2009.12.29
私の研究の守備範囲にはワークショップやプロジェクト学習などの学習活動のデザインとデジタル教材のような学習を支援する人工物のデザインが含まれています。なぜこれらを同時に研究しているのか不思議に思う人もいるようなので、最近見つけた興味深い事例として、北欧の家具販売店であるIKEAの初任者研修プログラムを紹介したいと思います。
一般的に初任者研修プログラムは、その企業の理念(Concept)を理解することが重要視されます。IKEAのプログラムでも、企業理念の理解がその目標にあげられています。
この目標に対してよく使われる方法は、偉い人が理念を語るというやり方です。創業者など強い語り手の場合は動機の向上には一定の効果がありますが、企業の歴史に関する知識の獲得で終わり行動につながらないという問題が生まれます。通常企業理念は行動指針でもあるので、この問題はクリティカルです。
IKEAのプログラムでは、この問題を解決するため、学習者が別の学習者を教えるというアプローチをとっています。
このプログラムでは、研究活動→学習素材の制作→他の人に教える→テスト→パフォーマンスレビューというサイクルを課題のレベルをあげながら3回行います。この過程で、学習者は、 研究者、教材制作者、教師、チームマネージャーという立場の変更を行うことによって多様な視点と深い理解が得られるという仕組みになっています。
このような学習プログラムは、潤沢な学習資源がなければ成立しません。それを支えているのが、e-learning環境です。企業理念に関するショートクリップや、探索学習用のドキュメントデータベース、過去の受講者の作品を収容したWiki、相互評価システムなどが、学習活動のインフラになっています。
このプログラムは大成功し、参加者や配属された部署の上司から高い評価を得ています。また、従来の研修に比べてほぼ半分の時間の密度の高い学習になり、コストも大幅に削減されました。2009年Brandon Hall Excellence in Learning Awardsにおいて、Best Use of Blended Learningを獲得しています。
この事例は適切にデザインされた学習活動とそれを支える情報システムが有効に結合されたときの可能性を示しています。情報化社会においては、情報技術の裏付けがない学習環境はロジスティクスのない企業と同じく成立しません。活動デザインのない学習環境は、製品デザインのポリシーがない企業のように破綻します。この2つの要素をどう統合していくかが、今後の学習環境を考えていく上での鍵だと考えています。
[山内 祐平]