2015.07.15
こんにちは。M1の杉山です。早いもので、夏学期が残すところわずかとなりました。一学期間、先行研究を調べる作業を続けてきましたが、自分の研究関心が本当のところどこにあるのか迷いが生じてきたり、一方で当初は注目していなかった分野に関心が出てきたりと、多くの変化を経験しました。これもしっかり学習になっていると良いな。
【最近気になっているキーワード】、今回とりあげるのは熟達化(expertise)です。辞書には、熟達とは「熟練して上達すること。なれて、上手になること」だと記されています。熟達化の研究は、「上手になること」とは具体的にどのような知識や能力を獲得することなのかを明らかにしたり、その要因は何かを特定しようとしたりする試みだと言えます。
■ 熟達化の領域
私たちが日常的に行っている行動、転ばずに歩いたり、文字を読んだりするようなことも、熟達の結果として可能になったものです。その意味で、熟達化はあらゆる領域が対象だとも言えますが、研究の多くは熟達者が限られている領域を対象にしています。例えば、チェスや碁などの競技ゲーム、スポーツ、美術や音楽、演劇などの芸術分野が挙げられます。研究では、こうした分野の熟達者(expert)と、初心者(novice)を比較することで、熟達化の特徴を明らかにすることができます。
■ 熟達者の特徴
熟達者の種類には、手際のよい熟達者・定型的熟達者(routine expert)と、適応的熟達者(adaptive expert)があるとされています。前者が、同じ手続きを効率的に行うのに長けているのに対し、後者は課題や状況の変化に柔軟に対応したり、創造性をもたらしたりすることに長けています。熟達化研究は、長らく手際のよい熟達者の効率性(早さや正確さ)に注目してきましたが、現在では適応的熟達者の研究も蓄積されつつあるようです。
岡田(2005)によれば、熟達者がもっている知識には、構造化・体系化された領域知識と、メタ認知能力の二つの側面があります。熟達者は、やみくもに知識が多いのではなく、パターンやまとまりをもった知識をもっています。それゆえ、効率的な記憶ができたり、新たな課題に直面した時に適切な戦略を組み立てたりすることができるのです。同時に、熟達者は、いま自分がどのような能力をもっていたりパフォーマンスをあげたりできているのか、自ら評価することができます。熟達者は、多くの有用な知識をもっているだけでなく、自分ができることと、できないことを客観的に理解できる人だと言えます。
■ 熟達者になるには
一つの領域において熟達者になるには、おおむね1万時間の訓練が必要だと言われ、「10年ルール」という言葉になっています。また、その訓練では、個人のレベルにあっていて適切なフィードバックが与えられるような「よく考えられた練習 deliberate practice」が欠かせないと言われています。ほかにも、作品発表や試合などの重要な状況に直面したり、熟達者と同じ共同体で一緒に活動したりすることが、効果をもたらすとされています。
岡田(2005)は、創造的領域における熟達化において必要なこととして、ある程度の才能、内発的動機づけ、課題にかける時間、よく考えられた練習、知識の構造化のための自己説明、社会的サポート(良い教師やメンターの存在)、社会的な刺激を挙げています。長い時間をかけた活動は、その活動が好きでないと続かないし、周りの人々の応援もないと続けられないでしょう。熟達者(上手な人)は、才能のおかげで熟達者になったとは、一概には言えないのです。
以上、簡単にですが、熟達化の概要をご紹介しました。今回とりあげたのは、熟達化のごく一般的な特徴ですが、各領域によって熟達者の知識は異なってきます。私が関心のある舞台芸術においても、音楽家や俳優、ダンサーの熟達化研究がなされています(例として、安藤 2011)。
熟達化について記事を書いていて感じるのは、「初心者〜中堅くらいの人のことが知りたい」ということです。熟達者のことは分かった、では、そういった人たちに近づいていくための道筋は、私たちに用意されているのだろうか。いまその途上にある人たちはどのような経験をしているのだろうか。あるいは、私は「アマチュア」に関心があるけれども、熟達化においてアマチュアはどう位置づけたら良いのだろうか。このような思いを強めました。山内研のOGである森玲奈さんの研究は、初心者からベテランに至るワークショップデザイナーの熟達過程を明らかにされていて、そのような関心に答えている研究だと感じます。これから修士研究を固めていくなかで、熟達化に対する自分の関心もうまく取り込んでいきたいと思います。
杉山昂平
参考文献
安藤花恵(2011)演劇俳優の熟達化に関する認知心理学的研究. 風間書房.
今井むつみ・岡田浩之・野島久雄(2012)新・人が学ぶということ:認知学習論からの視点. 北樹出版.
森玲奈(2015)ワークショップデザインにおける熟達と実践者の育成. ひつじ書房,
大浦容子(1996)熟達化. 波多野誼余夫(編)認知心理学5 学習と発達, 東京大学出版会, pp.11-36.
岡田猛(2005)心理学が創造的であるために:創造的領域における熟達者の育成. 下山晴彦(編)心理学論の新しいかたち, 誠心書房, pp.235-262.