2010.03.02

【エッセイ】どうすれば日本人は質問するようになるのか

2月9日のエントリー「どうして日本人は質問しなくなるのか」に対して、はてなブックマークTwitterで多くの反響をいただきました。ありがとうございます。
その中で「理由はわかったがどうしたら解決できるのか」というご質問をいただきましたので、考えてみたいと思います。
前回、大学の大人数講義で質問がないということを問題として設定していましたので、これを3つの場合に分けて検討します。

a) 対面形式でなくても、学習者がわからなかった点を共有できればよい場合

この場合、紙を配り学習者に質問を書いてもらうと、多くの質問がでます。それをグルーピングして教師が答えるシンプルな方法でも、授業の満足度があがります。
最近は、テクノロジーを利用するケースも出てきています。Twitterのような同期型のメディアで質問を受け付ける方法は「バックチャネル」と呼ばれ、海外を中心に大学の授業で利用するケースも増えてきています。
ただし、バックチャネルは授業を聞くことと並行して質問を処理しますので、認知的負荷があがります。導入の際には参加者の状況を慎重に判断する必要があります。

b) クラスの規模を小さくしてもよいので、対面で質問を出して欲しい場合

4人程度のグループを作り、グループで質問を出してくださいという指示を出すと、活発な議論が行われます。クラスの規模が40人程度であれば、グループワークの結果「話してもいい雰囲気」が醸成されるので、その後グループごとに発表してもらってから全体にふると、ほとんどの場合自然に質問がでます。このやり方のバリエーションとして、大講義室で5,6名のグループディスカッションをして質問を紙に書いてもらい、まとめながら質問に答えるa)とb)を統合した案もうまくいきます。

c) どんな状況でもものおじせずに質問できるようにしたい場合

これが一番難しい設定です。中学生から高校生にかけて「人前で目立つ行為は恥ずかしい」という文化的コードが内面化されるという仮説を立てましたが、この仮説にしたがうと、中学・高校において質問することに対して肯定的な文化コードを持つ必要があります。具体的には、中学校に b) のような活動を取り入れて、質問する文化を小学校から自然に引き継いでいく方法が考えられます。また、海外の学校に留学したり、交換プログラムを活用することによって文化コードを相対化するというやり方もあるでしょう。

個人的には、全ての日本人がものおじせずに質問できる状態にならなくても、1,2割そういった人びとが現れれば大学や社会の雰囲気は大きく変わると考えています。
もともと、100年前の日本人は必要ない会話をしていませんでした。現代社会の急激な変化にともなって、これでも日本人は質問するようになってきているのです。グローバル化する社会において、海外の人たちとコミュニケーションするために、パワフルな人びとが一定数いた方が有益であると思いますが、文化変容には数十年かかることを前提にした上で、質問しない人も質問する人も受け入れられる寛容な社会になって欲しいと思います。

[山内 祐平]

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