2015.05.18

【今年度の研究計画】舞台でのパフォーマンスと自己変容に関する研究

みなさま、はじめまして。M1の杉山昂平と申します。学際情報学府、山内研の学生になって早ひと月。学部で先行した社会学との違いにとまどいつつも、新しい世界が開けるようで面白く感じています。ブログテーマが「今年度の研究計画」ということで、現時点での構想をご紹介します。

■ テーマ
舞台でのパフォーマンスと自己変容に関する研究

■ 背景
 文化芸術振興基本法の制定をメルクマールとして、一般市民による芸術文化活動の振興が、政策的にも実践的にも関心を集めています。そのような例として、市民参加型舞台やアートプロジェクトなど、市民と芸術の「新しい関わり方」を模索する動向を挙げることができるでしょう(吉本 2010)。「市民に舞台を提供する」新しい活動は興味深いものである反面、それをどう評価していくのかという問題は、これからの課題と言えます。
 考えてみれば、一般市民による芸術文化活動と言ったとき、アマチュアとして音楽やダンス、演劇を楽しむ人々が、すでにこれまで多く存在してきたことは言うまでもありません。習い事をはじめ、市民オーケストラ、合唱団、バンド、ダンスサークル、舞踊団、市民劇団などで、成人であっても、時間をみつけて活動にはげむ人たちがいます(宮入編 2015)。教育と異なり明示的な目標を置いていないアマチュアの芸術活動は、「楽しめればよい」ものであると批判されることもあります(山本 2007)。一方で、誰にでも参加可能性が開かれているアマチュアの活動は、そこからさまざまな経験ができる場であるはずです。こうした既存の活動を評価するという立場から、芸術文化活動の振興することも可能であるように思われます。

■ 視点
 本研究では、発表会や公演、ライブといった「舞台でのパフォーマンス」に焦点をあて、それがどのような経験として自己変容に関係するのかを探求します。「これらの芸術[舞台芸術]は、練習を積んできたりスキルをもったりした人々の身体的な存在を要求する。彼らのスキルの実演がパフォーマンスである」(Carlson 2007[1996])とされるように、パフォーマンスにおいては、観客に対し、自らの活動を呈示するという点が特徴的です。観客の存在が、不安やあがりをもたらすものであることは、「演奏不安」の問題として、これまで心理学において取り扱われてきました(Wilson and Roland 2002)。しかし、ただプレッシャーがかかるだけならば、私たちが人前でパフォーマンスをすることはないでしょう。そこには、何らかの高揚感や印象深い体験があるはずです。それは「フロー体験」と呼ばれているものかもしれませんし、あるいは、もっと別の言い表し方があるかもしれません。例えば、舞台でのパフォーマンスから「ふだんの自分とは別人になったような感覚」「非日常感覚」を得る人がいることが、いくつかの調査で指摘されています(丸林 1999, Pitts 2004)。本研究の目的は、こうした、活動(パフォーマンス/遊び)と不可分に結びついた自己変容=インフォーマル学習が、どのような環境で、誰にとって起きるのかを明らかにすることです。また、それによって、一般市民の芸術文化活動を評価し、内省していくための視点を提供することを目標としています。

現段階では、演劇や音楽、ダンスなどの舞台芸術活動と、それを通じたインフォーマル学習に関してレビューをしつつ、パフォーマンス研究などの知見も学んでいる段階です。舞台でパフォーマンスすることは、自分にとっての強烈な原体験です。また、学部時代に、地域振興と芸術文化の関わりについて地方自治体と連携して考える経験をし、「舞台の面白さ」をできるだけ多くの人にわかってもらうことが、難しくも重要な課題であると認識したことも、この研究の動機づけになっています。ただ、この記事を書いていても、芸術文化に関する自らのさまざまな思惑が渦巻いていて、筋の通った議論をするのに苦労を覚えました。原点の思いを大事にしながらも、明晰な思考を心掛けていきたいと思います。まずは2年間、どうぞよろしくお願いします。

・Carlson, M. (2007[1996]) What is performance?. Henry Bial ed, The Performance Studies Reader Second Edition, 70-75.
・丸林実千代 (1999) 生涯音楽学習入門. 音楽之友社.
・宮入恭平 編著 (2015) 発表会文化論. 青弓社.
・Pitts, S (2004) 'Everybody wants to be Pavarotti': The experience of music for performers and audience at a Gilbert and Sullivan Festival. Journal of the Royal Musical Association, 129(1): 143-160.
・Wilson, Glenn D. and David Roland (2002) Performance anxiety. 尾山智子, 吉江路子訳 (2011) 演奏不安. In Parncutt, R and G. McPherson (2002) The Science and Psychology of Music Performance. 安達真由美, 小川容子監訳 (2011) 演奏を支える心と科学. 誠信書房 pp. 74-96.
・山本珠美 (2007) 市民参加型舞台芸術に関する序論的考察. 香川大学生涯学習教育研究センター研究報告, 12:29- 50.
・吉本光宏 (2010) 再考、文化政策:拡大する役割と求められるパラダイムシフト. ニッセイ基礎研究所報, 51: 37-116.

【杉山昂平】

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