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2008

2014/11/12

【開催報告】ラーニングフルエイジング研究会 第2回「高齢者と共に創る認知活動支援―ほのぼの研究所における取り組み―」

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第2回  ラーニングフルエイジング研究会
「高齢者と共に創る認知活動支援―ほのぼの研究所における取り組み―」
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 学び続け成長する存在としての高齢者、その学習にはいったいどのような課題があり、それに対して私たちはどのような方法をとりうるのでしょうか。ラーニングフルエイジング研究会は、ミネルヴァ書房から2015年度刊行予定の書籍『ラーニングフルエイジング:超高齢社会における学びの可能性』との連動企画です。本研究会は、高齢社会に向けた学びの可能性について様々な研究者と話し、多角的に考えていきます。
 第2回の公開研究会は10月30日(木)に福武ホールで開かれました。ゲストは千葉大学大学院工学研究科人工システム科学専攻准教授の大武美保子さんです。「高齢者と共に創る認知活動支援―ほのぼの研究所における取り組み―」というタイトルで大武さんが実践・研究されているほのぼの研究所の取り組みと共想法についてお話いただきました。
 大武さんは千葉大学では機械工学の授業を教え、会話支援ロボット・評価手法やデータ分析手法について研究開発をされています。それと並行してNPOほのぼの研究所で認知症予防を目的とする支援サービスを高齢者と共に作り、2012年には書籍「介護に役立つ共想法」も出版されました。
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 大武さんが現在の研究ならびに実践に従事したきっかけは、認知症で介護施設に入られたご家族とのやりとりの中での発見でした。ただ話を聞いているだけだと堂々めぐりになってしまう話しの内容が、写真をきっかけとして話すことで格段に広がった―この経験から、何らかの刺激を与えることで、頭のなかに入ってはいても自分では取り出せない記憶を、取り出すことが出来るのではないかと大武さんは考えました。認知症患者に限らず、何か人から聞かれたりヒントを与えられたりしたときに、自分自身がそのことについて実は知っていたと気づく人は多いと思います。こうした気づきを得ることができれば、それを人に伝えることもできるでしょう。このような、記銘、保持、想起を起こすためには、会話をする環境に身を置く中で覚え、覚えたものを会話の中で実際に使うことが有効です。大武さんはそのためのツールとして写真を使うことにしました。
 ここでまず認知症の定義を確認しておきましょう。認知症とは、「脳や身体の疾患を原因として、記憶・判断力などの障害がおこり、普通の社会生活がおくれなくなった状態」を指します。アルツハイマー病・脳血管障害など記憶に関係する部分の障害が原因となって発症することが多く、現在は予備軍を含め800万人の方が認知症を患っているそうです。
 一方で総入れ歯の割合を見てみると、2005年までの30年間で10分の1に減っています。これは歯磨き習慣・歯医者の定期検診による口腔ケアによるもの。毎日の歯磨きをするかのように、一日5分でも認知機能をフルに活用できる活動を生活に取り入れることで、認知症を予防し認知症患者を減らすことを、大武さんは目標としています。
 では、認知症予防に会話はどう関係するのでしょうか。社会的交流の多さと認知症の関係の調査結果によると、交流が少なくて認知症になる人が約6人に1人なのに対して、交流の多い人は50人に1人とかなり少ないようです.しかしながら、社交的に見えても認知症になる人がいるのは事実。こういった人は、自分ばかりが話して相手の話を聞いていないなど、頭を使う会話をしていない可能性があり、情報を受けて出すというループが出来ていないと考えられます。認知症を予防する会話において重要なのは、話すことと聞くことがバランスよく含まれるのか否かなのです。
 会話支援のなかには、組織のための会議支援のように、結論を出すためなどの目的が存在する場合もありますが、大武先生の研究では、「会話をする人が健康になるような支援」が目的です。認知症に陥らないために、どんなことを話そうか意識して計画して考える、自分の体験を意識して話題にする、会話をするときも注意を切り替えながら話す、話しながら聞くといった会話の手法をサービス化しようとした結果生まれたのが、双方向会話支援技術「共想法」でした。
 共想法は次の2つの会話セッションから構成されています。
①テーマをあらかじめ設定して、参加者が写真と話題を持ち寄る。
②順序と制限時間を決めて、参加者に聞くことと話すことのバランスのとれた会話の機会を作る。
参加者は日常会話の中でカメラを持って歩き、共想法を用いた対話をする際に常に話題を出せるように準備をします。そのため、会うたびに同じ昔話をしていた人がいつも違う話をするようになるので、若い介護者にとっても同じような話題が共有できるといった副次的な効果も生まれます。例えば好きな食べ物の話のような身近な話題であれば、話者が何歳だということはどうでもよく共有できるようになり、年齢に関係なく人として接することができるようになるのです。
 また、共想法では必ず話す番も聞く番もまわってくるので、そこで質問を考えながら聞くという訓練をすることができます。共想法を取り入れることで、参加者の認知活動が維持されるだけでなく、実際の年齢よりも心の持ち方が変わっていくように感じられると大武さんはおっしゃいます。
 参加者の中には、こうした会話の方法を小さいころから知っていればよかったと話す人もいるそうです。共想法は訓練というだけでなく、生活を楽しくするための小さな工夫として取り入れることが可能な手法でもあります。
 「共想法」を、非営利事業として社会実装する手法を"高齢者と共に"開発しているのが「ほのぼの研究所」です。最初は予防やリハビリ目的で共想法に参加した人が実践者・運営側となり、現在も市民研究員として活躍されています。高齢者ボランティアのみなさんは平均年齢74歳、最高90歳の市民研究員で構成されており、脳血管障害を経験された方、足腰が悪い方も参加しているということでした。市民研究員らは共想法の参加者、実施研究の共同研究者として、共想法の新しい実施方法の開発も行っています。
 ほのぼの研究所は「普及」「育成」「実施」「連携」「研究」の5つの事業から構成されています。「実施」事業では、介護予防施設などで共想法を実施したり、「普及」事業では、年に2回の講演会の主催、ニューズレターの発行、毎週のブログの更新を行っており、これらはすべて、市民研究員の協力や自主的な運営のもとに行われています。
 ほのぼの研究所の取り組みについて、具体的な事例もご紹介いただきました。
 まずは、介護予防施設・研究NPO(千葉県)の例です。ここでの実践は柏市役所と連携し実施しているもので、ほのぼの研究所の本拠地での実践です。共想法を取り入れた実践を、健常高齢者が健常高齢者を対象に実施したところ、参加者らは最近の体験についていくらでも語れるようになったそうです。
 次に、介護施設・福祉活動NPO(埼玉県)の事例です。こちらでの実践は保育士と高齢者ボランティアによって実施されました。参加者の中には男性6人グループもありましたが、話にオチをつけたりしてムードメーカーとなってくれる参加者がいたことによってスムーズに会話が成立していました。こうした参加者の話し方から他の参加者が学ぶことで、継続していくうちに笑いが絶えない会話が起こるようになったそうです。大武さんたちはこのように場を和ます参加者の特徴を分析し、彼らのような役割を担うロボットの開発研究もおこなっています。
 また、きんさん、ぎんさんの娘姉妹への取材がきっかけとなって、認知機能の訓練になる会話に関する研究も行いました。協力者の方たちの楽しげな会話の中から見出された理想的な会話のポイントは、全員が頻繁に反応を返し、話し手が頻繁に入れ替わることで、聞きながら話し、話しながら聞くということでした。前に話した人が使用した単語を次の人が使うということが実際に行われていることが確認できたことから、"聞きながら話し、話しながら聞く"ということが成立していることもわかりました。
 こうした実践の報告や研究開発の結果は、これまで人工知能学会においても数多く発表が行われてきており、5年目の発表では大武さんらが開発した会話支援ロボットが発表の司会を担当しました。また2010年からは外部との連携も強化しており、現在は長いタームでの実践に取り組んでいるそうです。
 共想法の実践を行う高齢者ボランティアたちのなかでは相互学習が頻繁に行われています。彼らの運営に関する学習方法は、基本的にはOn the jobであり、できたことを他の人に伝えることでノウハウの共有が行われています。例えばブログの更新なども、ブログを作り更新できるようになれば、それをマニュアル化していくという流れで引継ぎの準備がなされます。最近では街を歩く中で見付けたもので共想法をおこなうという「街歩き共想法」を実施しましたが、この企画も高齢者ら自身が準備から当日の実施、事後の報告までを実行しました。
 このとき「わからない」と言える高齢者の存在は重要です。わかることやできることがかっこいいことなのではなく、何かを実現するために分かることやできることを増やしていくというマインドで活動を行っている高齢者が、長く市民研究員を続け、分かったふりやできるふりをしてしまう高齢者らは離脱していってしまうそうです。分かったふりをしない、というマインドが、自分は世界を見る方であり見られる方ではないという真の自尊心を育てるのです。
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 大武さんのご講演の後、約1時間程度の質疑応答の時間が設けられました。共想法の具体的な方法や評価手法についてさらに深く尋ねられる方、高齢者同士の世代間ギャップについて等、活発な議論が交わされました。
 共想法は、認知活動の維持・向上という観点から見たときに目指されるべき会話像を示しているという点で非常に興味深いものです。また、それが高齢者たちとのかかわりの中で社会実装され、新たなつながりを生み出しながら手法自体が洗練されていく様に、実践と研究の往復関係のダイナミズムが感じられました。
 今回お話しいただきました大武美保子さん、お集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。
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 次回の研究会では、11月20日(木)18時より、水村容子さん(東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授)をゲストにお迎えします。テーマは「スウェーデンの住み続ける社会の仕組み」です。ご関心ある方はこちらからお申込みください。
[ラーニングフルエイジング研究会 アシスタント:宮田舞]