2014.10.12

【学者紹介】Jerome S. Bruner

みなさま、こんにちは。修士2年の中村絵里です。

秋の夜長。
夜ごと庭から流れてくる虫の声が、このところの急な冷え込みのためか、元気がなくなってきたように感じます。
今年は台風の勢いがすさまじいですね。電車が動かず外に出られない日こそ、集中して研究に取り組みたいと思います(が、子ども達の小学校が休業になると、家の中の雑念もすさまじいです、、、)

【学者紹介】シリーズ最終回となる今回は、Jerome S. Bruner (1915年~)についてご紹介します。

ジェローム S. ブルーナーは、米国の心理学者で、認知心理学、教育心理学、教育哲学などに多大な貢献をしています。ブルーナーの自伝『心を探して』によると、彼の子ども時代は、将来心理学者になる道とは、まるでつながっていなかったとあります。生まれながらに視覚障害があり、2歳を過ぎてから手術を受けるまでほとんど盲目だった彼は、その後、視覚を得てからも眼鏡の視野の狭さを補完するために、頭を動かさなくてはならず、その様子がいかにも用心深く見られたのではないか、と述べています。少年時代を利発で快活だったと回顧するものの10代以前の学業成績には、将来学者になることを予想させるようなことは何もなかったそうです。これは、後に彼に多大な影響を与えることになる、早熟で非凡な才能を発揮していたピアジェやヴィゴツキーとは対照的です。

ブルーナーは心理学者の道に「たまたま出くわした」と述べており、デューク大学からハーバード大学大学院へと進学する過程で、心理学の世界に傾倒していったことが窺えます。
デューク大の心理学科では、「学習とは受動的かつ漸次的なもので、同じものを映し出していくようなものなのか、もしくは、段階的で不連続で、仮説によって進むものなのか」という議論がおこりました。ブルーナーは、前者の意見に反対し、学習を受動的で個別的な行為とはみなさず、学習者を社会的に位置づけられている存在だとみなしました。彼は、知覚を一種の思考ないしは問題解決として研究し続け、心は文化への参加を通じてのみ最大限の可能性に達することができると考えました。

ブルーナーは教育に対する「心理-文化的アプローチ」として、次の原則を挙げています。
1 見通しの原則
2 制約の原則
3 構成主義の原則
4 相互作用の原則
5 外在化の原則
6 道具主義
7 制度の原則
8 アイデンティティと自尊心の原則
9 物語の原則

このうち、相互作用の原則(interactional tenet)については、ヴィゴツキーの最近接発達領域(Zone of Proximal Development)から多大な示唆を得て、幼児の学びをサポートする上で、経験あるtutoringによる介助が重要な役割を果たすことを示しました。このプロセスをブルーナーは足場がけ(scaffolding)と定義し、David Wood、Gail Rossと共にThe Role of Tutoring in Problem Solving(1976)を発表し、3、4、5歳児がブロックをピラミッド型に積み上げる際におとなが介入する段階を分析しています。これによって、彼はデューク大で巻きおこっていた議論の答え、すなわち「学習が段階的なもので、他者との社会的・文化的文脈から醸成されていくものだ」ということを、導き出していたともいえます。

ブルーナーの乳幼児期の発達に関する研究は、米国の教育プログラムにも影響を与えています。貧困層やマイノリティの子ども達が、初等教育の初年次を脱落することなくスムーズにスタートできるようにするために取り組まれたヘッド・スタート・プログラムは、ブルーナーの研究に起因しています。このプログラムは、イギリスで女性が労働力として駆り出された社会背景の中、手ごろな価格の保育を保障するために導入されたシュア・スタート・プログラムを参考として、1960年代半ばに、米国でジョンソン大統領が開始したものです。この政策では、貧困層の家族への包括的サービスを提供し、子どもの就学前の読書や基礎的な計算などに焦点をあてた発達支援を行っています。同プログラムには、一定の効果(例えば、プログラム参加者の犯罪率減、退学率減、社会福祉給付の受給減等)が見られましたが、ブルーナーは、対象となる子どもの欠損を補償するという概念に懸念を示していました。しかしながら、研究の重要な知見が得られたことも確かです。プログラムでは、親やおとなが、子ども達と一緒に遊び、彼らと対話し、時には子ども達に主導権を渡すことが、その後の学校教育で成功するのに役立つと考えられました。つまり、相互作用と自己主導性を通して、子どもの学習や心の発達を促すことが重要だとされたのです。

1960年代に「ジョン・デューイ以来の教育における最も大きな影響をもつ人」として、既に認められていたJ.S.ブルーナー。関心領域は、実験心理学(動物実験)、社会心理学、認知心理学、教育論、教授論、発達心理学、幼児教育論と幅広く、このブログではその一端しかご紹介できていません。人間の心と思考の研究を続け、それらの教育との関わりについて多くの業績を残しているブルーナーについて、さらに知りたい方は、以下の参考文献を読んでみてはいかがでしょうか。

秋の夜長の読書、おすすめです。


<参考文献>
ジェローム・ブルーナー著, 田中一彦訳(1993)心を探して ブルーナー自伝.みすず書房, 東京
ジェローム・ブルーナー著,田中一彦訳(1998)可能世界の心理.みすず書房,東京
J.S.ブルーナー著,鈴木祥蔵・佐藤三郎訳(1963)教育の過程. 岩波書店,東京
サンドラ・シュミット著,野村和訳(2014)幼児教育入門―ブルーナーに学ぶ.明石書店,東京
佐藤三郎編著(1968)ブルーナー入門.明治図書新書,東京

【中村絵里】

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