2006.10.05

【Book Review】動機づける力

DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部(編・訳)(2005)動機づける力. ダイヤモンド社, 東京

雑誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」の動機づけに関する論文を集めた本です。
最近、日本の企業でも動機づけへの関心が高まっています。モチベーションを専門とする会社もあるほどです。でも、心理学や教育学で蓄積されてきた動機づけに関する知見(知的好奇心や自己効力感の重要性など)は、案外、経営の分野には活かされていないように思います。その一方で、経営分野における動機づけの理論や手法も、心理学や教育学ではあまり知られていないのではないでしょうか。

そこで、経営における動機づけの動向を知りたい人にはこの本がお勧めです。2005年の出版ですが、ハーズバーグの「衛生理論」や、リビングストンの「ピグマリオン効果」など、一度は名前を聞いたことのある有名な理論に関する論文も読め、おトクです。

衛生理論とは、仕事に対する満足と不満足は、それぞれ異なる要因によってもたらされるものであることを指摘した理論です。労働条件や人間関係などの衛生要因は、それが悪化すると仕事への不満足につながります。しかし、衛生要因を改善しても、それらは仕事への不満足を軽減するだけで、仕事に対する動機づけとはなりません。仕事への動機づけとなるのは、こうした衛生要因ではなく、達成感や承認といったより高次の欲求なのです。ピグマリオン効果とは、「人は周囲から期待されたように振舞う」効果を表した概念です。仕事の生産性や動機づけは、マネジャーがその人に何を期待するかによって左右されるといいます。マネジャーが部下に、「高い業績を達成できる」という期待感を抱かせることができれば、その部下は仕事へのやる気を持って、本当に高い業績を達成できるというのです。

各理論の詳細は本を読んでいただくとして、この本には他にも、目標管理制度や部下を動機づけるリーダーの条件など、企業で社員を動機づける手法について論文が載せられています。そして最後には、実際のビジネス・リーダー達(HPのフィオリーナ会長やBMWのディレクターなど)が社員を動機づけるための知恵も、一言ずつ述べられています。

ところで、動機づけとは、そもそも科学の対象足り得るのでしょうか?この本でも、やる気を高める手法について様々な角度から科学的な検討を加えています。そして、部下の仕事へのやる気はマネジャーのマネジメントに拠る、というのがこの本の一貫した主張のようです。マネジャーは、部下に対して、やる気を引き出し高めるような接し方をする必要があります。もちろん、それにはコーチングなどの効果的な手法を学ぶ必要があるのでしょうが、最後のビジネス・リーダー達の格言を読むと、「偉大さに訴える」、「矜持を与える」など、科学的手法というよりはどちらかといえば信念のような言葉が並んでいます。結局のところ、人の動機づけを高めるには、コミュニケーションや属人的な知恵に頼らざるを得ない部分もあるのかもしれません。

とはいえ、そんな曖昧なテーマに、科学的、実証的に答えようとした研究者達の努力にはとても共感できる部分があります。このように、人の仕事への動機づけとは、一見科学的でありそうで実はそうでもないという境界に存在するテーマのように思います。だからこそ、多くの人の関心を惹きつけてやまないものなのかもしれません。その点で、「キャリア」の問題と似ているようにも思いました。

仕事へのやる気をいかに高めるかは、誰もが必ず直面する身近なテーマです。この本を読みながら、時にはちょっと立ち止まり、自分のやる気について「あの時やる気が出たのはこうだったのか」「あの人とではやる気が出なかったのは、こういうせいかもしれないな」と、考えてみるのも面白いと思います。[荒木淳子]

PAGE TOP