3代加賀藩主前田利常が園池を大築造したのは寛永15(1638)年。 利常の死後、綱紀がさらに補修して、当時江戸諸侯邸の庭園中第一と称せらされた。 池の形が「心」という字をかたどっており、この池の正式名称は「育徳園心字池」なのだが、夏目漱石の小説『三四郎』以来、「三四郎池」の名で親しまれている。 (東京大学本部広報グループ)