2013.03.29

【博士課程を振り返る】研究者として枯れないために


山内研究室のブログを書けるのもこれで最後になりました。D3の池尻良平です。
(3月に東京大学大学院学際情報学府を単位取得退学し、4月から同大学情報学環の特任助教を務めることになりました)


今回のブログテーマは【今年を振り返る】ですが、せっかくなので【博士課程を振り返る】に勝手に変更し、僕が博士課程に入ってからずっと意識していたことを書きたいと思います。


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僕は博士課程に上がると決心した時、不安に感じていたことが1つだけありました。それは「お金が稼げない」とか「人とのキャリアの足並みがずれる」とかではなく、「いつか研究者として枯れないか」という不安です。


例えば、いつまでも過去の栄光にしがみついて次第に重箱の隅をつつく研究者になったり、色んな領域に手を出して軸のぶれた研究者になったり、1年でできる目先の研究に追われて重厚な研究群を構築できない研究者になってしまうんじゃないかと不安に思っていました。


どんなに情熱に溢れ、素晴らしい博論を書いたとしても、それは大学院時代の5年間レベルの産物であって、偉大な研究者が残した何十年レベルの重みに比べたら比較にならないことは明白です。つまり、偉大な研究者になりたいなら、博士課程「後」に研究者として枯れないための方法を構築しておかないといけないと思ったのです。


そうやって山内研の博士課程で3年過ごしているうちに、ようやくその鍵らしきものが5つ見えてきたので、長くなりますが書きたいと思います。


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(1)積み立てる意識で研究群をまとめあげていく
これは博士論文の構造を考えている段階で一番強く感じたことです。僕の所属している研究室では、博論を書く際に少し特殊なスキルが必要になります。それは、大学院時代に行ったAとBの研究を水平的につなげたり、AからBに掘り下げていくイメージでつなげるのではなく、AとBの研究群を使って一段レイヤーが上の研究Cを作るスキルです。これが実はかなり難しく、大目的をブレイクダウンしてAとBの小研究を作るのですが、その小研究の結果の足し算以上の大結果を作ることが要求されているのです。演繹思考だけでも帰納思考だけでもない、この積み立てていくような特殊な思考で研究群をまとめあげていくことが、偉大な研究者になれるかどうかの1つの鍵になるんじゃないかと踏んでいます。


(2)20%は研究外のものに接して「特殊な視点」を身につける
これは博士課程2年の頃に感じていたことなのですが、実は自分の専門領域ど真ん中の先行研究レビューは、頑張れば院生時代に終えることができます。実際僕の場合、「歴史学習」や「歴史的思考力」に関する論文は国内外含めて200本くらい読みましたが、質の良い論文は大体押さえた印象があります。ところが、先行研究の全体像がわかっても、そこから出てくるリサーチ・クエスチョンが鋭くなるとは限りません。この原因は「視点の固定化」にあります。つまり、どれだけ論文を読んでも今までと同じような切り口しか見えなくなるという感覚です。こういった視点の固定化を防ぐ方法として、研究時間の20%は歴史学習や教育学以外の学問の本を読んだり、研究対象である歴史を学習している生徒の観察に行ったりしていました。実際、僕が次にやろうと思っている研究は系統学や文化人類学や高校生の生活スタイルについての話から色濃く影響を受けていて、ようやく自分の思考の殻を一つ破れた気がしています。この殻を破るのに実に1年半程かかりましたが、こういった活動の余裕は確保しないといけないなと痛感しているところです。


(3)心地よいエコシステムに閉じない
最近はTwitterやFacebookなどを使って色々な人に情報発信ができるようになったことで、人から研究を肯定的に評価されたり、コラボレーションの機会が増えて研究者の存在価値を見出したり、自己効力感が高まることが多くなってきていると思います。それはそれで結構なことなのですが、自己効力感が高まることに快感を感じすぎて専門とずれたことに力を注ぐようになったり、自分にとって心地良いエコシステムに閉じこもることで批判が少なくなり、研究の強度が弱くなる危険性もあるように感じています。例えば博士課程3年の頃には、普段行き慣れている学会とは毛色の違う学会に行ったのですが、いつもとタイプの違う批判を受けて研究自体がかなりタフになった印象があります。こういった、一見心地よくないエコシステムは屈強な研究にするのには必要な環境であり、研究者としての視野を広げる意味でも不慣れな領域に足を突っ込む勇気が必要だと感じています。


(4)社会との差分を0にしない
研究者の存在価値は、社会で働いている人が持っていない知識や見方を持っている点にあります。だからこそ、研究者がコンサルタント的なことを行うこともできますし、僕も企業や学校からそういう依頼を受けたことがあります。ただし、同時にここで重要なことは、研究者である自分と社会との差分を0にしてはいけないということです。研究が生まれるスピードと社会が知見を吸収していくスピードはいまや完全に非対称な状態です。そのため、常に現在の社会から「2歩先」くらいを見据えた研究構想を立てる必要があるように感じています。これは、指導教官を見ていて強く感じたことです。


(5)チームで研究できるようにする
研究者として枯れないための最後の鍵は、チームで研究できるようにすることです。今の時代、高クオリティの研究を行うには一人の研究者では限界があります。例えば、僕は歴史の学習方法については専門性がありますが、学校での授業を兼任することは難しいですし、高度な歴史学的知識も持っていませんし、歴史の史料の著作権も持っていませんし、大規模なシステムやデータも持っていません。特に開発研究の場合、これらをうまく連動した研究を展開することが研究のレベルアップには必要になっています。そのため、前回の山内研ブログ【研究発表のこだわり】チーム感を作るでも書きましたが、自分の研究の強みを意識し、複数の強みを持つ人が集まった時にチームでの研究が想像できるようなビジョンを提示できることは非常に必要なスキルになってくると考えています。


と、つらつらと書いてきましたが、果たしてこれで研究者として枯れないかどうかはわかりませんので、つまんない研究者になりかけていたらビシバシ叱って下さい(笑)
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さて、最後になりましたが、山内研の博士課程、とても楽しかったです。何だかんだんで「研究が楽しい」と思い続けられることが、研究者として枯れないための一番の秘訣かもしれません。

また、上記のように研究者として大事なことを考える機会もたくさんいただきました。
お世話になったみなさま、本当にありがとうございました。
今後も面白い研究をしていきますのでどうぞよろしくお願いします!


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