2026.06.02

苦手な言語の文献と向き合うとき、AIに頼っていいのか (M1 押山匠)

皆さんこんにちは。M1の押山匠です。

修士課程も後半に差し掛かり、入学からの1年を振り返ると、思っていた以上に「言語」と格闘してきた時間が多かったと感じています。
私は帰国子女として育ちました。日本語での読み書き、とりわけ大学院レベルの学術的な議論においては、ずっと私の「天敵」でした。入学前から、この点への不安は正直ありました。
しかし実際に研究を進めてみると、苦手なのは日本語だけではありませんでした。私の研究テーマは、日本とタイ・バンコクの学校のデジタル環境における教師の知識習得を比較するものです。当然、参照すべき文献は日本語・英語・タイ語、時にはそれ以上の言語にまたがります。苦手な言語の文献を読むことは、「避けたい問題」ではなく「乗り越えるべき課題」でした。
そこで私がとってきたのは、AIツールを使ったさまざまな実験です。今回は、読む・探す・聴く話す・理解を深めるという4つの場面で試してきたことを、できるだけ言語化して書いてみます。

1. 読む:NotebookLMで基礎的な理解をつくる
苦手な言語の論文を読む際にまず試したのが、NotebookLMです。
このツールの特徴は、アップロードした資料の内容だけをもとに回答する点にあります。他の生成AIと比べ、ハルシネーション(事実と異なる情報の生成)が少ないと感じています。また、日本語の論文に英語で質問する、といった多言語での使い方が可能です。さらに、ポッドキャストや動画形式で論文の概要を説明してくれる機能もあり、テキストだけでは掴みきれない内容を別のフォーマットで理解する助けになっています。

2. 探す:日本語文献のための検索パイプライン
英語文献の検索では、ResearchRabbitやLitMapsが役立っています。論文同士の引用関係を可視化してくれるため、分野の全体像を俯瞰しやすくなります。
ただし、これらのツールは主に英語文献向けです。日本語論文については、別のアプローチを試みました。CiNiiなどのデータベースからタイトル・アブストラクト・リンク・PDFを一括取得するスクリプトをAIに書いてもらい、取得した論文群をNotebookLMのMCPコネクターと連携させて大量にセッションにかける、というパイプラインです。これにより、日本語文献のリサーチを英語文献に近い感覚でこなせるようになりました。この方法は今も実験中ですが、今のところ一番しっくりきています。

3. 聴く・話す:授業とゼミのなかで
授業中の発言やゼミのディスカッションも、私には大きなチャレンジです。聞き取れなかった内容のために、Notta.aiやOtter.aiといったリアルタイム文字起こしツールを活用しています。ウェアラブル型のEven G2も試してみました。眼鏡型のデバイスで字幕を表示させるという体験は、なかなか新鮮でした。
発言や文章を書く際には、まず得意な言語で考えを整理し、AIに翻訳・校正してもらってから日本語でアウトプットする、という流れをとることもあります。授業のレポートやゼミでの発言など、書き言葉でも話し言葉でも、この方法は応用できます。ゆっくりですが、こうした積み重ねが少しずつ日本語での思考力を鍛えている実感もあります。

なお、このブログは英語で執筆し、AIの力を借りて日本語に翻訳したうえで、自分で読み返して校正したものです。このブログ自体が、上でご紹介した方法の実践例でもあります。

4. 理解を深める:AIをソクラテス的な壁打ち相手として
最後に、私が特に気に入っている使い方があります。ClaudeやGeminiなど主要な生成AIサービスには、直接答えを返すのではなく、問いかけを通じて自分自身で概念を理解するよう促すモードがあります。
論文の内容について「自分はこう理解した」と入力すると、AIが問い返してくれる。この対話形式を通じて、認知的な主体性をAIに丸ごと委ねることなく、自分の理解を確かめながら深めることができます。特に、慣れない言語で読んだ内容の「本当に理解できているか」を確認する用途に向いていると感じています。

では、AIに頼っていいのか?
ここまで様々な実験を紹介してきましたが、生成AIの出力は、往々にして一般的すぎると個人的に感じました。
得た情報は必ず自分で確認し、論文そのものを読む作業は省略できないと思いますし、AIが言っていることの信頼性は、常に自分でチェックする必要があると思います。その意味で、AIはゴールに連れていってくれるものではなく、あくまで「入口を広げてくれるもの」だと思っています。
その経験から、私は今こう考えています。
問うべきは「AIに頼っていいか」ではなく、「AIに何を担わせるか」だ、と。
生成AIは、検索・整理・翻訳といった反復的な作業においては大きな力を発揮します。しかしその出力の質は、与える「問い」の質に完全に依存します。AIにすべてを委ねれば、返ってくるのは平均的な答えです。独自の問いを立て、新しい知識を生み出すためには、「どう問うか」という技術こそが、今もっとも鍛える価値のあるスキルなのかもしれません。

M1の二学期になった今、苦手な言語の文献は、今もまだ私の天敵です。
でも、「向き合えない壁」から「工夫しながら越えていける課題」に変わると感じました。それだけで、研究生活はずいぶん違って見え、毎日が楽しく感じます。
今回ご紹介したのは、あくまで私個人の実験の記録でので、すべての人に有効とは言えませんし、私自身もまだ試行錯誤の途中にいます。ただ、語学力でも技術力でも、必要なスキルがすべて最初から揃っていなくても、試しながら進める余地が、少なくとも今の時代にはあると思います。そのことが、これから山内研を志す方の参考になれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

押山匠 6月2日

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