2017.06.03

【研究計画】非認知能力の育成に効果的な教育環境に関する研究 −日本における青年期〜成人を対象として−(M1 中野生子)

皆さん、初めまして。M1の中野です。私は社会人学生で、International School of Asia, Karuiawaという2014年夏に開校した全寮制のインターナショナルスクールで働いており、この4月から学生との二足のわらじを履いています。

経歴を簡単に説明すると、経済学部を卒業した後、新卒で鉄道会社に入社し、高速鉄道に関する投資・工事計画の予実管理にはじまり、新卒採用業務、新しいサービスシステムの開発、テレビ・新聞・雑誌・Webサイトでの広報宣伝など様々な仕事を経験しました。分野の異なる経験をさせてもらった中で「今後は一人一人の個性や多様性がより必要とされる時代になる」「企業における人材育成はもちろん、大学生までの学校教育も大幅に変わっていかなくては」という危機感を感じ、開校まで1年を切ったISAKへの転職を決意しました。多種多様なバックグラウンドを持つ生徒を受け入れ(現時点で39ヶ国から国籍のみならず社会・経済的に多様な生徒達を受け入れています)、日本から新しい世代を切り開くチェンジメーカーを育てるというミッションに強く共感したからです。

ISAKは良い大学に入るための進学校ではありません。従来の知識詰め込み型の教育ではなく、チェンジメーカー(世界の様々な分野で仲間を巻き込み、新たな価値を生み出せる人)を育てる3つの力として、①多様性を活かす力、②問いを立てる力、③困難に挑む力を大切にしています。大変有り難いことに開校前から、これからの時代を生きる人材を育てる新しい学校として国内外から関心をお寄せいただいております。裏を返せば、従来型の教育システムから新しい学びのかたちに変わらなくては!というニーズが大きいということです。つまり、多少大雑把な解釈かもしれませんが、認知能力(IQ)ではなく非認知能力への関心が高まっているということです。
日本でも非認知能力に関する書籍が続々と発売されており、ノーベル経済学賞受賞者であり近年は教育政策の分析にも力を入れているジェームズ・ヘックマン米シカゴ大学経済学部特別教授の「幼児教育の経済学」、成功の鍵はやり抜く力であるとして「グリット」に着目したペンシルバニア大学心理学教授アンジェラ・リー・ダックワース氏の「やり抜く力 GRIT(グリット)」などはベストセラーとなっています。またOECDもSocial Emotional Skills(Non-cognitive Skills)に関する研究に力を入れています。

上記のような背景から、そもそも非認知能力とは何なのか、どうアセスメントするのか、どのような経験・環境を経て強化されるのか、また年齢によって影響を強く与える要素が異なるのか、などに強い関心が湧き、山内研究室の門を叩きました。
欧米と比較して日本では、カリキュラム/プログラム・アセスメントをしっかり行いエビデンス・ベースドで教育政策・教育方針に反映させていく方法が浸透していません。小さく試行して実際に成果が出たプログラムを全国展開するのではなく、乱暴な言い方をすると、日本の教育システム全体で壮大な社会実験をしているような状態です。
良さそうだと言われている能力・スキル・教育プログラム等をしっかりとアセスメントし、効果的な学習環境を再現する、自身の研究が少しでもこれに貢献できればと思っています。

と、私の教育に対する情熱を語ってみましたが、入ったばかりの素人研究者です。今は先行研究とその課題を洗い出しているところです。
「非認知能力」とは教育経済学者であるジェームズ・ヘックマン教授が使ったことで一気に世界的な注目を浴びました。認知能力(主にはIQ)以外の全てをざっくり指す「非認知能力」は、教育分野では「Social Emotional Skills」とほぼ同義です。アメリカ等では以前より研究が進められ、Social Emotional Learningとして当該スキルを育てる知見も溜まっています。しかしSocial Emotional Skillsは幼児や児童に対する研究が圧倒的に多く、青年期〜成人にかけての研究はあまりありません。ヘックマン氏が指摘する通り、投資対効果が低いというのが研究が進められていない一つの原因と推察されます。一方で、人生100年時代とされる中、学校教育だけでなく、大人になってからも学ぶ必要性が高まってきています。児童期までにどう上手くSocial Emotional Skillsを育てるかは他の研究者に譲り、私は敢えて効果が低いと言われている青年期〜成人にこだわりたいと思っています。現実社会では企業が人材育成に大きなお金を投じています。大人になってからも、認知能力へも影響を与えるとされる非認知能力を効果的に育てることができたら、私達の人生はもっと(経済的な意味だけでなく)豊かになる、とワクワクしませんか?
ちなみに心理学の分野では、パーソナリティ特性(ビッグ・ファイブ)も含めたSocial Emotional Skillsの研究がされています。しかし「具体的にどう育てるか」という視点ではなく、これらのSkillの有無がどう影響を及ぼすかに注目している研究が中心です。一方で教育経済学者の研究は、経済効果と照らし合わせながら教育の重要性を訴えるものですが、育成するスキルを「認知能力以外の能力」とばっくり捉えており、非認知能力を構成する要素とその特徴について細かく語られていません。その意味で、教育分野のSELをまだ馴染みのない日本で広めていくことに大きな意義と面白みを感じています。
また、対象年齢以外にも課題はあります。先行研究の多くは、貧困層に対する介入研究が多く、これらの研究が指す「非認知能力の育成効果」とは、標準よりも低水準である環境を標準に近づける中で得られる「追いつき」効果であり、ごく一般的な子供における「上乗せ」効果が見込まれるということの直接的論拠になり得ないと指摘されています(遠藤 2017)。では日本のような義務教育システムがしっかりしており、世界的に見ても特に小学校の教育(児童教育)は水準が高いとされる国の子どもを対象にした介入で「上乗せ」効果が見込まれるのか?という疑問はまだ解明されていません。

まだまだぼんやりとした研究計画ですが、「非認知能力(Social Emotional Skills)育成プログラムを実施している教育現場や団体を知っている」「海外でSEL学んできた」などなど、私の関心分野に対するコメントありましたら,ぜひメール頂けたら幸いです。引き続きどうぞよろしくお願いします。

【中野生子(Seiko NAKANO)】

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