2017.02.21
M2の杉山です。前回の記事よりお送りしている2016年度の振り返りを書こうと思います。
今年度はなんといっても、修士論文の執筆が大きな出来事でした。問題を設定し、調査を行い、分析・執筆を行う、という研究のプロセスをはじめてちゃんと経験したことで、大変だったけど少しだけ勝手が分かったかな、という気分にもなっています。
昨年度の振り返りを見返してみると「問うべき問いを問うために」とタイトルをつけ、M1の自分は「アマチュアを研究する意義はどこにあるのか」を述べるのに苦労していました。実はこの問題は本年度に入っても相変わらず私を苦しみ続け、4月、5月とかなり悩む日々が続きます。「研究したいから研究する」「自分が知りたいことを学術用語で言い換えてみただけ」のような状態は、昨年の秋どころか、今年に入っても続いていました。「なんでアマチュアを研究する必要があるのかわからない」と面と向かって指摘されたこともありました。
修士論文を書き上げた今、その問題には一応の解決を与えることができたように思います。どのようにして解決することができたのか。それを考えてみると、「アマチュアを包含するカテゴリーに出会った」ことが重要だったように思います。そのカテゴリーとはすなわち「余暇」です。修士論文は「アマチュア・オーケストラ団員たちの興味の深まり――余暇における追求と学習環境」というタイトルになりましたが、余暇の生き方のひとつとして「アマチュアとして趣味を追求すること」を位置づけたことで、「アマチュアを研究する意義」をとても考えやすくなりました。近現代の人間にとって余暇を生きることは生活における主要な関心のひとつですが、そのなかで気晴らしでも休息でもなく追求という余暇の生き方をとり、仕事とは別の形で自らの生活・人生をつらぬく意味を見出すことに価値を見出す人は必ずやいるだろう――という言い方ができるようになったのです。
考えてみれば当然なのですが、「Aというものに注目する意義」を述べるには、A以外のBやCといった選択肢を比較したうえでAの価値を見出すのが自然なやり方です。そしてこの方法を使うには、AやB、Cを包含するようなXというカテゴリーが必要になります。Xがなければ、A、B、Cを同じグループとして比較することはできないからです。私の場合Aに当てはまるのがアマチュアですが、アマチュアに注目する意義を述べることは、余暇というXがあって初めて可能になったのでした。これがなければ、いつまでたってもAだけを取り上げて「大事だから大事」「研究すべきだから研究する」という駄々をこね続けなければならなかったでしょう。
もちろん、Xに入るものを「余暇」に限定してしまう必要はありません。たとえば「芸術家の身分」というXのもとに、「プロフェッショナル」や「アマチュア」を並べてみると、どんなことが考えられるでしょうか。仕事としてこなさなければならない活動から離れて、自分の興味にしたがって創作に打ち込める「アマチュア」という身分は、もしかしたらプロよりも魅力的に見えるかもしれません。
このような「考えるための方法」に気づけたことは、2016年度の大きな収穫のひとつです。ほかにも修士論文の執筆を通してさまざまなことを学びましたが、研究をすることは自己の成長でもあるのだなと実感することが多かったように思います。研究を通してお世話になった多くの方に感謝しないといけないな、と素直に感じています。
【杉山昂平】
2017.02.18
こんにちは。山内研修士1年の江﨑 文武です。いよいよ年度末ということで、本ブログでも、今年度のまとめとして在籍生による1年の振り返りを投稿していきます。
春:
学部を音楽学部で過ごした私にとっては、論文を読むという行為自体が新鮮であり、また、修士課程での生活の基本となる「読んだ論文を元に自分の考えや今後の研究の方向性をまとめていく」という作業は、そう簡単にスラスラと出来るものではありませんでした。
しかし、山内研究室では、修士2年以上の方々からのサポートはもちろん、自分の研究領域と近い研究を行っている博士課程、助教授の方々が研究指導をしてくださるファシリテーター制が敷かれており、行き詰まった場合でも迅速に適切な指導を受けられる体制が整えられています。
未だに不慣れな部分は多くありますが、これらのサポートによって、研究とは如何なるものなのかということが少しずつ理解出来てきたように思います。
夏:
先週の根本さんによるレポートでもご報告させて頂いたように、夏は島根:出雲で行われた山内研究室の研究合宿に参加しました。詳しくは根本さんのレポートを参照していただくことにして、研究室での研究が実社会・実生活でどのように活きるのかということを身を以て感じることができました。また、私の研究テーマである「幼児向けのデジタルアプリケーションのデザインに関する研究」に関連して、実際に幼稚園の現場でタブレットの導入を推進している、聖愛幼稚園の授業見学にお邪魔しました。これまで培われてきた園での指導メソッドをベースに、ICTを使うからこそ実現できる新しい体験が様々な形で提供されていました。難なくタブレットの活用に適応し、能動的に活動に取り組んでいる園児を見て、今後の展開が非常に楽しみになりました。
秋:
9月に大阪大学で行われた日本教育工学会第32回全国大会に参加しました。初の学会参加でした。諸般の事情により短時間の参加となってしまったのですが、研究成果はこのような形で共有されるのだなということ、そしてそこで生まれる交流を通して研究がより洗練されたものになっていくプロセスを目の当たりにし、貴重な経験となりました。
また、この時期までの様々な文献レビューを通して、研究テーマが「幼児向けのデジタルアプリケーションのデザイン」から「幼児の言語獲得(母語)を支援するデジタルアプリケーションの開発」へと絞られていきました。幼児の発達の中で「言語を獲得する」ことは重要な変化のうちの1つです。また、話し言葉から書き言葉へと移行する段階に一定の困難があることも次第に明らかになっていきました。
冬:
修士課程2年への進学を目前に控え、研究計画をより具体的なものに仕上げていく過程に入りました。
学際情報学府の授業では、様々な研究法を、受講者同士のディスカッションを交えながら習得していく講義が設けられており、私のようにこれまで学術的な研究のフィールドとは無縁の場所にいた人間でも修士論文を執筆することの出来るよう配慮がされています。
私は質問紙を用いた研究法に関する講義とデザインリサーチを中心に様々な研究を紹介する講義を受講し、研究計画を仕上げていきました。現段階では「幼児の母語における音韻意識獲得を支援するデジタルアプリケーションの開発」と題し、研究を進める予定です。
まとめ:
この1年は私にとって学習環境が大きく変化した激動の1年でした。
音楽を制作したりグラフィックデザインをしたりと、モノを作り続けることで過ごした4年間を鑑みると、ひたすら先行研究を読みながら自分のリサーチクエスチョンを探すという生活は、制作のためのインプットをし続けている印象に近く、はじめはなかなか馴染めませんでした。しかし、自分の研究をどこに位置付けるのかということがいかに重要で、それは先行研究を多くレビューしなければ決して出来ないことであるということが、この1年の生活を通して理解出来たように思えます。
残りの修士生活を通して、よりリサーチクエスチョンが洗練されたものになるよう、そして、学部自体に培った「モノを作る」技術が活きるような研究になるよう、引き続き精進してまいります。
【江﨑】
2017.02.11
ここしばらく寒いですが、皆さま体調を崩されていないでしょうか?
山内研では風邪やインフルエンザが流行しています(私も最近熱を出して寝込みました)。
また、北海道や北陸はもちろんですが、今年は鳥取県島根県の雪が多いなという印象を受けます。
今年の夏に島根県に夏合宿に行ったため、山陰地方のニュースに敏感になっているだけかもしれませんが...
ということで、今回は昨年夏に行った夏合宿についてご紹介します。
■毎年夏合宿、春合宿に行きます
山内研では毎年夏(9月・2泊3日)と春(3月・1泊2日)に合宿に行きます。いずれも授業や通常ゼミの無い長期休暇期間。じっくり時間を取って自分たちの研究について考える貴重な機会です。
夏合宿の大テーマは「研究をするとはどういうことか?を考える」こと。フィールド・ワークや学習研究上著名な研究者についてのレビューを通じて、自身の研究の進め方を考えます。
合宿の場所や内容はM1が企画、毎年様々です。ここ最近の行き先は海士町@島根県(2014年)、越後妻有エリア@新潟県(2015年)、そして雲南市@島根県(2016年)というラインナップ(島根県が続くのは偶然です)。
以前にも本ブログで合宿の様子をご紹介したことがあります。
・合宿の概要紹介:2010年版/2014年版
・夏合宿の様子:2013年度/2014年度
・春合宿の様子:2015年度
■「フィールドに入って研究する」ということを考える
今年のテーマは「フィールドに入って研究する」とはどういうことか?としました。
修士論文や博士論文を書くときには、自分の問題意識や関心を大事にするのは勿論ですが、その上で先行研究を踏まえて問題を設定し、研究手法に則って調査や介入を行って結果をまとめる力をつけることが大事です。
一方でその後就職したり、博士課程終了後には会社の方や実践をされる方から(教育分野は特に多いのかもしれませんが)、「専門を活かして私のフィールドを良くしてくれない?」という要望をいただくことがあります。
そうした時に教育・学習に関する修士論文を書いたものとして、あるいは教育・学習に関わる研究者としてどう関われば良いのか...?実際に教育実践をされているフィールドにお世話になり、考えてみることにしました。
■場所は島根県雲南市
今回フィールドとして胸をお借りしたのは島根県雲南市。出雲大社で有名な出雲市の南部にあります。古くはたたら製鉄、最近は鷹の爪団吉田くんの出身地(豆知識です)として知られています。
・雲南市HP
・たたら製鉄
・鷹の爪団吉田くん (スマホ用サイトです)
雲南市は6町村が合併してできた市です。いわゆる「中山間地域」と呼ばれる地域で、日本の地方都市が抱える過疎化・高齢化などの問題を抱えています。そうした流れに対応しようと、市長はじめ行政が主体となって、市民が行政に頼るのではなく、中高生〜高齢者の方が活躍できるようなまちづくりをしていこうと頑張っていらっしゃいます。
その中でも特徴的なのは中高生教育や大学生教育について、市の地域振興と総合学習などを組み合わせた施策をしようとされていることです。今回の夏合宿では行政や現場でどのような取り組みがされているのかを見学させていただくことにしました。
■合宿の流れ紹介
以下、合宿時のフィールドワークなどの様子をご紹介します。
・その1:市役所訪問
雲南市役所を訪問し、市長や教育長、政策企画部の方のお話を伺いました。
・その2:フィールド訪問「三日市ラボ」「おんせんキャンパス」
具体的な取り組みを行っているのはNPO。その現場に伺いました。
・その3:研究者のあり方とは?
フィールドワークの結果を踏まえて、この地域に研究者としてどう関わるか?を議論しました。
・その4:研究者レビュー
学習研究上有名な学者を、彼らの著書を通じて読み取る勉強会を行いました。
■その1:雲南市役所訪問
雲南市は2004年に、平成の大合併によって出来た人口4万人程度の市です。これまで各町村に分かれていた役場を統合して2015年に新しい庁舎が作られました。かなり立派な建物です。
まずは市長・教育長のお話を伺いました。速水市長(平成29年2月現在)は統合前の加茂町長に平成3年に就任。実は私の生まれが同じく平成3年なので、私が生きてきたのとほぼ同じ年月市長をされていることになります...!市長が主に注力されていることは人口減を防ぐこと、そのために行政が全てやるのではなく住民をはじめ様々な方がまちづくりに関わる仕組みを整えることだと言います。「市町村統合が始まってからでは遅いと思い、統合前から様々な仕掛けをした」とのこと。その結果、自治会組織が上手く機能しているとのことでした。
土江教育長(訪問当時・平成28年12月に退任)も教育長歴20年超の大ベテラン。そのキャリアを社会教育の充実にささげて来られたと言います。小〜高の連携、更には学校教育と社会教育を上手く結びつけるための仕組みづくりを色々とご紹介いただきました。
政策企画部の方々は20代後半〜30代前半の若手の方が中心。中にはUターン、Iターンで戻ってこられた方もいらっしゃるようです。上のような長期ビジョンの元で「雲南チャレンジ」と呼ばれる中高生、若者支援の取り組みをされています。特に、雲南市にとって大事にしたいのは大学生。雲南市には大学が無いため、雲南のまちづくりに関わることが大学生の学びにつながるようなプログラムを作っているとのことでした。
お話を伺っていて印象に残ったのは「市長・教育長のキャリアの長さ」「若手職員のエネルギッシュさ」でした。長期政権というと一般的には良い印象を抱かないものですが、「長い年月を使えばここまでのことができるのか」と感じる時間でした。
■その2:フィールド訪問「三日市ラボ」「おんせんキャンパス」
続いて「雲南チャレンジ」の実務を担うNPOの事務所にお邪魔しました。
「三日市ラボ」
雲南市での起業支援をサポートする「NPO法人おっちラボ」のオフィス兼、地域起業を志す人向けのコワーキングスペース。このおっちラボでは2011年から幸雲南塾と称して雲南市で起業を志す若者の受け入れ、育成を行っています。訪問介護事業をはじめ、新規事業や様々な活動が産まれています。現在は、こうした活動に高校生〜大学生世代をどう巻き込んでいくか、また高校生や大学生の教育にどう活かしていくかを検討しているとのことでした。
「おんせんキャンパス」
廃校になった小学校の校舎を利用した小学生〜高校生の放課後学習施設。運営は雲南市と東京に拠点を置く「NPOカタリバ」が共同で行っています。主には不登校の小・中学生支援、中高生向けのプロジェクト型学習支援を行っています。現在はこうした取り組みに対して、学校や地域の方からご理解をいただくこと、またその上で市内外の色々な方がこうした活動に関わることで雲南市の教育を皆で支えるモデルを作ることに注力しているとのことでした。
2箇所ともお話を伺っていると一見、とても上手くいっている印象を受けます。しかし、当然課題もいろいろ。見学中にも、
「ただむやみやたらに起業支援をしても上手くいかないことは分かっている。どうすれば雲南市で成り立つビジネスを作り出せるか」
「学校内外の教育をつなぐといっても、先生方・地域の方々・おんせんキャンパスのような施設が上手く役割分担をしなければお互いの仕事を取り合ったり、逆にお互いに押し付け合ったりしてしまう」
「大人向けの起業支援プログラムをいきなり中高生向けにやっても上手くいかない。どのようなプログラム構成にすると学びにつながるか」
といったような課題があること、またそれらに一生懸命取り組んでおられるということをおっしゃっていました。
■その3:研究者のあり方とは?
その1、その2のフィールドワークを通じて見てきた雲南市の取り組み。これらを元に「自分たちが研究者として雲南市の実践を良くするための研究をするとしたらどうするか?」を考えてみました。
「大学生が雲南市を学習の場として上手く使うためには雲南市の課題を大学生が身につけるべき力とリンクさせる必要がありそう。PBLの理論と照らしてみるとどういうプログラムにすれば良いのかが見えてくる?」
「雲南市の地域を使ったプロジェクト型学習と社会・理科などのカリキュラムを繋げられれば学校とも連携できる。学校では地域学習などは行われているのか気になる」
先生や助教の方々からもアイデアが出ます。
「PBL(Project Based Learning)の際に一番大事なのは課題設定だということを考えると、幸雲南塾の取り組みも産業(農業など)をある程度限定すると良いのでは」
「ICT導入とかの研究をしていた時にも感じたことだけど、新しい取り組みをする時には『それらを受け入れる一つ一つのステークホルダー(地域の方、学校の先生方など...)がそれらに対してどう感じていらっしゃるか』が大事。その調査を行うことでその先が見えてきそう」
「聞いていた感じ、地域の方々の間に対立・葛藤がありそう。そうした対立や葛藤を調査した上で、それらを乗り越えるようなワークショップなどの場の設定はエンゲストロームとかを参考にするとできそうだよね」
学生たちにとってはなるほど!と思えるアイデアばかりでしたが、よくよく考えてみるとこれらのアイデア1つ1つは先生や助教の方の専門と紐付いたコメント。修士・博士とトレーニングを重ねるうちに身についた視点は、こういう場所でもパッと出せる(というか出せるようにならないといけない)のだなと実感しました‥
■その4:研究者レビュー
その1〜3は、「実際にフィールドに出てみて研究者としてのあり方を考え」ましたが、もう1つのセッションでは「著名な研究者のあり方を参考に研究者としてのあり方を考え」ます。今年は以下5名の研究者を取り上げました。過去記事でこれらの様子を取り上げたものがあるので、ご関心のある方はぜひご覧になってください。
デューイ:【学者紹介】John Dewey
ピアジェ:【学者紹介】Jean Piaget
ヴィゴツキー:【学者紹介】ヴィゴツキー L.S.Vygotsky
ブルーナー:【学者紹介】Jerome S. Bruner
ショーン:【本の紹介】ドナルド・ショーン『専門家の知恵』
■おわりに
合宿では他にも飲み会をしてメンバー同士普段なかなかできない話をしたり、温泉を楽しんだりと濃い3日間を過ごしました。普段の授業やゼミでの勉強、自分の研究、そしてその後の仕事?などがどうつながっているかを少し感じられた機会だったと思います。
「おんせんキャンパス」の職員の方と会話していてボソッと聞いた言葉です。
「色々やってみて、生徒や学生さんが変わっている、良くなっていることは肌で感じる、ただそれが何なのか上手く説明できないんだよね」
その場では「確かにそうですね...」としか返事が出来なかったのですが、それを上手く言葉にできるようになることが勉強を続けていく上での一つの目標になっています。
2017年に行われるJSET(日本教育工学会)の全国大会は島根大学での開催です。もし参加される方は、少し足を伸ばして雲南市に遊びに行ってみてはいかがでしょうか?
以上、最近島根県宣伝の多いと言われる根本でした。
【根本】
2017.01.06
こんにちは。山内研M1の林怡廷です。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
皆さんは2017年をどんな一年にしますか?私は今年こそ早寝早起きの一年にしたいです。去年も同じようなこと言った気がしますが、頑張りたいと思います。
寒い日が続きますが、ブログを読んでくださる皆さんもどうぞお体にはお気をつけてください。
さて、M1が担当するシリーズの第二弾です。今回はおすすめの授業について書きたいと思います。
まずは学際情報学府の必須授業となっている「学際情報学府概論II」について紹介したいと思います。
学際情報学府の担当教員の専門領域に関するテーマを選んで、グループで課題に取り組むというワークショップ形式で行われていました。
学際情報学府の教員方々は、文理を超えた各領域の専門家であり、面白いテーマをたくさん用意してくれました。
せっかく異なる研究分野に触れる機会なので、自分の専門ではないけど興味あるテーマを選ぶことをおすすめします。もちろん山内研の人は皆それぞれ興味のあるテーマを選びました。
私が先端表現情報学コースの暦本先生が担当した「情報技術の進展に伴い新たな職業」というテーマに取り組みました。
AI技術の進展と共に、将来にはたくさんの職業が消えるということはよく耳にすると思います。一方、きっと新たな職業も生まれるでしょう。
社会背景と科学技術の両軸で、将来に生まれる職業を考えて、プレゼンしました。
グループは情報、法律、教育といった様々な分野を専攻している学生で構成されたため、異なる視点で活発な議論ができたのではないかと思います。
これから学際情報学府に入学される方にはぜひこの授業に楽しく参加していただけたらと思います。
次に紹介したい授業は、山内先生の授業である「学習環境デザイン」です。
実際に行われた事例とその背景になる理論を取り上げつつ、空間・活動・共同体・人工物という四つの軸に基づき、未来の学習環境をデザインするというグループワークをやりました。
本年度のグループワークのテーマは「高齢者に向ける新たな学習施設」でした。高齢化していく社会の中で、生涯学習は重要であるということは言うまでもありません。将来、私たちは学校から卒業したら一生働き続けるのではなく、ある時点で学び直し、また職場に戻ることが増えていくでしょう。このようなニーズがある人たちに対して、どのような学習環境が最適なのでしょうか?
高齢者のために考えている時に、自分もいつか高齢者になったら、どのような学びが欲しいのか、どのような経験をしたいのか、色々考えていました。
最後の発表では①日本の伝統文化とサブカルチャーを取り上げたプログラム、②地域創生の人材育成プログラム、③自己探索に着目したプログラムという3つの提案がありました。同じテーマから発展したものですが、グループそれぞれの着眼点が異なり、とても興味深い発表でした。
以上、おすすめの授業でした。学際情報学府の中では科学技術・社会学・メディア論・ジャーナリズムなど、様々な研究分野があるため、面白い授業もたくさんあります。本当はおすすめしたい授業まだまだありますが、紙面の関係で2つだけ紹介しました。もっと詳しく知りたいという方は、ぜひお話しましょう。
そして、次回は根本さんから夏合宿のレポートをお届けしますので、お楽しみに!
【林怡廷】
2016.12.27
こんにちは。山内研M1の花嶋陽です。
2016年も残り388,000秒ということで、理想状態のボルトが4,311,111m走りきるこの間に、M1勢が駆け足で今年を振り返り、新年に備えるという短編シリーズになります。
ということで今回は、2016年9月17~19日に行われた教育工学会について、私の印象深かった発表についてご紹介したいと思います。
教育工学会は、教育工学の分野に携わっている研究者や教師、学生などが一同に会する学会で、今年は大阪大学で行われました。
発表内容も、授業実践や教師教育、教育テクノロジー、看護教育など多岐にわたり、口頭発表やポスター発表、研究会の講演、ワークショップなど様々な形で日頃の研究成果を共有し合っています。
その中でテクノロジー好きの自分的に興味深かった発表として以下の二つを挙げたいと思います。
<VRを利用した鑑賞型学習支援手法の開発>
学校での美術教育において、絵画や彫刻などを鑑賞する際には、本来であれば遠くから全体を見たり、近くで細部を見たり、様々な角度から構図を確認したりと、実物を目の前に鑑賞するのが望ましいのはお分かりになると思います。しかし現実的にそれを行うのは難しく、やむなく教科書に載せられている2Dの絵を題材にするしかないという課題に対し、VRの利用ということを考えているのが、この研究です。
発表自体は、VRの技術的な面に関するものが多く、VRといっても、鑑賞空間全体をヴァーチャルにするか、現実の教室風景にヴァーチャルの絵画を載せるかなど様々なやり方がありますが、その手法と鑑賞者の感覚的な評価といった内容の発表でした。
これから高度なテクノロジーが広く普及する可能性を秘める中で、今後の学校教育の未来を感じさせてくれる発表でした。
<ゲーム型反転学習の試行と評価>
ゲーム型の教材を事前に行い、対面でより深くその内容についてのディスカッションを行うことで、学習効果を高めるという研究でした。
内容は、万有引力など基本的な物理法則についてのもので、ゲームとしては逆転裁判(弁護士となって裁判を行っていく人気シミュレーションゲーム)風の設計で、ギリシャ時代における天動説の論者となって、地動説論者を打ち破っていくという内容になっています。
ここで面白いのは、単に物理法則について学ぶだけでなく、自分の論を支持してくれる根回しを行うなど、単に「正しい」ことが科学の「真実」とされるのではなく、科学者や民衆間の「合意」によってその「正しさ」が作られるということを学べるような設計になっていることです。
実際に大学生に行った結果として、ゲームによる反転学習を行った生徒の方が、応用問題においてテストの点数が高いというものが出ています。
ゲームは、動機付けという面だけでなく、知識を有用なものとしたり、組織したり、現実との結びつきを強めるなど、上手に設計できれば様々なメリットがあります。このような研究事例がどんどん増えることで、教育環境がよりクリエイティブなものになれば良いなと思います。
今回は紙面の都合上二つの発表に絞らせて頂きましたが、まだまだ面白い発表はたくさんあります!
ご興味がもしおありでしたら、有料ですが誰でも参加することは可能なので、ぜひ来年の教育工学会に足を運んでみてはいかかでしょうか。
【花嶋陽】
2016.11.10
今週の【山内研っぽい1冊】シリーズ、D3佐藤朝美が担当します。
山内研には、隠れ美大派閥があります(!?)。下記、個性的なメンバーで、自由な発想、常識にとらわれないエッジの立つ方々にも関わらず、研究という枠組みでエビデンスを残すことにトライする(した)チャレンジャーな面々です。
・八重樫文(武蔵美出身:2004年度卒)
・早川克美(武蔵美出身:2013年度卒)
・私(武蔵美出身:D3)
・吉川久美(武蔵美出身:M2)
・江崎文武(東京芸大出身:M1 [※1])
[※1] 「芸大」ですがゆるくグルーピングさせて頂きます
そんな方々が研究室に集まり、一定の卒業生・在籍生がいることは、山内先生の視野の広さ、思考の柔軟さ、研究領域の可能性の大きさを示しているのだと思います。そして今回、背景が多様な人達が集まる山内研究室らしい一冊として、「『未来の学び』をデザインする―空間・活動・共同体」を挙げさせて頂きます。
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「未来の学び」をデザインする―空間・活動・共同体
美馬 のゆり (著), 山内 祐平 (著)
東京大学出版会 (2005/04)
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10年前の出版となってしまいましたが、当時研究室で学び始めたばかりの私にとって、「学びをデザインする」という言葉は何よりも新鮮でした。学びの楽しさ、学び続ける大切さ、学ぶ活動そのものが変化していくことなど、今も色褪せないコアな要素が凝縮されています。本書では学びの形を、「空間」「活動」「共同体」の3つの角度から解説しています。
「空間」
ここで私が驚いたのは、「美術系大学における学び」が取りあげられていた事でした。作品を制作する空間をアトリエ的学習空間と捉え、制作的過程が他者に見えること、インタラクションが共有されることを学びの重要なポイントとして注目しています。雑多な空間で制作してた体験を改めて振り返り、あのような中にある学びが、「学び」として捉えても良いのだという不思議な感覚を覚えました。
「活動」
ここでも「ものづくりを通した学び」について着目されており、とても新鮮でした。「ものづくり」が学ぶことへの動機づけとなり、それが深い理解につながること、確かに私自身も多々経験してきました。疑問を持たず過ごしてきた体験にメスを入れて下さり、「つくって・語って・振り返る」ことの効果を示している内容が、目からウロコでした。
「共同体」
この章は、「学習は一人でするものですか?」という問いかけから始まっています。昭和世代の、ハモニカ校舎で、一斉講義中心の、ただひたすら聞いて学ぶことが「教育」であると考えてた私にとって、そうは言っても・・・と飲み込めないテーマでした。が、「いくつかの領域にまたがる境界での実践における葛藤状態が、新しいことを発見したり発明したりする『創発的学習』のための土壌になる」という解説は、今の共同研究をやらせてもらっている状況において、鋭く突き刺さります。
以上、個人的な振り返りからの内容紹介でしたが、「未来の学び」をデザインすべく、多様なジャンルの方が山内研究室に集まる理由が伝わったのではないかと思います。
ちなみに・・・
美大出身メンバーが手がける下記書籍を携えていたならば、ツウな方から山内研っぽいねと指摘されるかもしれません♫
デザイン・ドリブン・イノベーション
Roberto Verganti (原著), 佐藤 典司 (翻訳), 岩谷 昌樹 (翻訳), 八重樫 文 (翻訳)
同友館 (2012/07)
デザインへのまなざし―豊かに生きるための思考術
早川 克美 (著)
幻冬舎 (2014/4/3)
そして・・・
本ブログをきっかけに、未来の美大出身メンバーが増えることを密かに願ってます!
【山内研っぽい1冊】シリーズは今週で終わりです。次週から新たなテーマが始まります!どうぞお楽しみに・・・
[佐藤朝美]
2016.11.04
こんにちは。D1の池田です。山内研っぽい1冊シリーズも残す所2回となりました。
今回、私からは『Lost Opportunities』というタイトルの本を紹介しようと思います。
学校外における子どもたちの学びについて書かれた本で、2014年度に山内研で輪読していた本でもあります。
さて、学びとはどう言った場で起こるものなのでしょうか?
一般的に、学びが起こる場所として学校や教室とイメージする人が多いかもしれません。
しかしながら、我々は学校においてはもちろん、学校外の場所、時間においても様々なことを学んでいます。
この本の中で紹介されているものを例にとると
例えば、水族館に訪れた親子の以下の会話の中にも科学に関する学びがあります。
例) 2歳の女の子と父親が、水槽の中で泳いでいる魚を見ている場面における会話
女の子:なんでこの魚は毛皮を動かしているの?
父:毛皮?これはえらだよ。
女の子:なんで、この魚はえらを動かしているの?
父:水中で呼吸をするために魚たちはえらを動かすんだよ。
会話の中で父親は目の前のこの魚だけではなく、「水中で呼吸をするために魚たちはえらを動かすんだよ。」と述べることで、目の前で起きている個別具体的な事象を一般化しています。認知発達の観点からみても2歳児は、目の前で起こる個別的な事象が、個別的にだけ起るのでなく、一般的な事象であるということを理解できるとされているため、女の子はきっと、魚たちはエラを使って呼吸をするんだということを学んだと考えられます。
このように、授業や教科書を通じてはもちろんのこと、日常の中で、様々なものを見る中で、他人と会話をする中で"学び"が生じています。また、学外で経験したことや学んだことを、学校での学習に生かすことによってより深い理解が促されることも示されてきています。
『Lost Opportunities』では、特にSTEM領域の学習を中心に、教室外での学びや、教室外で得た知識と学校での学びの接続等についての研究について紹介されています。面白い事例がたくさんのっているので興味がある方は是非。以上、様々な場面での学習を扱っているところが、なんだか少し"山内研っぽい"と思いこの1冊を紹介させていただきました。最終回はD3の佐藤さんです。
【池田めぐみ】
2016.10.22
Hi, everyone! This is Lian, now recently M2. It's been long since I last wrote for the blog. Summer "break" has been terribly busy and incredibly fast. I had been jumping from one corner of the world and experienced this season in multiple countries. To describe it hectic would be an understatement, yet I probably would not have wished it have it any other way. Ah, per aspera ad astra.
This time the theme for the blog is to introduce a book. But what book might I possibly introduce that is of valiant relevance to the laboratory? I have not been reading much Education Technology books in the break as I should have, aside from existentialism, Sickness unto Death, among others. Alas, I could think of one good book I have read through and through, from my spring term. It is Globalization of Education: An Introduction by Joel Spring (2009). I thought it a good book in the face of emerging trends and globalization, also especially interesting to discuss because of various points that could be easily countered.
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[1-2] The book begins with the Knowledge Economy Theory, or more often referred to as the Human Capital Theory, and how it is used in global education policy making. Criticism faced by the Education for Knowledge Economy movement is that job availability is not congruent to the graduating demographic. This is further exemplified by the trend of lowering the funding for liberal arts education in lieu of STEM fields. There is still however a huge demand for technology-related jobs that is emanating in developed countries. One of the necessary skills in the industry today, for example, is programming which has a low human resource output. There is an influx of nurses, English graduates, chemical engineers, astronomers, etc. being outsourced by IT firms which questions the mismatch of interests and demand.
[3-5] The increased trend in globalization of education brought forth the dominance of the English as a medium of instruction. Chapter 4 discusses this, along with examples of marketing knowledge in higher education institutions. Spring points out that, English-speaking countries are at an advantage due to their relative attractiveness to international student prospects. Truthfully so, other countries follow suit with their brand name universities offering English programs, such as the program I am taking at the University of Tokyo. To gain admission to this program, it is required to submit scores from standardized tests offered by ETS namely GRE and TOEFL; both of which had also been pointed out to contribute in the standardization of education worldwide.
A fascinating proposition raised in this chapter is the notion of a "Global University", wherein the ideal set-up is a combination of a number of internationally acclaimed faculty not limited to one university. This could be done in a mixture of virtual, campus movement, or whatnot. This vision is slowly being realized through e-learning media such Coursera, edX, and the like. There are also a number of institutions offering cross-campus instruction and double (or any extent of multiple) degree programs. HEIs are also in the trend of forming coalitions for research collaboration and global exchange. One such affiliation is with the International Alliance of Research Universities (IARU), in which summer exchange and internships within member institutions are offered annually.
In contrast to the world theorist's common global model of education, culturalists argue that there is instead a flow of borrowing and lending of educational ideas; these said ideas are not copied as is and are subject to adaptation due to local conditions. The book further states, "To validate or criticize a school policy, local actors might refer to an imaginary global community such as international standards." (p. 121)
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In this brief overview I covered what I believed to be the important points of globalization and education. Although Yamauchi lab members have very specialized interests that cover very specific technological and pedagogical techniques outside the realm of the globalizing trend, I would still very much recommend the book. It provides examples for interesting topics that differentiate the Western dominating culture and "Oriental" methods, which could give to explain the origins of present practices and forthcoming trends.
Au revoir,
Lian Sabella Castillo
2016.10.20
Hi everyone! This is M1 Zhou Qiaochu from China. I start my master in ITASIA program at the University of Tokyo this fall and am lucky to be at Yamauchi Laboratory with all of you.
I graduated in 2016 with B.A. in Teaching Chinese as a Foreign language. It was my internship in an International School and the popularity of our generation utilizing the online learning that aroused my great interest in MOOC studies. Having been to the seminar twice after enrollment, I am really inspired by the diversity of research fields in our laboratory. I will also exert myself for the research.
【Overview】
Stepping into the post-MOOC era, xMOOC where the x stands for extended (as in TEDx, edX) is expected to gain more momentum than cMOOC. It is revolutionizing the way the knowledge is distributed. However, xMOOC has encountered several impediments, most notably, an excessive dropout rate, less effective results and the lack of specific and effective teaching structure. My study, then, will consider the effectiveness of community building in online courses to address some of these problems.
One tentative answer can be, not everyone can learn in a purely digital environment. In other words, technology will not automatically afford specific learning outcomes. The most important thing that helps students succeed in an online course can be the interpersonal interaction and support. The "empathy" theory by Holmberg was among the earliest attempts to stress emotional affordance in distance education. Now, even more powerful influence between participants on the creation of empathy in MOOCs, the community, is garnering attention.
As for community in xMOOCs, it does have direct correlation with emotional effects and improved completion rate. With interaction online or offline, learners find a sense of belonging. Because there is non-academic or social side in the learning processes, to reinforce group membership, being perceived as an in-group member, making MOOC a connectivist learning platform where interactions among participants are the pillar of knowledge creation. Ultimately, for best results, it should be community of learning and community of practice.
【Focus and Goal】
The specific focus of my research is the importance and thus improvement of community support in the virtual learning environment especially with the following questions. First, to what extent can community support improve xMOOC effectiveness? Second, to what extent will a balance between online and offline community building efforts improve xMOOC effectiveness? Third, what features of social interaction are currently absent from xMOOC? Fourth, in what ways, if any, will building online community be potentially counterproductive?
The ultimate goal of this research is to explore possible answers to the above questions, with sample from established online international education sites such as edX, Coursera, Udacity and other major Chinese xMOOC sites as well as representative individual surveys. I wish to fulfill the goal during my two years master. Also, I would improve my Japanese to get better understanding for everything here. 皆様、これから宜しくお願い致します!
【Zhou Qiaochu】
2016.10.10
こんにちは!修士1年の林です。
10月に入って、天気もどんどん涼しくなってきましたね。キャンパスの中にも銀杏の匂いが漂っていて、秋の到来を感じました。
日本では、読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋......色々ありますね。みなさんは、どんな秋を過ごしていきますか?(ちなみに私は食欲の秋が一番好きです。)
さて、今回のブログのテーマは【山内研っぽい一冊】ということです。
このシリーズでは鞄の中に入っていたら「もしかして山内研の人ですか?」と言われてしまいそうな1冊を紹介するシリーズです。今回私が紹介したいのは『インターネットの子どもたち』という本です。
著者は認知科学者の三宅なほみさんです。他にも、『学習科学とテクノロジ』、原田先輩が紹介した『教室にマイコンをもちこむ前に』など、学習とテクノロジに関する本を編著していました。
本書は1997に出版されました。私はまだ保育園に通っていて、インターネットの普及が始まった時代です。子どもたちの学びや遊び、コミュニケーションなどがインターネットの普及によって、変化し始めました。そんな現状を報告しつつ、どうしたら子どもたちがコンピュータを自己表現のための創造的メディアとして使いこなせるようになるかを考えるのが本書です。
本書の7つの章で構成されています。読んで特に興味深い感じる章を紹介していきたいと思います。
第2章「インターネットで学びが変わる」は、認知科学の観点から、インターネットが学ぶことにもたらす変化について議論しています。
「人が持っている知というものも、一人の頭の中に何がどれだけ詰め込まれているかでその質が決まるのではなくて、どんな時にどれだけ引き出せるか、引き出して結果がどれだけ他の人の知と相互作用を起こしてよりよく変われるか、というような側面が大事だということになってきつつあります。(p.40)」
このような「知のネットワーク」という見方は、今の私たちに対しては当たり前のことではないでしょうか。協調学習における知識共有、知識構築などの過程は、インターネットのおかげでより簡単にできるようになってきます。
したがって、このような情報化時代に求められる能力も変わりつつあります。情報を覚えることよりも、情報をいかに手に入れ、活用し、さらに他人と伝え合うかの能力が大事になってきます。
第5章「インターネットで英語を学べるか」は、英語教育のあり方とその真実性(authenticity)について議論しています。自分の研究テーマにも関係ありますので、興味深く読みました。
ネットで英語教育といえば、書いた英文文章を送ると添削してくれる「文法教室」のようなものはネット上にたくさんありますが、それより、実際のコミュニケーションが生まれることが期待されています。
「英語教育に真実性を持たせるためにインターネットの役割が期待されています。......インターネットが利用できれば、本物のコミュニケーションのための英語が教室に居ながらにして学べるではありませんか。(p.123)」
そして、著者は英語教育に「足場かけ」という考え方を持ち込むと、英語教育観はまた変わると述べました。インターネットを利用し、自分が興味を持っているテーマのプロと英語でコミュニケーションを取ることになったとしましょう。その場合は、自分の英語がちょっとおかしくても、おそらく向こうがプロだからわかってくれるでしょう。それで情報交換ができるのです。このようなプロセスを繰り返すことによって、その領域に関する用語には強くなるでしょう。「これは、この教育実践の場が、先に問題にした真実性を大事にしていればなおさらそうなるはずです。......教育の場の真実性は増し、豊富で質の高い手助けを大量に与えられて、学習者はどんどん英語でのコミュニケーションが得意になっていくはずです。(p.128)」
私自身の経験から言うと、日本に来る前に日本語は喋れますが、教育工学に関する専門用語はまったく知りませんでした。そして、日本に来てから、ゼミに参加して、研究室のメンバーたちと教育について議論する中で、自分の語彙量が増えたと強く感じています。インターネットの環境で、海外に行かなくても世界中の専門家と話すことができるから、真実性のあるコミュニケーションが取れるのではないでしょうか。
この本はおよそ20年前の本ですが、その中の考え方は今日読んでもすごく心に響きました。まさに予言みたいに、本の中に書かれたように、インターネットで私たちの学びは大きく変わりました。MOOC、SNS、アプリなど、たくさんの学習メディアが溢れているこの時代、これから学びはどう変わっていくのを楽しみにしています。
【林怡廷】