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2014.10.03

【学者紹介】Jean Piaget

みなさま、こんにちは。
M1の松山です。
冬学期のゼミがスタートしました。
入学から半年が経ちましたが、まだまだ知識不足を感じることが多い毎日です。
読書の秋ということもあり、本や論文を読む時間を増やしていきたいと思います。

さて、第6回の【学者紹介】では、ジャン・ピアジェについて紹介いたします。
ピアジェはスイスの発達心理学者で、発生的認識論を提唱したことなどで知られています。
今回はピアジェの生涯と提唱した理論についてまとめていきたいと思います。

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Jean Piaget (1896~1980)

■ピアジェの研究人生
ピアジェの研究分野は、生物学→哲学→心理学という流れで変化していきます。
スイスのニューシャテルに生まれたピアジェは、生きものに興味をもつ少年でした。
わずか10歳のときに白スズメの観察記が博物館雑誌に掲載され、その後、博物館で館長の助手として軟体動物学の研究をするようになります。
17歳のとき、神父からベルクソンの「創造的進化」の話を聞いたことをきっかけに、今度は哲学の世界にのめり込みます。
しかし、科学実験で説明できない哲学に対して疑問も感じていました。
成人後、子どもの知能テストのフランス版をつくるアルバイトを経て、子どもの精神分析について考えるようになったピアジェは、ルソー研究所の研究主任に就任し児童心理学の研究を始めます。
3人の子どもに恵まれてからは、自身の子どもの行動を観察して認知発達研究を行いました。
ピアジェの発達心理学の研究は、他の領域の学問に触れながら確立されていったと言えます。

■構造主義
ピアジェは構造を、知性の発達に従って別の構造に再構成されるものとして捉えました。
人間の心や認識を一種の構造体としたとき、その構造体がゼロの状態から書き込まれていくのではなく、構造の変化によって発達するという考え方を「構造主義」と呼びます。

■構成主義
構造から次の構造へ変化するプロセスは主体と環境との相互作用によって成り立つ、とピアジェは考えました。
対象に変化を加えて自分の中に取り入れること(=同化)と自分自身を変化させて対象に適応させること(=調節)の相互作用プロセスを経て、新たな認識を構成するという理論を「構成主義」と呼びます。
また、ピアジェは認識の道具として「シェマ」という概念を提唱しました。
シェマは「叩く」や「吸う」などのような、物事を考えたり、見たり、行動するときに繰り返される1つの活動単位を意味します。
同化は、言い換えると、シェマを外界の対象に当てはめて既存のシェマに統合することであり、調節は、外界に合わせて自分のシェマを組み替えることであると言えます。
さらに、同化と調節のバランスをとりながらシェマを構成していくことを「均衡化」と言います。
「シェマ」「同化」「調節」「均衡化」の4つがピアジェの提唱した認知発達においての基本的概念です。

■認知発達段階
ピアジェの理論では、認知は次々に新しい構造をたどる中で発達していくと考えられますが、認知発達には段階があるということも彼によって論じられました。
ピアジェの提唱した認知発達段階の段階ごとの特徴を以下にまとめます。
感覚運動知能期(0歳~2歳)
・感覚と運動によって対象を認識する
・言語取得を準備するまでの段階
前操作期(2歳~7歳)
・イメージ(表象)が生じ、言語を取得する
・「自己中心性」に特徴づけられる段階
具体的操作期(7歳~12歳)
・数、量などの科学的な基礎概念を獲得する
・他者と相互作用できるようになる
形式的操作期(12歳~)
・目に見えないものから推論できるようになる
・他者の視点から思考できるようになる

■自己中心性
発達認知段階の前操作期の特徴である「自己中心性」とは、この時期の子どもが、自分と対象の間の相互関係を捉えることや他人の視点に立つことが難しく、自分の視点や経験に中心化してものごとを捉えている状態のことです。
自己中心性から脱出することを「脱中心化」と呼びます。

■発生的認識論
ピアジェは認識論を科学として説明することに拘り続けました。
学問が科学であることの条件として、(1)研究対象を十分に限定すること、(2)限定された領域内で問題の解決を可能にする固有の研究方法を持つこと、この二つをピアジェは挙げています。
ピアジェ以前に認識論を語ってきた学問である哲学の場合どうでしょうか。
(1)は、研究対象を限定しないため該当しません。
限定するどころか、哲学は実在の全体を扱おうとする学問です。
(2)に関しても、反省的方法という、どの学問にも共有する研究方法しかない哲学は当てはまりません。
そこで、認識論を科学にするために提唱されたのが発生的認識論です。
発生的認識論は、(1)研究対象を諸認識の拡大のメカニズムに限定し、(2)形式的分析と発生的方法という固有の研究方法を生み出しました。
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研究対象を小中学生としている私にとって、ピアジェの発達心理研究は参考になることが多くありました。
特に具体的操作期から形式的操作期への変移についてもっと深く学びたいと思います。

さて、次回で今テーマ【学者紹介】は最終回になります。
最後までお楽しみに!


【松山彩香】

- - - 参考文献 - - -
波多野完治(1986)『ピアジェ入門』, 国土社
波多野完治(1982)『ピアジェ双書1ピアジェの発生的心理学』, 国土社
波多野完治(1983)『ピアジェ双書4ピアジェの発生的認識論』, 国土社
波多野完治(1983)『ピアジェ双書6ピアジェ理論と自我心理学』, 国土社
白井桂一(2005)『ジャン・ピアジェ 21世紀への知』, 西田書店

2014.10.01

【お知らせ】e-Learning Awards 2014 フォーラム

11月12日(水)14時からe-Learning Awards 2014 フォーラムで、「反転学習の新たな展開--高等教育からMOOCへ」というタイトルで講演します。gaccoで行われた反転学習コースに関して、分析データを速報的にお話しする予定です。ぜひお越し下さい。

■講演概要
主に中等教育で発展してきた反転学習は、高等教育の現場へ広がりを見せ、生涯学習の方法としても試みが始まりつつある。
MOOCの持つオープン性と深い学習を可能にする反転学習をどう組み合わせていくのかについて、MOOCプラットフォーム「gacco」で行われた日本中世の自由と平等・反転学習コースの事例を紹介しながら考えていく。

お申し込みはこちらからどうぞ。

http://www.elearningawards.jp/program1detail.html#28

山内 祐平

2014.09.25

【学者紹介】John Dewey

こんにちは。

夏休みの終わりが刻一刻と近づいており、戦々恐々とした日々を過ごしております、
修士1年の逆瀬川です。

さて、1ヶ月前より、お送りしています【学者紹介】ですが、今回は、経験学習の生みの親であります、ジョン・デューイについて紹介したいと思います。

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ジョン・デューイは、アメリカを代表する哲学者であり、教育思想家です。
生徒が受け身の姿勢で学ぶ伝統的教育を、個性の表現と育成を阻止するものだと強く批判し、進歩主義教育運動を展開しました。
今回は代表的なデューイの思想を紹介したいと思います。

◆知性道具主義
全ての観念というものは、実践的に役にたたなければ意味がないとする「プラグマティズム」という19世紀後半から20世紀にかけて主にアメリカで発生した思想を発展させ、デューイは、自己の経験を推し進める過程において、だんだんに知性を発達させ、さらにその知性を道具としてあたらしい経験にたちむかう知性道具主義を確立しました。

◆経験主義
「学習者個人の成長」と「よりよい社会をつくる」という社会との目的を、達成するための教育は、経験によって基礎付けられなければならないという経験主義を提唱しました。
ここでは2つの代表的な原理が存在します。
①連続制
ある経験が、その後の経験に影響をおよぼし、その後の経験の質も変化するというものです。
②相互作用
正常な経験は、周囲の環境に代表される客観的条件と自己の変化という内的条件の相互作用によってなされるものということです。
この2つの原理は、互いに独立している訳ではなく2つセットとなっている経験こそ真の経験であるとデューイは説きます。


◆社会における学校の必要性
人間は、きまった期間しか生きることができないため、集団はその特異性を保つためには、未成熟な成員に、成熟した成員の関心や、知識、技術を教えなければなりません。
また、人は無関心な状態で生まれてくるため、積極的な関心を抱かせる必要があります。
人々が共同体、つまり社会を形成するために共通にもっていなければならないものは、目標、信仰、抱負、知識といったことへの共通理解でなのですが、文明が進歩するにつれて、子どもたちの能力と大人たちの仕事の間のギャップは拡大し、大人たちの仕事に直接参加することによる学習は難しくります。 
つまり、社会の伝統が非常に複雑になり、その社会的蓄積の大きな部分が文書として書き留められ、文字記号によって伝達されるようになるとき、フォーマルな学校の必要性がでてくるとデューイは説明します。

◆教育実践
1896年、シカゴ大学の附属小学校として「デューイ・スクール」を開講し、発達や学習についての心理学的原理と社会生活を通じての仲間づくりの原理とを、結びつけた実験ができる学校がほしいという願いを実現しました。
学校の課業の中に、技術・家庭を取り入れ、従来の社会において個人の創意工夫によって行われてきた作業に従事させるだけでなく、これらの作業が、人間社会に対してもっている本質的な意義を、現代において生かそうと考えました。


◆デューイへの批判
現代にいたるまで、教育界に大きな影響を与えているデューイの思想ですが、多大な貢献をしている一方で、批判も生じています。その中から代表的な2つを紹介したいと思います。
①這い回る経験主義
生活経験を重視するあまり、伝統的な学問体系の教授が軽視され、断片的な学習に終わって知識の積み重ねが不十分であったり、また、活動という手段が目的化された活動主義に陥りがちなどの批判が起きています。
②学校への過度の期待
教育を、社会の最高の機能と考え、複雑な民主的社会の成立を教育によって保障をするという考え方は楽観的であるとの批判もあります。

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 デューイが残した研究蓄積は、もちろん素晴らしいのですが、彼の生き様そのものも魅力的であり、知的好奇心にあふれたデューイは、教育にとどまらず、政治学、論理学、倫理学に至る、幅広い著作を晩年まで書き続けます。
私の研究関心である、協同学習の源流にもデューイの思想が息づいているように思います。
古典学者であるデューイの思想を深く学んでいく作業は、自らの研究だけに留まらず、意思とは何か、自由とは何か、という自分の人生に架かる思慮になったと感じています。

【学者紹介】も、残すところあと2回となりましたが、私もこのブログを通して、研究者の思想について学んでいきたいと思います。

【逆瀬川愛貴子】

デューイ著, 宮原誠一 訳 (1935) 「学校と社会」, 岩波文庫
デューイ著, 市村尚久 訳 (1938) 「経験と教育」, 講談社学術文庫
デューイ著, 松野安男 訳 (1975) 「民主主義と教育」, 岩波文庫
山田英世 (1966) 「J. デューイ」, 清水書院
笠原克博(1972) デューイの思想形成過程 : ヘーゲルとの関係を中心に, 九州工業大学研究報告. 人文・社会科学20, pp,1-19
光成研一郎(2000) デューイの探求(反省的思考)の教育的意義について思考力要請の観点から, 人文論究50(1):44-55

2014.09.24

【学者紹介】ヴィゴツキー L.S.Vygotsky


みなさま、こんにちは。M1の青木翔子です。
去る9月19〜21日に、日本教育工学会に行って参りました。
諸先生方、先輩方の研究発表や、実践の発表などに大変刺激を受ける毎日でした。
合宿や学会など盛りだくさんの夏休みもそろそろ終わりですが、ブログ【学者紹介】はりきって参りたいと思います。

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ヴィゴツキー L.S.Vygotsky

私が今年の夏合宿で担当しましたのは、旧ソヴィエトの心理学者 L.S.Vygotsky(1896-1934)です。
彼は、心理学の学問の方法論から問い直し、発達心理学や教育心理学などに多大な影響を与えた学者です。

彼の心理学を、3つの観点からみていこうと思います。
① 心理的道具
② 心的機能の社会的起源
③ 発達の方向性

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① 心理的道具

ヴィゴツキーは、マルクス・エンゲルスの人間と生産を媒介する道具に関する考えを、人間の精神機能の発達に応用させました。
つまり、人間と社会の間には、道具の媒介があると考えたのです。
人間は、心理的記号の助けをかりて、外からの働きかけから脳に新しい結合をつくり出すと考えました。
高次の精神活動は、言語や、社会文化などの記号によって媒介された人間と社会の関係から生じるのです。
スクリーンショット 2014-09-24 08.59.44.png
また、このようなA-B間を媒介するXを含めた3者の関係を、人間活動の最小単位として彼は考えました。
この3角形は、彼の理論を理解する上で根本となるもので、以下の②〜③にも繋がります。


② 心的機能の社会的起源
人間と社会が、心理的記号によって媒介されているとして、それはいかにして精神機能を発達させていくのでしょうか。

彼は、高次精神機能は、精神間(interpsychic)から精神内(intrapsychic)へ転化するとしました。
つまり、子どもは、母親との会話や社会的な状況としての精神間機能を、内化させ、自分自身への問いかけや指示だしなどの精神内機能へ転化させることで、高次精神機能としての思考などを行うようになると考えました。

これをより理解する際のキーワードとして、「内言」というものがあります。
「内言」とは、思考を行うような(意味処理が優位であり、音声を伴わない)心のなかの発話のことを指します。
その反対に、コミュニケーションなどを行うような(伝達機能が優位であり、音声を伴う)発話を「外言」と呼びます。
彼は、社会的な外言は、内化され内言となり、それによって思考などの高次精神機能は発達すると考えました。
子どもは、話しことばの発達から、書き言葉への発達へ移行しますし、子どもの書き言葉の水準と話言葉の水準にへだたりがあることを考えると理解できるのではないでしょうか。


③ 発達の方向性
③−1生活的概念と科学的概念
②をふまえると、発達は、心理的道具を媒介とし社会的なものを内化させながら、一方向へのびていくように考えられます。
しかし、ヴィゴツキーは、発達には二方向あると考えました。
ひとつは、生活的概念の発達の方向であり、具体性と経験の領域から発達していきます。
もう一方は、科学的概念の発達であり、こちらは自覚性と随意性の領域から発達していきます。
子どもの科学的概念の発達は、(ある一定水準まで生活的概念が発達していることが前提となりますが)生活的概念の発達が辿ったすじ道とは反対にすすむものとして、ヴィゴツキーは定義しました。

具体的な例を考えてみます。
「水」という概念を、子どもたちは、学校で習う以前の生活で、雨やお風呂、飲み物など様々な体験から経験的に学習しています。
そして、その後、液体でありH2Oである「水」を科学的な概念として、経験とは違う方向から再び学びます。
このような例を考えると、2方向の発達について理解できるのではないでしょうか。


③−2 最近接発達の領域 Zone of Proximal Development
以上までで、人は社会との関係のなかで、心理的道具を媒介としながら、社会を内化しながら発達し、さらにその発達は生活的概念と科学的概念の2方向から伸びていくものだということがわかりました。
では、そのような発達はどのような進み方をするのでしょうか。
また、それは自動的に行われるものでしょうか、それとも教育によって行われているのでしょうか。

この問いにこたえる上で重要になるのが、彼の有名な最近接発達の領域の理論です。

彼は、発達過程と教授ー学習過程の関係を考えるうえで、
ピアジェらの"発達が教授ー学習に先行する"という考えや、ジェームズらの"発達は教授ー学習と平行である"という考えを否定しています。
彼は、教授ー学習という社会的な文脈は発達過程に多大な影響を与えている一方で、子どもたちは内言や随意性などを自身で獲得していると考えました。

そこで、ある実験を行います。
ある発達水準を測定するテストで、7歳と診断された子どもが2人(AとBとします)います。
つぎに、2人に、援助ありでテストを継続していきます。
すると、Aは、援助ありだと9歳の問題まで解くことができる一方で、Bは、援助ありでも7歳半の問題までしか解くことができませんでした。
スクリーンショット 2014-09-24 09.40.03.png

このような援助によって可能になる知的水準の差異についての理論が、最近接発達の領域です。
最近接発達の領域とは、「自主的に解決される問題によって規定される子どもの現在の発達水準と、おとなに指導されたり自分よりも知的な仲間と共同したりして子どもが解く問題によって規定される可能的発達水準とのあいだのへだたり」のことを指します。

この最近接発達の領域は、模倣の重要性や教育はいかにあるべきかということを示唆してくれます。
実際にヴィゴツキーは、「子どもがすでに何を学んだのかではなく、むしろ何を学ぶことができるのか」について考え、指導するべきであると述べています。


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他にも、彼は、芸術について、情動についてなど多くのことについて言及しています。
彼は、最終的には、人間の「意識」の問題を扱う心理学を、社会、人格などとの関係から解き明かそうとしていたと言われています。
しかし、残念ながら彼は38歳という若さでこの世を去ってしまいました。
ヴィゴツキーの残した、発達から考える教育、学習についての理論は、私たちが学習を研究する上でたくさんの示唆を与えてくれます。
そんな彼に出会えた夏に感謝しながら、今回のブログはこの辺りで失礼いたします。

青木翔子


◆参考文献
ヴィゴツキー著, 柴田義松訳(1962)『思考と言語 上』明治図書出版
ヴィゴツキー著, 柴田義松監訳(2005)『文化ー歴史的精神発達の理論』学文社
ヴィゴツキー著, 土井捷三・神谷栄司訳(2003)『「発達の最近接領域」の理論』三学出版
柴田義松(2006)『ヴィゴツキー入門』寺子屋新書
神谷栄司(2005)「ヴィゴツキー理論の発展とその時期区分について(Ⅰ)」 社会福祉学部論集
神谷栄司(2006)「ヴィゴツキー理論の発展とその時期区分について(Ⅱ)」 社会福祉学部論集

2014.09.22

【お知らせ】Webサイト停止(9月28日)

東京大学情報学環福武ホールでは、計画点検のため下記の通り停電が予定されています。停電に伴い、本ウェブサイトは下記の時間帯、停止します。

2012年9月28日(日) 午前中 - 19:00頃

ご利用の皆様にはご不便をおかけしますが、あらかじめご了承ください。

2014.09.14

【夏の特別編】山内研夏合宿レポート

みなさま、こんにちは。
9月となり急に涼しくなってきましたね。

さて、現在【学者紹介】のテーマでお送りしている山内研ブログですが、
今回は夏の特別編ということで、9月1日〜3日に行われた山内研の夏合宿の様子をレポートさせていただきます。

今年は島根県隠岐郡の海士町に行ってまいりました。
近年、まちおこしの取り組みで一躍有名になった海士町。
一体どんな発見があるのか、わくわくしながら合宿当日を迎えました。

1日目

早朝の飛行機で出発し、フェリーに乗っていざ海士町へ。
到着して早々、きれいな海とおいしいご飯を堪能して気分が高まります。

一日目は、現地で活動されている方々に海士町を紹介していただきました。
島の暮らし、産業、学習環境など、興味深いお話が盛りだくさん。
みなさまの海士町に対する熱い思いが伝わってきます。

そして夜は、そんな海士町のみなさまと山内研メンバーとの懇親会がありました。
島根県と東京都の距離を考えると、こういった面々で交流できるなんて夢のような機会です。
それぞれの活動についてお話を伺ったり、山内研の研究の話をしたりして盛り上がり、とても楽しい時間となりました!

2日目

翌日は、山内研合宿に欠かせない「学習プログラム」を行いました。

まずは恒例の学者レビューの発表から!
現在のブログテーマでも紹介していますが、山内研の夏合宿では、代表的な学者の人生や理論について学生が調べて発表するのが定番なのです。

今年は各自レビューする中で生じた疑問点を投げかけ、ディスカッションする時間も設けました。

お昼は豪華にお寿司!
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満腹になったところで、続いて学習プログラムその2を行います。
2つ目の学習プログラムでは、海士町をフィールドにした研究計画を立てるグループワークを行いました。
調査グループ、実践グループ、開発グループに分かれ、真剣に研究案を考える山内研メンバー。
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発表の際には、隠岐國学習センターの豊田さんがゲストに来てくださり、研究計画に対しコメントをいただくことができました。
豊田さんのコメントから、研究として成り立つことと現場で役に立つことが必ずしも一致しないことに気がつき、大変勉強になりました。

そして夜は、隠岐國学習センターを訪問し、高校生との交流プログラムに参加しました。
学びの質を高める方法について、高校生の中に山内研メンバーも混じってディスカッションします。
自らの学びについて深く考え積極的に発言できる高校生たちに驚き、スタッフのみなさまの熱意が生徒にも伝わっていることを感じました。

そしてここでサプライズが・・・!
我らが青木さん(M2)が、ご自身の研究領域である「自己調整学習」と現在開発中のシステムについて説明することに。
学習の計画と実行を支援する青木さんのシステムに、高校生たちから「使いたい!」との声がたくさんあがっていました。
青木さん、大活躍でした!
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3日目

最終日は、隠岐の景色を堪能すべくハイキングに行きました。
崖を登る最中に、たくさんの馬や牛に遭遇!
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山内先生も楽しそうです。

高所からでも海の底が見え、隠岐の海の美しさを再認識しました。
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そしてお昼は有名なサザエ丼とサザエカレーを食べ、再びフェリーに乗って帰路へ。

海士町の方々のご善意、ご協力により、本当に有意義な合宿になりました。
ありがとうございました!

次回のブログは、ふたたび【学者紹介】に戻ります。
引き続きお楽しみに!

【M1一同】

2014.09.07

【学者紹介】Albert Bandura


みなさん、こんにちは。修士2年の池田です。
あっという間にもう9月!時の流れは早いですね。
学者紹介3回目の今日は、社会的学習理論や、自己効力感などで有名なアルバート・バンデューラについてご紹介したいと思います。

バンデューラは、カナダ出身の心理学者です。従来学びは学習者自身の経験を前提としていました。しかし彼は、人は自らの行動からだけではなく、他人の行動を観察する中でも学んでいるのではないかと考え、実験によりその事実を明らかにしています。

2014.09.01

【学者紹介】Etienne Wenger

みなさん、こんにちは。山内研M2の青木智寛です。
最近の山内研究室の様子ですが、夏恒例の合宿が行われようとしています。今年は島根県の海士町を訪問することになっていますが、その様子はまた別の記事でご紹介できたらと思います!

さて、今回のテーマ、学者紹介第2回では、コミュニティにおける学習理論で有名なエティエンヌ・ウェンガーについてご紹介したいと思います。

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エティエンヌ・ウェンガー(Etienne Wenger 1951~)教育理論家・実践家・コンサルタント

●生涯と著書
コミュニティや人々の集団における学習理論で有名なウェンガーですが、学士・修士は計算機科学を先行していました。大学を出た後はゼロックスのパロアルト学習研究所に所属し、2000年代からはCoPコンサルタントとしても活躍しています。
ウェンガーは単著、共著を含めると数冊の本を著しています。1987年に発表された最初の著作"Artificial Intelligence and Tutoring Systems"では、知的CAIシステムについて述べられています。その後、文化人類学者のジーン・レイヴとの共著"Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation"(1991)(邦訳: 状況に埋め込まれた学習 - 正統的周辺参加)によって、「正統的周辺参加」という状況に埋め込まれた学習の理論が生まれました。その後、その中でも触れられていた「実践共同体」という、共同体における学習に焦点を当てた、"Communities of Practice"(1998)が発表され、2002年にはその実践共同体を企業という組織社会に当てはめて具体的に論じた"Cultivating Communities of Practice"(邦訳:コミュニティ・オブ・プラクティス - ナレッジ社会の新たな知識形態の実践)が発表されました。さらに近年では、デジタル社会における組織内のメンバーの振る舞いについて述べた"Digital Habitats"(2009)を公開しています。

●正統的周辺参加(Legitimate Peripheral Participation)
正統的周辺参加とは、1991年に文化人類学者のレイヴとの共著で書かれた「状況に埋め込まれた学習」にて発表された概念です。学習とは、従来の命題的な知識の獲得や認知構造の変化ではなく、実践共同体に参加することを通じてアイデンティティを形成していく過程であるということを述べたものです。実践共同体において、まず簡単な仕事・責任から始まり、だんだんと大きな仕事・責任を担っていくようになる過程こそが学習であり、その意味において学習は状況に埋め込まれているという特徴があります。

●実践共同体(Community of Practice)
実践共同体とは、上記の著作にて発表された概念ですが、その後のウェンガーの単著である"Communities of Practice"(1998)にて詳しく述べられています。この本では実践共同体を中心とした学習の定義や特徴、構成要素について詳しく述べられています。これをより企業社会に基づいた観点から捉え直した「コミュニティ・オブ・プラクティス」(2002)にある記述によれば、実践共同体の構造モデルは
・「領域」(グループで共有している問題や関心事の範囲を定義)
・「コミュニティ」(関心を抱く人々の社会的構造)
・「実践」(コミュニティのメンバーが共有する一連の枠組みやアイデア・ツール)
の三要素から成るとされています。

●テクノロジーステュワード(Technology Stewarding)
テクノロジーステュワードとは、上記"Digital Habitats"(2009)にて述べられている、テクノロジーの影響を大きく受けるようになってきている近年の社会において、共同体内の学びを促進するテクノロジーに精通した人物を説明する概念です。テクノロジーステュワードは、共同体内のテクノロジーに関する要求を理解できる十分な実務経験を持ち、要求に取り組む上でリーダーシップを十分に発揮できることなどのスキルが求められます。

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普段、何気なく様々なコミュニティで生活している私たちですが、そこにはさまざまな「実践」が行われており、「学習」が生起していることをウェンガーは気づかせてくれます。
他にもウェンガーの学習理論には重要なキーワードが登場しますが、紙面の都合上、この辺りで閉じさせていただきます。


それでは夏合宿、行ってまいります。


【青木智寛】

2014.08.23

【学者紹介】佐伯胖先生(東京大学名誉教授)

暑い日が続いておりますが,いかがお過ごしでしょうか.
こんにちは.M2の吉川遼です.

例年この時期の山内研究室では,ゼミ生が9月の夏合宿での学者紹介に向けてそれぞれが自分の担当の学者の人となりから理論,業績などをまとめる作業に追われています.

山内研究室に限らず,この学際情報学府に入学する人たちのバックグラウンドは非常に多様であるため,教育や学習に関心はあれど,それらの領域を専門としていなかった学生も多くいます.

教育工学,そして学習環境デザイン論の領域で研究を進めるにあたり,デューイやヴィゴツキー,ウェンガーやピアジェといった教育や学習,認知科学において多大な功績を残した大家の足跡を今一度踏みしめることで,現在の教育・学習に関する研究領域の趨勢に至る経緯やその連関,そして自身の研究との関連について押さえておくことの出来るこの夏合宿は,自身の研究に対する見識を広げる上でも非常に貴重な機会です.

今年でこの夏合宿に参加するのも3回目となり,僕にとってはややエキストラ色が強くなってしまいましたが,同じ学者であっても年度や学生によって発表の切り口が異なり,その分学者に対する認識がより広く,より深くなるので,今から夏合宿が楽しみです.

第1回目の今回は,これまで教育工学ならびに認知科学など幅広い分野でご活躍されている東京大学名誉教授・信濃教育会教育研究所長の佐伯胖(さえき・ゆたか)先生についてご紹介して参りたいと思います.

■10年単位の「変身」

今でこそ,近年のワークショップ研究の隆盛に伴い「まなびほぐし(アンラーン)」といった言葉が注目されがちではありますが,佐伯先生のご研究の変遷を辿っていくと非常に興味深い流れを見てとることができます.

◦1960年代... 教育にかかわる仕事をはじめる
◦1970年代... 「行動科学」や「意志決定論」の研究と教育
◦1980年代... 日本での認知科学研究振興に貢献
- 日本認知科学会設立
- 認知科学,教育研究への状況論の浸透と展開
- 翻訳『状況に埋め込まれた学習』,『プランと状況的行為』
◦1990年代...教育とコンピュータとの新しい関係性の模索
◦2000年代前半...日本の幼児教育史の統合的検討
◦2000年代後半...「まなびほぐし」ワークショップ研究・実践

佐伯先生ご自身が,研究対象の移ろいについて「10年単位の『変身』」と仰っているように,その当時の認知科学ならびに教育関係の動向にあわせ,ご自身の研究を進めていらしたことが,この年表からも伺うことができます.


■1980年代における状況的学習論と取り巻く環境

佐伯先生が翻訳されたLave, Wengerの『状況に埋め込まれた学習』は正統的周辺参加論(LPP)と実践共同体との関わりについて,具体的には実践共同体に参加することを通してアイデンティティを確立していく過程を学習のプロセスとして捉え,学習が状況に埋め込まれているとする状況論的学習観を日本に紹介された,という点においても,当時の日本の教育界の先頭に立ってご活躍なさっていたことが分かります.

佐伯先生の著書や関連する文献を読み解いていくと,この本が出版された1980年代当時の教育を取り巻く各学問の状況も明らかになります.

まず認知科学の分野においては1980年代よりヴィゴツキー心理学が「人は現実の社会の中で具体的な実践を通してどのように学習していくのか」という切り口から「学習や発達をもともと社会的な関係の中で生まれ,育まれるもの」と捉える社会構成主義的学習観が発展していきます.この中でヴィゴツキーは「最近接発達領域(ZPD:人は外界のさまざまな「媒介」(道具,記号)の資源を利用しており,それらの資源の活用を他人との社会的相互交渉によって内面化し,言語化することで高次の思考の手段にしている)」を提唱しており,この状況論的な学習観がレイヴ・ウェンガーの正統的周辺参加論へと繋がっていきます.

さらに当時はJ.ギブソンの生態心理学やエスノメソドロジーに代表される社会学そして文化人類学など多様な学問領域が認知科学との関連をみせており,状況論的学習観による研究はいわば,諸領域が結集した学際的な運動であったともいえます.


■状況論的学習観と学びのドーナッツ論

この社会構成主義的,状況論的学習観が広がっていく流れの中で佐伯先生は1990年代に学びのドーナッツ論を提唱しています.

この学びのドーナッツ論とは,

学び手(I)が外界(THEY世界:文化,理論,道徳,基準など)の認識を広げ,深めていくときに,必然的に二人称世界(YOU世界:人物,道具,言語,教材など) との関わりを経由する(佐伯 1995)

とするもので,従来の学習観,すなわち学習者個人が頭の中に特定のまとまりをもった知識や技能を獲得する過程を学習と捉える観点を諸悪の根源と見なし,批判するものでした.
この中で佐伯先生は,自身の周辺の世界である"YOU"とのかかわりや"THEY",さらには「文化的実践」への参加を通して子どもが学んでいく学習観を志向すべきだと主張しています.

この学びのドーナッツ論からも,学習が社会や人との関わりの中で学んでいく状況論的学習観を佐伯先生がいかに重要視していたかを伺い知ることができますが,では現代においてこのような学習観はどのような実践に落とし込むことができるのか,その実践の中で学習者は何を学ぶのか,といった問いに対して,近年佐伯先生が取り組まれてきた「まなびほぐし」「アンラーニング・ワークショップ」がキーワードになります.


■まなびほぐしとしての「ワークショップ」

佐伯先生は参加体験型学習方法としてのワークショップが本来目指すべきことは「"しがらみ"を解く」ことである,と主張し,状況論的学習,社会文化的学習としてのアンラーニング・ワークショップの重要性を著書で述べています.

ワークショップという普段とは「ちょっと違う」場所,人そして活動を通して,参加者は自身が普段無自覚のうちに身につけ,習慣化されてしまっている「当たり前」,すなわち文化的・社会的な「型」を参加者が互いにぶつけ合い,崩すことで,あたらしい「型」の可能性を模索し,組み替えていくことができる,と佐伯先生は「まなびほぐし」の場としてのワークショップの可能性について言及しています.

ある講演の中で佐伯先生は,

私が考える勉強と学びの定義とは
◦『勉強』=教えに従って『身につけるべきこと』を身につけること
◦『学び』=自分から『こうありたい』自分になること

と仰っています.この定義からも,佐伯先生が学習に対してヴィゴツキーのZPD,ウェンガーのLPP観に近い考え方を持っている事実が伝わってきます.


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研究対象は認知心理,コンピュータ教育,そしてワークショップと移りながらも,各時代の研究には状況論的学習観がしっかりと通底していることについて,佐伯先生の著書や講演の内容から感じ取ることができます.

佐伯先生のように自身の研究に軸をしっかりと持ちながらも,時代のニーズや問題点に素早く対応できるアンテナの高さ,そしてフットワークの軽さを併せつつ,研究を進めていく姿勢こそ,どの研究者にも求められる研究スタイルなのでは,と今回書き進めていく中でふと思った次第です.

そんな姿に少しでも近づけるよう,日々邁進していかなくてはなりません.

拙文失礼致しました.

吉川遼

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■参考文献
◦佐伯胖(1975)『「学び」の構造』. 東洋館
◦佐伯胖(1995)『「学ぶ」ということの意味』. 岩波書店
◦佐伯胖(2000)あゆみ--東京大学定年退官記念. 佐伯胖
◦佐伯胖(2003)『「学び」を問いつづけて: 授業改革の原点』. 小学館
◦佐伯胖(2004)『「わかり方」の探究 : 思索と行動の原点』. 小学館
◦柴田義松(2006)『ヴィゴツキー入門』. 子どもの未来社
◦佐伯胖(2007)『コレクション認知科学 2 - 理解とは何か』. 東京大学出版会
◦苅宿俊文, 佐伯胖, 高木光太郎(2012)『ワークショップと学び 1 - まなびを学ぶ』. 東京大学出版会
◦佐伯胖(2012)模倣から教育を再考する. 人間生命科学研究プロジェクト「ヒトの個体発生の特異性に関する総合的研究」公開講演会「子どもの好奇心は教育を超える」講演資料. http://www.blog.crn.or.jp/kodomogaku/m/pdf/26.pdf (2014年8月23日 閲覧)
◦青山学院大学(2012) 佐伯胖略歴および主要研究業績. 青山社会情報研究. 4, 58-61
◦阿部学(2012)「学びのドーナッツ論」は実践に活かされたか--理論と実践との乖離に関する一考察--. 授業実践開発研究, 5, 43-51
◦多元的共生社会におけるコミュニケーションシリーズ第2回「学びとアート」の関係を問い直す 講演資料. http://www.gllc.or.jp/project/seminar/image/201306_report1.pdf (2014年8月23日 閲覧)

2014.08.17

【助教の方々へインタビュー】一色さんにインタビュー


夏真っ盛りですね!世間はお盆ですが...研究あるのみですね(笑)
さて、今回のブログテーマ「助教の方々へインタビュー」も最終回! 今回は、M2の青木智寛が一色裕里さん にインタビューをさせていただきました!


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- 一色さんの今のお仕事を簡単に教えていただけますか?
 - 東京大学情報学環の特任助教としてMOOC、特に今秋から公開予定のedXの授業(吉見俊哉教授による" Visualizing Postwar Tokyo")の仕事をしています。

- 現職までの経歴を簡単に教えていただけますか?
 - 学部時代は慶応義塾大学SFCの環境情報学部で学んでいました。卒業してから3年ほどSEとしてシステム構築の業務をした後、テクノロジーを教育の現場に活かしたいと思い、ハーバード大学の大学院(教育学)に留学しました。そこで、一般的な教育学やテクノロジーを教育に活かす方法論などについて学ぶと同時に、途上国での教育についても学び、UNESCOのバンコクオフィスでインターン等もしました。1年で卒業した後、学位取得者のビザを利用して、スタンフォード大学のラーニングラボ(Stanford Learning Lab.:SLL)で1年ほど働きました。インターネットなどのテクノロジーを使った学習はまだ歴史が浅い頃でしたが、そこで遠隔地間の教育をネットワークを用いて実現することに関わっていました。そんな中、当時メディア教育開発センターで働いていらっしゃった東大の中原淳先生(現:東京大学大学総合センター)がSLLを見学にいらっしゃることがあり、情報学環・学際情報学府、そして山内先生の存在を知りました。SLLは1年の勤務と決まっていたので、その後の進路についてどうするか悩みましたが、最終的には学府の試験を受け、日本でもう一度修士号を取ることを決断しました。

- 学府ではどのような研究をされていたのですか?
 - インターネットを利用した遠隔地教育に文化の違いがどれだけ影響するかということに関して、実際にシステムを開発し、プロジェクトを実践する研究を行いました。もともと留学時に遠隔地教育に興味があったこともあり、研究テーマはすぐに決まりました。ちょうど修士1年で入学した当時、学環の須藤研のメンバーとAEN(アジア・e-ラーニング・ネットワークプロジェクト)に携わることになり、その流れで自身の研究テーマも自然と決定していきました。

- 修士研究では3カ国間(日本・中国・シンガポール)の3カ国の学生をつないで実践をされていますが、参加者を集めるのは大変でしたか?
 - そうですね、日本に帰る前にUNESCOに関わっていたので、そこで知り合った方々がプロジェクトに協力していただけるといったこともあり、ありがたいことに参加メンバーは集まりましたね。

- 修士研究で他に印象に残っていることはありますか
 - やはりプロジェクトには自分以外にも多くのメンバーが関わるので、そのような複数のメンバーでコンセンサスを取るためにミーティングを重ねなければならなかったことが印象に残っていますね。あと、研究の助成を国から受けていたので、プロジェクトが終わった後で大量の報告書を作成しなければならないことも大変でしたね。

- なるほど。そこから、現在の情報学環でのお仕事に至るまではどんな経緯があったんですか?
 - 一緒に実践に参加してくれたシンガポールの大学の教授の方の紹介で、シンガポールのe-Learningの開発をする企業の、日本支社の立ち上げに関わることになり、そこで2年前までずっと働いていました。そこでは主に企業のコンプライアンスを学ぶためのe-Learning教材の開発を行っていました。そこが2年前に日本から撤退することになったのですが、同タイミングで山内先生からオファーがかかり、現在の仕事へ転職して今に至ります。

- すごいつながりですね...^^ いろいろな場所を渡り歩いて、さまざまな経験をされていらっしゃるのですね。 今までの研究を含めたお仕事には、どのような思いで接していらっしゃいますか?
 - そうですね、いろいろな場所で働いてきていますが、地理的に離れた学習者をテクノロジーでつないで教育するという軸は、ありがたいことに一貫して持って仕事ができていると思います。そういう意味では、自分の関心に合致した場所で働けているので、やりがいを持って仕事に接することができていますね。

- なかなかできないことですよね! 最後に、山内研の修士生になにかメッセージがあればお願いします。
 - 月並みですが、今しかできないことをやってほしいと思います。社会に出れば、修士生だからこそできたことというものを実感することが多いです。研究はもちろんですが、他のことも含めて、今できることを精一杯取り組んでもらいたいです。


- ありがとうございます!修士生活精一杯頑張ります!

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普段、山内研の学生として、一色さんとお話をさせていただく機会があまりなかったので、どのようなお話をお聞きできるか楽しみにしていましたが、実際、非常にバラエティに富んだお話をお聞きできて、予定していた時間を大幅に延長してお話させていただきました(笑)個人的には、僕は修士生を終えた後は、社会人として歩んでいく予定なのですが、一色さんとのお話の中で、自分の今できることを見極めて、いろいろな方々とのつながりを大切にしながら、ときに大胆に行動していくことも必要なのではないかと感じました。 一色さん、お忙しい中お時間いただきありがとうございました!


来週からは新テーマ...です!

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