2012.02.10
博士課程1年の伏木田です。底冷えの残る毎日ですね。
読書感想文を書くにあたって、「初めて読んだときに響いたもの」、「その後何度読み返しても酔い続けられるもの」を5冊選びました。そして、その本たちを読む中で感じたうれしさだったり、ゾクリとした感動だったりを、どうにか1つのストーリーとした形にしたいと思い、それぞれの本に対する想いを紡いでみることにしました。
このblogを見た誰かが、電車の中で揺られながら、自分の部屋でゆっくりとくつろぎながら、ここに載せた本のどれからを読んでみたいと思ったとき、まっさらな気持ちで本を手にとれるよう、それぞれの本のあらすじは割愛します。
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「なんだろう、このパン」
「そうなのよ、変なパンでしょう?」
「ひと口めより、ふた口めの方がおいしいけど」
「そうなのよ。でも、よく考えてみると、本当においしいものって、そういうもんじゃないの?」
(吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』p.155)
毎日の暮らしの中で、本当に○○なものに思いを馳せる。本当のやさしさ、本当のつらさ、本当の可愛らしさ、本当の...。ひと目ではわからない、かといって味わい尽くしてからわかるというのでもなく、ひと口めよりもふた口めの方がおいしいという「本当においしいもの」。それは何も、日々に口にする食べ物のおいしさだけでなく、人、風景、想い出など、あらゆる中にある「おいしさ」にもあてはまることはないのだろうか。
自分にとって、周りの誰かにとって、吉田篤弘が描くところの「本当においしいもの」に近づきたい、そういう中身をもった人になりたいと、実はひっそりと、心の底で望んでいたりする。では、どうしていくのかよいだろうか?
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大丈夫に見えて、薄汚れているもの。それから、だらしなく見えて実はきちんとしたもの。古びて見えるのに、まだ真珠みたいにそっと輝いているもの。(中略)
それをひとつひとつひろいあげて、自分で見て、触って、嗅いでみてはじめて自分にとってどういうものか考えること。
(よしもとばなな『なんくるない』pp.224-225)
まずは、「正しい目をもつ」ということだろうか。物事の裏と表の両方を見る目、見過ごしてしまったことに気づくことのできる目、もう1度見直すことができる目。そして、五感を使って見つめ続けることができる目。
"それが自分にとって白か黒かわからなくても、受け入れていいんだよ。大丈夫、グレーのものもあるかもしれないけれど、自分にとって白か黒からはじっくりひとつずつ確かめて、最後に答えを出せばいいんだよ。"と励まされている気持ちになれる、大好きな文である。そして、"世の中は自分が思っているよりもずっと、複雑怪奇で見過ごしてしまうことばかりなんだけど、そんなに悲観しなくて大丈夫"と背中を押してもらったところで、次のステップ。
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「もの」に出会って自分の生活に引き入れたら、あとはそれを育てる。
(堀江敏幸『もののはずみ』p.213)
正しい目をもつことと並行して、「育てるこころ」も大切にしたい。自分の中の引き出しに入れるものをみつけたら、咀嚼して咀嚼して、自分のものにしたい。考え方も、もちろん物理的なモノも、どちらも育てていけるこころがほしい。何かを大切にするということは、その何かの傍らで、その何かがよりより何かに育っていくまでを、じっくりゆっくり守っていくことなんじゃないかと思っている。
その一方で、「潔いこころ」も失いたくない。
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持つより持たない方が楽だ、と、ある日ふいに気がついた。すべてを持つことはできないのだから、比較的いろいろ持っている、と思うより、何も持たなくていい、と思う方がずっと安心ではないか。
(江國香織『とるにたらないものもの』pp.22-23)
なんという潔さ。自分が欠けていることをカバーしようとせず、欠けているのだと言い切る凛とした構え。そうした「潔いこころ」も「育てるこころ」と一緒に持っていたい。だって、比較的いろいろ持っているのだと言い訳をしないことは、かっこいい。それに、何も持たなくていい、とはさみしくてなかなか思えないことだから、そう思う方が安心だと考える潔さは、まだわたしには足りないからこそ憧れる。
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わたしが「本当においしいもの」に近づくために、「正しい目」と「育てるこころ」と「潔いこころ」をもったとして、でも本当に要しているのは、「飄々とした風情」かもしれない。例えばそう、こんなやり取りをできてしまうような。
-どうした高堂。
私は思わず声をかけた。
-逝ってしまったのではなかったのか。
-なに、雨に紛れて漕いできたのだ。
高堂は、こともなげに云う。
(梨木香歩『家守綺譚』p.13)
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わたしにとって珠玉の5冊。ことばのひとつひとつや、ことばの連なり、そして本から香り立つあれこれが、とても好きなものばかりです。
● 吉田篤弘 『それからはスープのことばかり考えて暮らした』
● よしもとばなな 『なんくるない』
● 堀江敏幸 『もののはずみ』
● 江國香織 『とるにたらないものもの』
● 梨木香歩 『家守綺譚』
【伏木田稚子】