2011.09.13
9月17日(土)18:00からJSET全国大会(首都大)にて、「教育実践研究論文査読シミュレーション」ワークショップを開催します。教育実践を学術論文にするための方法について関心のある方々のご参加をお待ちしております。
W09 教育実践研究論文査読シミュレーション
9月17日(土)18:00~19:30 会場:209
主催者:山内祐平(東京大学)
教育実践研究論文の構成について学ぶことを目的に、学会誌に掲載された論文について参加者が査読者の役割をシミュレーションしながら議論するワークショップを行う。大学院生など査読経験のない参加者に査読のプロセスを理解してもらうとともに、査読者の相互理解の場としても位置づける。教育実践研究論文に関する投稿規定と査読ガイドラインについて説明した後、3人グループで論文担当・査読者1・査読者2のロールプレイを行う。対象論文は、編集担当理事である山内と小柳が協議した上で選定する。定員は30名を予定。
2011.09.08
みなさま、こんにちは。博士1年の伏木田稚子です。
自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する【気になる研究者】シリーズ、第10回目はクルト・レヴィン(Kurt Lewin)についてお送りいたします。
■□社会心理学の父、レヴィンの生涯■□
レヴィンは1890年ドイツのモギルノ(現在はポーランド領)に生まれ、1909年~1914年までベルリン大学にて学んだ後、1916年に学位が授与されました。1927年~1933年まで同大学で教授職に従事しましたが、ユダヤ系心理学者であったレヴィンはナチスの台頭に伴い、1933年にアメリカに亡命しています。その後、1936年よりアイオワ大学で特に児童心理学を担当し、1945年にマサチュセッツ工科大学(MIT)に招かれてグループダイナミックス研究センターを主宰しました。
生活空間に代表される場の理論の考案や、リーダーシップも含めた集団力学(グループダイナミクス)の発展、社会問題の実践的解決を目指したアクション・リサーチの提案など、その研究業績は多岐にわたります。
主な著書には、『パーソナリティの力説学』、『トポロジー心理学の原理』、『心理学的力の概念的表現と測定』などがあり、『社会的葛藤の解決』が出版される前年、1947年にマサチューセッツ州で亡くなりました。
■□生活空間と場の理論■□
レヴィンは、人と環境とが相互関連しているひとつの場の構造を「生活空間」と定義しました。それは、ある一定時の人の行動を規定する条件の総体を指しており、個体的条件と環境条件の両方を含んでいます。具体的には、個体的条件とは、個人の性格や能力、経験値のことであり、環境条件には物理的・心理的環境や組織の風土などが該当します。
つまり、パーソナリティー(P)とエンバイロメント(E)の両方によって人の行動(B)は大きく影響を受け、ある人が主観的に経験するところの心理的環境の全体が「生活空間」であるとレヴィンは表現しました。人の行動は、人と環境との関数関係として提示しうるものであり、その関数関係を明らかにしたものが心理学的法則であると考えられています。
■□の理論と学習■□
レヴィンは、学習と呼ばれるものの中で、少なくとも以下に示す類型の変化を区別する重要性を示しています。
(1) 認知構造の変化としての学習:知識
(2) 動機づけの変化としての学習:好嫌の学習
(3) 集団所属性の変化またはイデオロギーの変化としての学習:文化内で成長してゆく重要な側面
(4) 身体の筋肉を有意的に統御する意味の学習:言語や自己統御といった熟練を獲得するひとつの重要な側面
"以前よりは、よりよくできるようになること"という広い意味においてとらえられる学習の過程を、心理学者は心理学的な本質によって分類し、取り扱うべきであると述べられています。
■□力学的全体としての集団■□
集団を定義する際、レヴィンは集団成員の力学的相互依存を重視すべきであると強調しています。それまで集団は、成員間の態度の類似性にもとづいて定義されることが多かったのに対して、非常に高度の統一をもち体制化された全体が、きわめて少ない類似性を包含することは例外ではないとレヴィンは指摘しました。その上で、目標や感情、経済的依存、愛、居住領域など、成員の相互依存にもとづく集団は、従来の類似性・非類似性によって説明される集団とは異なるものであると述べています。
後世にも大きな影響を与え続けているレヴィンの理論は、ここでは紹介しきれないほど多岐にわたります。その中でも、人の行動は他の人や周囲の環境との相互作用によって影響を受けながら変化していくものであり、その相互作用こそが集団を形成しているという大きなものの見方に、わたしは強い魅力を感じています。
レヴィンの残した研究業績をこれからも地道に追いながら、人と人とがゼミナールというひとつの集団の中で学ぶ過程を研究し続けたいと思っています。
---参考文献---
Lewin, K., & Cartwright, D.(eds.) (1951) Field Theory in Socail Science. Nueva York, EUA : Harper & Brothers.
(猪股佐登(訳)(1956) クルト・レヴィン 社会科学における場の理論.東京:誠信書房)
2011.09.07
東京大学の1年生・2年生のみなさま
冬学期水曜日5限に、全学自由研究ゼミナールとして「情報社会のキーワード」という授業を開講することになりました。この授業では、レノボ株式会社と日本マイクロソフト株式会社の協力を得て、情報社会の第一線で働く人たちの話を聞きながら、その背景にある課題や可能性について考えていきます。将来、情報について学びたい人や、情報系の企業で働くことに興味がある人のご参加をお待ちしています。
授業科目名 全学自由研究ゼミナール
担当教員 山内 祐平 所属 情報学環
講義題目 情報社会のキーワード
開講日時 水曜日5限(16:20-17:50)
開講教室 21KOMCEE K201
授業の目標
ICT(情報通信技術)による社会の変化について理解するために、情報系の企業で働く人々から話を聞くとともに、その背景にある概念や社会動向について、調査学習を行う。
情報学に関する基礎知識の習得とともに、情報系の企業で働くことについて知るキャリア学習の機会としても位置付ける。
授業の方法
1トピック3時間を基本ユニットとする。最初の1時間は、レノボ・ジャパン/日本マイクロソフトからゲストを招き、それぞれのトピックに関する最新の動向についてレクチャーを受ける。2時間目にそのレクチャーに関係する情報社会のキーワードについてタブレットPCを用いた調査学習を行う。3時間目にそれぞれのキーワードをグループで共有し、まとめの議論を行う。
授業計画
トピック1 情報社会とグローバリゼーション
(ゲスト:レノボ・ジャパン株式会社 常務執行役員 留目 真伸)
トピック2 情報社会を支えるPC・その開発技術の変遷
(ゲスト:レノボ・ジャパン株式会社 取締役副社長 内藤 在正)
トピック3:情報社会とエンターテイメント
(ゲスト:日本マイクロソフト株式会社 執行役 泉水 敬)
トピック4:情報化による公的領域の再構築
(ゲスト:日本マイクロソフト株式会社 業務執行役員 中川 哲)
第1回 10/12 ガイダンス/タブレットPC利用講習
第2回 10/19 トピック1 ゲスト講義
第3回 10/26 トピック1 調査学習
第4回 11/2 トピック1 共有と議論
第5回 11/9 トピック2 ゲスト講義
第6回 11/16 トピック2 調査学習
第7回 11/30 トピック2 共有と議論
第8回 12/7 トピック3 ゲスト講義
第9回 12/14 トピック3 調査学習
第10回 12/21 トピック3 共有と議論
第11回 1/11 トピック4 ゲスト講義
第12回 1/18 トピック4 調査学習
第13回 1/25 トピック4 共有と議論
第14回 2/1 総合調査実習
第15回 2/8 授業のまとめと総合発表
2011.09.01
もう9回目を迎える【気になる研究者】シリーズですが、博士1年の安斎からはアメリカの心理学者、ミハイ・チクセントミハイを紹介したいと思います。研究室メンバーからは「どうせキース・ソーヤーでしょ」と思われていたようなので、変化球を...笑
チクセントミハイの研究の軸は2つあるといえます。1つは、「楽しさ」です。いわゆるフロー理論ですね。フローに関してはこれまでも散々紹介してきたので、こちらをご参照下さい。
https://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/ylab/2010/08/post-250.html
そして今回取り上げたいもう1つの軸は、「創造性」です。フロー理論が心理学的なアプローチだったのに対して、チクセントミハイはもう少し大きなケタで創造性について研究をしています。
創造性研究において「創造性とは何か?」というのは一つの主要な問いであり、その定義に関しては様々な議論があります。従来の古典的な考え方としては、創造性を"個人の中に備わっている性格特性"として捉え、知能テストのような方法でそれを評価する立場があります。(代表的なのは、ギルフォードやトーランスなど)
ところがチクセントミハイは、創造性を理解する為には、心理的な側面だけでなく、文化的・社会的側面も含めて考えなければならないと主張をしました。創造性は作り手と受け手の間の相互作用によってつくられる現象であり、何が創造的であるかということは、社会や文化によってしか判断できないと考えたのです。例えば、「音楽」における創造性について考えてみても、過去の作品や流行・作曲に関する理論・市場への流通・作品を聴く大衆など、文化や社会と作曲行為は切り離せない関係にあることがわかるはずです。
そこで、提案されたのが、以下の「創造性のシステムモデル」です。
画像(リンク切れ)
創造性のシステムモデルでは、個人(individual)、領域(domain)、場(field)がかかわり合い、交差するところにおいてのみ、創造のプロセスが観察できると考えます。領域とは文化であり、音楽でいえば作曲の理論を指します。場とは社会であり、音楽でいえば音楽業界を指します。
作曲をする個人は、領域にアクセスして理論を学び、場にアクセスして市場の好みを学びます。そして領域と場から得た情報に、個人的背景を反映させながら創作を行い、オリジナルの曲をつくり出します。そして場における音楽の専門家たちの評価や判断によって、その曲は領域に新たに加わり、領域自体に変化が起こります。...このように、創造性を静的なものと考えずに、個人・領域・場の相互作用の中で、社会的に構築されるものとして捉えるのが、チクセントミハイの創造性のシステムモデルの考え方なのです。やや広いケタのモデルですが、創造性を捉える枠組みとして、有用な視点を与えてくれます。
安斎の研究対象であるワークショップや創造性教育においても、社会や文化と関わり合うものとして創造性を捉えることは重要だと考えています。今後、現場で起きているプロセスを精緻な視点で丁寧に追いかけながらも、こうした大きな視点も忘れずに持ちながら研究を続けていきたいと思います。
[安斎 勇樹]
2011.08.30
高校生と大学生・社会人をソーシャルメディアでつないで進路を考えるSoclaプロジェクト2011が無事終了しました。
このプロジェクトは昨年はTwitterを、今年はFacebookを利用したのですが、サービスの違いによって興味深い差がありました。
ソーシャルメディアを利用した学習では、雑談を通じて紐帯が維持され、その中に学習を生起させる語りが埋め込まれる形になるのですが、雑談と学習的対話の比率が異なっていたのです。
昨年Twitterを利用した際は、「帰宅なう」などリアルタイム性の強い雑談が5割、学習内容が5割ぐらいだったのですが、今年のFacebookでは最初ほとんど雑談がなく、学習内容に関する発言ばかりでした。参加者から「雑談スレッド」が欲しいという希望がでてわざわざ作ったぐらいです。最終的には雑談ももりあがりましたが、それでも学習内容に関する発話が7割以上をしめていました。
参加者の特性や活動の変化を差し引いても、クローズドな会議室が作れるFacebookは、テーマとしている話題に集中しやすいという特徴がありそうです。このこと自体はポジティブにとらえられますが、つながりを維持するための潤滑油的な会話を上手に入れていかないと、アクセスが減る危険性があります。
また、公開質問など不特定多数からのフィードバックが必要な場合には、圧倒的にTwitterが強いです。日本は諸外国に比べてTwitterユーザーの割合が高いこともありますが、もともと公式RTなどで不特定多数に情報がつたわりやすい構造になっていることも要因ではないかと考えています。
TwitterとFacebookはソーシャルメディアとひとくくりにされがちですが、コミュニケーションのディテールはかなり違うサービスです。学習利用の際には、それぞれの特徴を生かした使い方を考えていく必要がありそうです。
【山内 祐平】
2011.08.25
みなさま、こんにちは。修士1年の山田小百合です。
【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する本シリーズ、第8回目をお送りいたします。
今回はレフ・セミョノヴィチ・ヴィゴツキーについてご紹介させていただきます。
ヴィゴツキーについて
ヴィゴツキー(Lev Semenovich Vygotsky)は1896年生まれのロシア(旧ソビエト連邦)の心理学者です。結核により37歳という若さで亡くなってしまうのですが、「心理学者」と一括りにできないほどに、その短い生涯の中で、多くの研究を行い、優れた著作を多数残しました。研究者としてのキャリアは10年ほどですが、「心理学のモーツァルト」と呼ばれるほどに、現代にも大きな影響を与えています。
ヴィゴツキーは、当時の主観的心理学や行動主義に含まれる二元論などを批判的に検討し、発達と教育の関係について新しい理論化を行いました。その有名な発達理論に「最近接発達領域」というものがあります。
最近接発達領域と子どもの発達
例えば数学の問題を例としてあげてみましょう。多くは数学の問題のみ書かれており、それを独力で解くことが多いです。しかしわからない問題を目にした ときに「誰かに横でサポートしてもらえると解けた!」という経験はありませんか?最近接発達領域とは、つまり、<子どもが一人で成し遂げられること(現在の発達水準)>と、<大人の援助や助言、自分より能力のある仲間の協力や協同(共同)で成し遂げられること(潜在的発達水準)>との間の隔たりのことを言います。
この概念より、子どもの発達はまさに他者との対話やコミュニケーション、関わりが欠かせない、ということが言えるのではないかと思います。では、私自身が取り組んでいる研究とどのように関係するのでしょうか。障害児をとりまく学習環境と関連して考えていくことにしました。
「障害」という概念
話が変わりますが、近年「障害」を社会学的にとらえる「障害学(Disability Studies)」という学問が注目されてきています。「障害」は、これまで「医療モデル」視点で見られていた傾向にありましたが、障害学では社会現象として「障害」を捉え、障害を社会的に生成・構築する―つまり「社会が『障害』を生み出す」という視点で語られています。
話を戻すと、ヴィゴツキーは障害児教育に関心をもった研究者でもありました。彼は「障害」という概念を、身体のある部位の異常や損傷といった、生物学的な「一時的症状(障害)」と、それによって社会的なやりとりに困難が生じ、そこで培われるはずの機能が育たないという「二次的症状(障害)」という2つにわけて考えました。彼は特に「二次的症状(障害)」を重視しており、二次的症状への働きかけが有効とも指摘しています。
機能的な障害は存在しますが、社会的に障害が構成されているという構図が、まさにヴィゴツキーの研究と、現代で言われる障害学と、通じるものがあるのではと思います。
ヴィゴツキーの研究から実践現場へ
私自身、障害のある子どもたち(主に自閉症・知的障害)の社会的な機会を増やし、障害のある子どもたちが他者とどのように関わり、学んでいくのか、ということに関心があります。まさにヴィゴツキーのいう「二次的症状へのアプローチ」に近いのではないでしょうか。では、その二次的な障害に至らないためのアプローチとは何なのでしょうか。そして、そこに私自身がどのように貢献できるのでしょうか。
過去の話ですが、約1年半前、全ての就職活動を中断し、大学院試験を決意したとき、多くの人に相談させていただきました。その際「障害があると思っていて接していても、逆に、障害ということを忘れてしまうくらい、そういう子たちといるから学ぶことってあると思うんです!」と、経験的な主張に過ぎませんが、言いつづけていたことが思い出されます。そして、まさにそのような視点で、最近では「インクルーシブデザインワークショップ」などが行われる機会が増えました。視覚障害者の方を巻き込むワークショップなどが有名です。しかし自閉症や知的障害児をとりまく実践となると、さらに事例数が減少します。この現状を見る限り、実践の難しい領域なのだと感じています。その数少ない部分へのアプローチをすることで、少しばかり貢献できるのでは、と考えています。
「ために」から「ともに」へ
インクルーシブデザインワークショップを実践されている京都大学総合博物館の塩瀬隆之准教授の実践に、今月上旬見学・参加させてもらいました。そこで出てきた「『ために』から『ともに』へ」という言葉が、これからの特別支援教育の一つの方向性なのではと感じました。
実際に誰しも困難なことがあり、苦手なことがあるのは当然です。「困ったときはお互い様」という言葉がそれを表しているのではないでしょうか。
障害児の「ために」同じ場所で学ぶという視点から、私たちが「ともに」社会に生き、学び続けるための仕掛けを、私は追求していきたいと考えています。
<参考文献>
ヴィゴツキー,L.S,柴田義松・宮坂琇子訳(2006)障害児発達・教育論集.新読書社
ヴィゴツキー,L.S,柴田義松訳(2006)新訳版 思考と言語.新読書社
星加良司(2007)障害とは何か―ディスアビリティの社会理論に向けて.生活書院
2011.08.23
9月19日(月)12:00~13:10 の時間帯に、首都大学東京で開催される日本教育工学会において、高校生と大学生・社会人がTwitterを用いて進路について学ぶ「Soclaプロジェクト」についてポスター発表いたします。ぜひお越し下さい。
一般研究4ポスター
・P3a-105-54 会場:105
ソーシャルメディアを利用したキャリア学習環境
山内 祐平(東京大学)、北村 智(東京経済大学)、椿本 弥生(はこだて未来大学)、御園 真史(島根大学)、大辻 雄介(ベネッセコーポレーション)、鈴木 久(ベネッセコーポレーション)
日本教育工学会第27回全国大会
http://www.jset.gr.jp/taikai27/
2011.08.19
みなさま、こんにちは。修士1年の早川克美です。
【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する本シリーズ、第7回目をお送りいたします。
今回はクリストファー・アレグザンダーについてご紹介させていただきます。
クリストファー・アレグザンダーについて
Christopher Alexander (1936年10月4日〜)はウィーン出身の都市計画家・建築家です。彼はイギリスで育ち、ケンブリッジ大学で数学の修士号と建築学の学士号を取得後、アメリカに渡り、ハーバード大学で建築学の博士号を取得し、現在までカリフォルニア大学バークレー校の教授をされています。
『NOTES ON THE SYNTHESIS OF FORM,1964』
『A city is not a tree, 1965(邦題:都市はツリーではない)』
などの著作をつぎつぎに発表し、建築理論家として名をはせました。一方、1967年に環境構造センターを設立、数々の建築プロジェクトを手がけ、1977年には、それまでの研究成果をまとめた著書『パタン・ランゲージ』を著し、まったく新たな建築理論を提出、建築パラダイムの再構築をはかりました。日本では、その理論を元に、盈進学園東野高校(埼玉県入間市,1984年)が建設されています。
アレグザンダーの理論:パタンランゲージとその時代のコンテクスト
1960年〜70年代、モダニズムの行き詰まりや誤りに遭遇している時に、都市や都市活動の有機性を損なってはいけないという論点において、様々な提案が出てきました。都市計画家・建築家でありM.I.T教授であったケビン・リンチは、「The Image of the City,1960(邦題:都市のイメージ)」において、人間の空間認識において重要な記号を 5 つに分類し、エッジ、ノード、パス、ランドマーク、ディストリクトといった体系にまとめ、イメージアビリティという新しい基準を提案し、イメージを与える環境のあるべき姿について示そうとしました。この都市デザインを構成する手法は、現在も非常な影響力を持って受け入れられ、今もなおその手法は使われています。
また、現象学的地理学者であるイーフー・トゥアンは、環境と人間との情緒的なつながりを「トポフィリアー場所愛」という概念で提唱し、人間を主体として扱う環境整備の論拠を明示しています。
ケビン・リンチの弟子でもあるアレグザンダーは、「A city is not a tree,1965」で「都市は階層的に構成されるツリー構造ではなく、様々な要素が絡み合って生成されるセミラチス構造である」ことを説き、その後のポストモダンの都市論に大きな影響を与えました。そしてこれを受けて1977年にそれまでの研究成果としてまとめた「パタン・ランゲージ」は、複雑系理論による都市計画論として体系化したものです。セミラチス構造であることに基づいてデザイン手法をネットワーク状につなげて総合的なデザインを展開するための良書ともいえます。冒頭章の「町」において、「piecemeal growth:漸進的成長」というキーワードをあげて、漸進的に生成していく都市の構成を前提とした都市計画を提唱しています。都市計画の理論体系において、今まで想定されることのなかった「複雑系」を応用したこの論は、都市デザインやまちづくり関係者に参加のデザインの手法などにより、意識形成や議論において非常な影響を与えたことは間違いないでしょう。
パタン・ランゲージとソフトウエア開発の関係
実はこの本は、ソフトウエア開発者にもバイブルとなっているそうです。「A city is not a tree,1965」におけるセミラチス構造と共に、IT技術者の必須知識である「オブジェクト指向」「ソフトウエア・パターン」という考えが生まれるきっかけとなっていることは大変興味深いものがあります。
これからの研究について
私の研究は、「学生が学びの空間を理解し活用していくプロセスを探求し、学びの空間パターン原則を導き出したい」ということです。リンチ、トゥアン、アレグザンダーが表した空間の概念は今もなお学ぶべき示唆に富んでいます。一方で、現在は私的な趣味や個性といった「個」が強調され、個人における公共空間からの孤立は、社会との関わりを希薄にさせ、私的空間へ埋没していくのではないか?という危惧があります。
その時代ごとのコンテクストで空間の扱いは変化してきています。
学びも社会からの要請を受けつつ日々変容しています。
これからの学びを空間から支援していけることは何か?
学習者の実態に迫り、学習者を主体として扱う学習環境整備のありかたとは?
学習環境デザインにおける学びの空間への意識を探ることで、学びのコミュニティが活性化する空間の創出へと進化させていきたいと考えています。
おつきあいいただきありがとうございました。
<参考文献>
クリストファー・アレグザンダー(平田翰那訳)1984
『パタン・ランゲージ』鹿島出版会
ケビン・リンチ(丹下健三・富田玲子訳)1968『都市のイメージ』岩波書店
イーフー・トゥアン(山本浩訳)1988『空間の経験―身体から都市へ』筑摩書房
イーフー・トゥアン(小野有五・阿部一訳)1992『トポフィリア』せりか書房
江渡浩一郎,2009『パターン、Wiki、XP〜時を越えた創造の原則』技術評論社
2011.08.09
TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアが普及すると、学習時間が減って成績が下がるのではないかという危惧を持っている人もいるようです。ソーシャルメディアの利用と学習の関係については今まで試行的な研究が行われてきましたが、研究者の意見が一致する結果はでていませんでした。
昨日公開されたLock Haven大学のReynol Junco教授の研究(Computers & Education誌に掲載予定)によれば、その答えはどのようにソーシャルメディアを使うかに依存しそうです。
The relationship between frequency of Facebook use, participation in Facebook activities, and student engagement.というタイトルの研究によれば、大学生が積極的に学習に参加しようとする態度をはかるテストの成績に対して、Facebookでイベントを作ったりコメントをつける活動はポジティブな、ゲームやチャットはネガティブな予測因子として抽出されるという結果がでています。(ちなみに、Facebookの利用頻度と授業準備のための学習時間に相関がないことも明らかになっています。)
この結果から、ソーシャルメディアをどれぐらい使うかよりも、どのように使うのかに注目すべきだと考えられます。
ただし、この研究は因果関係を立証したものではありません。イベントを作ったり公開の場でコメントする活動を好む社交的な学生の方が、積極的に学習に参加する傾向があるという解釈もできます。よってFacebookでゲームやチャットを禁止すればよいというわけではなく、望ましい学習スタイルに変えていくためにどうすればよいのかという問題のたて方が必要になるでしょう。
また、現時点では、ほとんどのFacebook利用は授業と関係ないプライベートな活動として行われています。今後、Facebookの上で積極的に他者とやりとりするタイプの学習活動が増えてくると、調査結果も変わってくる可能性があります。
現在、高校生と大学生・社会人がFacebookを用いて進路について考えるSoclaプロジェクトを展開していますが、高校生たちが大学生・社会人との膨大なやりとりの中で多くの気づきを得ていくのを見ていると、開かれた他者とのコミュニケーションによる学習の可能性を強く感じます。
ソーシャルメディアを使う/使わないという二分法的な考え方ではなく、どのように使えば人間の成長に寄与できるかという観点にたてば、我々が為すべきことはたくさんあるのではないでしょうか。
[山内 祐平]
2011.08.03
こんにちは。修士1年の末 橘花(すえきっか)です。
【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する新シリーズ、第6回目をお送りいたします。
今回は「オーラル・ヒストリーの父」と呼ばれるポール・トンプソンをご紹介させていただきます。
ポール・トンプソンについて
ポール・トンプソンは1935年イギリスで生まれ、1964年にエセックス大学に社会学部の社会史講師として就任しました。そこで20世紀初頭の社会史を書くように依頼を受けたとき、初代社会学部長だったピーター・タウンゼンドに、「歴史研究にインタビューを使ってはどうか」と勧められたことが、オーラル・ヒストリーを始めるきっかけになったそうです。当時は、オーラル・ヒストリー(口述史料)を歴史学に取り入れることはほとんどなく、マイノリティや女性史、労働史など社会学の領域からオーラル・ヒストリーは発展しました。ポール・トンプソンは、オーラル・ヒストリーの学問的構築に貢献し、歴史方法論としてのオーラル・ヒストリーと、その具体的な方法について彼の著書である"The Voice of the Past"(邦題:記憶から歴史へ オーラル・ヒストリーの世界)にまとめています。
オーラル・ヒストリーの教育的な活用
ここでは山内研らしく、オーラル・ヒストリーを教育に引きつけてみてみましょう。トンプソンは、オーラル・ヒストリーを学校教育などで用いる場合、母国語、社会、環境学、地理、宗教学、総合科目をさまざまなやり方で、5歳から18歳にかけての社会的・知的発達段階で教えるのに役立つと述べています。また、授業でオーラル・ヒストリーを扱う際はオーラル・ヒストリー・プロジェクト(テーマ選択からグループ編成、機器の準備と用法、インタビューの方法、記録の発表方法、保管や出版まで組織的なプロジェクト)として用いるのがよいとされています。その際に得られるスキルとしては、以下4点が挙げられます。
①調べる技能:インタヴューから文献調査へと向かうこと
②言語技能の発達:適切な質問文の作成、表現力の育成、および、人の話を聞いて、それを理解し、解釈すること
③機器を使いこなす技術、資料を展示する技術
④基本的な社会的スキル:コミュニケーション能力、ほかの人の話を聞くこと、話し手を気楽にさせること、話を聞くこつや忍耐
更にいうなれば、オーラル・ヒストリー・プロジェクトを進行させることで、人々に自分の住む場所の歴史への関心を呼び起こさせ、その場所の優れているところを認識させることができるので、子どもたちが地域やコミュニティ単位での歴史を追っていくのに役立つと言えるでしょう。
これからの研究について
私自身は、オーラル・ヒストリー・プロジェクトをベースにおきつつも、よりインタラクティブなインタビューができるような学習プログラムを開発したいと思っています。また、現状の歴史教育や学校教育で行われる高齢者による講演やインタビューを用いた授業では、話を聞くことにとどまっている場合も多いので、プロジェクトとしてオーラル・ヒストリーを活用することで上記のようなスキルが子供たちに身につくようなプログラムにしたいと思っています。
<参考文献>
ポール・トンプソン、酒井順子訳「記憶から歴史へ オーラル・ヒストリーの世界」青木書店、2002年