2020.06.20

【研究計画】デザイン系産学連携プロジェクトにおける学生の経験と学習成果に関する研究

修士2年生の増田です。私は、デザイン科の学生たちと企業との産学連携プロジェクトを研究対象にしています。昨年、入学してきた際は、美術大学で行われている産学連携・域学連携などの学外連携という、かなり広い範囲を対象としようとしていましたが、研究の焦点化のため、「デザインを学ぶ学生」と「企業」との産学連携活動に対象を絞りました。デザイン領域での産学連携プロジェクトでは、学生が制作の主体になり(特許庁 2011)、例えば新商品の開発提案や将来的なサービス提案などの真正性の高い課題に対し、グループや個人で調査・制作していきます。
学生・教員・企業と、産学連携プロジェクトはステークホルダーが多く、また企業の課題に取組むことから、単に教員からの教育的な評価だけで成果を捉えられない部分があります。また、活動が多岐にわたり、可変的で教員が全てをコントロールできないという指摘もあります(奥貫 2015)。こういった「学生と教員」だけでなく、そこに「企業」(または地域など)が入ってくるような活動を、どのように評価したらいいのか?ということに疑問をもち、昨年1年間も評価の観点から研究計画の検討を進めてきたのですが、研究の方法として実際に学生を集めての実践を予定していたことから、この新型コロナウィルスの影響によりそれが難しくなってしまい、根本的に研究の方向性を変えざるを得ない状態で、現在はその立て直しに苦戦しております。昨年までの計画では、活動の「評価」に着目していましたが、現在は「学生の経験と学習成果の関連」に着目して検討をしています。

デザインの産学連携プロジェクトに関する先行研究は、決して多いとはいえません。特に国内では、様々な大学で実施はされてはいるものの、活動自体が研究対象になることはごく稀で、多くが実施報告にとどまっています。
奥貫(2015)は、PBL(project based learning)には2つの成果があると述べています。1つ目が「学生自身の学習意欲の向上、諸能力や成長実感の獲得に関わる学習成果」、2つ目が「プロジェクトとして達成した成果(成果物)」です。ものづくりを中心に据えたデザインや美術の世界では、常にこの成果物が議論の的であり評価の対象とされ、学生がどのような能力の獲得実感を得たのかに関してはあまり議論されてきませんでした。デザインの産学連携でも、例えば、学生の提案した作品が実際に製品化された、ということが大きな成果として報告されることは多いです。デザインの産学連携を取り上げた上野山(2002)の報告では、このように自分たちが作ったものが実際に製品化されたことを実感したことが、学生の専門職としての予期的社会化プロセスの1つとして捉えられています。学生の獲得能力目標について、デザインの産学連携に統一的な目標があるわけではありませんが、多くが「真正性の高い課題を企業の方と関わりながら制作することにより、デザインの実務への理解を深める」というのが共通する産学の教育目的だと言えます。しかし、それは具体的にはどういう能力なのかに関してはまだ議論がされていません。
一方で、産学の活動を通して学生たちがどのような経験をするのかについて、ロンドン芸術大学は企業とのプロジェクトに参加した学生へのインタビューをレポートとしてまとめています(Sabri n.d.)。この調査では、参加者たちは、例えば企業とのやりとりからインスピレーションを受けたり、普段の自分のやり方と違うやり方を試すことができたことが有益だったというポジティブな意見を話す一方で、最終選考に選ばれなかった学生はひどく落ち込んでしまったり、もう一度参加前に戻れるのであれば参加しなかった、など、ネガティブな感想も報告されています。デザイン科の学生たちは多くが卒業後クリエイティブ職に就くことを望んでいるわけで、実社会の課題に企業の人と取り組めるというのはとても意義ある活動であることは間違いないですが、まだ自身の作風を構築途中の学生に企業のニーズに合わせて制作させることにはある種の矛盾があるという指摘もなされています(Sabri n.d.)。このように、教育的に何を目指すのかということと、学生がどのようなことを経験しているのか、またそれらがどうつながっているのかについて応えるような研究を目指しています。
プロジェクトは授業のなかに組み込まれて単位が出るものや、有志を集めてのインフォーマルなものなど幅があり、形式で括ることは難しいですが、それでもいわゆる基礎的な知識や技術を教えるというよりは、それを社会で活かすための応用編が産学連携プロジェクトであり、そこで集まった人や生まれたものを活かして進めていく可変的な動きができることがその醍醐味であるとも言えます。また、これまで教育の観点から話してきましたが、あまりに教育的な目的を追求してしまうと、企業側のメリットとのバランスが崩れてしまいます。学生や大学と企業、双方の目的を達成するため、もしくはより高め合えるようになるには、どのような運営やプログラムの方法が望ましいのか。将来的な実践に寄与するような研究にしていければと思っています。

【増田悠紀子】

[参考文献]
Sabri,D. (n.d.)Students' Engagement in Industry Projects final report [https://www.arts.ac.uk/__data/assets/pdf_file/0028/44785/Students_Engagement_in_Industry_Projects_final_report_PDF_297KB.pdf]
上野山達哉(2002) 産学共同研究が学生の予期的社会化に与える効果−(株)大林組・多摩美術大学による都市風害抑止装置開発プロジェクトの予備的事例研究−. 商学論集, 70(2)
奥貫麻紀(2015) 産学・地域社会連携による課題解決型学習における 学習成果 : 定性的分析による一考察. 関西大学高等教育研究, 6:31-44
特許庁(2011)デザイン産学連携の多様性を踏まえた契約の在り方に関する研究[https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/daigaku-chizai.html#anchor11design]

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