2008.03.21

【今年の研究計画】授業分節間情報の明示的記録と効果 -学習指導案を共有情報として残すために-

 お待たせをしました。今回はわたくし林向達が研究計画を披露させていただきます。最近,家賃安い部屋に引っ越したんですが,そこはインターネット圏外。そんな生活が始まり,解放された部分もあれば,メールやブログの更新には大変不便ということで,いかに自分の日常がインターネットにどっぷり浸かっていたのか思い知っている今日この頃です。

 さて,そんな雑談から始めてますが,私の研究とどんな関係があるのか。思うに「インターネットにどっぷり浸かる」という日常は,遅かれ早かれ学校教育現場にもやってくるだろうということです。そんな学校教育の日常が(先行している世間の日常にようやく追いついて)訪れたとき,先生達の教育活動のノウハウも当然その上で目まぐるしく行き交うことになるだろうことも,容易に想像がつくと思います。


■研究で明らかにしていく「授業分節間情報」とは

 私の研究は,副題が示すように,学習指導案を共有情報として残す際に必要な事柄を考えようとするものです。その際の鍵になる概念が「授業分節間情報」と私が呼んでいるメタ情報です。

 メタ情報の「メタ」とは,「高次の」という意味を表します。一般的には,メタ情報というのは「キーワード」とか「検索語」とか呼ばれているものがこれにあたります。つまり「情報を指し示す情報」といった働きをもつもので,少し上から目線で「対象の情報」を「説明する情報」がメタ情報だと思えばよいです。

 私の研究の文脈でいえば,学習指導案の内容に対して,それを説明・解説するような情報のことをメタ情報と考えています。この場合,学習指導案が「対象の情報」で,授業分節間情報を「説明する情報」と考えます。

 私が自分の研究で考えて明らかにしたいことは,この「授業分節間情報」って意外と大事じゃない?ということです。

 「授業分節間情報」ってのは私が捻り出した言葉ですので,調べても出てきません。ただ,考え方は大変シンプルで,それに当てはまるもの自体は,あちこちに遍在しています。そして,私の研究に価値があるとすれば,あちこち遍在しているものをこの言葉でギュ〜と集めて,教育学や情報学や心理学や工学といった各分野の素材と調味料を使って料理に仕上げようとしているところです。

 簡単に説明すると,授業とはいくつかの分節で成り立っており,その分節同士の関係性や接続性を明示する情報のことになります。それってかつてフローチャートとか何かでやろうとしたことか?との問いに対する答えは,無関係ではないが同じことをしようと思っているわけではない,です。


■徒然なるまま共に歩んできた「学習指導案」

 それにしても「学習指導案」とは,摩訶不思議なものです。これまでの学術研究に,学習指導案を題材に取り上げたものは幾つもありましたが,取り上げられる学習指導案の顔つきはそれぞれで微妙に異なっています。まさに羅生門的であり,学習指導案の本当の姿なるものがあるのかどうかさえ藪の中…。

 実際,学習指導案と書いた場合に,それが指し示す範囲は広く曖昧ですし,また実物の様式も現場や作成者個人あるいは目的に応じて異なってしまうのが常識とされ,正しい様式「ザ・学習指導案」はこれ!というものは無いと考えるのがこれまでの共通認識のようです。
 かつては,この多様で煩雑な様式を克服した上で,学習指導案作成システムをつくろう!なんて研究もありましたが,この成果を踏まえたシステムが現場で大活躍しているニュースは聞いたことがありません。

 そんな風に掴み所のないまま,時の流れに身を任せて学校教育現場と徒然に歩んできた「学習指導案」も,気がつけばコンピュータ・ネットワーク,つまりインターネットの時代にまで生き残りました。いやはや,それはそれで立派なことです。学習指導案というものが現場にとっては捨てられない概念や価値を持っていたと考えてもいいのでしょう。
 あるいは単に捨てる機会もなく,ここまで徒然にやってきてしまったのなら,この機会に関係を見直すのも悪くはないはずです。とにかく,学習指導案をインターネットなどの情報技術で扱うため,議論の俎上に乗せる必要があると考えるのです。


■学習指導案2.0?

 余計な言葉や言い回しの多い私の文章に,すっかり振り回されてしまっているかも知れません。少し雑談モードを緩めて,小難しモードで書いてみたいと思います。

 私の基本認識は「学校現場に向けられた情報支援は,現状十分ではない」というものです。情報通信社会という言葉を通り過ぎ,ユビキタス社会も夢ではなくなってきた今日で,学校や教師に提供される知の道具や素材の実態がどうであるのか。地域や学校の違いがあるとはいえ,全体として(控えめに表現しても)「乏しい」というのが現実です。

 教師の仕事の中心は授業であるともいえますが,それ以外にも様々な顔を持つ仕事を勘案すると,私には「知のナビゲーター」とか「情報のコンシェルジェ」的な存在にも思えるのです。
 そんな呼び方を念頭に置きつつ,もう一度,教師への情報支援の実態がどうであるのかを考えたとき,今日の教師が乏しい支援の現実にあって,それでもなお学校教育の現場を誠実に支えようと努力していることに驚くほかないのです。
 そして,そのような現実に向けて,教師の資質向上と称した「研修」といった方法で策を講じることばかり考えている教育改革議論にも限界があるように思えるのです。

 そのような議論も大事であると踏まえた上で,そこを乗り越えるために足りないものは何か。もう少し現場の近くで考えていくことが必要であろうと思います。その一つとして,本研究で取り上げるのが「学習指導案」であり,これをパワーアップすることでよい効果が生まれるのではないかと考えているのです。授業分節間情報という言葉と概念も,そのためのアイデアです。


■記録は大事

 しかし,先ほどからの駄文を踏まえると,「学習指導案」に固定化した形式はなく,そのうえ,現実問題として学習指導案を一つひとつの授業について作成しているわけではない。それは本当にブレークスルーを考えるための素材となり得るのか。といったような疑問も当然あるでしょう。

 しかし,同時に,学習指導案は長いこと教育現場とともにありました。おそらく,その固定した実体の無さこそが,多様性に富む教育実践や授業の計画を記すのに都合がよかったのでしょう。それは柔軟性であったともいえます。

 この柔軟性によって,本来,授業の計画を記すために作成されていた学習指導案は,同時に学習指導の結果をそこに含むことも可能でした。授業実践記録に取り込まれる形で学習指導案は記述され,たとえば授業研究の場の資料として提供されたり,公開研究会の紀要に掲載されたりしてきたのです。

 このような記録として学習指導案という存在を考えた場合,そこに注目する重要性はますます増してくるだろうと思われるのです。そして実際,日本だとNICERといったデータベースの教育支援サービスによって,教育リソース(教育資源)が蓄積され,現場に向けて提供されているわけです。

 あれ?すでにそのような教育の情報支援サービスが提供されているのであれば,何が問題なのでしょうか。


■蓄積されても使えない

 データベース化とは,電子化による一元管理の実現を意味します。それは記録フォーマットや検索キーワードなど,メタデータ(メタ情報)の貴重な議論が展開された成果ではあります。しかし,それはデータベース化する以前の情報を,データベースの中で上手に統一的に表象しようという努力に他なりません。言い換えれば,データベースの登録数を増やすプラス手段の方法論なのです。

 しかし,私たちが情報を利用する場合,数ある中から必要なものを選ぶ必要があります。これが検索技術の役目です。おかげさまで私たちの住む世の中は,多くのものがデータベース化を達成し,それを実際に利用しようというフェーズになっています。GoogleやYahoo!などが検索企業として注目を集めるような時代になったのも,こうした社会背景があるためです。検索で行なっているのは,どうしたら膨大な情報から必要なものだけ取り出すのかということ。つまり逆に言えば,膨大な情報群から不必要情報を差し引くマイナス手段の方法論ということになります。

 このような観点から考えた場合,教育の周辺における情報支援環境は,プラス手段の方法論で取り組まれたものがなくはない(NICERみたいなものはある)が,それとて十分あるとはいえない。そして,そこから先,マイナス手段の方法論での取り組みは,おそらくまだまだこれからだろうということです。

 世間の皆さん的に,Web2.0はもう当たり前で言葉の方が廃れ始めている感じだとは思いますが,その表現を教育世界に照らして使ってみると,Web1.0相当のことが途上中,Web2.0相当のことは本当にあるの?ってな感じなのです。
 けれども,Web2.0相当のことが将来的には学校教育にも起こるだろう。いや起こしてみせようではないか。それくらいの気概を持ってやってるんだオレたちは…という雰囲気です。


■研究計画に戻って…

 ちょっと熱くなってしまいましたね。研究にはパッションも必要ということで…。

 さて,何の話でしたっけ?ああ,研究計画でした。


■授業分節間情報の提案と実証を試みる

 授業実践の記録としての可能性を持つ学習指導案,そこには教師の授業実践に関するノウハウ(実践知)を残す余地もあると考えます。それがデータベース化されて共有できれば,お互いの知の交換によって学校の授業の質が確保されたり向上できるとも考えています。少なくとも,そのための努力をバックアップするものにはなるはずです。

 しかし,単なるデータベース化は,プラス手段の方法論に基づく成果でしかありません。今日,私たちはどうすれば必要な情報を得て,それを活用できるのかという問題に直面しています。教育現場にとっては,そのことがすぐに問題となるのです。これは膨大な情報を削ぎ落とすようなマイナス手段の方法論に基づく成果が期待されているということです。

 情報をマイナスしていくには,情報の選別をしなければなりません。情報の選別の基準となる情報は,データベースの検索というレベルであればキーワードなどのメタ情報になります。それでは,内容本体の利用というレベルに関してはどうでしょうか。内容本体(対象の情報)を「説明する情報」を基準に選別していく必要があるのではないか。さらにいえば,この「説明する情報」は,情報活用に際して,非常に重要な役目を演じられるのではないか。

 本研究では,ここに授業分節間情報というものを提案したい。そして,これは紙の世界に戻ってきても適用できるものでありたいと考えています。それもできる限り従来の延長線上で。そのため,これは技術(コンピュータなどを使う)ではなく,一種の技法や手法(学習指導案を共有できる授業記録として扱う書き方といった程度)だと考えています。

 本研究は,授業分節間情報というものを明示的に記録するという一技法・手法を文献研究や調査を踏まえて提案し,それによって本当にこちらが意図するように情報の活用が促進されるのかどうか。そのことを実験してみよう考えています。

 それによって,学校や教師への情報支援が豊かになることに(50年後ぐらい)少しでも貢献できるといいなと思います。未来の時代にも,授業分節間情報によって私たちの時代の学習指導案や教育の実践知が参照され活用され続けることを期待したいのです。とはいえ,果たして未来の教育はどんな姿をしているのでしょうか。


 
■協力者募集中…

 アンケート調査や実験課題を小学校現場の先生方の協力で行ないたいと考えています。まだ質問紙も内容も,実験の準備もこれからですが,関心のある先生方の協力が得られたらと考えています。もっともこの内容を読んだ皆様からは,自動的に実験参加資格が薄らいでいくという悲しいお話がありますが…。でもアンケート調査にご協力いただけると,とても有り難いです。呼びかけた際には是非ご協力お願いします。

 
[林 向達]

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