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2023.05.31

自分の研究に影響を与えた書籍の紹介(M1平嶋友裕)

皆様、はじめまして。今年4月より山内研究室に加わりました、平嶋友裕と申します。
大学院に入学しまだ約1ヶ月半ですが、多様な背景・関心を持つ研究室メンバーの皆さんから刺激を受けて日々研究に取り組んでいます。

さて2023年上半期のテーマは、「自分の研究に影響を与えた書籍の紹介」になります。どの本を選ぶか苦心しましたが、なんとか一冊を選択することができました!私のバックグラウンドの説明も兼ねて紹介させて頂きます。

『Mindstorms: Children, Computers, and Powerful Ideas(邦題:マインドストーム: 子供,コンピューター,そして強力なアイデア)』  シーモア・パパート

パパートは南アフリカ出身の数学者・教育者であり、発達心理学者であるジャン・ピアジェとの共同研究の中で、彼の教育理論である構成主義から大きな影響を受けました。パパートは同理論を発展させた「構築主義(コンストラクショニズム)」を提唱し、学習者が外部社会における経験から主体的に知識を構築するプロセスを、ものづくり活動を中心とした学習により推進する重要性を訴えました。

そして本著では、子ども達の学びに向かう主体性を養うツールとして、コンピューター及びプログラミングの可能性が強調されています。この背景として、『Mindstorms』の初版が発行された1980年代の学校教育では多くの場合、理系知識を学習者に習得させる目的が「テストで良い点を取る」ことなど、閉じられた学校内の文脈に落とし込まれていました。その結果、子ども達が学校外の場面に焦点を当てた理系知識の活用方法を学ぶことは困難だったのです。それに対してパパートは、学習とは子ども達にとって、自身の所属する社会において意味のあるアイデアを考案するためにあるとしました。そして問題意識やアイデアを外部に表現するためのコンピューター上の道具(プログラミングなど)が子ども達にあれば、学校での理系知識の学習が子どもの属する社会に接続される。その結果、彼らが理系知識の学習に意味を見出して能動的な行動を取ることに繋がると本著で主張しています。

但し、同時期では個人単位でのコンピューターの所有・活用という発想は極めて珍しかったようです。しかし、パパートはその状況下でも、プログラミング言語LOGOの作成など当時のコンピューターを駆使して学習環境を構築し、学習者個人の文脈や意思に沿った学習の実現のため奮闘したことが本著からは伝わります。そしてその結果がScratchに代表される、現在の個人単位で活用可能な教育用プログラミングの発展に貢献しているという事実には感慨深いものがあります。

この『Mindstorms』の内容は私の原体験と結びついたことで、私の研究のテーマに大きな影響を与えています。私自身は、社会的課題を解決するためのロボット実装に取り組むロボット競技会に小学校から高校まで参加していました。そしてロボットを改善するために、私達は注目する課題を抱えるコミュニティ・人々に対して、調査の実施やロボットの試験運用、フィードバックの習得・反映などを行いました。これにより、当初は部外者であった私達はコミュニティに徐々に接続され、その一員として問題解決を行うために学び続けたいという思いが強くなりました。この経験を通して、私は理系知識やプログラミングを用いて形にしたアイデアを基に他者と交流することで、子どもでも社会への接続・参画が可能になること。また、社会に存在する人々やコミュニティと接続し交流を重ねることは、学校や教室以上に自身の問題意識を満たす発見や学びを得られることを実感しました。

上記の大会を引退した直後に『Mindstorms』を読んだことで、私はパパートが重要視する「自身の属する、あるいは関心ある世界と繋がりを持つ学習者像」に共感し、その実現のためのコンピューター機器や理系知識を活用する学習活動に関心を持つ様になりました。そして時が経ち、私は現時点での研究テーマに、「構築主義を適用したSTEAM教育が、学習者の校外コミュニティに参加する自発性に与える影響」を選択していますが、元を辿ればこの発想はパパートが志した教育思想と学習活動に影響されています。故にこれからの研究生活においては、学習者が自身の知識や問題意識を深めるために、多様な社会やコミュニティと主体的に接続を行うことを促す学習手段のあり方を追求できればと考えております。

2023.05.19

自分の研究に影響を与えた書籍の紹介(M1入澤充)

みなさん、こんにちは。M1の入澤です。
この4月から山内研究室のメンバーとして研究に励んでおります。

2023年度前期最初のテーマは2022年度後期から引き続き「自分の研究に影響を与えた書籍の紹介」です。どんな本を紹介しようかと悩んだのですが、この一冊にしました。

『被抑圧者の教育学』パウロ・フレイレ

フレイレはブラジルの教育者として知られ、『被抑圧者の教育学』は彼の実践・哲学をまとめた教育学の古典の一つです。フレイレはブラジルの農村の識字率の低い貧しい地域で字を読むことができない農夫たちを対象に識字教育を実践するのですが、その時に単純に文字を教えるのではなく、「文字と世界を同時に読む」ことを実践の中心に据え、大きな成果をあげました。「文字と世界を同時に読む」とは、単純に文字を読めるようにするための学習法(例えばドリル学習のようなもの)に依存するのではなく、学習者が自分が置かれている境遇を考えて生活を変えていくプロセスの中で必要な文字を学ぶようにすることを意味します。フレイレは、単純な知識注入型の教育を「銀行型教育」として批判し、学習者が世界を読むための「対話」を重視しました。

私はこの本に二度出会っています。
一度は大学2年生の夏休み。当時、国際協力の分野に興味があった私は国際協力関係の文献を大学図書館で読んでいてフレイレの存在を知りました。そのまま、図書館の棚を漁って『被抑圧者の教育学』を見つけ、その面白さに引き込まれ読み耽ってしまいました。どうしてもより学びを深めたいと思った私はその日のうちに自分の大学でフレイレを研究している先生を見つけ、秋からゼミに潜らせて欲しいという内容のメールを書いてその先生に送りました。これが私が教育を学び始めるきっかけです。

二度目はトロント大学のオンタリオ教育研究所に留学中に出会いました。私は実は左記の大学院で実践家向けの修士課程(MEd)を修了しています。その時に履修していたコースの中で度々フレイレの『被抑圧者の教育学』と他の著作・論文を読んでいました。北米ではフレイレの思想に影響を受けたクリティカル・ペダゴジーという分野が盛んに研究されており、フェミニスト・ペダゴジーなど隣接領域との相互批判・対話を経て社会正義を志向する教育の大きな流れを形成しています。フレイレの実践から生まれた哲学が大きく広がったそのダイナミズムを感じ、深い感銘を受けました。

さて、私は「マジョリティが自身の特権と向き合う学習環境のデザイン」を研究テーマとしていく予定です。まだまだ荒削りなこの研究テーマも、ずっと遡ればフレイレに行きつきます。マジョリティが「多様性」のような言葉の文字面に表面的な共感を示すことからさらに踏み込み、自身が享受する特権に向き合って「世界を読む」ことができるような、そんな学習環境の作り方を考えていければと思います。

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