2010.02.15

【エッセイ】韓国の事例から電子教科書を考える

先週、ハンヤン大学のSungho Kwon教授をお迎えして、韓国のDigital TextBookプロジェクトについてお話をうかがいました。クォン先生は韓国教育工学会の元会長でDigital TextBook(以下DT)の学術面でのリーダーでもいらっしゃいます。

Digital TextBookプロジェクトの概要については、英語版Wikipediaにも掲載されていますが、簡単にまとめると以下のようものです。

・2007年開始。2010年現在112校が参加。
・韓国政府および教育省が主導(全額国庫負担)。
・選ばれた教室に一人一台タブレットPCを配置する。
・DTには、教科書、学習資料、ノート、質問、辞書、その他の活動をサポートする機能が内蔵されている。
・学習を個別化し、教師がサポートを行う。
・教科別に企業が受注。
・教員にはマニュアルを配布。研修は無し。優秀校にはアメリカ視察の特典。
・学校のみでの利用。自宅には持って帰れない。

このような利用形態は一般的に"One to One Computing(生徒1人1台のコンピュータ環境)"と呼ばれ、韓国だけでなく、様々な国で実験的に施行されています。

韓国はその中でもプロジェクトを最も大規模に展開している事例ですが、背景に特殊な事情があります。ご存じの方も多いと思いますが、韓国は受験のハードルが非常に高い国で、よい大学に行くために親が塾などに多額の出費をしており、それが払える親とそうでない親の格差が社会的な問題になっています。このプロジェクトは公教育の水準を上げ、地域格差を埋めるための方法として行われているのです。

クォン教授は、この実証実験の学習効果も確認しています。中位から下位の学習者については、DTを使うことによって学習効果が上がることが確認されました。ただ、紙の教科書との比較実験については有意差は出なかったそうです。メディアの変化による直接的な学習効果は限定されており、教員がそれを最大限に活用した授業を行った場合は差が出ますが、サンプルの数が大きくなればその効果もなくなるためであると推測しています。

韓国では今後、タブレットPCからLinuxベースの電子書籍端末に変更した上で、e-bookという名前に変更してプロジェクトを継続するそうです。これに関しては10日前にリリースが出たばかりで、まだ決まっていないことが多いとのことでした。

この韓国の事例は、日本における電子教科書の導入について考える際の貴重な参考資料になります。2009年12月に原口総務大臣は原口ビジョンの中で、2015年に全ての小中学校の児童・生徒に電子教科書を配布するという項目を発表しています。

個人的見解ですが、韓国での実証実験の経過を見る限り、2015年に全ての小中学校の児童・生徒に配布するというスケジュールは拙速であると思います。電子教科書はまだ世界各国で試行段階にあり、その教育的意義も十分明らかになっていません。そのような状況で多額の税金を投入することになれば、社会全体から反発を受け、かえって導入が疎外されることになりかねません。
長期的には、電子書籍の端末は低価格化し、社会で広く使われるようになるでしょう。端末価格が10,000円を切れば、コンテンツ代を足しても義務教育国庫負担金の教科書にかけている費用より安くなる可能性もあります。(ただし、数百万台の巨大システムの構築・メンテナンス費用を念頭においておく必要があります。)
無償で提供し、故障にも交換機が用意できる体制になってはじめて、学校だけではなく、自宅に持って帰って学習するという選択ができます。自宅に持って帰って学習できることになれば、学習時間の延びや、学校教育と自宅学習を連動させることによる質向上が見込めるので、導入によって教育的成果が期待できます。

現在行うべきことは、韓国のように10校から100校程度の実証実験を積み重ね、将来に備えることだと考えます。その意味で、クォン教授がやられた学術的な調査は先駆的かつ極めて重要な意味を持つものです。

[山内 祐平]

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