2011.08.19

【気になる研究者】クリストファー・アレグザンダー

みなさま、こんにちは。修士1年の早川克美です。

【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する本シリーズ、第7回目をお送りいたします。

今回はクリストファー・アレグザンダーについてご紹介させていただきます。

クリストファー・アレグザンダーについて
Christopher Alexander (1936年10月4日〜)はウィーン出身の都市計画家・建築家です。彼はイギリスで育ち、ケンブリッジ大学で数学の修士号と建築学の学士号を取得後、アメリカに渡り、ハーバード大学で建築学の博士号を取得し、現在までカリフォルニア大学バークレー校の教授をされています。
『NOTES ON THE SYNTHESIS OF FORM,1964』
『A city is not a tree, 1965(邦題:都市はツリーではない)』
などの著作をつぎつぎに発表し、建築理論家として名をはせました。一方、1967年に環境構造センターを設立、数々の建築プロジェクトを手がけ、1977年には、それまでの研究成果をまとめた著書『パタン・ランゲージ』を著し、まったく新たな建築理論を提出、建築パラダイムの再構築をはかりました。日本では、その理論を元に、盈進学園東野高校(埼玉県入間市,1984年)が建設されています。

アレグザンダーの理論:パタンランゲージとその時代のコンテクスト
1960年〜70年代、モダニズムの行き詰まりや誤りに遭遇している時に、都市や都市活動の有機性を損なってはいけないという論点において、様々な提案が出てきました。都市計画家・建築家でありM.I.T教授であったケビン・リンチは、「The Image of the City,1960(邦題:都市のイメージ)」において、人間の空間認識において重要な記号を 5 つに分類し、エッジ、ノード、パス、ランドマーク、ディストリクトといった体系にまとめ、イメージアビリティという新しい基準を提案し、イメージを与える環境のあるべき姿について示そうとしました。この都市デザインを構成する手法は、現在も非常な影響力を持って受け入れられ、今もなおその手法は使われています。
また、現象学的地理学者であるイーフー・トゥアンは、環境と人間との情緒的なつながりを「トポフィリアー場所愛」という概念で提唱し、人間を主体として扱う環境整備の論拠を明示しています。
ケビン・リンチの弟子でもあるアレグザンダーは、「A city is not a tree,1965」で「都市は階層的に構成されるツリー構造ではなく、様々な要素が絡み合って生成されるセミラチス構造である」ことを説き、その後のポストモダンの都市論に大きな影響を与えました。そしてこれを受けて1977年にそれまでの研究成果としてまとめた「パタン・ランゲージ」は、複雑系理論による都市計画論として体系化したものです。セミラチス構造であることに基づいてデザイン手法をネットワーク状につなげて総合的なデザインを展開するための良書ともいえます。冒頭章の「町」において、「piecemeal growth:漸進的成長」というキーワードをあげて、漸進的に生成していく都市の構成を前提とした都市計画を提唱しています。都市計画の理論体系において、今まで想定されることのなかった「複雑系」を応用したこの論は、都市デザインやまちづくり関係者に参加のデザインの手法などにより、意識形成や議論において非常な影響を与えたことは間違いないでしょう。

パタン・ランゲージとソフトウエア開発の関係
実はこの本は、ソフトウエア開発者にもバイブルとなっているそうです。「A city is not a tree,1965」におけるセミラチス構造と共に、IT技術者の必須知識である「オブジェクト指向」「ソフトウエア・パターン」という考えが生まれるきっかけとなっていることは大変興味深いものがあります。

これからの研究について
私の研究は、「学生が学びの空間を理解し活用していくプロセスを探求し、学びの空間パターン原則を導き出したい」ということです。リンチ、トゥアン、アレグザンダーが表した空間の概念は今もなお学ぶべき示唆に富んでいます。一方で、現在は私的な趣味や個性といった「個」が強調され、個人における公共空間からの孤立は、社会との関わりを希薄にさせ、私的空間へ埋没していくのではないか?という危惧があります。
その時代ごとのコンテクストで空間の扱いは変化してきています。
学びも社会からの要請を受けつつ日々変容しています。
これからの学びを空間から支援していけることは何か?
学習者の実態に迫り、学習者を主体として扱う学習環境整備のありかたとは?
学習環境デザインにおける学びの空間への意識を探ることで、学びのコミュニティが活性化する空間の創出へと進化させていきたいと考えています。

おつきあいいただきありがとうございました。

<参考文献>
クリストファー・アレグザンダー(平田翰那訳)1984
『パタン・ランゲージ』鹿島出版会
ケビン・リンチ(丹下健三・富田玲子訳)1968『都市のイメージ』岩波書店
イーフー・トゥアン(山本浩訳)1988『空間の経験―身体から都市へ』筑摩書房
イーフー・トゥアン(小野有五・阿部一訳)1992『トポフィリア』せりか書房
江渡浩一郎,2009『パターン、Wiki、XP〜時を越えた創造の原則』技術評論社

2011.08.09

【エッセイ】ソーシャルメディアと学習の関係

TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアが普及すると、学習時間が減って成績が下がるのではないかという危惧を持っている人もいるようです。ソーシャルメディアの利用と学習の関係については今まで試行的な研究が行われてきましたが、研究者の意見が一致する結果はでていませんでした。

昨日公開されたLock Haven大学のReynol Junco教授の研究(Computers & Education誌に掲載予定)によれば、その答えはどのようにソーシャルメディアを使うかに依存しそうです。

The relationship between frequency of Facebook use, participation in Facebook activities, and student engagement.というタイトルの研究によれば、大学生が積極的に学習に参加しようとする態度をはかるテストの成績に対して、Facebookでイベントを作ったりコメントをつける活動はポジティブな、ゲームやチャットはネガティブな予測因子として抽出されるという結果がでています。(ちなみに、Facebookの利用頻度と授業準備のための学習時間に相関がないことも明らかになっています。)
この結果から、ソーシャルメディアをどれぐらい使うかよりも、どのように使うのかに注目すべきだと考えられます。

ただし、この研究は因果関係を立証したものではありません。イベントを作ったり公開の場でコメントする活動を好む社交的な学生の方が、積極的に学習に参加する傾向があるという解釈もできます。よってFacebookでゲームやチャットを禁止すればよいというわけではなく、望ましい学習スタイルに変えていくためにどうすればよいのかという問題のたて方が必要になるでしょう。
また、現時点では、ほとんどのFacebook利用は授業と関係ないプライベートな活動として行われています。今後、Facebookの上で積極的に他者とやりとりするタイプの学習活動が増えてくると、調査結果も変わってくる可能性があります。

現在、高校生と大学生・社会人がFacebookを用いて進路について考えるSoclaプロジェクトを展開していますが、高校生たちが大学生・社会人との膨大なやりとりの中で多くの気づきを得ていくのを見ていると、開かれた他者とのコミュニケーションによる学習の可能性を強く感じます。
ソーシャルメディアを使う/使わないという二分法的な考え方ではなく、どのように使えば人間の成長に寄与できるかという観点にたてば、我々が為すべきことはたくさんあるのではないでしょうか。

[山内 祐平]

2011.08.03

【気になる研究者】ポール・トンプソン

こんにちは。修士1年の末 橘花(すえきっか)です。

【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する新シリーズ、第6回目をお送りいたします。

今回は「オーラル・ヒストリーの父」と呼ばれるポール・トンプソンをご紹介させていただきます。

ポール・トンプソンについて

 ポール・トンプソンは1935年イギリスで生まれ、1964年にエセックス大学に社会学部の社会史講師として就任しました。そこで20世紀初頭の社会史を書くように依頼を受けたとき、初代社会学部長だったピーター・タウンゼンドに、「歴史研究にインタビューを使ってはどうか」と勧められたことが、オーラル・ヒストリーを始めるきっかけになったそうです。当時は、オーラル・ヒストリー(口述史料)を歴史学に取り入れることはほとんどなく、マイノリティや女性史、労働史など社会学の領域からオーラル・ヒストリーは発展しました。ポール・トンプソンは、オーラル・ヒストリーの学問的構築に貢献し、歴史方法論としてのオーラル・ヒストリーと、その具体的な方法について彼の著書である"The Voice of the Past"(邦題:記憶から歴史へ オーラル・ヒストリーの世界)にまとめています。

オーラル・ヒストリーの教育的な活用

 ここでは山内研らしく、オーラル・ヒストリーを教育に引きつけてみてみましょう。トンプソンは、オーラル・ヒストリーを学校教育などで用いる場合、母国語、社会、環境学、地理、宗教学、総合科目をさまざまなやり方で、5歳から18歳にかけての社会的・知的発達段階で教えるのに役立つと述べています。また、授業でオーラル・ヒストリーを扱う際はオーラル・ヒストリー・プロジェクト(テーマ選択からグループ編成、機器の準備と用法、インタビューの方法、記録の発表方法、保管や出版まで組織的なプロジェクト)として用いるのがよいとされています。その際に得られるスキルとしては、以下4点が挙げられます。

 ①調べる技能:インタヴューから文献調査へと向かうこと
 ②言語技能の発達:適切な質問文の作成、表現力の育成、および、人の話を聞いて、それを理解し、解釈すること
 ③機器を使いこなす技術、資料を展示する技術
 ④基本的な社会的スキル:コミュニケーション能力、ほかの人の話を聞くこと、話し手を気楽にさせること、話を聞くこつや忍耐

 更にいうなれば、オーラル・ヒストリー・プロジェクトを進行させることで、人々に自分の住む場所の歴史への関心を呼び起こさせ、その場所の優れているところを認識させることができるので、子どもたちが地域やコミュニティ単位での歴史を追っていくのに役立つと言えるでしょう。


これからの研究について

 私自身は、オーラル・ヒストリー・プロジェクトをベースにおきつつも、よりインタラクティブなインタビューができるような学習プログラムを開発したいと思っています。また、現状の歴史教育や学校教育で行われる高齢者による講演やインタビューを用いた授業では、話を聞くことにとどまっている場合も多いので、プロジェクトとしてオーラル・ヒストリーを活用することで上記のようなスキルが子供たちに身につくようなプログラムにしたいと思っています。


<参考文献>
ポール・トンプソン、酒井順子訳「記憶から歴史へ オーラル・ヒストリーの世界」青木書店、2002年

2011.08.02

【授業情報】情報社会のキーワード

東京大学の1年生・2年生のみなさま

冬学期水曜日5限に、全学自由研究ゼミナールとして「情報社会のキーワード」という授業を開講することになりました。この授業では、レノボ株式会社と日本マイクロソフト株式会社の協力を得て、情報社会の第一線で働く人たちの話を聞きながら、その背景にある課題や可能性について考えていきます。将来、情報について学びたい人や、情報系の企業で働くことに興味がある人のご参加をお待ちしています。

授業科目名 全学自由研究ゼミナール
担当教員 山内 祐平
所属 情報学環
講義題目 情報社会のキーワード
授業の目標、概要
ICT(情報通信技術)による社会の変化について理解するために、情報系の企業で働く人々から話を聞くとともに、その背景にある概念や社会動向について、調査学習を行う。
情報学に関する基礎知識の習得とともに、情報系の企業で働くことについて知るキャリア学習の機会としても位置付ける。

授業の方法
1トピック3時間を基本ユニットとする。最初の1時間は、レノボ株式会社/日本マイクロソフト株式会社からゲストを招き、それぞれのトピックに関する最新の動向についてレクチャーを受ける。2時間目にそのレクチャーに関係する情報社会のキーワードについてタブレットPCを用いた調査学習を行う。3時間目にそれぞれのキーワードをグループで共有し、まとめの議論を行う。

成績評価方法
キーワードに関する調査学習について、以下の観点から評価を行う。
1)キーワードを正確に理解できているか
2)キーワードに関連した知識を網羅的に獲得できているか
3)他者が理解可能な形式で発表できているか

授業計画(トピックおよびゲストは変更の可能性がある)
トピック1 情報社会とコミュニケーション
(ゲスト:広報系業務担当者/ウェブ・ソーシャルメディアに関するキーワードを予定)
トピック2 情報社会を支える技術
(ゲスト:技術開発業務担当者/デバイス・システム開発に関するキーワードを予定) 
トピック3:情報社会とエンターテイメント
(ゲスト:ゲーム開発業務担当者/ゲームデザインなどに関するキーワードを予定)
トピック4:情報化による公的領域の再構築
(ゲスト:社会貢献事業担当者/教育の情報化などに関するキーワードを予定)

第1回 10/12 ガイダンス/タブレットPC利用講習
第2回 10/19 トピック1 ゲスト講義
第3回 10/26 トピック1 調査学習
第4回 11/2 トピック1 共有と議論
第5回 11/9 トピック2 ゲスト講義
第6回 11/16 トピック2 調査学習
第7回 11/30 トピック2 共有と議論
第8回 12/7 トピック3 ゲスト講義
第9回 12/14 トピック3 調査学習
第10回 12/21 トピック3 共有と議論
第11回 1/11 トピック4 ゲスト講義
第12回 1/18 トピック4 調査学習
第13回 1/25 トピック4 共有と議論
第14回 2/1 総合調査実習
第15回 2/8 授業のまとめと総合発表

2011.07.22

【気になる研究者】ジェームズ・ギブソン

みなさま、こんにちは。修士1年の呉重恩です。
【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する新シリーズ、第5回目をお送りいたします。
今回はジェームズ・ギブソンについてご紹介させていただきます。

ジェームズ・ギブソンについて
James Jerome Gibson(1904年 - 1979年12月11日)はアメリカ合衆国の心理学者です。知覚研究を専門とし、認知心理学とは一線を画した直接知覚説を展開してきました。アフォーダンスの概念を提唱して生態心理学の領域を切り拓いたことで知られています。ゲシュタルト心理学とプラグマティズムの思想から大きな影響を受けました。ギブソンの思想を受け継ぐ心理学者を「ギブソニアン」と呼ぶことがあります。ギブソンはオハイオ州に生まれ、ノースウェスタン大学を経て、プリンストン大学を卒業したのです。プリンストン心理学を専攻し、ゲシュタルト心理学に強い影響を受ける。1950年 に『The Perception of the Visual World』、1966年に『The Senses Considered as Perceptual Systems』を刊行しました。1979年に『The Ecological Approach to Visual Perception』出版しました。

ギブソンの主要な理論:アフォーダンス
アフォーダンス(affordance)とは、環境が動物に対して与える「意味」のことで、生態光学、生態心理学の基底的概念である。「与える、提供する」という意味の英語 afford からつくりました。この概念は、動物に対する「刺激」という従来の知覚心理学の概念とは異なり、環境に実在する動物がその生活する環境を探索することによって獲得することができる意味・価値であると定義されています。
アフォーダンスを把握するポイント:
・アフォーダンスは事物の客観的な物理的性質でありません
・ある動物・有機体にとっての環境の性質です
・動物が知覚した、主観的なものでもありません
・環境の中に実在し、知覚者にとっての意味合い&情報です

これからの研究について
 自分の研究はキャンパスファニチャーに関する研究ですから、生命体と物的環境との関わりを捉える理論は特に関係性があると考えます。このアフォーダンス理論は、後ほどノーマンに、デザインの認知心理学の研究で、「モノに備わった、ヒトが知覚出来る行為の可能性」という意味でアフォーダンスとして捉えられましたが、これがギブソンが解釈したアフォーダンスの本来の意味の一種の誤解だと言われています。しかし、「行為の可能性」という文脈からユーザーインタフェースやデザインの領域に新しい視点をもたらしたといえます。
 現在研究のため、ファニチャーなどの環境の物的要素が人間の知覚に与える「シグナル」についていろいろと勉強しなければならない時期、ギブソンの理論を空間知覚や環境心理学分野の必読物として勉強しようと思います。Ps:必読物を常に枕のそばに置いて、読みながら夢を見に行き;夢を見ながら、本を読もう~

 <参考文献>
J・J・ギブソン 著 古崎ら共訳 『生態学的視各論―ヒトの知覚世界を探る』 サイエンス社 1985

2011.07.14

【気になる研究者】エリク・H・エリクソン

みなさま、こんにちは。修士1年の河田承子です。

【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する新シリーズ、第4回目をお送りいたします。
今回はエリク・H・エリクソンについてご紹介させていただきます。

エリク・H・エリクソンについて

 エリク・H・エリクソンは1902年生まれのアメリカ人であり、発達心理学者や精神分析家として研究を行ってきた方です。エリクソンは、社会的に達成すべき発達段階という観点から発達を捉えて独自の人格の発達論を完成させました。エリクソンの発達論は、フロイトの発達論が心理性的発達論と呼ばれるのに対して、「心理社会的発達論」と呼ばれることがあります。エリクソンは、人生を8つの段階に分けて、それぞれの段階において「健全・不健全」あるいは「発達の成功・発達の停滞」といった対立する二つの特徴や傾向があるとして、各発達段階には固有の発達論的な危機があると主張しました。エリクソンの自我の発達論である「心理社会的発達論」をまとめると、以下のようになります。

エリク・H・エリクソンの理論

1. 乳児期(基本的信頼 vs 不信)

2. 幼児期前期(自律性 vs 恥・疑惑)

3. 幼児期後期(自主性 vs 罪悪感)

4. 児童期(勤勉性 vs 劣等感)

5. 青年期(アイデンティティvsアイデンティティの拡散)

6. 成人前期(親密 vs 孤立)
7. 成人後期(生産性vs 自己停滞)
8. 老年期(統合性 vs 絶望)



これからの研究について

 私は、親子の発達過程で育児情報がどのように関わってきているのかについて研究を行っています。エリクソンの8つの段階で言うと、1の乳児期と7の成人後期が対象にしたい部分です。親は子育てをしながら精神面でも成長し、ものの見方や考え方が柔軟になっていきます。しかし、これらを発達させるためには生涯にわたる長い時間が必要ですし、広い視野から物事を捉えたりすることが必要です。エリクソンの生涯発達的視点からこれを捉えると、親としての人格的発達は、各時期の心理社会的危機を乗り越えて、アイデンティティ、親密性、生産性、統合感のそれぞれの獲得が発達課題になっていることを示しています。そしてこれらの発達課題を経ながら、親が生涯にわたって親として発達していくかどうかが、親子関係や子どもの発達を左右する(林 2005)と考えられています。この、親と子どもの発達の関わり、という観点を持ち、育児情報と親子の発達の関わりについて研究していきたいと考えております。

 <参考文献>
林昭志(2005).親を生涯発達の観点から捉える心理学的研究の試み 上田女子短期大学紀要,28.11-18.

2011.07.13

【エッセイ】小泉先生の思い出

ある会議で、ひさしぶりに大阪大学時代にお世話になった小泉潤二先生にお会いする機会がありました。小泉先生は文化人類学がご専門で、クリフォード・ギアツの理解者として有名な方です。

当時人間科学部で助手をしていた私は、インターネットの導入が学校の子ども達に与える変容を長期的に明らかにしたいと考え、エスノグラフィー的な手法が使えないかと試行錯誤していました。今と違って質的研究に関する日本語の書籍もあまり出版されておらず、洋書を読んでもよくわからなかったので、思い切って本職の人類学者に聞いてみようと研究室のドアをノックしたのです。今から考えればあんな偉い先生に突撃するなんて無謀なことをしたものだと思いますが、心に残る言葉をいただけました。

小泉先生は、どういう研究方法をとればいいのでしょうかという相談をした私に、以下のようなことをおっしゃいました。

「確かに研究の方法は重要だが、方法は目的と対応しているかどうかが大事なので、教科書にとらわれすぎることなく、自分の頭で考えなさい。それよりも、人類学者がどうして3年もフィールドに入るのかわかりますか? それは、3年たってはじめてでてくる言葉があるからです。人には信頼できる関係になってはじめて語りはじめることがあります。エスノグラフィーをするときには、そのことを大事にすべきです。」

この話を聞いて、方法のことばかり考えて人間のことを十分に見ていなかった自分を深く反省した記憶があります。

その後、ある小学校でのフィールドワークを元に、苦闘しながら論文を書き上げました。
不十分な作品ではありましたが、結果的に3年間フィールドに通い続けました。その時間の中で論文以上に大事な「現場を見つめる目」を学ぶことができたように思います。

山内 祐平

2011.07.09

【気になる研究者】Henry Jenkins

皆様

こんにちは、修士2年の土居由布子です。
既に7月となり2011年もあと半年ですね。
さて、この度のテーマ【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する新シリーズ、第3回目を担当します。
 今回はHenry Jenskins氏についてご紹介させていただきます。
宜しくお願い致します。

<Henry Jenkins氏と理論について>

1958年にアトランタに生まれ、今メディア教育の分野で注目されている学者。「参加文化型のメディアリテラシー」として11のスキルを提唱。
マサチューセッツ工科大学比較メディア研究科の責任者を2009年4月まで務めており、その際にマッカーサー財団からの助成を受けて、デジタル環境が子どもに与える影響を研究し、同研究グループの研究成果に基づいて教育カリキュラムを開発することに取り組まれ、その一連の活動を『参加型文化の課題に立ち向かう(Confronting the Challenges of Participatory Culture)』にまとめられています。Jenkins氏によれば、彼が「参加型文化」と呼ぶものにアメリカの10代は能動的に参加し、そうすることで彼らはこれまでのメディアとのつき合い方を変化させつつあるといいます。

Jenkins氏によると、参加型文化とは「新たなコンテンツを作ったり広めたりするところへ能動的に参加するよう人々をいざなう文化」と説明されています。
具体的に言えば、SNSやWikipedia等がそれにあたります。そういったコミュニティや文化は多くの人々が互いに情報を共有しあい、またある情報を調べる時の助けとなる場所/ツールであり、共通の問題を解決することを目的とした人々の集まりによって形作られています。このような参加文化型における人々の恊働や参加を促し成り立たせる条件としてJenkins氏は以下5つの条件を述べております。(砂川2009訳)

1) 芸術的表現や市民活動に対して比較的に壁が低い。
2) 創作や他人と創作物を共有するための強力な支援がある。
3) なにより経験によって分かることが初心者達に伝えられる、一種の非公式な指導がある。
4) 自分たちが貢献することが意味を持つと信じているメンバーがいる。
5) お互いにある程度社会的つながりを感じているメンバーがいる(少なくとも、メンバー達は自分達が創作したものについて他人がどう思っているのかを気にかけている。)

以上の条件が揃うことによって人々がお互いの違いを越えて他人との恊働しやすい空間となるとされています。

この文化、空間の中で私たち参加者がより十全的参加者となって課題を達成して行く為に必要な11のスキルについて述べています。

1) 遊ぶ:問題解決の形式として周りにあるものを試してみる潜在的可能性
2) パフォーマンス:即興や発見の目的のために代替的なアイデンティティを採ることができる力
3) シミュレーション:現実世界のプロセスのダイナミックなモデルを解釈し構築できる力
4) アプロプリエイション:メディアコンテンツを意味があるようにサンプリングしリミックスできる力
5) 複合的作業: 周りの状況を読み取り、際立つものひとつ一つに焦点を移すことができる力
6) 分散認知:精神の潜在的可能性を拡張するツールと意味あるように相互に影響しあうことができる力
7) 集合知:知識を溜めることができ、そして共通の目的に向かって他人と考えを比較できる力
8) 判断:異なる情報の信頼性を評価できる力。
9) トランスメディアナビゲーション:多様な様相を横断してストーリーや情報の流れを理解することができる力。
10) ネットワーキング:情報を検索し、広めることができる力
11) 交渉:多様な観点を見分け尊重し、そして代替的な基準を把握し、理解しながら、異なるコミュニティを横断して行くことができる力

この参加型文化には既に多くの子ども達が参加し活動を行っていて、中には11のスキルをうまく運用していく力を比較的容易に獲得してしまう子どももいる一方で、こうした力を身につけることが困難な子どももいるかもしれず、従って、Jenkins氏は参加型文化のメディア教育を行っていく上で「参加格差」「透明性の問題」「倫理的課題」の3点を課題として考察されています。

参加格差:子ども達が新しいメディアテクノロジーにアクセスしたり、表現するための機会へのアクセスに差があること

透明性の問題:子ども達は自らのメディア経験を能動的に内省しており、それゆえ参加することで学んだことを明瞭に言い表すことができると想定していること

とされています。

<自身の研究について>

これまで「批判的な読み取り」を中心としてきた映像教育、メディアリテラシーですが、制作するノウハウをどのように一般人が身に付けようとしているのか、何がきっかけだったのか、とりわけ初心者がどのように映像に関する活動をしているのかについて実態調査をしようとしています。
本研究ではNHKクリエイティブライブラリーという「映像素材の選択と組み合わせ」で映像の簡単な編集ができるツールを使っているユーザー達に着目し、そこから他にどのような学習へと派生しているのか、どういった意識を持つようになったのかをみようとしています。
Jenkins氏のいう11の参加文化型のメディアリテラシーやその課題3つを受けて、日本の映像文化に参加する一般人がどういった切り口から何を想い、どのような行動をとるのか明らかにすれば、学校などでメディアに関する教育を受けていない大人達がどのように映像リテラシーを培って行くべきかの提案に繋がり、更に具体的な課題も抽出できればと思います。

<参考文献>
Henry Jenkins (2009)
Confronting the Challenges of Participatory Culture: Media Education for the 21st Century

砂川誠司(2010).「参加型文化」論からみたメディアリテラシー教育の提唱
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/kiyo/AA11618725/BullGradSchEduc-HiroshimaUniv-Part2_59_133.pdf

2011.07.06

【エッセイ】単位システムとしての大学

先週一週間、リスボンで開かれた国際会議 ED-Media 2011に出席してきました。

主な目的は、現在BEATで行っているソーシャルメディアによって高校生・大学生・社会人をつなぎ進路について考えるSoclaプロジェクトについて発表するためだったのですが、各国の研究動向がわかるのも国際会議の醍醐味です。

いくつか面白い発表があったのですが、最も意外だったのが以下の研究でした。

Student Demographics and Retention in Online Learning Environments

Wallace Boston, Ed.D. President and CEO American Public University System United States
Phil Ice, Ed.D. Director of Course Design, Research and Development American Public University System United States

Abstract: As the growth of online programs continues to rapidly accelerate, concern over retention is increasing. Models for understanding student persistence in the face-to-face environment are well established, however, the many of the variables in these constructs are not present in the online environment or they manifest in significantly different ways. With attrition rates significantly higher than in face-to-face programs, the development of models to explain online retention is considered imperative. This study moves in that direction by exploring the relationship between student demographics and interactions, and retention at a large online university, with an n of 20,569. Analysis of data illustrated the importance of transfer credit and consistency of activity in predicting continued enrollment.

アメリカの大学は中退が多く、学業継続率 (Retention rate)が大きな問題になっています。対面の大学ですら中退が多いわけですから、100%オンラインの大学ではこの問題は深刻です。この研究では、2万人のオンライン大学の学生の学業継続率に寄与する要因を統計的に分析しています。

結論が意外だったのですが、学業継続に最も影響を与える因子は「単位互換の有無」でした。アメリカの大学は単位互換システムが発達していますが、オンライン大学が他大学でとった単位を繰り入れられるかどうかが、学業継続に大きな影響を与えているというのです。他大学の単位を繰り入れることができれば、学習しなければいけない量が少なくなりますので、負荷が低くなります。そのため学業継続がしやすくなったものと考えられます。

当然と言えば当然に見えますが、他の要因を押さえてこの項目がトップになったことはコロンブスの卵的なところがあります。
従来、オンライン大学の離脱を防ぐ研究開発は、学習状況の可視化やファシリテーションを方法とするものが主流でした。ある意味、オンライン大学の中でこの問題を解決しようとしてきたわけです。
この研究から示唆されていることは、大学を一種の単位システムとしてとらえ、その中にオンライン学習を位置づけるという逆転の発想がありうるということです。現在アメリカでは、学外の経験学習を単位として認定する単位認定機構も出てきています。学外の経験学習・オンラインでの知識獲得・対面での高次思考スキルの育成を単位システムでつないで、全体として大学を構築するということが、現実的になりはじめているのかもしれません。

山内 祐平

2011.07.02

【気になる研究者】ジム・カミンズ

 みなさま、こんにちは。修士2年の柴田アドリアーナです。

 暑い日が続きますが皆さまお元気でいらっしゃいますでしょうか。

 【気になる研究者】自分の研究に影響を与えている・もしくは今後学びたいと考えている研究者を紹介する新シリーズ、第2回目をお送りいたします。
 今回はジム・カミンズについてご紹介させていただきます。
 よろしくお願いいたします。


> ジム・カミンズについて

ジム・カミンズ - Jim Cummins
・ アイルランド出身
・ アルバータ大学で教育心理学Ph.D.を取得
・ 現在、トロント大学オンタリオ教育大学院(OISE)教授
・ 教育学・言語学・心理学 - 専門はバイリンガリズム、バイリンガル教育

 カミンズは日常生活の言語能力と学校の授業で使う言語能力を2つに区別して、生活言語能力( BICS - Basic Interpersonal Communicative Skills)と学習言語能力( CALP - Cognitive Academic Language Proficiency) と命名しました。バイリンガル教育の理論形成に多大な貢献を果たしました。


> カミンズの理論

相互依存仮説 (Interdependence Hypothesis)
 彼が提案した「言語相互依存仮説」では、母語と第二言語を氷山にたとえ、根底にある共有する能力の存在を強調しています。この仮説によると,母語と第二言語は表面上全く違うもののように見えても,深層部分で共通する言語能力の領域を持っており,二つの言語に共通する言語能力はどちらか一方の言語によって高めることができると示しています。

敷居仮説 (The Threshold Hypothesis)
 カムンズのもう一つ仮説は「敷居仮説」です。この仮説ではバイリンガリズムの型と認知的発達の関係性を示しています。バイリンガルの子どもの認知的発達に阻害されないように、そして、バイリンガリズムの認知的な恩恵を受けるためにはある程度の言語能力の敷居レベルを達成しなければなりません。または、加速な認知的発達を起こすためには第二言語を習得している間に母語を発達し続ける必要があると示しています。


> これからの研究について

 私の研究では、在日ブラジル人の子どもに異文化への気付きを生かした日本語学習教材を提案し、子どもが母国の文化と日本の文化の違いを理解した上で、言葉の意味を学べるようにすることが目的としています。カミンズが指摘されたように、子どもの母語を大事にするべきだと思います。また、彼が社会文化的要因
の影響にも着目していたことにも興味があります。学習者が自分の文化的背景をどのように受けているか、または、誇りをもっているかによって第二言語の習得にも関連すると言われています。
 これから研究で開発したい教材はフォーマルな形で日本語を学ぶ前の段階にいる子どもたちに楽しく日本語と日本の文化を紹介する形にしています。しかし、日本でブラジル人コミュニティーの生活をしているブラジル人児童の生活にこれから積極的に日本人と触れ合うためにベースとなる日本語や日本に関する文化の知識は何でしょう?そして、日本のブラジル人コミュニティーに関するブラジルの文化についてもっと理解しなければならないと気づきました。
 これからは日本におけるマイノリティーの言語学習、特に在日ブラジル人に関するケースの理解を深めながら、適切な教材の開発をできるために頑張って行きたいと思います。

[柴田アドリアーナ]

PAGE TOP