2008.04.01

【エッセイ】たかが10%、されど10%

3月29日土曜日に、ヘルシンキ大学教授のSeppo Tellaさんをお招きして、BEAT Special Seminar 「未来の教育のために学校と家庭ができること- フィンランドと日本の対話」が開催されました。詳しい報告は、Seminar Reportページに掲載されますので、お楽しみに。
シンポジウムの最後に、教育における情報通信技術の役割の話が出て、Tellaさんが"Technology 10%, Education 90%"という発言をされました。私は平行しながら司会としてどうまとめるかを考えていたのですが、全く同じことを言おうと考えていたので、驚きました。
情報通信技術のようなハードな技術が教育にもたらすインパクトは10%程度であるというのが、長年この業界でやってきて体で覚えたルールです。
教育システムを導入したら、何か成績はあがるでしょうと言われることがありますが、これは大きな誤解です。そんなに学習は甘くないので、評価したら有意差なしということは日常的におこります。
それゆえ、教育や学習のプロセス全体を質の高いものに変えていくためには、技術だけでなく、組織や制度、文化まで視野に入れる必要が出てきます。今回、Tellaさんにはそういう大きなビジョンの素材を与えていただいたと思っています。
ただ、10%だから重要ではないということはありません。もし、持続的に学習のプロセスの10%を向上させることができれば、トータルで社会が受けるメリットははかりしれないものになります。
私はよく薬を例にひきます。解熱剤で人を健康にすることはできませんが、医療行為に解熱剤は欠かせないものです。教材や教育システムは薬のようなもので、それ単独で教育を成立させることはできませんが、そのプロセスにとって必要不可欠なものだと思います。
大きなビジョンと小さな技術、これが整合的に機能してはじめて質の高い教育が可能になるのでしょう。

[山内 祐平]

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