2010.09.22

【エッセイ】教育実践を論文にする壁

9月18日、19日、20日と日本教育工学会全国大会に出席してきました。教育工学会は、教育/学習において生じる問題に対して、理論と実践を踏まえて問題解決に関する情報を提供することを指向しており、毎年多くの教育実践研究が発表されています。
この学会で常に問題になっているのが、教育実践研究を学術論文にすることの難しさです。今年のシンポジウム2「教育工学を問い直す」でもこのことが話題になり、意見を求められました。この時の発言を備忘録的にまとめておきます。

私は編集担当理事として教育工学会誌に投稿される論文の査読プロセスを管理する仕事をしていますが、一般的に教育実践に関わる論文が受理できないと判断されるケースには以下の3つのパターンがあるようです。

1) 新規性に関わる問題

教育実践は長い歴史を持っていますので、今まで見たことがないような教育実践を新しく作ることは困難です。また、教育実践に関するデータベースなどが整備されていないので、今までにないことを試みていることを主張するのも難しいのが現状です。このため、論文に要求される新規性を確保しずらい状態にありました。教育工学会に関していえば、この点に配慮した新しいカテゴリー「教育実践研究論文」を新設し、「研究手法や道具の開発、要因の分析、実践の改善や学習環境つくり、教師の教育実践力について、新たな点があるもの」も新規性として認めることになりましたので、今後この問題は緩和されると考えています。

2) 妥当性に関わる問題

教育実践は様々な要因が織りなされて起こる複雑な事象であるため、介入やデザインのパターンがポジティブな影響を与えたということを主張したい場合、意図した介入やデザインが原因で起きたことを立証するのに困難が伴います。
シンポジウムの際に早稲田大学の向後先生がおっしゃっていたように、実験室研究であれば要因の統制もできますが、実際の授業やワークショップのような現実の教育の場では、文脈を壊すようなこのような研究計画は非現実的です。
そのことを考慮し、教育実践に関わる研究は、事例研究や事前事後比較でも受理されています。ただし、それでも研究の目的に対応した確実なデータ収集と信頼性の高い分析方法を使用する必要があります。このような学習に関わるデータ収集と分析の方法に関わる情報が十分流通していないため、この点の不備によって受理できないと判断されるケースもかなりあります。
この課題に関しては、教育工学会25周年を記念して発刊される教育工学選書の中で、必要な書籍が刊行されると思いますので、これを待ちたいと思います。

3) 研究の筋立てに関わる問題

教育実践研究が採録されにくい理由として新規性と妥当性の問題がクローズアップされることが多いのですが、私の感覚では、採録されにくい最大の原因は、研究の「問題・目的・方法・結果」が対応していないという研究の筋立ての不備です。本格的な研究構成法は、大学院の教育内容であり、教育実践研究への参入者が増えるにつれて、大学院でこの種の教育を受けていない方の投稿が増えているのかもしれません。
この問題のもっともよい解決法は大学院に行って学ぶことだと思いますが、現状ではハードルが高いのも事実です。しばらくは、学会やその他のコミュニティがその役割を果たすことが現実的かもしれません。

[山内祐平]

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