2006.07.31
週末に、小倉で開かれた工学・工業教育研究講演会に行ってきました。
梅雨が明けた九州はじりじりと暑かったです。
工学・工業教育研究講演会は、工学教育に関わる実践者の実践報告が行われる会で、今回は、その中で行われたeラーニングに関するオーガナイズドセッションに出てきました。
> ◎オーガナイズドセッション<e-ラーニング>
> オーガナイザー:植野 真臣(電気通信大学),不破 泰(信州大学)
> 日時:7月29日(土)14:15-17:45 会 場:第8室
> ワークショップ(16:45-17:45)
> テーマ:対面授業を越えるe-Learningは可能か?
> 概 要:e-Learningを多くの人が,単なる対面授業の近似であると考えている.
> その場合,コピー元となる対面授業には絶対に勝てない.しかし,現実
> のe-Learningの持つポテンシャルはより高いと考えられる.E-Learning
> を用いた学習の協働,実践の支援ははるかに対面式授業に比べ本質
> 的な学習を実現できる可能性を持つ.ここでは,実際に,対面授業を越
> えるe-Learningを実現するための条件や可能性について議論する.
> パネリスト: 山内 祐平(東京大学),永森 正仁(長岡技術科学大学),西之園晴夫
> (佛教大学),国宗永佳(信州大学),金西 計英(徳島大学)不破 泰(信州大学)
ディスカッションもよかったのですが、信州大学で行われているeラーニング離脱防止システムがおもしろかったです。離脱気味の学生の状況に合わせて、メールや電話などで適切なアドバイスをするというものでした。時間がない場合は履修期間の延長、動機に問題がある場合は、相談と休学などが選択肢として提示されるそうです。
eラーニングが教材だけでなんとかなる時代はすぎ、学習者ひとりひとりにどうアプローチするかという部分が重要になってきていることがよくわかる発表でした。研究的にもメンター養成がはやっていますが、実践現場でもそれに対応した動きが増えつつあるようです。
人員的な組織化はまだだそうですが、今後の展開が期待されます。
2006.07.27
「新 コンピュータと教育」 佐伯 胖 岩波書店 (1997/05)
コンピュータは、1990年代後半より学校への導入が急速に進みました。初めて出会うテクノロジーに対し、基本的な方針をもてないまま、その対応におわれるだけという混迷した状況も見られました。そんな当時に出されたこの書籍では、人間教育の立場からコンピュータを利用することに主眼をおき、インターネットの活用も含め、その問題点と可能性を指摘しています。
「本当の学びを育てる」道具としてのコンピュータ利用というものはどういうものでしょうか。このことを考えるために、「本当の学び」を再検討し、その観点から望ましいソフトウェアの条件を以下のように導いています。
1.真正の文化的実践へのアクセスが可能になっていること
2.自分にとっての学びの道具とするために、
「自分さがし」「自分づくり」に貢献するものであること
3.他者とつながり、コミュニケーションをもって、
「学びの共同体」をつくり、それに参加していく道が開かれていること
この条件は、10年近く経た現在でも変わらない指針といえるでしょう。
Ylablogでも度々出てくる言葉に、「オンラインコミュニティ」がありますが、これは、3つ目の「学びの共同体」のインターネット版といえます。学校を超えて、地域、家庭まで、オンラインコミュニティは今後益々拡張していくと思われます。本書のような道具や環境により変わらない本質を追求するという視座は、こうしたあらたな環境とつきあっていく際にも重要なものとなるでしょう。
この書籍は、オンラインの複雑な社会が出現する以前に出版されたものですが、ITの進化により変容しない学びの本質から詳述されており、ITとの関わりの多少にかかわらず、一度は読んでおかれるとよいのではないかと思います。[佐藤朝美]
2006.07.20
「リクルートのナレッジマネジメント―1998~2000年の実験」 リクルートナレッジマネジメントグループ 日経BP社 (2000/11)
株式会社リクルートにおいて、「営業が喜ぶことをしよう」という抽象的な目的の提示から、システムの運用に至るまでのプロセスを示したケーススタディ本。
ナレッジマネジメント(Knowledge Management)は、いわゆるデータに分類されるような「形式知」のみではなく、仕事上のノウハウなどの言語化されにくい「暗黙知」までも含んでいることを確認できます。
現代によく見られるような『情報共有ツールならwiki』『コミュニケーションツールならsns/blog』のような安易な発想ではなく、社内に潜在化している特有の問題意識を顕在化し、それに則った問題解決のためのシステムの提案から構築までの経緯が示されています。
システムを開発する際に、目的と方法論の逆転が起こってしまう(←結果的に成功する例もありますが…)ことも多いですが、この本の実践においては、きちんと目的に沿った方法論が展開されています。
1998~2000年の実践であり、技術としては決して新しいモノではありませんが、「そのシステムを使う人が嬉しいことをしよう」という発想自体はいつの時代も変わらないモノであるべきだし、そういった意味ではナレッジマネジメントの概念を学ぶうえでの教科書的な本といえると思います。[大川内隆朗]
2006.07.17
【特許公開】東大とベネッセの共同研究の成果として申請していた特許が公開されました。
この研究は、RFIDを用いて持ち方を判定し、適切な教育コンテンツを提示するというものです。
修了生の飛騨さんが三葉虫の化石が自らを語るという科学館向けのシステムを開発しました。
要約:
【課題】 把持手段により把持対象の把持状態を好適に判定することのできる把持状態判定システムを提供すること。
【解決手段】 把持対象に取り付けられ、それぞれ位置IDを送信する複数のRFIDタグと、グローブ10に取り付けられ、位置IDを受信する複数のRFIDアンテナ14と、グローブ10による前記把持対象の把持状態毎に、前記各RFIDアンテナ14により受信される位置IDの条件を記憶する把持パターン記憶部48と、前記複数のRFIDアンテナ14により受信される位置IDと、把持パターン記憶部48に記憶される条件と、に基づいて、グローブ10による前記把持対象の把持状態を判定する把持状態判定部44と、を含むことを特徴とする。
(この特許は教育目的だけでなく、広くRFIDで持ち方を判定するための技術として申請してあります。)
公開されている特許情報は、特許庁のウェブで検索できるようになっています。
http://www2.ipdl.ncipi.go.jp/BE0/
特許庁のデータベースが公開される前は、特許の先行調査もできなかった(有料サービスはものすごく高かったのです)ので、研究が特許になりそうかどうか見当もつかない状態でした。
いろいろなキーワードで検索してみると、「こういう特許もあるのか」となかなか参考になります。(特許は用語が特殊なので、慣れるまでちょっと面食らうかもしれません。)
企業と共同研究する場合には、資金に対して大学が提供できる強い知財になりますので、教育システムについて研究される方は、特許について基礎的な知識を持っておいた方がいいと思います。
2006.07.13
ジーン・レイヴ&エティエンヌ・ウェンガー(著)・佐伯胖(訳)(1993)状況に埋め込まれた学習,産業図書,東京
教育学者のジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーによる、学習に関する本。日本では1993年に翻訳され、学習研究に一石を投じました。
「状況に埋め込まれた」という独特の言葉は、‘situated’の訳語です。「状況に埋め込まれた学習」とは、学習が個人の頭の中ではなく、人々と共同の活動に参加する中で行われる社会的営みであることを指した言葉です。この考え方は、学習研究者の関心を人間の頭の中(脳)から広く社会に向けさせることとなりました。学習を起こすには、個人の頭の中に知識をインプットするのではなく、学習が行われる場を整えればよいと考えたからです。
レイヴらは、学習が行われる場を「実践共同体(community of practice)」と呼びます。実践共同体とは、ある目的を共有し、ともに活動を行う人々の共同体です。そして、新参者が実践共同体に参加しながら次第にスキルや知識を身につけていく過程を、「正統的周辺参加(legitimate peripheral participation)」と呼びます。徒弟制を考えると分かりやすいでしょう。例えば、美容師は資格を取ったからといってすぐに一人前になれるわけではありません。最初は店で先輩美容師の手伝いをし、そのやり方を見ながら、一人前の美容師になっていきます。この過程が、正統的周辺参加です。
折りしも1990年代、日本では経営学において、組織が成員の知識を結びつけ、知識を組織に蓄積するための「ナレッジ・マネジメント」という考え方が流行しました。実践共同体は、人々が共に活動し知識を蓄積する場として、経営学者からも注目を浴びることとなります。そして今、「コミュニティ(共同体)」という言葉は、学習に限らず社会の様々な分野で耳にします。しかし、その定義は一様ではありません。学習におけるコミュニティ(共同体)を考える上で、その原点となる一冊が本著です。〔荒木淳子〕
2006.07.06
宮田加久子 (2005) きずなをつなぐメディア ネット時代の社会関係資本.NTT出版,東京
オンライン・コミュニティと社会関係資本(social capital)をテーマにした、明治学院大学の宮田先生の本です。宮田先生は博士論文『インターネットの社会心理学 : 社会関係資本の視点から見たインターネットの機能』を風間書房から出版していますが、この本はより一般向けに書かれています。
本書での社会関係資本は、Putnamの議論に基づいており、「信頼や互酬性の規範が成り立っている網の目状の社会ネットワークとそこに埋め込まれた社会的資源」と定義されている。社会関係資本の醸成・蓄積は、社会的ジレンマの解決や相互協力の促進をもたらすと期待されています。
オンライン・コミュニティの事例としては、オンライン・セルフヘルプグループや消費者コミュニティなどがあげられていますが、(オンライン)学習コミュニティに通じる内容が述べられているといえます。
信頼や互酬性は、協調学習、学習コミュニティ、CSCLにおいても重要な要素だと思われます。社会関係資本論で論じられる話は、教育工学・学習科学においても役立つことがあるのではないでしょうか。
比較的簡単に読める本なので、社会科学分野で大流行している社会関係資本に触れる最初の一冊として適切な本ではないかと思います。[北村 智]
2006.07.01
「反省的実践家」という概念を提唱し、専門家像の転換を図ったドナルド・ショ
ーンの主著。彼は二つの専門家像を対比させます。「技術的熟達者」と「反省的
実践家」です。
「技術的熟達者」とは、近代の専門家像。実証科学を背景に、知識や技術を実
践に適用し、時に、権威的・特権的な存在として、クライアントに相対します。
彼らの実践を支える認識は「技術的合理性」と呼ばれ、限界や問題を持っている
と指摘されています。
一方で、現代の専門家は、より複雑で複合的な問題への対応を迫られています。
専門家は刻々と変化する状況と対話し、自己と対話し、行為を振り返る。クライ
アントの問題に共に立ち向かう。彼らの複雑な実践は、所与の科学的知識を適用
することを越えた「行為の中の省察」という認識に支えられています。
専門家はどのように考え、問題に立ち向かうのか。原著には事例が豊富です。
現代のあらゆる専門家を考える上で必読の一冊です。[酒井俊典]