2026.10.29

「学ぶ」を学んだ一年 : 山内研での一年を振り返って(M2 押山匠)

こんにちは、タイから来た押山です。2025年10月に山内研に入ってから、ちょうど一年が経ちました。今回は「入学から一年を振り返って」をテーマに、この一年で自分の中で何が変わったのかを書いてみたいと思います。

「テクノロジー」から「学習環境」へ
私自身タイでは教育系NPO、行政、EdTech企業と立場を変えながら、教育に関わってきました。学部の卒業論文もバンコクと日本の1人1台端末政策の比較で、山内研を選んだのも「教育テクノロジーについてもっと学びたい」という思いからでした。

ところが、入学から半年ほど経った今年の春、視野がぐっと広がる経験がありました。研究室説明会のポスターづくりをお手伝いしたときのことです。ゼミ生一人ひとりの研究テーマを、学習環境の4つの領域に当てはめていく作業を担当しました。並べてみると、端末やツールそのものを扱う研究はその一部にすぎず、場のデザイン、活動の設計、人と人とのつながりなど、本当にさまざまな角度から「学びの環境」が研究されていました。イノベーションはテクノロジーの中だけにあるわけではない。そして、周りにいる人たちから学べることがこんなにもたくさんある、という事実を改めて実感した瞬間でした。加えて春学期に山内先生の授業「学習環境のイノベーション」を履修し、この枠組みを改めて学び直せたことも大きかったです。授業では各領域のベストプラクティスを通してさまざまなイノベーションの形に触れ、自分の研究を振り返りながら、そこでの学びをどう生かせるかを考える貴重な機会になりました。

ゼミは「口頭試問」ではなかった
実は入学前、「ゼミ」が何をする場なのか、具体的なイメージを持っていませんでした。タイでは、少なくとも学部の段階では、ゼミという学びの形があまり一般的ではないからです。なんとなく論文審査のように、完璧に準備して、どんな質問にもその場で答えなければならない場所を想像していました。

ですが、実際はまったく違い、毎週の文献発表でも研究発表でも、求められるのは「今すぐ正解を出すこと」ではなく、「次にどちらへ進むか」を一緒に考えることでした。質問やコメントは、自分の考えを整理し、研究を前に進めるための補助線のようなものだと個人的には感じました。研究発表後に行われる文献発表の毎回のディスカッションでは、どんな文献からも、自分の研究や自分自身に結びつく点が見つかり、教育と学びに関する視野を広げる機会でもあると感じました。

一年間問われ続けた「なぜ?」
入学時の研究テーマは、「デジタル教室における成長マインドセットの効果測定」という、生徒に焦点を当てたものでした。しかし調べるほど、先行研究がすでに豊富にあることがわかり、そして何より、「なぜ自分はこの研究をしたいのか」と自分に問うことを忘れていたことに気づきました。

この一年、ゼミや授業、研究室の先輩方やOB・OGの方々との対話の中で、何度も向き合ったのが「どんな研究をしたいのか、そしてそれはなぜか」という問いで、答え続けるうちに見えてきたのは、「教育をよくすることに貢献したい」という自分の原点でした。現場を訪れて先生方と話す中で、タイでも日本でも「教師がテクノロジーをどう使うか」が活発に議論されていて、そこが共通の大きなボトルネックになっていると感じました。

今は、日本のGIGAスクール構想とバンコクのデジタル教室で実践する先生方が、自分の教室の文脈をどう読み取り、テクノロジーの使い方を判断しているのかを比較する研究を進めています。「先行研究で何がまだやられていないか」からだけで出発するのではなく、先生の立場に立って「何があれば助かるのか」を考えることも多くなり、研究をもっと人間らしく、相手に共感しながら考えられるようになったことが、この一年でいちばん大きな変化かもしれません。

研究だけでなく、「学び方」を学ぶ
毎週の文献発表で扱う文献は、必ずしも自分の研究テーマと直接重なるものばかりではありません。それでも議論に参加していると、毎回どこかに自分と結びつく点が見つかります。研究室のメンバーや先輩、OB・OGの方々との会話も、教育現場の「課題」そのものより、「人はどう学ぶのか」という学びの本質について考えるきっかけをくれました。

振り返ると、この一年で学んだのは教育の課題についてだけではありませんでした。文献を読み、みんなと話す中で、人としてどう学ぶか、どんな大人になりたいか、自分の人生をどう歩んでいきたいか?そうした問いへの答えも、少しずつ見えてきた気がします。山内研での学びは「教育について学ぶ」ことであると同時に、「学ぶことを学ぶ」ことでもあると感じました。

ここで言う「学ぶ」は、学校での勉強のような学びだけではなく、自分自身について知ること、どう学べばよいかを知ること、時には立ち止まって自分を振り返り、人生の目標に向かってどう進んでいくかを考えること。山内研での一年は、そうした広い意味での「学び方」を、少しずつ身につけていく時間だったように思い、これからももっと自分の「学び」について考えを深めていきたいです。修士課程の残りの一年でも、ここでさらに多くのことを学べるのが楽しみです。

留学生のみなさんへ
If you are an international student thinking about YLab, let me share a little about my first year here.

I came from Thailand in October 2025, mostly interested in educational technology. If that sounds like you, you may find, as I did, that the lab's idea of "innovation" is much bigger than devices and apps. I realized this when I helped make a poster for the lab's information session and had to sort everyone's research into the four domains of learning environments: space, artifacts, activities, and community. Technology turned out to be just one piece. You'll be surrounded by people studying learning from very different angles, and you can learn a lot from each of them. If you can, take Professor Yamauchi's course on innovation in learning environments. It walks through best practices in each domain and will make you look at your own research differently.

You might also be new to seminars, or as we call them, "Zemi". They were new to me, since they're not common in Thailand, at least for undergraduates. Don't worry, it isn't a thesis defense where you must have every answer ready. I'd take it as a safe place where people help you think your way forward. Expect to hear one question many times, "What research do you want to do, and why?" Answering it over and over is what moved my topic from measuring growth mindset in digital classrooms to comparing how teachers in Japan and Bangkok read their classroom contexts when they decide how to use technology. It taught me to start from what teachers actually need, not just only from gaps in the literature.

About language, I must say that most classes I wanted to take are in Japanese, and I still hit the language barrier sometimes. My one piece of advice is not to let that stop you from wanting to learn. Once you jump in, you'll learn more than you imagined, and not only about education. For me, this year was really about learning how to learn, getting to know myself, reflecting, and finding my way toward my goals.

If educational technology or innovation in learning excites you, I can't recommend YLab enough. I'm looking forward to another year of learning here, and maybe to meeting you.

2026.10.16

先行研究を「ディグる」(M1藤堂祥太朗)

皆さんこんにちは、M1の藤堂祥太朗です。
修士の1年目では先行研究を徹底的にレビューし、RQ(リサーチクエスチョン)を決めることが研究のメインになります。大学院に入学してから半年が経ち、レビューのやり方を少しずつ掴んできました。今回は、現在どうやってレビューをしているかと、しながら感じた「ディグ」との共通点について書いてみます。


【「ディグる」とは?】
DJが、時間の経過や入手可能性の低さによって埋もれたレコードやCDを探しまわることを、英語圏では”dig”と言います(Welburn, 2013) 。このスラングが日本にも輸入され、リスナーが音楽配信サービスで新たな音楽を探したり、服好きが掘り出し物の古着やスニーカーなどを探す行為を「ディグる」と言うようになりました。

【先行研究の探し方】
先行研究をいざ読むとなっても、数は膨大です。そこで、読む文献をうまく絞って読んでいく必要があります。私は主に3つの絞り方を使っています。

①テーマやキーワードで絞る
自分の研究に関わるキーワードをGoogle Scholar等に入れ、ヒットした文献にあたる方法です。私であれば「ESD 課題」「教育 価値観 対話」のように、キーワードを組み合わせて検索していました。研究を始めたての時は、このやり方が一番ハードルが低いと思います。まず世の中にどのような論文があるか、少しずつ全体像を見ることに繋がります。

音楽や服のディグも同じです。「80年代 シティポップ」「HIPHOP US Chill」「モード系 レザージャケット」「テック系スニーカー ブラック」というように、まずは気になるジャンルやカテゴリーで調べると、趣向にあったものが沢山出てきます。

②著者で絞る
ディグを続けていると、「このアーティストは自分の好みに合う曲が多いな」「このブランドの服のスタイルは自分に合っているな」というのが段々分かってくるかと思います。好きなアーティストの昔のアルバムを聴いたり、トップスが好きなブランドのボトムスも見てみよう、とディグが進みます。

これは研究も同じだと思います。ひたすら先行研究にあたっていると、「この著者の視点は自分に近いな」「この著者がよくアプローチしている課題は自分と近いところにあるな」と分かれば、その著者が過去に出した文献を漁ることで、レビューが更に強固になっていきます。

また、共著者となっている著者の文献にあたることもあるでしょう。音楽や服の文脈でも、コラボしているアーティストやブランドをディグすることで、更なる出会いが待っています。

③先行研究の先行研究にあたる
著者で絞るのと似ていますが、先行研究がどのような先行研究を用いているのかは重要です。「この研究をするならこの論文は読んでおいた方がよい」というものと出会うことができます。目の前の研究が、どういう変遷でこのRQに到達したのかは、そのまま自分の研究にも参考になります。そこからどのように新規性を加え、学術的潮流の中でどう位置づくのかを考えることにも繋がるでしょう。

このことは、「サンプリング」に一番近いのではないかと思います。研究の文脈でも使われる語ですが、音楽や服のカルチャーでは端的に「既存の創作物を素材として新たに創作すること」という意味で使われます(諸説あり)。音楽ではDaft Punkの“Harder, Better, Faster, Stronger”をサンプリングしたKanye Westの“Stronger”など、ファッションではヴィンテージアイテムをアレンジしたもの(例:MA-1)などが該当します。これはどちらかというと創作者側の視点になると思いますが、過去の作品や知見を素材として扱い、新しいものを生み出す点で共通項が見いだせると思います。

【質の良い「ディグ」をするために】
先行研究のレビュー、音楽や服をディグる中で、「なぜこれが良いか・悪いか」を言語化することを意識しています。論文のどこを有用だと感じるのか、何が論文の質を担保する核として機能しているのかに注目することで、研究課題を特定するための見方がより洗練されるように思います。また、自己分析にも繋がります。私は一時期「コンシャス・ラップ(社会問題を題材とするラップ)」をディグしていました。これは歌詞に特徴のある音楽のジャンルですが、意外と自分は音楽性の方を重視していることに気がついた、なんて経験がありました。研究においても「これは違う」という相対化により、より方向性を明確にすることができます。

余談ですが、この考え方はもっと広く使えるものでもあるなと思います。私はこの春から上京しましたが、都内のおいしい飲食店を探したり、最近は修士卒業後の進路を調べたりする中でも「ディグ」している感覚があります。

ぜひ皆さんも、先行研究を「ディグ」していきましょう。


最後までお目通しいただきありがとうございます。
少しでも先行研究レビューの実態がイメージしやすくなれば、幸いです。

参考文献
Welburn, William C.(2013)Digging the Digital Crates. Imagine, Innovate, Inspire: The Proceedings of the ACRL 2013 Conference, 148–156

2026.10.08

「ご学友」と過ごす時間を大切にしよう (M1 上林山大吉)

こんにちは。修士1年の上林山です。

大学院に入って半年が過ぎ、最近改めて感じているのが「ご学友」のありがたさです。
研究の相談ができることはもちろん、授業で困ったときに「ちょっと教えてほしい」と声をかけられる人がいると、大学院生活の安心感はずいぶん違うように思います。

合同研究会で感じたこと

先日、大阪大学との初めての合同研究会がありました。普段とは異なる研究室の皆さんと話す機会をいただき、大学や研究室を越えて、同じ時期に学んでいる仲間とつながることの大切さを感じました。

印象に残ったのが、山内先生が学生時代の同年代の方々とのつながりが励みになっていたとお話しされたことです。
当たり前の事かもしれませんが、研究を導いてくださる先生方にも、仲間とともに学び、悩みながら研究を乗り越えてきた期間があったようです。

先生方の若い頃の写真を見ながら、「ここにあの人がいる」と楽しそうに話される様子には、少しうらやましくもなりました。
私もいつか、今の仲間と写真を見返しながら、あんなふうに話せたらと思います。

合同研究会での集合写真
授業で実感した「聞ける人がいる」安心感

ご学友のありがたさは、研究会の場面だけではありません。最近は、選択必修の授業で、講義からディスカッションまですべて英語という授業に出くわし、絶賛苦戦中です(スマートグラスか同時翻訳できるAirPodsを買うか真剣に迷いました…笑)。

そんな時に「困ったら聞ける人がいる」と思えることは、大きな安心につながります。一人で抱えていると大きく感じる困りごとも、人と話すことで、何が分からないのかを整理できることがあります。
分からないことを抱え込まず、助けを求められることも、学び続けるためには必要なのだと感じています。

研究テーマが違っても、貴重な仲間

社会人として働いていると、人とのつながりを仕事や役割だと割り切って捉えることが多くなりました。その中で、同じ学生として悩みを話せる関係は、研究テーマや経験が違っても貴重だと思います。

こうした何気ない交流は、研究者としての歩みにも関わるようです。Wuestman らの研究(2023)は、数学分野の博士課程学生およそ9万人を対象に、周囲の仲間が将来のキャリアにどう影響するかを分析しています。
それによると、同じ指導教員の下にいる仲間とは、キャリアの初期に競争が生じやすい一方で、指導教員を共有しない仲間、とくに同期からは、支えとなる効果が見られました。
一つの分野のデータではありますが、研究室の違う同期との何気ない会話が、長い目で見て自分の研究を支えてくれる可能性があるというのは、心強い知見でした。

入学式の言葉と、これから

今年4月の入学式で、藤井総長は、新たに出会う友たちと語り合う時間をつくってほしいと呼びかけていました。時間効率が重視される中でも、あえて対話の時間を大切にしてほしいというメッセージだったと受け取っています。

とはいえ、日々の予定に追われると、授業が終わればすぐ帰ってしまったり、知っている人の顔を見かけても、声をかけようか迷っているうちに通り過ぎてしまう日もあります…。そんな時は迷って通り過ぎず、なるべく自分から声をかけていきたいです。

自戒も込めて、今、一緒に学べる皆さんとの時間を大切にしていきたいね、という振り返りでした。

【参考】
藤井輝夫「令和8年度東京大学大学院入学式 総長式辞」(2026年4月13日)https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message2026_05.html
Wuestman, M., Wanzenböck, I., & Frenken, K. (2023). Local peer communities and future academic success of Ph.D. candidates. Research Policy, 52(8).

2026.10.02

AIとの開発日記 その2:真正な問題にぶつかるためにつくる (D3 田中冴)

D3の田中冴です。

前回の自分の担当ブログでは、AIを使ったシステム開発の過程で気づいたことについて書きました。
AIとの開発日記 (D2 田中冴)
今回は、その延長で、この一年ほど考えていることについて書きます。

今年の4月から大学に就職した関係もあって、AIやコンピュータを使ってものをつくるということについて、話したり実演したりさせていただく機会が増えてきました。
そこでつくづく考えることになったのが、「コンピュータのこと何もわかってないのにAIにコード書かせて作っちゃっていいの?」的な問いへの回答です。
私はこれまで、「とりあえずつくってみたらいいんじゃない? (プログラミングの教科書を1ページ目から読み始めて挫折するくらいなら) 」という立場をとってきました。
しかし、改めて「なぜつくるところからはじめるべきなのか」と問い直されると、結構説明が難しく、その再説明を試み続けてきた半年でした。

現状私が言葉にしたのは、「つくることは、形にして、考え進められるようにする作業である」、ということです。
頭の中にある「こういうものが欲しい」は、最初は曖昧で、条件の抜けや具体性の欠如に気付きにくいものです。
実際に動くものが⽬の前に出ると、「ここが違う」「これ要らない」「この場合はどうなる?」と、具体的に考えられるようになります。
AIの出してきたダメな叩き台に「こうではなくこうだ」と細かくNoを説明しているうちに、遡及的に自分のつくりたいものを知ることになります。
少なくとも、AIに叩き台を出させるまでは知らなかった場所には進むことができます。
AIは必要条件ではないけど、ものづくりのループの中に入り込むことを、たしかに易しくしてくれる道具であると思います。

ナオミ・S・バロン(2025)『書くことのメディア史―AIは人間の言語能力に何をもたらすのか』古屋美登里・山口真果訳、亜紀書房 より
たとえば、上がってしまった車のバッテリーをジャンプスタートさせる場合を想像してみてほしい。バッテリーが動かなければエンジンは回転しない。人間が文章を書くときにこれと同じことがおきる。それがアイデアの枯渇やスランプだ。バッテリーや人間の脳が動き出すためのきっかけを与えるには、外部から刺激を与えなければならない。つまり手を貸してくれる親切なドライバーのバッテリーであり、AIツールだ。

制御やシミュレーションの領域では、⼈間が処理のループに⼊り込むことを、「Human in the Loop」と表現します。
今回の話に引きつければ、AIの出力を自分の目的に照らして確かめ、必要な修正を返し続けるプロセスに近いでしょう。
最近では、ライティングの領域からも参照されています(e.g. 既出のバロン 2025)。
AIと⼀緒に新しいものをつくりだすとき、それはアプリでもライティングでも、こういうデザインのループに⼊り込むというプロセスが発⽣しえます。
AIとものをつくるうえで難しいのは、⽬的と判断を⼿放さず、ものづくりのループの中に⾃分を置き続けることだったりします。

つくりこむループに入り込めると、コンピュータやAIの知識が求められる場⾯に遭遇しやすくなるため、「必要に応じて学ぶ」ということが可能になります。
実際この半年間、プログラミングに初めて触れ、デザインループに入り込む過程で、ファイルの概念やコード中の括弧の対応関係などを結果的に知ることになった人たちに複数遭遇しました。

ダニエル・シュワルツ(2026)「適応的熟達化への道:『Efficiency(効率)』と『Innovation(創造)』の融合」国立教育政策研究所 令和8年度教育研究公開シンポジウム「生成AI時代の学校教育と教師~人間の果たすべき役割~」国際招待講演 より(動画中の和訳より引用)
彼女は学生に伝統的な設計図(ブループリント)をデザインさせました。次にAIを使って設計図を立体的な建物に変換させます。そして彼女は学生を実際に車椅子に乗せ自分たちの建物に入らせました。すると学生はトイレに行く難しさや階段付近で方向転換する難しさに気づくのです。設計図をつくる活動だけでは十分ではありません。AIツールを使うことで解決すべきリアルな問題に「ぶつかる」ことができます。

私はPCを、人間の思考のシミュレーションの道具(ミスれる環境?)だと捉えているので、順当な使い方かなとも思っています。
なお、ミスが大勢を巻き込む大事故になるような環境で「結果的に学ぶ」を前提にするのは割に合わないので、ミスっても破滅しない程度には安全を確保して欲しいです。

ナシーム・ニコラス・タレブ(2019)『身銭を切れ―「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』望月衛監訳・千葉敏生訳、ダイヤモンド社 より
ベンチから飛び降りるのは健康や骨にとっていいだろうが、ビルの20階から飛び降りるのは違う。小さなケガは体によいだろうが、取り返しのつかない大きなケガは違う。(中略)リスクと破滅は別のもんなのだ。

さて、今年の6月に国際学習科学会に参加した際、Shayan Doroudi氏の講演で「知的徳(intellectual virtues)」という言葉を知りました。
知的徳は、哲学、特に「よりよく知る人とはどのような人か」を考える徳認識論などで論じられてきた概念らしいです。
Doroudi氏らは、知的謙虚さ・知的好奇心・知的誠実さ・知的粘り強さといった知的徳を、生成AI時代の教育につなげる研究を進めているようです。
AIとものをつくって考えることが当たり前になっていくにつれ、強烈な主体性というか、屈強な知的体力というか、なにかそういう知的な責任を、強風の中でも自分の手から離さない粘り強さの価値が、これまで以上に高まる時代になるかもしれないですね。

三宅なほみ(編)(1985)『教室にマイコンをもちこむ前に』新曜社 より
教師が教室にコンピュータを持ち込む場合、 教師の側に、 「これがしたい、これをするのにはどうしてもコンピュータがいる」という強烈な主体性がなければ、コンピュータは教室で活きないでしょう。

ただ、これを「"主体性"なり"知的徳"が、ある人はある」という議論に落ち着けては、建設的に考え進めることが難しいようにも思います。
人は必要が生じれば賢く学ぶのだと仮定すると、"主体性"なり"知的徳"が発揮されやすい、真正な問題状況をいかに準備するかが、自分の考えるべきことなのかなと考え始めています。
以上、最近考えていることでした。

2026.07.29

自分の実践を研究対象にするということ(D1菊池ゆみこ)

こんにちは、博士課程1年(D1)の菊池ゆみこです。
2023年春に山内研の修士課程を修了し、今春から博士課程で再び研究を始めた社会人院生です。

今年度は社会人院生に関する記事をM2の松田さん(『大学教員が、もう一度『学生』になるということ』)M1の上林山さん(『社会人大学院生という選択』)が書いてくださっていますが、
今回は自分の実践を研究対象にしようと考えている方、そして社会人として大学院進学を考えている方に向けて、これまでの経験や今感じていることを書いてみたいと思います。

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私は、小劇場の俳優としてキャリアをスタートさせ、その後、演劇ワークショップのファシリテーターとして実践を重ねてきました。
私の実践は「応用演劇」や「演劇教育」と言われます。演技の技術を高めることや劇場での本格的な上演を目的とするのではなく、参加者(多くの場合は児童生徒です)が何らかの役を担い、身体や声、空間を使って表現する過程で学びが起きるようにデザインされた、ワークショップ形式の学習です。
実践を続ける中で、「現場で生まれる課題を理論的に明らかにすることが実践の助けになるのではないか」と考えるようになり、社会人院生として修士課程に進学しました。具体的には、演劇ワークショップのファシリテーションの熟達に関する研究を行っています。

実践の問いを、研究の問いにする難しさ

修士課程で最初に苦労したのは、自分が現場で問題だと感じていることと、学術的な研究によって明らかにできることが、必ずしも同じではないという点でした。
ゼミ発表時に指摘されたのは「リサーチクエスチョンが大きすぎる」こと。実践者としては、現場で起きている問題をどうにか解決したい、との思いから、つい大きなリサーチクエスチョンを立ててしまいがちです。

しかし、一つの研究で何かを明らかにするためには、リサーチクエスチョンを絞り込む必要があります。
そのためにまず行ったのは、自分の実践が学術的にはどのような分野に位置づけられるのかのリサーチです。次に、その分野ではこれまで何が明らかにされ、何がまだ課題として残されているのかを先行研究から探っていきました。

私の場合は、まず自分の実践・かつ研究対象が「応用演劇」「演劇教育」というタームで説明できるのだとわかってから、少しずつ研究を進めやすくなりました。
「応用演劇」「演劇教育」というタームが見つかったことで先行研究が見つけやすくなったからです。
さらに自分と似た関心を持って研究している人がいることも分かります。実践の場では自分だけが気にしているように思えた問題に取り組んでいる先人や仲間が国内外にいる!これは個人的にとても心強いものでした。

また、先行研究の限界や課題を意識して読むことで、「研究上の課題」と「自分自身の問題意識」を少しずつ切り離して考えられるようになった感覚がありました。

研究を終えて実践に戻った時に起きたこと

修士課程を修了した後、私は再び演劇ワークショップ実践の仕事を中心にして過ごしましたが、強く感じたのは自分の実践を捉える視点の変化です。

ワークショップのファシリテーションには「蟻の目」と「鳥の目」の両方が必要だと言われていますが、さらにそのもう一つ外側の視点が得られた感覚がありました。
例えば「他の領域での考え方や実践を自分たちの実践に取り入れられるのではないだろうか」「自分たちの実践は社会の中でどう位置づけられるのか」「自分たちの実践はこれから先、どのようなビジョンを持つことが求められるのか」といった視点です。

修了後に現場に戻った後しばらくは、外から自分の実践を見る視点と、内側から実践を見る視点とが混乱してぐらぐらする感覚があり、自分の中で”ピント調節”をしなくてはいけないくらいでした。

ふたたび研究へ
私が自身の実践を研究対象とする中で得た一番大きなものは、実践を別の角度から捉えるための知識や視点でした。
そしてそれらは修士研究を終えた後も実践の中に残り、ふたたび研究へと向かう新たな問いにつながっていきました。

現在は博士課程として山内研で再びの研究生活。まだまだ五里霧中……ではありますが、実践と研究を行き来しながら見つけた新たな問いと向き合い、少しずつ前に進んでいきたいと思います。

2026.07.16

大学教員が、もう一度『学生』になるということ(M2 松田紀子)

 皆さんにとって、人生のテーマは何でしょうか。このブログをご覧くださっている方には共感していただけるかもしれませんが、私にとってのテーマは「学び」です。ただし、ここでいう学びとは、単に知識を身につけるstudyingだけを意味しません。もちろん、知識を得るために勉強することも大切ですが、経験や人との出会いを通して、自分自身の考え方やものの見方を少しずつ変えていくlearningの方を、私は大切にしたいと思っています。私は、年齢や立場を問わず、素晴らしい方々と関わる機会に恵まれているという点で、とても幸運な人生を送っていると思います。そうした方々の言葉や行動から学ぶことは多く、それが私にとって大きな喜びとなっているのです。
 2025年度から、専門分野を越えて学び直す機会をいただき、東京大学大学院学際情報学府で学んでいます。自分の知らないことを学ぶのは刺激的で、何より楽しいものです。同時に、これまで当たり前だと思っていた考え方を問い直すことも少なくありません。先生方、とりわけ山内先生が、専門や立場の異なる多様な学生の問いを広く受け止めてくださる姿勢に、懐の深さを感じる日々です。同期の皆さんやクラスメートにも、さまざまな場面で助けてもらっています。さらに、研究を支えてくださるファシリテーター、そして先輩方からも有益な助言をいただきながら、充実した学生生活を送っています。
 一方で、ご想像のとおり、体力的にはなかなか大変です。片道数百キロに及ぶ遠距離通学に加え、普段は大学教員として課題を出す立場でありながら、自分自身も締め切りに追われています。課題を提出する側の気持ちを身をもって実感し、最近では、自分が教えている学生たちにも少し優しくなった……ような気もします。体力的な負担には、教員としての仕事との両立も大きく関係しています。使える時間が限られている以上、すべてを完璧にこなすことはできません。最近は、自分にできる範囲で、一つひとつの学びを楽しもうと思えるようになってきました。大学院の修了や、研究課題には、もちろん目標や区切りがあります。しかし、学びそのものには、最終的なゴールはありません。ゴールがないからこそ、これまで知らなかった新しい景色に出会う楽しみは尽きません。
 ニュートンは晩年、自分を海辺で遊ぶ少年にたとえ、ときおり滑らかな小石や美しい貝殻を見つけて喜んでいるにすぎず、その前には、まだ発見されていない「真理の大海」が広がっていると語ったと伝えられています(Brewster, 1855/2009, Chapter XXVII)。以前よりも、その言葉の意味を実感できるようになりました。分からないことがあるということは、まだ知らない世界が自分の前に広がっているということでもあります。問いを抱えながら考えたり、学んだこと同士のつながりを探したりすることも、学びの楽しさなのだと思います。経験を重ねた今だからこそ、思いがけないつながりや発見を、じっくりと味わえるようになった気がします。 
 もう一度学生になることは、社会人としての立場を手放すことではなく、自分を捉え直す機会でもあると思います。私は教員であるため、学生の立場から授業や課題を経験することで、教えることと学ぶことは、互いに行き来しながら深まっていくものだということも改めて実感しています。そして、今回の学び直しを通して改めて感じたのは、学びは一人で完結するものではないということです。先生方や同期、先輩方をはじめ、さまざまな方々との関わりが、自分の考え方を深め、視野を広げてくれています。これからも、そうした方々との関わりを大切にしながら、好奇心を失わず、自分なりの歩幅で学びの旅を続けていきたいと思います。

※ニュートンの言葉は、Brewster(1855/2009, Chapter XXVII)に収録されている記述を、本稿の文脈に合わせて日本語で要約しています。

Brewster, D. (2009, September). Chapter XXVII [Normalized transcription]. The Newton Project. https://www.newtonproject.ox.ac.uk/view/texts/normalized/OTHE00088 (Original work published 1855)

2026.07.09

研究に必要な知力・体力・筋力・・・?(D1 山﨑聡一郎)

こんにちは、山内研D1の山﨑聡一郎です。
今回は「研究と運動の関係」をテーマに、最近感じていることを書いてみたいと思います。

研究というのは、つくづく自分との闘いだと感じています。仮説を立てては壊し、データや文献と向き合っては行き詰まる。その過程で不安になったり、気持ちが沈んだりすることも少なくありません。私自身、定期的にそういう波がやってきます。ただ最近になって、その原因の一端は「運動不足」にあるのではないかと思うようになりました。


気分が落ち込む時の法則?
私は研究のかたわら俳優業もしており、身体そのものが仕事道具であり商品でもあります。そのため日頃からボディメイクを目的に筋トレを続けているのですが、研究や俳優業以外の仕事が立て込んでくると、なかなかジムに行く時間を確保できなくなってしまいます。

厄介なのは、気分が落ち込んでいるときほど、自分でも気づかないうちに筋トレの頻度が落ちていることです。そんな状態である日時間ができて筋トレをすると、嘘のように元気になる瞬間があります。「今日は行きたくないな」と重い腰を上げてジムに向かい、トレーニングを終えて帰る頃には、行く前とはまるで別人のようにすっきりしている。この現象を何度も経験するうちに、これは単なる気分転換以上の何かなのではないかと感じるようになりました。


運動嫌いだったはずなのに
実をいうと、私は小中高生時代、根っからの運動嫌いでした。体育の成績も芳しくなく、球技も持久走も苦手意識のかたまりだったように思います。そのため今でも、筋トレに向かう前は気持ちの上ではどこか憂鬱で、決して「筋トレが好き」というわけではありません。行く前どころか、筋トレ中も割と「なんでこんな苦しいことやってんだろうな」と思いながらバーベルを担いでいます。

それにもかかわらず、実際に身体を動かした後の心身の軽さは本物です。運動が好きか嫌いかという気持ちの上での評価と、運動が実際にもたらす疲労回復の効果との間には、案外大きなギャップがあるようです。この「思っていたより効く」という感覚のずれこそが、今回この記事を書いてみようと思ったきっかけでした。


「気のせい」ではなかった ー 運動とメンタルヘルスの科学
そこで少し調べてみると、この実感を裏付ける研究成果が国内外に存在することが分かりました。

まず国内の研究では、公益財団法人明治安田厚生事業団体力医学研究所が2006年から続けている「コアスタディー」が参考になります。同研究所が行った調査(甲斐ら, 2011)によれば、運動を全くしない人々と比較して、週2時間以上の運動習慣を持つ人々は、1年後に抑うつになるリスクがおよそ半分だったといいます。

さらに2024年には、英国の医学雑誌『BMJ』に、オーストラリア・クイーンズランド大学のマイケル・ノエテル氏らによる系統的レビュー・ネットワークメタ分析が発表されました。うつ病治療に関する218件のランダム化比較試験、14,170人分の参加者データを統合したこの研究では、ウォーキングやジョギング、ヨガ、ダンス、太極拳・気功、そして筋力トレーニングなど、運動の種類を問わずうつ症状の改善に効果が見られています。とりわけ筋力トレーニングは若い世代で効果が高い傾向にあることが示されました。専門家からは、運動全体の効果量は心理療法や抗うつ薬に匹敵する、あるいはそれ以上との指摘もなされています(Noetel et al., 2024)。

つまり、私が感じていた「行く前は億劫なのに、終えると元気になる」という感覚は、案外裏付けのある現象だったということです。
そういえば、学際情報学府では山内研の内外を問わず、筋トレに励んでいる方を何人も見かけます。趣味がダンスや登山といった、身体を動かすことである方も決して少なくない印象です。研究に打ち込む人ほど、身体を動かすことの効能を経験的に知っているのかもしれません。


おわりに
研究は長期戦です。だからこそ、頭だけでなく身体のコンディションを整えることも、研究を続けていくうえで欠かせない技術の一つなのだと、最近になってようやく実感するようになりました。私のように運動嫌いであっても、無理のない範囲で筋トレを続けていくことが必要なのかもしれません。

無理のない範囲で、というのが結構ミソでして、5年前くらいにバーベルデッドリフトで腰を痛めてトレーニングベルトを使うようになり、昨年あたりからバーベルスクワットで膝が痛むようになってしまったので最近はブルガリアンスクワットにハマっています。筋肉は裏切らないけど関節はすぐ裏切る、とインターネットの叡智が語っていました。

これから山内研や学際情報学府を目指す方の中にも、研究の波に不安を感じることがある方がいらっしゃるかもしれません。そんなときは、ほんの少しでいいので身体を動かしてみてください。案外、気持ちのほうが後からついてくるものです。研究も運動も無理なく長く続けていくことを大切に、これからも心身ともに健康な研究生活を送っていきたいと思います。


参考文献
Noetel M, Sanders T, Gallardo-Gómez D, Taylor P, del Pozo Cruz B, van den Hoek D, et al. Effect of exercise for depression: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials. BMJ. 2024;384:e075847.
https://doi.org/10.1136/bmj-2023-075847
公益財団法人 明治安田厚生事業団 体力医学研究所「運動とメンタルヘルス」
https://www.my-zaidan.or.jp/tai-ken/information/mental/(2026年7月閲覧)
糖尿病ネットワーク「運動でメンタルヘルスを改善 すべての運動にうつ病を軽減する効果が ウォーキング・ヨガ・ダンス・筋トレを調査」
https://dm-net.co.jp/calendar/2024/038146.php(2026年7月閲覧)
Science Media Centre. Expert reaction to systematic review and network meta-analysis on the effect of exercise on depression.
https://www.sciencemediacentre.org/expert-reaction-to-systematic-review-and-network-meta-analysis-on-the-effect-of-exercise-on-depression/(2026年7月閲覧)

2026.06.25

書籍を研究に活かすための文献管理(M2 松原正典)

皆さんこんにちは。M2の松原正典です。
本年度もよろしくお願いいたします。

今回は文献管理の中でも「論文」の管理ではなく、「書籍」の管理について皆さんと考えていけたらと思います。
過去のブログでも文献管理、整理についての紹介がされている記事がありました。こちらも併せてご覧ください。

https://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/ylab/2025/07/m1-12.html

研究というと成果として発表されるのは「論文」だとイメージされる方もいらっしゃるかと思いますが、「書籍」として発表されることも少なくありません。私はメディア研究の一部も先行研究で整理する必要があるので、論文だけでなく、書籍を読むこともあります。

【論文と書籍とで文献整理は違うのか?】
では「論文」と「書籍」で文献整理の点で何が異なるのか?というところですが、つまるところ「概要把握のスピード」の違いだと私は考えています。

論文は要旨、背景、方法、結果、考察、結論のように構成の型がある程度決まっているので、目的やもたらされた結果などまとめやすくなっています。また、生成AIの発達によって要約も容易になっていて、例えばNotebookLMに論文をアップロードすれば、概要説明のスクリプトを作成することもできますし、チャットで質問をすることもできます。「ざっと見る」ことに関しては飛躍的に行いやすくなりました。

一方で、書籍は論文のように型が決まっているわけではありません。序章や終章に全体の構造を説明されていることもありますが、各章で議論が積み重ねられていたり、章をまたいで主張が展開されていたりするため、短時間で全体像をつかむことが難しくもあります。また、論文はウェブ上にオープンアクセスで載せられていることがしばしばありますが、書籍に関しては現状オープンアクセスとなっていない場合が多いです。
書籍は「ざっとみる」ことをしたい場合でも論文と比較して時間をかけて読み、整理する必要があるという点で違いがあります。

【書籍の文献整理の方法:松原の場合】
ここからは私の模索中の文献整理の方法を共有しますので、他に良い方法があればぜひご教授いただきたいです。

①Googledriveでの管理
Googledriveでは、主にGoogle スプレッドシートとGoogle ドキュメントを使って管理をしています。
まず、スプレッドシートでは書誌情報を一覧でまとめています。具体的には書籍名、著者名、出版年などの基本情報に加えて、その書籍の全体に目を通したのか、あるいは特定の章だけ読んだのかを記録しています。書籍は最初から最後まで目を通すとは限らないので、私の研究においてどこの章が重要で目を通したのかをまとめていると後に見返す際にも便利です。また、スプレッドシートには、その書籍についてまとめたGoogle ドキュメントのリンクと、一言まとめも記入しています。一言まとめには、「この本は何について論じているのか」「自分の研究にどのように関係しそうか」を簡単に書いています。こうしておくことで、後から文献を見返すときに、どの本がどの議論に使えそうかを素早く確認できます。

一方で、Google ドキュメントでは書籍の内容をより詳しくまとめていきます。全体の要約や章ごとのメモ、気になった概念、自分の研究との接続を書き残すようにしています。スプレッドシートは文献を一覧で把握するためのもの、Google ドキュメントは内容を深く整理するためのものとして使い分けています。

②読書メモアプリの活用
最近は山内研の方に紹介していただいた「KokuDoku」というアプリを使って書籍の整理を試みています。KokuDokuはスマホで撮影すると瞬時にテキスト化をすることが出来るので、紙の書籍を読みながら気になった箇所を記録、メモをする際に非常に便利です。

これまでは、書籍の中で重要な箇所や一文を見つけると、付箋を使ったり、購入した書籍であれば線を引いたりするなどの方法を使ってきました。しかし、その方法だと、後から見返す際に付箋の箇所を手あたり次第確認する必要があります。また、線を引いた箇所についても、そのときは重要だと思っていても、時間が経つと「なぜここに線を引いたのか」が分からなくなることがあります。

それらを解決するために気になった箇所をマーク出来る機能とマークした箇所にメモ書きが出来る機能を活用します。気になった箇所には「なぜこの箇所が気になったのか」「自分の研究のどこに関係しそうか」を短く添えるようにしています。 もちろん電子書籍にも同様の機能があるのですが、読む時には紙媒体が良い方にとってはいいとこどりが出来るようになったと言えるでしょう。

②生成AIの活用
生成AIは主にGoogle ドキュメントにまとめる際の補助として活用しています。

例えば書籍を最初から最後まで目を通す場合は要約を章ごとに行うのですが、その要約をGeminiに投げて理解できない箇所や不足していると思われる情報の指摘をしてもらいます。指摘から修正が必要だと思われる場合はもう一度読み直しを行います。また理解できない箇所があれば、共有をして一緒に考えることもあります。

書籍を読み進めていく中で、要約や理解出来ない箇所を共有することで、初めて読んだ際の違和感や理解度がある程度反映されたまとめを作成することが出来るので、ただ読むだけではなく考えながら読む良い補助として生成AIは機能しています。

ただし、生成AIはあくまで補助的に使うようにしています。書籍の場合、著者の議論の流れや章同士の関係が重要になるため、生成AIによる要約だけで内容を理解したつもりにならないように注意しています。むしろ、自分が作成した要約やメモをもとに、理解の穴を確認したり、別の整理の仕方を提案してもらったりする使い方がよいのではないかと感じています。

【書籍管理で意識していること】
ここまで、Google Drive、読書メモアプリ、生成AIの活用について紹介してきましたが、書籍の文献整理で一貫して意識していることは「後から使える状態にしておくこと」です。
書籍は文量が多く、読み終わった直後には理解したつもりでも、時間が経つと内容を忘れてしまいます。特に研究計画や論文を書くときには、「たしかあの本に関連する議論があったはず」と思っても、どの章のどのあたりに書かれていたのかを探し直すのに時間がかかることがあります。
そのため、書籍を読む際には、次の3点をできるだけ残すようにしています。

1つ目:その本は何を論じているのか
2つ目:自分の研究に関係している箇所がどこか
3つ目:その箇所がなぜ自分の研究に関係しているのか

特に3つ目は個人的には重要です。引用したい箇所や気になった箇所を保存していても、後から見返したときに「なぜここをメモしたのだろう」と思うことがあります。そこで、「先行研究の背景として使えそう」「概念整理に関係しそう」「自分の研究対象を説明する際に参考になりそう」といった一言を残しておくと、文献レビューや研究計画を書くときに使いやすくなります。

【おわりに】
今回は論文ではなく、書籍の文献管理で私が試している方法を紹介しました。

論文は構成が比較的決まっているため整理がしやすいですが、書籍は章立ても様々で特定の章だけ読むこともあるので、決まった型でまとめていくのは研究に活かす上で大事な部分を取りこぼしてしまうのではないかと危惧しています。

だからこそ、書籍の文献管理では、単に内容を要約するだけでなく、「どこを読んだのか」「何が書かれていたのか」「自分の研究とどのように関係するのか」を残しておくことが重要なのではないかと感じています。私自身もまだ試行錯誤の途中ですが、スプレッドシートで文献全体を見渡し、Google ドキュメントで内容を整理し、読書メモアプリや生成AIを補助的に使うことで、少しずつ後から使いやすい形になるよう工夫しています。

文献整理の方法に正解があるわけではありませんし、研究分野やテーマ、読む文献の種類によって整理の仕方も変わっていきます。今回紹介した方法も一例に過ぎませんが、書籍の文献管理に困っている方の参考になれば幸いです。

皆さんはどのように文献管理をしているでしょうか。おすすめの方法やツールがあれば、ぜひ教えてください!

2026.06.25

社会人大学院生という選択(M1 上林山 大吉)

こんにちは、上林山と申します。
今春から東京大学大学院・学際情報学府に入学し、社会人大学院生としての生活をスタートさせました。

「社会人大学院生」と言うと、少し落ち着いた響きがありますが、私はまだ26歳です。
実際、大学構内を歩いていると普通に学部生に間違えられます。自分で言うのもなんですが、まだまだぴちぴちだと自負しております。

一方で、会社では大手企業の総合職として働きながら、社内では教育担当としてリスキリングを教える立場も担っていました。
社外では、オンラインコミュニティで講師として資料作成のノウハウを伝えています。

そんな私が大学院に進学しようと思ったきっかけは、職場の内外で教育に携わる機会が増えたことでした。

社外のオンラインコミュニティで活動する中で、大人たちが自発的に学び直しをしている現場を目の当たりにしました。
そこでの学びが本業に還元されたり、次のキャリアへの足がかりになっていたりと、リアルな変化が起きていました。
「これは面白い、ちゃんと研究したい」と思ったのが、進学を意識し始めたきっかけです。

当初は大学時代に経済学部だったこともあり、MBAが取得できる経営系の大学院や、東大内の経済学の大学院も検討していました。
その中で敢えて学際情報学府、そして山内研を選んだのには、いくつかの理由があります。

1. 多様な人々が集まる環境

学際情報学府には、ストレートに進学した若い学生だけでなく、企業で20年以上第一線で活躍してきた社会人や、多くの留学生が在籍しています。
社会人学生の割合はおよそ4分の1ほどで、山内研にも各学年に1人は社会人大学院生がいる印象です。自分だけが浮いてしまうような環境ではないというのは安心材料でした。

2. 研究の自由度と柔軟なカリキュラム

MBAのような専門職大学院はカリキュラムがある程度決まっており、プログラムに沿って学ぶ形になります。
一方、学際情報学府は研究テーマの自由度が高く、自分の問いを深く追求できます。
また、標準修了年限は2年ですが、事情に応じて3年かけて修了することも可能なので、仕事との両立に不安がある方も比較的学びやすい環境かと思います。

3. 「今しかない」という覚悟

今後数年のうちにマネージャーへの昇進が見えてきたとき、部下のマネジメントや組織づくりに追われ、研究に向き合う時間はなくなるだろうと感じました。
だからこそ、この2年間が研究に集中できる最後の機会だという覚悟が、進学の決め手になりました。

大学卒業後、進学までに数年のブランクがありました。でも今は、社会人経験を挟んだことによるブランクをポジティブに捉えています。

企業で働いてきたことでドメイン知識が身につき、「こういう研究がしたい」という明確な意志を持って大学院に臨めています。
授業で得た学びが実務に直結する瞬間があったり、逆に現場経験が研究の深みを支えてくれたりと、学びと仕事が相互に還元し合う感覚があります。

社会人を経てから大学院に入る意味があるのか、と不安に思う方もいるかもしれません。でも私自身は、ちゃんと意味があったと感じています。

さいごに

もちろん、働きながら大学院に通うのは楽ではありません。
仕事、授業、研究、課題、発表のルーティンを回すのが大変なこともありますが、ここでしか得られない養分があるのを日々実感しており、今このタイミングで大学院に来てよかったと思っています。

社会人で山内研への進学を迷っている方は、ぜひ受験を検討してみてください。

2026.06.12

研究計画書で意識したこと・学部時代の過ごし方(M1藤堂祥太朗)

皆さんはじめまして。M1の藤堂祥太朗です。

大学院夏季入試の出願まで残り約1ヶ月となりました。私からは、記憶が新しいうちに、研究計画書を書く際に特に意識したことと、大学院進学を控えた学部時代の過ごし方について共有させていただければと思います。特に大学院受験生の方々にとって参考になれれば幸いです。

※「これをやれば受かる!」という保証はできません。ご留意ください。


【研究計画書について】 
かなり前になりますが、山内先生が研究計画書の書き方についてコメントをされています。
【エッセイ】 人をうならせる研究計画書
これを踏まえつつ、具体的に私が大切にしたことやAIの使い方についても意見をお伝えします。

まず、研究計画書を書く際に意識すべきことは大きく2つあると思います。

①研究意義
研究には、学術的価値と社会的価値があります。

学術的価値については、先行研究で検討されていない新規性が重要になります。これを見つけるには、多くの文献から傾向や課題を分析した「レビュー論文」と呼ばれるものを参照する、また論文を沢山読む中で共通して挙げられている課題に注目することが大切です。加えて、私はESD(持続可能な開発のための教育)と教育工学の2つを掛け合わせた研究をしているのですが、それぞれの学問分野にどのように寄与するかも考えました。具体的には、教育工学が「SDGs」という社会課題とも接続するという点、ESD研究ではあまりされてこなかった効果検証を取り扱えるという点を強調しました。

そして、社会的価値をしっかり考えられるかどうかが、専門外の人に対する研究の意義の説得力に直結します。統計的に示されている現状と結びつけられると良いと思います。

②実現可能性
どれだけ新規性があって夢のあることを書いても、それが現実的である必要があります。特に、修士課程の2年間で出来ることは限られているはずです。意識したのは、研究で実践フィールドを用意することについてです。実践対象を具体的にリストアップし、どのように協力を要請するかを綿密に練ると良いです。加えて、私は研究技法に関する書籍も複数読み、反映させました。自分のテーマに関する論文ばかり読みがちですが、研究のガイドライン、進め方に関するものにも忘れず目を通すことで、抽象的なビジョンを具体化できます。

加えて、行きたい研究室の志向との整合性も重要です。極端な話、農学に関する完璧な研究計画書を作っても、教育工学系の研究室には入れません。アドミッションポリシーや希望指導教員の先生の研究にはしっかり目を通しておきましょう。

AIとの向き合い方
研究計画書の中身に関して、可能な限り自分の言葉で枝葉を描いていくことが望ましいです。研究計画書の核になってくるのは、自分自身の課題意識や原体験になってくると思います。これは、AIが作れるものではありません。その為、根気強く言葉を紡ぐことで研究計画に一貫性をもたらせ、その上で熱意を持つことができます。

しかし、人に伝わる文章を書く必要があります。そこでAIが活躍します。私は主にAIには、言葉の言い回しや、冗長な表現を直してもらっていました。また、研究意義に関して自分では思いつかないアイデアを出すためにAIを活用しました。ただ、これは鵜呑みにせず、現実世界の状況にきちんと即しているかを自分で吟味する必要があります。

※情報漏洩、AIモデルの学習への利用に関する設定には気をつけてください!

(研究計画書作成に役立った文献)
高野・岡『心理学研究法:心を見つめる科学のまなざし 第3版』
大島・千代西尾『主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック』


【大学院進学を控えた学部時代の過ごし方】
大学院進学に向けて学部時代にすべきことは、一言でまとめるなら「卒論を人一倍頑張る」ということです。学部の時から凄いプロダクトを開発したり、長期に渡る参与観察をしたり、複雑な実験を行えればそれに超したことはありませんが、大概は難しいと思います。私もそうでした。

その中で私は文献調査による理論研究に精を尽くしました。安易に孫引きせず、一次文献に徹底的にあたりました。複数の図書館を行ったり来たりして大変でしたが、その分、質の高い整理と分析ができたと実感しています。文献整理にあたっては、Zoteroという管理ツールを活用していました。修士に入ると莫大な量の文献にあたらないといけないません。学部時代に培った文献と向き合う姿勢が、現在では非常に役立っています。

役に立ったかは分かりませんが、私は卒論でExcelを活用した簡単な教育支援ツールのプロトタイプを作成しました。正直出来映えはひどく、卒論の一貫性も少し失われてしまったのですが、0からアイデアを形にする経験は良かったです。モノを作る一連の流れを把握できたのは自分にとって大きかったです。けど無理に卒論に組み込まなくてもよかったなと、今になって思います。欲張らないことも時には大切ですね(笑)。


【最後に】
研究には息抜きも大事です。私は好きな音楽を聴きながら散歩したり、少ない時間ですがアルバイトをしたりして、研究のことを忘れる瞬間を作っていました。そうすると、フレッシュな頭から良い発想が得られることがあります。院試が終わっても卒論、そして修士の2年間が続くわけなので、無理なく研究を続けられる生活リズムを模索しましょう。健康第一です。


最後までお目通しいただきありがとうございます。
皆様のご活躍をお祈りしております。

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