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2008.04.16

【今年の研究計画】ことばの習得を促す親の語りかけ向上を支援するシステムの開発

 今週は博士課程2年の佐藤から「今年の研究計画」をご紹介いたします。”今年の”ということですので、現在取り組んでおります開発研究を中心にご紹介したいと思います。


■問題意識

 幼児のことばの習得は、主に親や先生など身近にいる大人との対話の中で行われています。やりとりを通して子どもは単語を覚えるだけでなく、自分の考えを相手に伝えたり、相手が言ったことの意味をくみとったり等、様々な処理を行なっています。一方大人の側では、子どものより高度な段階への発達を促すような語りかけを行なっています。子どものことばの習得における大人の役割については、非常に影響が大きいと考えられます。


■NarrativeSkillの研究

 Narrative Skill習得における親の役割に関する先行研究では、語りの引き出しが上手な親とそうでない親がおり、その差が子どもの語り方や考え方にまで影響しているという結果を示しています。アメリカの中流家庭の親の多くは、幼い頃から語りの引出しの工夫を行なっているそうです。具体的に親が果たすべき役割としては、子どもが語る全体のストーリーを想定して、まず話が膨らむようオープンエンドな質問をし、次に足りない部分を補足するよう促しを行なったりするそうです。


■研究目的

 本研究では、"子どものことばの習得を促す親の語りかけ"の向上を支援するシステム環境を構築します。システム構築においては、まず、先にも触れたNarrativeSkillの研究をはじめ、日本における幼児の語りについてや親子対話に関する先行研究についても調査分析を行います。特に、本研究で想定している支援対象=日本の幼稚園児の母親たちに、先行研究の様々な知見をどのように適用していくかについて、十分吟味する必要があると考えています。そこから支援原理を導き、システム環境を実装します。


■システムの開発

 本研究で開発する具体的なシステムは、
  「親子でお話作り」→「他親子のお話の評価」→「評価結果の共有」
という一連の流れを実施していくネットワークを介した学習環境です。
 親子の対話を録画し、動画をWeb上のコミュニティに投稿、それを相互評価し、その結果を皆で共有しあうというものです。相互評価や他親子の対話の閲覧から、他の親の語りの引き出しがどのように行われているのかを見ることで、自分との差異を認識したり、上手な方の方略を取り入れていくことを目標としています。


■今後の予定

 今後は、開発したシステム環境が有効であるのか評価するため、実際に親子に参加してもらい一連の流れを体験していただく予定です。ただし実際体験してもらうには、参加に対する動機付け、持続可能な活動自体の面白さ、システムのユーザビリティ等、解決すべき課題が山積みです。現在はシステム開発の途中なのですが、同時にこれらの課題も取り組みつつ、少しでも教育的に価値のあるものを作っていけたらと考えております。
 また、自身の博士の「幼児の物語行為を支援する学習システムの開発研究」という研究へと結びつく、有用な知見を見出していきたいと思います。


[佐藤朝美]

2008.04.10

【今年の研究計画】“いきいき”した大学研究室環境のデザインに関する実践研究

4月より修士課程に進学しました岡本絵莉といいます。
3月に京都大学文学部の基礎現代文化系情報・史料学専修を卒業し、山内研究室にやってきました。
今日は私の研究計画についてご紹介します。

●研究テーマ(案)は?
“いきいき”した大学研究室環境のデザインに関する実践研究

●研究の概要は?
大学の研究室を対象に、ワークショップを企画・実行します。
こうした実践を通じて、大学研究室のメンバー全員が“いきいき”して研究活動に邁進できる研究室環境のデザインに関する評価を行います。

●研究の背景は?
「大学の研究室」について、みなさまはどのようなイメージをお持ちでしょうか。
実は「研究室」という正式な組織は存在しないのですが、教員の下で複数の学生が教育を受け、研究活動を進める共同体を、ここでは「研究室」と呼ぶことにします。この研究室こそが、大学という巨大な組織の中で、研究やその成果の還元、教育といった重要な機能を果たす実質的な単位です。しかしこの大学研究室が、学問分野の細分化や縦割り制度の中で閉鎖的な組織になりがちであるという批判があります。研究室を統括する大学教員自身も、研究活動はもちろん、大学の運営業務や研究資金の獲得で多忙である場合がほとんどです。そもそも大学教員の多くは「研究者」として経験を積んできたにも関わらず、教育者・運営者といった全ての力を要求される現在の構造自体に問題があるのかもしれません。こうした状況の中で、大学の研究室に関する様々な問題が起こっています。だからこそ、研究室のメンバー全員が“いきいき”として研究活動に邁進できるような研究室環境のデザインについて考えることは重要であると考えています。

●研究の方法は?
企画したワークショップを、実際に大学の研究室において開催します。ワークショップの内容は、今のところ「研究室のアイデンティティ形成ワークショップ」「研究室の知識共有促進ワークショップ」「研究とは何かを理解しようワークショップ」などを考えています。

●評価の方法は?
本研究計画において評価を行いたいのは、「“いきいき”して研究活動に邁進できるような研究室環境のデザインに役立ったのか」という点です。しかしこれをそのまま検証することは困難であるため、たとえば以下のような項目を検証することを考えています。

・学生の研究テーマ決定までの時間が短くなったか?
・学生がひとりで悩んでいる時間が短くなったか?
・学生が、研究に必要となる基本的な技術が身を身につけたか?
・研究室内に、研究について気軽に議論する場や、協力し合う雰囲気が生まれたか?
・教員が学生の基本的な指導に使う時間が減ったか?

●さいごに
なぜ私が大学研究室についての研究を行いたいと思ったのかについて、書きたいと思います。
私は縁があって学部生の頃から研究者支援のNPO等に関わり、大学の研究者や研究室と接するチャンスがありました。その中で「自分の研究に熱中できる人」や「自分の研究室の文句を言う人」、「研究室の外に出て積極的に活動する人」はたくさんいましたが、自分が幸せに研究を行うための環境について考え、そこに働きかけようという人はあまりいないと感じたのです。だからまず周囲の方と協力して、大学の研究室に対する実践活動を始めました。こちらは現在も継続中ですので、興味のある方はご覧いただければ幸いです。(http://www.ikiiki-lab.org/) しかし、行き当たりばったりな実践をするだけではなく、それについて多角的に考察し、学術的に検証したいと思いました。それが、私が修士課程で本研究を行いたいと思った理由です。現在も計画を練っている途中の研究計画であるため、検討が必要な点も多々ありますが、前向きなトライ&エラーを重ねていこうと決意しています。

2008.04.08

【エッセイ】建築家が見る世界

赤門横の遅咲きの八重桜が咲きました。

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建築家・安藤忠雄氏は環境の中で建築を作る人です。福武ホールの壁が切れる先に、赤門と桜がある光景を細長い敷地を歩きながら思い浮かべていたのでしょう。

できあがって見るとなるほどと思えることでも、図面からは想像できないものです。この風景を敷地に重ねて見ることができるかどうか - そのインスピレーションはどこから生まれるのでしょうか。

専門家の所以は、普通の人には見えないものを見て、深い洞察のもとに形にしていけるかどうかにかかっています。想像力という手あかのついた言葉の先にあるもの、それこそが学びの核心なのかもしれません。

[山内 祐平]

2008.04.02

【今年の研究計画】プレゼンテーション・ソフトウェアと配布資料をキーワードに

 今年度より研究室で学ばせていただくことになりました大城と申します。

 私の研究テーマは目下模索中のため、正直なところ研究計画も未定なのですが、いくつか関心のあるキーワードがあります。今回は以下のキーワードのうちプレゼンテーション・ソフトウェアに関心を持つ理由について説明させていただきたいと思います。

1. プレゼンテーション・ソフトウェア
2. (1.を用いたプレゼンテーションを行う際に作成する)配布資料

■効率的で幅広い情報伝達が可能に

 プレゼンテーション・ソフトウェアには、情報量が多いという利点があると考えられます。授業という場を切り口にしてみても、黒板による講義と比較して、プレゼンテーション・ソフトウェアは、短時間に大量の情報を効率的に伝達することを可能にした点で、非常に画期的であると言えます。

 しかも、その「情報」の幅も広がりました。かつては黒板とチョークで書く以外には、模造紙やポスター等の静止画しか用いることができなかったのが、今やそれに加えて動画、音楽、さらにはインターネット上の情報を扱えるようになり、かつ、それらのさまざまな情報を、PCの画面上で瞬時に切り替えてスクリーンに提示することができるようになりました。

 しかし、いくつかの疑問もわいてきます。

■情報量の多さ

 1つ目は、本当に便利になったのか?ということです。確かに、プレゼンテーションを行う側にとっては効率的に伝えたい情報を伝えられるようになった点で大変便利になったと言えます。しかし、プレゼンテーションの受け手にとってはどうでしょうか。

  「情報量が多いこと」は、聞き手にとってメリットであると同時にデメリットともなることが考えられます。次々に新しいスライドが提示され、視覚的な刺激の多いプレゼンテーション・ソフトウェアは、聞き手に分かりやすいとも捉えられていますが、それには「分かったつもり」という感覚も含まれています。伝達される情報量の増加は、その内容の理解を深めることにただちにつながるとは言えません。

■突き詰めればスライドショー

 そしてもう1つの疑問があります。本当に情報の幅は広がったといえるのでしょうか?プレゼンテーション・ソフトウェアによって多様な形の情報を効率的に扱うことが可能になりましたが、突き詰めれば一方向的に情報の提示されるスライドショーであることに変わりはありません。これは、ある種の型であり、見方によっては制限であるとも言えます。むしろソフトウェアを用いない表現(話し手自身の語り、ジェスチャーなど)に、プレゼンテーションの面白さ・分かりやすさが表れていることもしばしばあります。

■既存のテクノロジーの使い方

 今まで述べてきたプレゼンテーション・ソフトウェアは大学の教育現場で広く普及しつつあり、すでにあって当たり前、使って当たり前のありふれたテクノロジーの一つになりつつあります。しかしながら、それと同時に、テクノロジーの良さをどう活かし、弱さをどう補強していくかという議論も広がっていかなければならないと思います。

 プレゼンテーション・ソフトウェアを用いて何らかの意図を持った説明がなされる際、聞き手の中で何が起こっているのか、話し手が聞き手に望むような内容理解がどの程度達成されているのかについて、話し手によって作成される配布資料という道具に焦点を当てながら、考えていきたいと思っています。

[大城 明緒]

2008.04.01

【エッセイ】たかが10%、されど10%

3月29日土曜日に、ヘルシンキ大学教授のSeppo Tellaさんをお招きして、BEAT Special Seminar 「未来の教育のために学校と家庭ができること- フィンランドと日本の対話」が開催されました。詳しい報告は、Seminar Reportページに掲載されますので、お楽しみに。
シンポジウムの最後に、教育における情報通信技術の役割の話が出て、Tellaさんが"Technology 10%, Education 90%"という発言をされました。私は平行しながら司会としてどうまとめるかを考えていたのですが、全く同じことを言おうと考えていたので、驚きました。
情報通信技術のようなハードな技術が教育にもたらすインパクトは10%程度であるというのが、長年この業界でやってきて体で覚えたルールです。
教育システムを導入したら、何か成績はあがるでしょうと言われることがありますが、これは大きな誤解です。そんなに学習は甘くないので、評価したら有意差なしということは日常的におこります。
それゆえ、教育や学習のプロセス全体を質の高いものに変えていくためには、技術だけでなく、組織や制度、文化まで視野に入れる必要が出てきます。今回、Tellaさんにはそういう大きなビジョンの素材を与えていただいたと思っています。
ただ、10%だから重要ではないということはありません。もし、持続的に学習のプロセスの10%を向上させることができれば、トータルで社会が受けるメリットははかりしれないものになります。
私はよく薬を例にひきます。解熱剤で人を健康にすることはできませんが、医療行為に解熱剤は欠かせないものです。教材や教育システムは薬のようなもので、それ単独で教育を成立させることはできませんが、そのプロセスにとって必要不可欠なものだと思います。
大きなビジョンと小さな技術、これが整合的に機能してはじめて質の高い教育が可能になるのでしょう。

[山内 祐平]

2008.03.27

【今年の研究計画】因果関係の発見を促す歴史授業のデザイン―テクノロジーを利用して―(池尻)

来年度から山内研で研究させてもらうことになりました、新M1の池尻と申します。
歴史学科を卒業してこの山内研にやってきました。本来は世界史の教師になろうと思っていたのですが、現在の歴史学習に疑問を持ってしまったため、まずは歴史学習を研究して改善しようと思った次第です。
今回は僕の研究計画を披露したいと思います。

■歴史って何?
まず、みなさんは歴史にどういうイメージをお持ちでしょうか?

ただ暗記するもの?
静的なもの?
全体像が見えないもの?
今の世の中では役に立たないもの?

大半の人はこういう回答をされるだろうと思います。しかし、歴史学科を卒業した者としてはっきりと言えることがあります。歴史はとてもダイナミックで、扱い方次第では未来を切り開く大きなヒントをもたらしてくれます。
歴史家の巨人、E.H.カーは「歴史とは現在と過去との対話である」と説明しています。これは、歴史に何か正しいものがあるというのは幻想で、各時代、各歴史家が「なぜこうなった?」というフィルターを通して過去を見ることで初めて歴史は意味を持つのだ、という内容です。もっと砕いて言うと、自分の現在の興味に照らし合わせて過去を見る。そこから見えてきた法則(因果関係)を未来に活かす。これこそが歴史の重要な点なのです。
だからこそ、あらゆる時代、あらゆる人物は、歴史から現在の問題を解決するための法則(因果関係)を探し出さなければいけない。というよりは、せっかく先人が身をもって明らかにしてくれた試行錯誤の結果を生かさないのはもったいないと僕は思っています。

■じゃあ歴史ってどう学ぶの?
みなさんは歴史を学んだことがあると思いますが、どれくらい覚えているでしょうか?もうすっかり忘れたという人も少なくないと思います。実は僕も高校で習った内容はほとんど忘れてしまいました。そして、実は歴史の教授も自分の専門外の歴史はほとんど覚えていません。
しかし、歴史家にあって一般人にない決定的ものがあります。それは上で話した、法則(因果関係)を見つけるスキルです。実はこれがないと、歴史から現在の問題を解決するヒントを見出すことはできません。
では、学校で行われている現在の歴史学習はどうでしょう?やはり受験勉強のために暗記中心になっているものが多いというのが実状でしょう。もちろん、大半の先生は歴史の流れや因果関係も教えているでしょうが、因果関係を見つけるスキルを実際に子供達に教えて、さらに現実に活かさせようとしている先生は少ないのではないでしょうか。
もちろん暗記も大切ですが、子供達が自分達の関心に基づいて、子供達なりに歴史から法則(因果関係)を見つけるという学習を組み込む授業設計が必要だと僕は思います。

■じゃあどうやってそのスキルを教えるの?
これを教えようとしている試みは海外、国内共に昔からあります。でもほとんどは知識習得を軽視しており、無責任な教育だと非難されてきました。これは現在の教育と同じで、教師主導への反動として児童主導にしたことに対する批判です。僕としては、どちらかの立場だけで教育を行うことは無理だろうと感じています。そこで、両者をバランス良く組み込めるような授業をデザインすることが研究者の使命だろうと思います。
では歴史学習において、いかに知識を習得させつつスキルも育てるのか。これはかなりの難問です。何故なら、他の教科に比べて歴史の持つ知識量は膨大すぎるためです。また、世界史の場合に特に顕著ですが、国や時代が多様すぎて、系統的に教えることすら難しいのです。これをどう解決するか。一年かけてじっくりと考えていきたいと思います。

■希望の光―テクノロジー―
これを解決する際の鍵は、おそらくテクノロジーだろうと僕は踏んでいます。現在、歴史史料のアーカイブ化がどんどん進んでおり、今までは入手困難だった海外の史料も手に入りつつあります。歴史学習におけるインフラ整備は確実に進んでいると言えるでしょう。
また、コンピューターは歴史における大量の知識を詰め込むことも、検索することも、また人目でわかるように表示することも可能です。この特性を考えれば、歴史授業をデザインする際にテクノロジーは多くの問題を解決してくれるでしょう。

まだまだ未完成な研究案ですが、将来的には学校現場の歴史授業を初め、博物館や美術館、企業などでも、歴史を通して新たな知見を生んでいけるテクノロジーをデザインし、温故知新型の社会を作っていきたいと考えております。

長々とお読みいただき、ありがとうございました。

[池尻良平]

2008.03.26

【お知らせ】情報学環・福武ホール竣工

本日3月26日(水)に、情報学環・福武ホールが竣工を迎えました。

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(安藤先生記念講演の様子)

※毎日インタラクティブに記事が掲載されました。
http://mainichi.jp/life/edu/news/20080326mog00m100051000c.html
※写真特集はこちらからどうぞ。
http://mainichi.jp/life/graph/20080326/2.html

竣工記念式典に足をお運びいただいた方々、式典を支えていただいた多くの関係者の方々に厚くお礼申し上げます。

竣工と同時にウェブサイトもオープンしました。今後、イベント情報なども掲載していきますので、ぜひご覧ください。

http://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/

[山内 祐平]

2008.03.21

【今年の研究計画】授業分節間情報の明示的記録と効果 -学習指導案を共有情報として残すために-

 お待たせをしました。今回はわたくし林向達が研究計画を披露させていただきます。最近,家賃安い部屋に引っ越したんですが,そこはインターネット圏外。そんな生活が始まり,解放された部分もあれば,メールやブログの更新には大変不便ということで,いかに自分の日常がインターネットにどっぷり浸かっていたのか思い知っている今日この頃です。

 さて,そんな雑談から始めてますが,私の研究とどんな関係があるのか。思うに「インターネットにどっぷり浸かる」という日常は,遅かれ早かれ学校教育現場にもやってくるだろうということです。そんな学校教育の日常が(先行している世間の日常にようやく追いついて)訪れたとき,先生達の教育活動のノウハウも当然その上で目まぐるしく行き交うことになるだろうことも,容易に想像がつくと思います。


■研究で明らかにしていく「授業分節間情報」とは

 私の研究は,副題が示すように,学習指導案を共有情報として残す際に必要な事柄を考えようとするものです。その際の鍵になる概念が「授業分節間情報」と私が呼んでいるメタ情報です。

 メタ情報の「メタ」とは,「高次の」という意味を表します。一般的には,メタ情報というのは「キーワード」とか「検索語」とか呼ばれているものがこれにあたります。つまり「情報を指し示す情報」といった働きをもつもので,少し上から目線で「対象の情報」を「説明する情報」がメタ情報だと思えばよいです。

 私の研究の文脈でいえば,学習指導案の内容に対して,それを説明・解説するような情報のことをメタ情報と考えています。この場合,学習指導案が「対象の情報」で,授業分節間情報を「説明する情報」と考えます。

 私が自分の研究で考えて明らかにしたいことは,この「授業分節間情報」って意外と大事じゃない?ということです。

 「授業分節間情報」ってのは私が捻り出した言葉ですので,調べても出てきません。ただ,考え方は大変シンプルで,それに当てはまるもの自体は,あちこちに遍在しています。そして,私の研究に価値があるとすれば,あちこち遍在しているものをこの言葉でギュ〜と集めて,教育学や情報学や心理学や工学といった各分野の素材と調味料を使って料理に仕上げようとしているところです。

 簡単に説明すると,授業とはいくつかの分節で成り立っており,その分節同士の関係性や接続性を明示する情報のことになります。それってかつてフローチャートとか何かでやろうとしたことか?との問いに対する答えは,無関係ではないが同じことをしようと思っているわけではない,です。


■徒然なるまま共に歩んできた「学習指導案」

 それにしても「学習指導案」とは,摩訶不思議なものです。これまでの学術研究に,学習指導案を題材に取り上げたものは幾つもありましたが,取り上げられる学習指導案の顔つきはそれぞれで微妙に異なっています。まさに羅生門的であり,学習指導案の本当の姿なるものがあるのかどうかさえ藪の中…。

 実際,学習指導案と書いた場合に,それが指し示す範囲は広く曖昧ですし,また実物の様式も現場や作成者個人あるいは目的に応じて異なってしまうのが常識とされ,正しい様式「ザ・学習指導案」はこれ!というものは無いと考えるのがこれまでの共通認識のようです。
 かつては,この多様で煩雑な様式を克服した上で,学習指導案作成システムをつくろう!なんて研究もありましたが,この成果を踏まえたシステムが現場で大活躍しているニュースは聞いたことがありません。

 そんな風に掴み所のないまま,時の流れに身を任せて学校教育現場と徒然に歩んできた「学習指導案」も,気がつけばコンピュータ・ネットワーク,つまりインターネットの時代にまで生き残りました。いやはや,それはそれで立派なことです。学習指導案というものが現場にとっては捨てられない概念や価値を持っていたと考えてもいいのでしょう。
 あるいは単に捨てる機会もなく,ここまで徒然にやってきてしまったのなら,この機会に関係を見直すのも悪くはないはずです。とにかく,学習指導案をインターネットなどの情報技術で扱うため,議論の俎上に乗せる必要があると考えるのです。


■学習指導案2.0?

 余計な言葉や言い回しの多い私の文章に,すっかり振り回されてしまっているかも知れません。少し雑談モードを緩めて,小難しモードで書いてみたいと思います。

 私の基本認識は「学校現場に向けられた情報支援は,現状十分ではない」というものです。情報通信社会という言葉を通り過ぎ,ユビキタス社会も夢ではなくなってきた今日で,学校や教師に提供される知の道具や素材の実態がどうであるのか。地域や学校の違いがあるとはいえ,全体として(控えめに表現しても)「乏しい」というのが現実です。

 教師の仕事の中心は授業であるともいえますが,それ以外にも様々な顔を持つ仕事を勘案すると,私には「知のナビゲーター」とか「情報のコンシェルジェ」的な存在にも思えるのです。
 そんな呼び方を念頭に置きつつ,もう一度,教師への情報支援の実態がどうであるのかを考えたとき,今日の教師が乏しい支援の現実にあって,それでもなお学校教育の現場を誠実に支えようと努力していることに驚くほかないのです。
 そして,そのような現実に向けて,教師の資質向上と称した「研修」といった方法で策を講じることばかり考えている教育改革議論にも限界があるように思えるのです。

 そのような議論も大事であると踏まえた上で,そこを乗り越えるために足りないものは何か。もう少し現場の近くで考えていくことが必要であろうと思います。その一つとして,本研究で取り上げるのが「学習指導案」であり,これをパワーアップすることでよい効果が生まれるのではないかと考えているのです。授業分節間情報という言葉と概念も,そのためのアイデアです。


■記録は大事

 しかし,先ほどからの駄文を踏まえると,「学習指導案」に固定化した形式はなく,そのうえ,現実問題として学習指導案を一つひとつの授業について作成しているわけではない。それは本当にブレークスルーを考えるための素材となり得るのか。といったような疑問も当然あるでしょう。

 しかし,同時に,学習指導案は長いこと教育現場とともにありました。おそらく,その固定した実体の無さこそが,多様性に富む教育実践や授業の計画を記すのに都合がよかったのでしょう。それは柔軟性であったともいえます。

 この柔軟性によって,本来,授業の計画を記すために作成されていた学習指導案は,同時に学習指導の結果をそこに含むことも可能でした。授業実践記録に取り込まれる形で学習指導案は記述され,たとえば授業研究の場の資料として提供されたり,公開研究会の紀要に掲載されたりしてきたのです。

 このような記録として学習指導案という存在を考えた場合,そこに注目する重要性はますます増してくるだろうと思われるのです。そして実際,日本だとNICERといったデータベースの教育支援サービスによって,教育リソース(教育資源)が蓄積され,現場に向けて提供されているわけです。

 あれ?すでにそのような教育の情報支援サービスが提供されているのであれば,何が問題なのでしょうか。


■蓄積されても使えない

 データベース化とは,電子化による一元管理の実現を意味します。それは記録フォーマットや検索キーワードなど,メタデータ(メタ情報)の貴重な議論が展開された成果ではあります。しかし,それはデータベース化する以前の情報を,データベースの中で上手に統一的に表象しようという努力に他なりません。言い換えれば,データベースの登録数を増やすプラス手段の方法論なのです。

 しかし,私たちが情報を利用する場合,数ある中から必要なものを選ぶ必要があります。これが検索技術の役目です。おかげさまで私たちの住む世の中は,多くのものがデータベース化を達成し,それを実際に利用しようというフェーズになっています。GoogleやYahoo!などが検索企業として注目を集めるような時代になったのも,こうした社会背景があるためです。検索で行なっているのは,どうしたら膨大な情報から必要なものだけ取り出すのかということ。つまり逆に言えば,膨大な情報群から不必要情報を差し引くマイナス手段の方法論ということになります。

 このような観点から考えた場合,教育の周辺における情報支援環境は,プラス手段の方法論で取り組まれたものがなくはない(NICERみたいなものはある)が,それとて十分あるとはいえない。そして,そこから先,マイナス手段の方法論での取り組みは,おそらくまだまだこれからだろうということです。

 世間の皆さん的に,Web2.0はもう当たり前で言葉の方が廃れ始めている感じだとは思いますが,その表現を教育世界に照らして使ってみると,Web1.0相当のことが途上中,Web2.0相当のことは本当にあるの?ってな感じなのです。
 けれども,Web2.0相当のことが将来的には学校教育にも起こるだろう。いや起こしてみせようではないか。それくらいの気概を持ってやってるんだオレたちは…という雰囲気です。


■研究計画に戻って…

 ちょっと熱くなってしまいましたね。研究にはパッションも必要ということで…。

 さて,何の話でしたっけ?ああ,研究計画でした。


■授業分節間情報の提案と実証を試みる

 授業実践の記録としての可能性を持つ学習指導案,そこには教師の授業実践に関するノウハウ(実践知)を残す余地もあると考えます。それがデータベース化されて共有できれば,お互いの知の交換によって学校の授業の質が確保されたり向上できるとも考えています。少なくとも,そのための努力をバックアップするものにはなるはずです。

 しかし,単なるデータベース化は,プラス手段の方法論に基づく成果でしかありません。今日,私たちはどうすれば必要な情報を得て,それを活用できるのかという問題に直面しています。教育現場にとっては,そのことがすぐに問題となるのです。これは膨大な情報を削ぎ落とすようなマイナス手段の方法論に基づく成果が期待されているということです。

 情報をマイナスしていくには,情報の選別をしなければなりません。情報の選別の基準となる情報は,データベースの検索というレベルであればキーワードなどのメタ情報になります。それでは,内容本体の利用というレベルに関してはどうでしょうか。内容本体(対象の情報)を「説明する情報」を基準に選別していく必要があるのではないか。さらにいえば,この「説明する情報」は,情報活用に際して,非常に重要な役目を演じられるのではないか。

 本研究では,ここに授業分節間情報というものを提案したい。そして,これは紙の世界に戻ってきても適用できるものでありたいと考えています。それもできる限り従来の延長線上で。そのため,これは技術(コンピュータなどを使う)ではなく,一種の技法や手法(学習指導案を共有できる授業記録として扱う書き方といった程度)だと考えています。

 本研究は,授業分節間情報というものを明示的に記録するという一技法・手法を文献研究や調査を踏まえて提案し,それによって本当にこちらが意図するように情報の活用が促進されるのかどうか。そのことを実験してみよう考えています。

 それによって,学校や教師への情報支援が豊かになることに(50年後ぐらい)少しでも貢献できるといいなと思います。未来の時代にも,授業分節間情報によって私たちの時代の学習指導案や教育の実践知が参照され活用され続けることを期待したいのです。とはいえ,果たして未来の教育はどんな姿をしているのでしょうか。


 
■協力者募集中…

 アンケート調査や実験課題を小学校現場の先生方の協力で行ないたいと考えています。まだ質問紙も内容も,実験の準備もこれからですが,関心のある先生方の協力が得られたらと考えています。もっともこの内容を読んだ皆様からは,自動的に実験参加資格が薄らいでいくという悲しいお話がありますが…。でもアンケート調査にご協力いただけると,とても有り難いです。呼びかけた際には是非ご協力お願いします。

 
[林 向達]

2008.03.18

【お知らせ】UT Cafe BERTHOLLET Rouge オープン

3月17日(月)午前11時に、福武ホール赤門側角にUT Cafe BERTHOLLET Rouge (ベルトレ ルージュ)がオープンしました。

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以下 毎日.jpより引用します。

東大:学内でカフェをプロデュース 「UTCafe」17日オープン

 東京大学は17日、同大がプロデュースした「UTCafe」をオープンする。東京都文京区の本郷キャンパス「赤門」近くに完成する新校舎「情報学環・福武ホール」の一角にあり、軽食、コーヒー、酒類を出す。同大の研究者や研究成果を紹介する場にする狙いで、通常営業のほか、4月から1カ月に1度、同大の研究者と一般客とのトークイベントを開催する。

 福武ホールは建築家で同大特別栄誉教授の安藤忠雄さんが設計。店舗は無印良品アドバイザーの原研哉さんがデザインし、東京・青山にある「ル カフェ ベルトレ」のオーナーシェフ、柳舘功さんが運営に当たる。同大大学院情報学環の吉見俊哉・学環長は「新しい知を生み出すには、食べながら、飲みながら談論する場が必要で、そのためにはおいしい食事とワイン、コーヒーが必要。カフェを『知が出合う場』にしたい」と話した。

 本郷キャンパス内には既に、スターバックスやドトールなどカフェチェーン店があるが、情報学環の山内祐平准教授は「既存のチェーン店ではトークイベントの開催など大学との連携が難しく、独自にプロデュースした」と理由を説明。研究者の話を“拝聴”するのではなく、会話を楽しめるよう、トークイベントの定員は15人程度にするという。

 「UTCafe」の座席数は店内24、オープンスペース24。ブレンドコーヒーや日替わりランチ、生ビールなどのほか、同大の研究成果を広めるため「東大サプリメント 体力式アミノ酸」を使ったジュース「ボーテ・ド・オランジュ」、沖縄戦で失われたといわれていた酵母を同大研究所が復活させた泡盛「御酒」(うさき)なども提供する。営業時間は午前11時~午後9時半。

 トークイベントは予約制。26日にオープンするウェブサイトから申し込む。4月は本郷和人・史料編纂所准教授、5月は鈴木康広・先端科学技術研究センター特認助教が登壇する予定。【岡礼子】


オープン直後に、早速ランチプレートをいただきました。

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日替わりで、この日は牛肉の煮込みです。柔らかい牛肉のかたまりがごろごろ入っており、フレンチシェフ柳舘さんの作る深い味わいのソースとあいまって、とてもおいしかったです。みなさまもぜひお楽しみください。

13日には記者発表とカフェイベント UTalkの第1回が開かれました。アミノ酸の研究者で、東大サプリメント「体力式・乾杯式」を開発された大谷勝さんにおいでいただき、製品の裏側にある研究をどうして始めようと思ったのかについてお話ししてもらいました。参加者からもたくさん質問が出て、とてもよい雰囲気で終わることができました。コーディネートしていただいた佐藤さん、森さん、ありがとうございました。

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このカフェ、夜にはお酒も出ます。昨日は柳舘シェフとそのお仲間の方がたと飲みながらひとしきりお話しさせていただきました。こういうサロン的な場から、新しい文化が生まれることを期待しています。

[山内 祐平]

2008.03.15

【今年の研究計画】ベテラン実践家によるワークショップデザインに関する研究ー実践家が捉える「場」の利用可能性ー

■「ワークショップ」とは
ワークショップという言葉を聞いた事がありますか?
ワークショップを見かけた事がありますか?
ワークショップに参加した事がありますか?
ワークショップをお手伝いしたことがありますか?
ワークショップのファシリテーションをしたことがありますか?
ワークショップをデザインしたことがありますか?

ワークショップとは、「講義など一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学びあったり創り出したりする学びと創造のスタイル」(中野,2001)です。
体験をもとに私の言葉に翻訳してみると、参加して、体験して、ちょっと自分の壁を壊したり、いつもは開かないようなところをオープンにしてみたり、そうこうしているうちに夢中になって、後から振り返ってみると、あれ?これってもしかして…という、ちょっとだまされたような、でもそれが心地良かったりする学びのスタイルです。

■学びの場
ワークショップでの学びには何か決まった形式があるわけではなく、参加者が実際に体を動かしたり、何かを作ったり、話し合ったり、発表したり、といった体験によって得られるものです。
参加者一人一人が何を得るかは、その人次第です。
何か一つのことを一方的に伝達するのであれば、教師と向き合って整列した人たちに教えるのが一番適している、効率的であると言えるかもしれません。
ところがワークショップでの学びは、「○○について全員に教えなければならない」というスタイルではありません。
ワークショップの実践家は活動をデザインすることはもちろん、それをどんな場で行うのか、どんな道具を使うのか、それをファシリテーターがどんな風にサポートするのか、などということを含めて総合的に「学びの場」を創り出しています。
まるで、それまで静かにおとなしくしていた空間が命を吹き込まれ、日常とは異なる場へと変えられるようです。

■「使い方」のデザイン
ところで、私は山内研究室にくる以前、建築学科というところにいました。
建築が作られる時に、この場所はこんな風に使われるだろう、使ってほしい、という意図があると思いますが、一方でそれが使い手に伝わらない事も多々あるのではないでしょうか。
もちろん、使い手が創造的にその空間を使うということは、とても魅力的なことだと思います。
でも、送り手と受け手の隙間を、もう少し埋めてもいいのではないかと、建築学科にいた頃の私は考えていました。
ワークショップの実践家達は、与えられた空間に「可能性」を見出し、そこでの活動をデザインし、その空間にいきいきと人が居る「状況」をデザインしています。
彼らは必ずしも空間の専門家ではないけれども、豊富な経験から、空間の利用可能性という送り手からのメッセージと、使い手(参加者)の動き方、反応、思いをつなげる存在であると言えるのではないでしょうか。

■ベテランの「頭の中」
ミュージアム、学校、大学、まち、企業などなど…「ワークショップ」という言葉を耳にする機会が増え、美術館、公民館、教室、体育館、会議室、スタジオ、カフェ、など、様々な場所がこの新しい学びの舞台となっています。

私は、ある空間がどのようにして学びの場、学びの舞台となっていくのかというプロセスに関心があります。
そこで、ベテランのワークショップ実践家のデザインプロセスにおける、「頭の中」をのぞいてみたいと思っています。
彼らがワークショップをデザインする際に、与えられた空間をどのように捉えているのか、その上でどんな活動をデザインし、場をしつらえていくのかということを明らかにしたいと考えています。
私は「場」と「活動」は切り離せない、相互に影響し合う関係だと思っています。
実践家が、どのようにしてその関係性を作っているのか、その関係の間を行き来しているのかということを追究してみたいと思います。
ベテラン実践家の「頭の中」を明らかにするため、Think Aloudという手法を用い、できたばかりの福武ホールで実験を行う予定です。

[牧村真帆]

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