2009.11.21

【学びの大事典!】熟達化研究

最近、学習や教育に関心を持つ方の中で、熟達化という言葉はよく聞かれるものではないかと思います。

でも、あらためて「熟達化とは何でしょう?」と問われると、大変答えにくいものではないでしょうか。
今回は、「熟達化」をどう捉えてきたのかという研究系譜を概観しつつ、創造的技能領域という概念(大浦 2000)について触れてみたいと思います。

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もとはと言えば、熟達化研究の始まりはチェスのエキスパートに関する研究でした。

de Grootによる先駆的なチェスの研究に始まった熟達の研究は、Simonらの一連の研究によって引き継がれ、現在に至るまで急速な発展を遂げてきました。そして、この知見は人工知能研究と深く結びついていきました。

これまでの研究の多くは熟達者(expert)と初心者(novice)の遂行を比較する形で行われ、知的課題(特に記憶課題)での成績の分析がなされました。行われた領域は、チェスの駒の配置、碁のパタン、コンピュータのプログラム、バレエのステップ、バスケットボール及びフィールドホッケーでの選手の位置などなど、多岐に渡ります。しかしながらこれらの知見に共通していたのは、熟達者は初心者よりも速く正確に記憶できるといったような内容でした。

その後、熟達者の有能さの本質に迫るべく、実際の場面に近い課題状況をつくり問題解決を求めた研究も報告されました。これらのデータの蓄積により熟達者の遂行の特徴が明らかにされるにつれ、熟達のなされる領域によって熟達の様相は必ずしも一致しないということがはっきりしてきました。

そこで大浦容子(新潟大学)が提案したのが、「創造的技能領域」という概念です。
大浦は課題領域の特性によって創造性と技能性という2つの次元を設定し、熟達を4領域に分けています。
・創造的技能領域(楽曲演奏、スポーツにおける対人競技、絵画制作、外科手術など)
・創造的非技能領域
・非創造的技能領域
・非創造的非技能領域

創造的技能領域には、楽曲の演奏、スポーツにおける対人競技、絵画制作、外科手術などが含まれるとされます。すなわち、適切な表象形成が必要と同時におもわぬハプニングや柔軟なプラン変更が必要になる部分もあるものがここにカテゴライズされています。
大浦は音楽演奏に関して丁寧な実証研究をまとめていらっしゃるので、興味のある方は是非、読んでみてください。
※大浦容子(2000)創造的技能領域における熟達化の認知心理学的研究

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ここまで、熟達化研究の流れを私の独断ではありますが駆け足で見てきました。
でも、今まで挙げてきた研究は「熟達者はいかに熟達者であるのか」という視点に立つもので、「なぜ熟達者は熟達者になりえたのか?」ではなかったのです。すなわち、この視点のを介在させることによって、熟達化研究と育成支援研究には接点が生まれてくるのだろう、と私は考えています。

現在では、岡田猛(東京大学)による芸術家の作品創造にまつわる一連の過程や松尾睦(神戸大学)のようにビジネスの環境の中で人が経験から学んでいく過程といった長期的な変容を「熟達化研究」という視点で捉えるようなものもあります。

こういった複雑な様相を明らかにしていくためには、多角的な視点で研究をする必要があります。どのような組み合わせが良いかは調査によって様々です(このように多様な「観測の線」を使うことは、「トライアンギュレーション」と呼ばれることが多いです)。

熟達化研究にとって、万能な1手法というのはないのだと思います。

いかに、様相に光をあてるのか。
それを考える研究の在り方そのものも、適切な表象形成と柔軟なプラン変更の両側面を必要とするものだと思います。研究するということもまた、創造的技能領域なのでしょう。

(山内研博士課程3年 森玲奈)

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