2011.02.08

【エッセイ】デジタル教材の評価・よくある誤解

仕事柄多くの方々とデジタル教材についてお話しする機会がありますが、評価の話をするときに、陥りがちな誤解のパターンがあります。

「お金をかけて教材を作るのだから、学習成果がでるのは当然だ。」

教材を使う前よりも使った後の方が学習成果が出るのは当たり前のように思えるかもしれません。確かに事前に知らなかった単語を想起できる率は事後の方があがります。しかし、評価目標を記憶ではなく、概念やスキルの獲得に置くと、統計的に有意差が出ないケースも多くあります。複雑で高度な内容の学習は時間がかかりますので、短時間の教材での学習では差がでにくいのです。

「ITを利用しているのだから、紙やテレビより学習成果がでるはずだ。」

最先端の情報機器を利用していることから、紙やテレビ番組などとメディア比較した場合、圧倒的な差が出そうなイメージがあるのだと思います。しかし、基本的に同じ視覚的刺激を提供する場合、メディアの違いによって学習効果に差が出ることはありません。(内容が同じであれば紙とPDF、テレビ番組とFlash動画では差が出ないということです。)情報機器でしか実現できない相互作用性を上手に活用した教材では統計的な有意差が確認されますが、その差は通常10%から20%程度のものです。

「デジタル教材の学習成果が確認できれば、教育が革命的に変わる。」

教材の評価で確認されることは、一定の条件下で限定的な教育効果があることだけです。実際には教材の影響力よりも人間の影響力の方が大きく、教員・家族・友人などとのインタラクションの要因を入れると、教材の評価は簡単にひっくり返ります。
また、デジタル教材を設置・運用する際に教員側に負荷がかかるような状況だと、教材研究や子どもとの対話時間が減り、長期的に成績が下がることもあります。大規模な導入の場合にはアセスメント的な研究も不可欠になります。

デジタル教材は医療における薬の位置づけに似ています。たとえば解熱薬は熱をさげるという限定的な機能しかありません。しかし、多様な薬が日常的に手に入れば健康を維持しやすくなるように、多様な教材がインターネット経由で使えるようになれば、学習をよりよく支援できるようになります。できることとできないことの実像を知ってもらった上で、優れたデジタル教材が一人でも多くの学習者に届くことを願っています。

山内 祐平

PAGE TOP