅ればせながら私が担当いたします!

ところで、「人生を変えるような出会い」というものが、誰しもあると思うのですが、
人生に影響を与えるような、いいなと思う本、みなさんはどこで出会いますか?

本屋さんでたまたま目に入った、人に紹介された、誰かのレビューを読んで気になった...などなど様々あると思います。

今日ご紹介したい本は、「じぶん・この不思議な存在」です。
著者の鷲田清一さんは、昨年の夏まで大阪大学の総長を務め、任期満了に伴い、退任後、現在は大谷大学文学部で教鞭を取られているそうです。2010年の情報学環・学際情報学府10周年記念シンポジウムにも鷲田さんが来場されていました。

さて、本の紹介の前に「私とこの本との出会い」について少しお話させてください。
私とこの本との出会いは本屋さんでも、誰かの紹介でもなく、高校の現代文の授業で出会いました。現代文の教科書に出てきたこの文章に出会ったのが、高校1年生、当時16歳です。そういう意味でも、この本の内容について少なからず知っている人は多いのではと思います。現代文の授業では一部しか取り上げられないので、本1冊全部読みたいと思った私は、大学入学後にこの本を購入しました。今でも時々読み返す本の1つです。

当時の私は本を読むことが好きではありませんでした。本が好きでないとなると、読書感想文も上手に書けないので、読書感想文なんてもってのほか。初めてこの本の一部が現代文の教科書に出てきた当時の私も、もちろんちんぷんかんぷんで、テストで良い点をとるために授業を受けていました。

さらに中学時代に遡った話をすると、当時の私は人間関係が全然うまくいきませんでした。人間関係の悩みも多く、学校も休みがちでしたが、同時に、なぜかふと思ったのです。

「この人たちは、生まれた時から『こいつ超うぜー』とかいう感情を持ちあわせていたわけじゃない。例えば小さいころこの人と出会っていたら自然とかかわりあっていただろうなあ。月日が経ち、自分の周りの人や環境から影響を受けて、好き嫌いを自分の中につくっていくのだろうなあ。それは私も同じだ。」

家庭環境や、関わってきた人、触れてきた情報などなど、様々なんだなと思うと、「ヒトがどのようにできあがるのか」ということを考えることは、ものすごく重要なことなんじゃないか、ということを大まじめに考えていたのが中2の山田小百合(9年前か...)でした。このときのことが今の自分に少なからず影響を与えていることは間違いないです。

こうして高校生になった私は、この本に授業で出会うのですが、ちんぷんかんぷんのまま時は経ち...また人間関係に悩むできごとがありました。
「わたし」はいつも「他の人」と違っていて、違っているせいで、嫌われてしまう。

そのとき、当時生徒会がきっかけでお世話になっていた国語のS先生に相談することにしました。すると「去年お前これ読んだやろうが」と、彼が取り出したのが現代文の教科書であり、その中にある「じぶん・この不思議な存在」のページを開いてみせたのでした。

"どうして、お前が、他人と違うっちゅーことを、咎められるか。それは、アタリマエのことを言うけど、お前が、他人と違うけえや。"

私たちは「自分」という存在を分かった気になっていますが、それは果たしてそうなのでしょうか。私はこの本を読むときに、不確かで脆い「自分」に出会います。

「自分」を想像するとき、誰しも具体的な自分というイメージを、まずは自分の身体イメージに頼っているはずです。そこでこんな文章がでてきます。

−−−
たとえば、身体をもたない〈わたし〉がありえないことはあまりに明白であるのに、それでは〈わたし〉と身体とはどのような関係にあるのかと問うてみると、じぶんがほとんどなんの確かな答えももっていないことに気付かされる。
−−−

「自分」の身体がどんどん交換されていくことを想像すると、身体は「自分」にとってかけがえのない存在であるはずなのに、身体と「自分」の関係が曖昧になっていくことに気付かされます。

不思議なことに、私たちは日常の中で「自分」という存在を当たり前のように捉えていますが、実際に私たちは直接、自分の顔も、背中も直視することができません。鏡やカメラなどを介してみることはあるかもしれませんが、結局直視はできない。むしろ「他人」のほうが、私の背中や顔を直視でき、「自分」の見えないところをよく見ることができる。
不思議ですよね、自分はいつも隣り合わせのようで、一番「自分」のことを知っているのは自分なのに、とても不思議な存在に見えてきます。

さらに長いのですが、この流れるような文章を切り離すのが惜しく感じるので、一気に一部引用します。

−−−
 わたしたちは、目の前にあるものを、それはなにであるかと解釈し、区分けしながら生きている。たとえば現実と非現実、じぶんとじぶんでないもの、生きているものと死んだもの、よいこととわるいこと、おとなと子ども、男性と女性......。こうした区分けのしかたを他のひとたちと共有しているとき、わたしたちはじぶんを「ふつう」(ノーマル、ナチュラル)の人間だと感じる。そして、わたしたちが共有している意味の分割線を混乱させたり、不明にしたり、無視したりする存在に出会ったとき、(中略)彼らを、別の世界に生きているひとというより、わたしたちの同じこの世界にいながら「ふつう」でないひととみなしてしまう。

 ではなぜ、わたしたちは意味の境界にこのようにヒステリックに固執するのだろう。それは、わたしたちが「〜である/〜でない」というしかたでしかじぶんを感じ、理解することができないからではないだろうか。そしてそういう意味の分割のなかにうまくじぶんを挿入できないとき、いったいじぶんはだれなのかという、その存在の輪郭が失われてしまうからではないだろうか。つまり、それほどまでに〈わたし〉はもろく、不可解な存在であるからではないだろうか。
−−−

誰かと区別をすると同時に、自分の存在を感じることになる。きっと「自分とはなんぞや」と考えると、自然とそこに「他人」を感じているということに気付かされます。さらに引用を続けます。

−−−
 わたしがだれであるかということは、わたしがだれでないかということ、つまりだれをじぶんとは異なるもの(他者)とみなしているかということと、背中あわせになっていることがわかる。ところが、わたしがそれによって他者との差異を確認するその意味の軸線がわたしたちによって共有されているところでは、この軸線がその形成の歴史を忘却して、「自然」的なものとみなされ(ここから「自然」が規範としての意味をもちはじめる)、それを共有しないものは、わたしたちではないもの=「ふつう」でないものとして否認される。「ふつう」ということは世界の解釈の一体系を共有しているということにすぎないにもかかわらず、である。わたしたちがじぶんの存在にかたちをあたえていくこのプロセスは、だから同時に、きわめて政治的なプロセスでもある。それは、つねに解釈の基準を提示し、それを共有できないものは排除し、それをはずれるものには欠陥とか劣性といった否定的なまなざしのもとでみずからを見ることを強いる。

 わたしはだれかという問いは、わたしはだれを〈非−わたし〉として差異化(=差別)することによってわたしでありえているのか、という問いと一体をなしている。わたしもあなたも同じ「人間」であるという言いかたは、〈わたし〉が一定の差別(逆差別も含めて)のうえにはじめてなりたつ存在にすぎないことをかえって覆い隠してしまうおそれがある。
−−−

そしてその区別は、集団の中でさらに形成されてゆきます。
この文章こそ、教科書の中にでてきていた文章でした。ここで高校時代の私に戻ります。

"「自分」というものは、こうして様々な線引きの中で創り上げられている。人間という不思議な存在の脆さ、弱さを知っているだけでも、お前はもう少し生きやすくならんか。"

中学くらいからふわふわと考えていることが、そして今の現状が、こんなにシンプルに表現されているなんて!なんだか特別なことを誰よりも先に知れたような気がして、とても嬉しくなったのです。
そして、そんな自分と真剣に向き合ってくれたS先生の優しさに対して、とてもありがたいと思ったと同時に、放課後のもう下校時間をすぎた職員室で、大泣きをしたのが、当時の私です。(笑)

そしてこの日を境に、私は本を読むようになりました。ちなみにその先生とは学部の時の教育実習で数年ぶりに再会し、お酒を飲みながら語りました。
人もそうだし、本もそうだし、出会いというものは、とても不思議な出来事ですね。

そして、この本を読むと、思い出すことがもう1つあります。

昨年、FLEDGEのディレクターを務めていた時、「箱男ワークショップ」を実施したグループがいました。安部公房の小説「箱男」のように、ダンボールを被って街を歩き、そのとき感じたことを文章にして披露するというもの。何人もの人が本郷三丁目界隈をダンボールを纏い街を歩き、おみせに入ったり、うろうろしている姿は滑稽なものでした。当時Twitterでも「箱かぶった人がいっぱいいる」というようなツイートが目立ち、写メを撮られ、写メもツイートされていたくらいです。

そのワークショップの振り返りの日、参加者の感想の中で「最初は箱を被って歩くことで人の目も気になるし緊張するのだけど、そのうち箱をかぶっていることが気にならなくなる」といった感想があったような記憶があります。
箱をかぶったままコンビニで買い物をするのは目立つし恥ずかしいはず。しかしその状態が自然と「自分」に取り込まれていく。
「自分」は一体、どこへ行ってしまうのでしょうか。

研究活動は、色々な人、サンプルから、共通することを見つけ、とりあげ、構造化したりパターンを見出したりします。これはすごく大切なことで、社会的に意義のあることだと思います。だから私は研究活動をしています。
同時に私たちは「違う存在」であることを、忘れてはいけないなと感じさせてくれます。一人ひとりを見るということについて考えさせられるのです。

就職活動でも「自己分析」なんて言いますが、自分の中に問い続けたところで「自分」というものはわからない。私たちは「他人」を経由して「自分」を認識する。そして「他人」と比較しても、ある側面の自分は認識できますが、結局それはある種一部であり、「自分」というものを結論づけることができない、とても不確かで脆い存在なのだなと気付かされるのです。

何かに困ったとき、悩んだ時、この本を読んで「自分」というものの輪郭を曖昧にさせてゆく。この瞬間がなんだか気持ちよかったりするのです。

そして、自分という不思議な存在についてわからなくなる。
「私」は、一体、何者なのでしょうか。

山田小百合

2012.01.18

【シンポジウム】ワークショップとファシリテータ養成

2月18日(土)にシンポジウム「ワークショップとファシリテーター育成」を開催します。 早稲田大学向後先生、奈良教育大学小柳先生をお招きして、ミドル向けプログラムや学校教育との連携について報告とディスカッションを行います。残席わずかにつきお申し込みはお早めにどうぞ。

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シンポジウム「ワークショップとファシリテーター育成」 のご案内

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近年、学びと創造の場として「ワークショップ」が世界各国で注目されています。
日本においても、創造力や表現力を喚起する、こどもを対象としたワークショップ・プログラムが
全国で実施されています。
このような状況に対し、ワークショップ運営を持続可能なものとするため、ファシリテーター育成が
課題となっています。
東京大学 情報学環・福武ホールでは、アフィリエイトである CAMP(SCSK株式会社 CSR推進室)とともに、
ワークショップのファシリテーター育成について2008年度より共同研究を行ってきました。
本シンポジウムでは、4年間の共同研究における成果報告を行うとともに、
ファシリテーター育成における課題について、皆様と一緒に考えていければと思っております。
どうぞふるってご参加ください。

●日時:2012年2月18日(土)14時00分~17時00分
●場所:東京大学 情報学環・福武ホール ラーニングシアター
 http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/access/
●参加費:無料
●定員:100名(先着順とさせていただきます。ご了承ください)
●参加申込み: ※要事前申込
 下記URLにアクセスし、申込フォームに必要事項をご入力の上、ご送信ください。
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 【参加申込フォーム】
 http://ow.ly/8nXU7
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●主催:東京大学 情報学環・福武ホール


■プログラム 
14:00-14:30 趣旨説明「ワークショップの普及と ファシリテーター育成に関する課題」
山内 祐平 (東京大学 准教授)

14:30-15:00 報告1「CAMPファシリテーター研修における参加者の学習過程」
森 玲奈(東京大学 特任助教)

休憩 -
15:15-15:45 報告2「ワークショップのファシリテーションを学ぶためのカリキュラム・デザイン」
小柳和喜雄(奈良教育大学 教授)・内記麻子(SCSK株式会社 CSR推進室CAMP)

15:45-16:15フロアディスカッション
(グループに分かれて、パネルディスカッションでとりあげる質問を議論していただきます。)

16:15-17:00 パネルディスカッション
「こども向けワークショップの運営を持続可能なものとするために」
司会:山内 祐平(東京大学 准教授)
パネラー:
小柳和喜雄(奈良教育大学 教授)
向後千春(早稲田大学 教授)
森 玲奈(東京大学 特任助教)
内記麻子(SCSK株式会社 CSR推進室CAMP)

※終了後30分ほどコーヒーを飲みながら自由にご歓談いただける時間をとる予定です。

会場のレイアウトの関係上、ご欠席される場合はお手数ですがご連絡をお願いいたします。
みなさまにお会いできることを楽しみにしております。

山内 祐平

2012.01.16

【読書感想文】森は海の恋人

みなさま、こんにちは。
今週は、修士1年の末 橘花が担当をさせていただきます。

前回の呉さんの教養の高さが伺える記事の更新後に私が書くのはなんだか恐縮ですが、
早速ご紹介していきたいと思います。

私が紹介するのは、『森は海の恋人』です。


筆者の畠山重篤さんは、宮城県気仙沼市唐桑で牡蠣養殖業を営む傍ら、豊かな海を取り戻すために、平成元年より漁民による広葉樹の植林活動「森は海の恋人」運動を続けています。

この運動は、気仙沼市在住の歌人、熊谷龍子の句

「森は海を 海は森を恋いながら 悠久よりの愛紡ぎゆく」

より名付けられた「森は海の恋人」というキャッチフレーズと共に全国にその運動の輪が広がり、漁民による森づくり、森と川と海を一体としてとらえる環境認識、子供たちへの環境教育のシンボル的な運動として位置づけられています。


本書では、畠山さんの目から見た気仙沼市唐桑の漁民文化が描かれており、その中で海と森の密接な関係について言及されています。

海水と河川水の交わる汽水域での生物生産にとって重要な養分は、上流の森の腐葉土を通過した河川水、地下水が運んでくることに漁民たちが気づきました。気仙沼湾に注ぐ大川の上流域の岩手県室根村(現一関市室根町)の室根山に地元の人々の理解のもと、広葉樹の森を作り始めたのでした。これが運動の発端でした。


こういった取り組みの中にある背景として、本書では、ふるさとを想う気持ちや、漁民として海と森の中に生きる伝統や文化を表現しています。本書には短いストーリーがいくつも並んでいます。それは筆者の少年時代の体験であったり、漁民としての生活の知恵であったり、共に生きる魚や鳥などの生き物の話であったりします。


このように伝統や文化を書き残していくことは、地域の歴史にとって、また地域の活性化などにも通じる非常に価値のあることなのではないかと思います。

今日の技術の発展は目覚ましいものであり、数十年で生活様式も漁業のスタイルも大きく変わりました。しかし、こうして気仙沼の歴史が畠山さんの手によって描かれていくことで、昔ながらの知恵をつなぎ残していくことは、地域民にとっての文化やアイデンティティになるのかもしれません。


気仙沼での漁業といった地域に根付いた伝統や歴史、昔ながらの知恵、これらは歴史の教科書には載っていません。授業ではなかなか学ぶことができないものです。

しかし私は、それらを継承していくことに意義があると信じています。私は現在、オーラル・ヒストリーに関する研究を行っておりますが、実際に社会学などでも、従来の政治を中心とした「いわゆる歴史」だけではなく、マイノリティや女性、大衆、地域といったこれまで歴史として目を向けられなかった人々の声を聞き取りそれを残していく「オーラル・ヒストリー」が広がっています。オーラル・ヒストリーは、インタビューを通した口述記録を歴史に残していくものですが、本書のようなエッセイのようなものや日記なども重要な資料と言えます。


さて、『森は海の恋人』の物語の舞台は、気仙沼地方。

先の東日本大震災で津波被害を受けた場所です。私も先日、現地の様子の調査に同行したのですが、誰もいない何もない、全てが跡形もなくなっている光景は、なんとも言いがたいものでした。

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全てが哀しみに覆われた中、漁業にも当然のごとく影響が及びました。

例えば、牡蠣養殖場はほとんどが流されてしまいました。津波で生き残った種牡蠣はせいぜい数%で、収穫安定までに最低3年はかかるそうです。牡蠣産業は壊滅的な危機状況を迎えたのでした。

そこでいち早く復興支援に名乗り出たのがフランスでした。
ご存知フランス料理にもよく牡蠣が出てくるように、牡蠣はフランスの国民的な料理の一つです。それだけではなく、フランスが気仙沼を応援するには深い理由があったのです。

本書にもあるように、約 50 年前、フランスのブルターニュ地方の牡蠣が病気による壊滅的被害に遭った際に、宮城県産の種牡蠣がフランスに渡り、ブルターニュのみならずフランスの牡蠣業界を救ったという背景があります。現在フランスで作られているほとんどが、宮城県産の牡蠣と同じ種類なのだとか。またそれ以来今日に至るまでブルターニュと宮城県の友好的な関係が続いているそうです。

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今回のフランスの活動も「日本へのお返し」とうたって支援活動が行われています。歴史は、人や地域、国を巻き込んで連鎖していきます。みなさんの住む街や地域にも、そこに根ざした独自の伝統や文化そして歴史は静かに眠っているのではないでしょうか。是非一度向き合ってみてください。

今回の深い哀しみも語り継がれていくのであろうし、語り継いでいくべきだと思います。歴史が積み重なっていき、それを教訓として活かすことはとても大切なことです。

震災地の復興を願っています。


<参考>
畠山重篤『森は海の恋人』文春文庫, 2006年

NPO法人 森は海の恋人

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