2020.08.01
M1の岩澤直美です。
今回はゼミで扱っている文献とディスカッションの内容を紹介したいと思います。
毎週ゼミでは文献担当者がInternational Handbook of the Learning Sciencesから1つの章を選び、レジュメを作り、解説を行います。その後、小グループに分かれてのディスカッションを通して理解を深める活動を行なっています。
私がはじめに担当した章は「第21章:Learning Through Problem Solving」でした。伝達モデル(Transmission model)では、学習直後は暗記ができていることを確認できていたとしても、その後、学習内容を実践の場で転用/応用することが難しいと言われています。問題解決型のアプローチでは、既有知識と新規の課題の関連性の発見や、学習内容が広く適応可能であることを理解を促進することが可能です。さらに、①学習者は総合的な概念理解をしながら問題解決能力と自己調整学習能力を磨くことができること、②学習者のモチベーション維持がしやすいこと、などが利点としてあげられます。
以下は、問題解決型のアプローチとして共通点の多い「問題基盤型学習(Problem Based Learning, 以下 PBL)」と「生産的失敗(Productive Failure)」について紹介します。
■「生産的成功」と「生産的失敗」について
「生産的成功(Productive Success)」は、PBLを通して、既有の知識や技術を使いながら問題解決の成功体験を得るためのデザインです。これを行うには適切な足場かけ(認知負担を低減)とファシリテーション(学習プロセスのガイド)が重要です。(Ertmer & Glazewski, in press; Hmelo-Silver & Barrows, 2008) 一方、 「生産的失敗」は、新しい概念を学ぶためのプロセスで、学習者は未習得知識が求められる問題解決に挑みます。当然短期的には失敗しますが、認知的失敗を情報として捉え、長期的には失敗の確率を減らすことが可能になります。このプロセスにおいても、ファシリテーターの継続的な支援が求められます。
■PBLと「生産的失敗」のプロセスと特徴
PBLにおいても、「生産的失敗」においても、学習者は問題解決を行う中で新たな知識を習得します。ここで学習した知識は、類似問題解決を行う際に活用できるようになります。(Transfer-appropriate processing theory) PBLでは、Direct instruction(直接指導)と比べ基本的な知識習得は劣る(Vernon and Blake, 1993)との指摘もありますが、知識応用能力に関しては高い学習効果が認められています。(Gijbels, Dochy, Van den Bossche, & Segers, 2005)
「生産的失敗」の学習プロセスにおいては、①矛盾と以前の知識との違いに気づき、②誤った解決法と正しい解決法の比較・対照を通して新たな学習内容の特徴を学習、がポイントになります。現段階では、中等教育から高等教育レベルの数学や理科を扱う実践研究が多い傾向にあります。新たな問題を出す際、問題に取り組む前に指示(認知的サポート)をもらう生徒よりも、指示を受けずに解を出す生徒の方が、概念理解が促進されたという結果が出ています。(Kapur, 2014; Loibl, Roll, & Rummel, 2016)
■PBLと「生産的失敗」のデザイン
PBLも、「生産的失敗」も共同学習から始まりますが、違いは問題解決授業のデザイン及び全体を通した支援方法にあります。PBLは図1のように、①不良定義問題(Ill-structured problem)に取り組む、②小グループで問題について議論し、解を提案する、③指導者はガイドとして探求を支援するための足場かけを提供する、④振り返り&評価を活動の一部として導入しSelf-regulated learning(自己調整学習)を促進する(Savery, 2015)のような構成となっています。ここで重要なのは、複雑で不良定義な問題で、かつ学習者に関連する内容(モチベーションを保つため)に取り組むことと、十分なフィードバックがあることです。
図1 PBLのサイクル(p.212)
「生産的失敗」の構成は図2のように、共同作業などを通して ①既有知識の活性化と差別化をし、関連する既有知識を活用及び外化、②解法を比較して重要な特徴に気づく、③重要な特徴の解説を受け、④問題の特徴をよく考えて知識の定着と構築を行う、というものです。
図2 生産的失敗の構成要素(p.214)
■授業内ディスカッション
本章における議題は「表21.2(本投稿では図2)を参考にして、Productive Failureの事例を考えよ」というものでした。3グループに分かれ、20分程度で検討し、その後10分ほどで全体で共有するという流れです。グループディスカッションではもちろん議題通り事例を検討しますが、その過程で行われる知識構築や軌道修正でPBLと生産的失敗の理論への理解を深めていきます。例えば「地図を見ずに迷ってしまった経験から、地図の読み方を学習し、迷わず歩けるになった」という実体験の事例に対して、これは経験学習に近いものなので、生産的失敗のように「仕掛ける人」がいないと当てはまらないのではないか、との指摘がされました。
その前提を踏まえ、「インドネシアの牛乳に対する安全性・安心感を高める」という課題の事例において、学習者が既有の知識をふまえ「日本と同じように生産者の顔を表示する」を提案したところ、その解法がインドネシアでは望ましくない(失敗だった)ケースが紹介されました。この事例において、ファシリテーターが問題点とインドネシアの状況を指摘及び情報提供を行い、学習者はより適切な解法を提案することができたのだそうです。その他にも、統計を学ぶ授業において、同じデータセットを渡されて各自が相関分析をするという事例も挙げられました。それぞれが既有の知識に基づいて分析を試み、その多様な方法と結果を比較しながら、外れ値の扱いについてなどの違いがあることに気がつくよう、<重要な特徴への教師による注目促進>が行われるものでした。これを踏まえ、再度分析した結果を提出させることで、失敗からの再構築が行われた、という事例です。
「生産的失敗」は比較的新たな試みとして研究が進められていますが、うまく実践ができないと「失敗体験」として学習者のモチベーションや自信の低下などにつながってしまう可能性もあります。今回のディスカッションでは新たな事例の検討よりも、各自が経験してきた事例の分析が中心に行われました。今後様々な学習環境を観察・経験・実践する際、「何がおきているのか」をより深く理解するために、自分の引き出しのなかに理論に関する知識を持っておくことは重要だと感じました。
感染拡大も収まらないまま梅雨があけ、徐々に暑くなってきました。ゼミは夏休み期間中で、各自が論文のレビューや調査を進めています。来学期の授業がどのような形式で実施が可能なのか不明瞭ですが、引き続きブログを更新していきたいと思います。
M1 岩澤直美