2013.04.16

【記事公開】未来に備えるための学習

初等教育資料4月号 に執筆した「未来に備えるための学習」について、編集部および文部科学省のご好意によって公開いたします。(この原稿は、教育とICTオンラインに連載した「10年後の教室」に加筆修正したものです。)

未来に備えるための学習:21世紀型スキルと専門技能の連続的習得

小学生の65%が今はない職業につく
一昨年、デューク大学教授であるデビッドソン氏がニューヨークタイムズのインタビューで語った予測が大きな波紋を呼んだ。「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今存在していない職業につくだろう」というのである。
情報化が進むにしたがって、我々の働き方は大きく変わってきている。10年前には情報セキュリティマネージャーやソーシャルメディアコーディネータという職業はなかった。企業がイノベーションを進める度に、業態の変化によって新しい職業が生まれ、既存の専門職を置き換えつつある。
65%という数字はアメリカを対象とした予測であり、日本でも同じようになるかどうかはわからない。ただ、国際化が進む世界では一つの国で起こった変化が瞬く間に広がる。私自身は、雇用の前提となる専門性の変化は常態化し、職業が安定した存在ではなくなるだろうと考えている。
現在の教育は19世紀末から基本的な構造が変わっていない。大学で専門家を養成することを頂点とし、必要な知識や技能を段階的に小学校から積み上げていくという仕組みである。このシステムは微修正を積み重ねながら、100年以上有効に機能してきた。しかし、今後職業が安定したものでなくなるとすれば、教育システムは大きな変化をせまられることになる。

21世紀型スキル
21世紀型スキルは、このような社会の変化を背景に、21世紀に生きていく子どもたちに必要な一般的能力を整理したものである。ここではATC21S (The Assessment and Teaching of 21st-Century Skills)の定義を紹介したい。この団体は21世紀型スキルの普及と教育改革のために作られた国際組織であり、アメリカやオーストラリアなど6カ国の政府と大学・産業界が協力して活動している。

 ATC21Sによる21世紀型スキル
• 思考の方法 創造性、批判的思考、問題解決、意志決定と学習
• 仕事の方法 コミュニケーションと協働
• 仕事の道具 情報通信技術 (ICT) と情報リテラシー
• 世界で暮らすための技能 市民性, 生活と職業, 個人的および社会的責任

思考の方法
知的生産を行う労働者が行う高度な思考に必要な能力である。批判的思考や問題解決能力については従来から学校の教育目標に取り入れられてきたが、創造性や意志決定、自己学習能力やメタ認知などは、イノベーションに必要な技能として最近重要視されるようになってきている。

仕事の方法
知的生産を行う労働者が仕事をするために利用する技能である。コミュニケーション能力は、母国語と外国語で話し言葉・書き言葉を問わず意思疎通ができることであり、協働はチームでプロジェクトを遂行していくための技能である。

仕事の道具
知的生産のために道具として利用する情報通信技術に関する知識や能力である。情報にアクセスしその価値を評価するための情報リテラシーと、技術やメディアを知り操作できるICTリテラシーが含まれる。

世界で暮らすための技能
世界のどの国に住んでも民主的社会を担う市民として暮らしていくための能力である。多様な文化の尊重や他者との共生を基盤としながら地域社会の中で役割を果たしていくための様々な技能があげられている。

これらの能力定義から透けて見えるのは、国境を越えて活躍するビジネスマンやNGO関係者の姿である。ICTを活用しながら高度な思考をフルに発揮し、世界の課題をイノベーションによって解決していく「グローバルでタフな」人材に必要な能力だと言ってもよいだろう。

 21世紀型スキルは、不透明な時代を生きていくために必要な能力として提唱されているが、未来への備えとして考えると、それだけで十分とはいえないだろう。ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授は、書籍「ワークシフト」の中で「専門技能の連続的習得」という言葉を使い、変化の激しい社会では専門性が学習によって常に最新の状況に保たれている必要があり、専門分野を超えた人的ネットワークを構築し、自分自身で複数の専門技能を身につける必要があることについて言及している。
 一つの専門性を獲得するだけでも大変なのに、それを更新し続け、さらに複数の専門技能を身につけるのは高い目標といわざるをえない。このような高次元の専門性の学習をささえるのが、21世紀型スキルのような、高度かつ転移可能な一般能力という関係になるのだろう。いずれにせよ、今後求められる知識や技能は飛躍的に高度化することになる。現在でも教育内容に対して時間が不足していることが問題になっていることを考えると、何らかの抜本的な対策が必要になってくるだろう。その一つの方法が「反転授業」である。

「講義」が宿題になる-反転授業

 スタンフォード大学医学部教授であるプローバー氏は、「講義のない教室」と題された論考の中で、限られた授業時間を活用するためにテクノロジーを利用した学習の方法を検討している。それは、講義の内容を10分から15分の映像にまとめて自宅や講義の空き時間に視聴できるようにし、授業では患者の臨床事例や生理学的知識の応用を中心とした対話型の活動を行うというものである。この方法を導入した生化学の授業では学生評価が大幅に向上し、出席率も30%から80%に増加したという。 
 このような、説明型の講義をオンライン教材化して宿題にし、従来宿題であった応用課題を教室で対話的に学ぶ授業は、「反転授業 (Flipped Classroom)」と呼ばれ、数年前から米国の小・中・高等学校を中心に広がり始めている。

カーンアカデミー
 反転授業を成立させるためには、宿題として学習効果が見込めるオンライン教材が必要になる。教師が自作する例も多いが、技術の進歩により教材制作が簡単になったとはいえ、時間が必要であるため、導入に二の足を踏む教員も多かった。
 このような教員に利用され、反転授業の普及を支えてきたのが、カーンアカデミーである。カーンアカデミーは小学校から高等学校まで様々な教科に対応したショートクリップが用意されている教育サイトであり、3,200を越える映像を無料で利用することができる。
 もともとカーンアカデミーは、創立者であるサルマン・カーン氏が遠隔地にいる親戚の子どものために作った映像をYouTubeに公開したことから始まった。そのわかりやすさが反響を呼び、学校でも利用されるようになったのである。
 非営利団体として活動を展開するカーンアカデミーは、教育映像だけではなく、生徒の学習状況をモニターできる教師向けツールキットの提供も始めている。このツールキットを使うと、学習の進度を把握できるため、反転授業の際に学習につまずいた生徒とうまくいっている生徒をペアにして教えてもらうといった対応が可能になる。

学習時間の確保
 私は「反転授業」を10年後の教室で主流になりうる学習スタイルだと考えている。その最大の理由は、実質的な学習時間が増えるからである。
  2009年に米国教育省から出されたオンライン学習に関する報告書には、オンライン学習と対面学習の学習効果について興味深い研究知見が書かれている。
・対面状況よりも、一部または全てオンライン学習を受講した学生の方が成績が高い。
・オンラインと対面を組み合わせた教授は、対面だけ、オンラインだけよりも効果が高い。
・オンラインが対面よりも効果が高い理由は、学習時間が増えたからである。
・効果は学習内容や学習者の特性に依存しない。
 つまり、反転授業のような対面とオンラインを組み合わせた形態は最善の方法であり、宿題になるオンライン学習は学習時間を増やすことによる学習効果が見込めるのである。

 反転授業が教室で取り扱う応用的な課題は「21世紀型スキル」とも関係する高次の思考能力を育成する活動である。このような活動が普及しなかった最大の理由は「時間がない」ためであった。限られた授業時間に応用的な活動を導入すると、基礎知識を習得する時間が足りなくなってしまうのである。このことが「知識習得」と「思考能力」のどちらが大事かという論争の原因になっている。
 実際には、知識に基づかない高次思考能力は存在しないし、応用できない知識は無意味である。「知識習得」と「思考能力の獲得」を両立させるためには、学習時間を延ばすしかないが、学校の時間はもはや隙間なく埋まっている。この難問を解く鍵になるのが、授業と自宅学習の連続化による学習時間の確保と学習目標に合わせた時間の再配置なのである。

世界最良の授業はウェブから来る

反転授業がICTを利用してより21世紀型スキルを含むより高度な能力を学ぶための方法であるとすれば、専門技能の連続的習得を支えるのは大学の授業のオンライン化である。
2010年8月に、ビルゲイツはTechnomy会議において「今から5年以内に世界で最も優れた授業はウェブから無料で手に入るようになるだろう」と述べ、今後大学レベルの高度な知識習得においてウェブが重要な役割を果たすことを予言している。
ウェブなどの情報通信技術を利用して、学校という制度的な壁を越え、教育に関する資源を誰にでもアクセスできるようにしようという考えは、「オープン教育(Open Education)」と呼ばれ、2000年代から活発になってきた動きである。
 MITが始めたオープンコースウェア(OCW)など、急速に進んだ教育コンテンツの公開は、オープン教材(Open Educational Resources)と呼ばれる誰でも利用できる公共財を生み出した。
現在このような流れを受け継ぎ、無料で誰でも受講できるオンライン教育サービスであるMOOC(Massive Open Online Course:大規模公開オンライン講座)が登場している。
 Courseraは、スタンフォード大学の2人の教授が2012年春に立ち上げたMOOCプラットフォームであり、授業が世界各国の一流大学から集められている点に特徴がある。プリンストン大、スタンフォード大、ミシガン大、ペンシルベニア大、カリフォルニア大などの講義が登録されており、単一大学では提供できない教育サービスになっている。2013年2月現在で260万人を超える登録者が世界各国から集まっており、1講義あたり数万人が受講している。CourseraをはじめとするMOOCのサービスでは、講義映像を見た後で問題演習を行い、自動採点テストで学習状況の確認が行われ、履修証も発行される。
 オンライン講座そのものは無料で受講できるが、履修証を30ドルから100ドルで販売し、良い成績をとった学生を企業に斡旋することによって収入を得るビジネスモデルになっている。
 従来、専門的技能を更新するためには、高い授業料を払って大学や大学院に入学する必要があったが、高等教育にかけるコストと得られる能力のバランスの悪さが問題になっていた、MOOCのような低コストのオンライン授業は、その隙間を埋め、より気軽に専門的技能を更新するための学習機会を提供することになるだろう。
 
山内 祐平

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