2014/10/08
【開催報告】ラーニングフルエイジング研究会 第1回「カフェ型ヘルスコミュニケーションにおける学習」
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第1回 ラーニングフルエイジング研究会
カフェ型ヘルスコミュニケーションにおける学習
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学び続け成長する存在としての高齢者、その学習にはいったいどのような課題があり、それに対して私たちはどのような方法をとりうるのでしょうか。ラーニングエイジング研究会は、ミネルヴァ書房から2015年度刊行予定の書籍『ラーニングフルエイジング:超高齢社会における学びの可能性』との連動企画です。本研究会は、高齢社会に向けた学びの可能性について様々な研究者と話し、多角的に考えていきます。
第1回の公開研究会は9月16日(火)に福武ホールで開かれました。ゲストは東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センターの孫大輔さんです。「カフェ型ヘルスコミュニケーションにおける学習」というタイトルで、孫さんが実践される「みんくるカフェ」の事例についてお話いただきました。
「みんくるカフェ」とは、孫さんが2010年8月に始めた、医療者でも一般の人でも誰でも参加できる医療・健康をめぐる対話の場です。街中で月に一回開催しており、「みんながくる」ということからみんくるカフェと名付けられました。孫さん自身が家庭医(総合診療医)であることから日頃高齢者と接することが多く、介護や在宅での看取り、心の健康などのテーマでも対話を行ってきました。
孫さんが「みんくるカフェ」を始めたのは、家庭医として地域で患者さんをみている中で患者のさんが本音を十分に言えていないと感じたことがきっかけでした。医療は情報の非対称性が大きく、また時間の制約があるため、十分に患者さんの想いをくみ取る場がありません。また、病院には依然として、「白い巨塔」のように権威的、閉鎖的なイメージがあり、基本的に医療者は医療者同士でしかつながりを持てず、患者側も、医療者に簡単にアクセスすることはできません。そこで孫さんは、リアルな場で、クローズドかつオープンな(個人的な悩みを話すのではなくてもそれに近いことを行える)場として、カフェ的空間を実践しようと考えました。現在では52回ものみんくるカフェが開催され、参加人数はのべ1000名以上だそうです。
では、みんくるカフェにはどのような人たちが集まり、どのようなことが行われているのでしょうか?みんくるカフェの参加者の平均年齢は30代後半ですが、20代から70代の幅広い参加があり、患者さんはもちろん医療者の参加も約半数とかなり多いです。みんくるカフェでは、最初からいきなり対話をするのではなく、まず医療者や当事者がスピーチをするスタイルをとっています。その後、メンバーをシャッフルしながら対話を15分程度で繰り返すワールドカフェ形式の対話を行っています。
例えば2012年に開催された「介護しやすい社会とは?~社会とつながり続けるために~」の回では、介護によって仕事を続けられなくなった方が話題提供をされました。介護で辛いのはし尿の処理だということは一般にはあまり知られていません。そういった経験談を話してもらったのち、大学生から70歳くらいの方まで一緒に話しあう時間が設けられました。他にも、葬儀ホールを実施会場とし僧侶の方をゲストに迎えた「グリーフケア(悲嘆学)」の回などもあり、医療者・患者を含めた様々な「当事者」が登場するのもみんくるカフェの特徴でしょう。
みんくるカフェを開催しているうちに、自分の地元でもカフェをやってみたいという人が出てきました。そこでファシリテーター講座が開始され、現在では140名以上の修了生を出しています。修了生のうち20名程度はその後全国でカフェを立ち上げてくれたそうです。実施者は、家庭医の先生など医療者である場合もありますが、埼玉では医療事務の方、千葉では薬剤師の方、広島では医学生、大分では医学生と地元の一般の方との協同で開催されています。
孫さんは実践を行うだけでなく、みんくるカフェがどのような効果をもたらしたのかについて研究を行っています。参加者に「どういう学びがありましたか?」ということを記述式のアンケートでうかがい分析したところ、一般の人たちには「専門的知識の獲得」、すなわちヘルスリテラシーの向上が起きていました。そしてさらに注目すべき結果は、みんくるカフェを通して参加者が自分自身の「視座の変容」や「自己省察」といった自分自身の価値観を振り返る「変容的学習」を行っていたことでした。変容型学習とは、知識獲得型の形成的学習と異なり、前提・価値・信念を構成している枠組みが変容するタイプの学習です。
こうした学習がみんくるカフェで起きているのだとしたら、なぜ起きているのでしょうか。孫さんたちは、当事者の語る物語や多様な価値観との遭遇などの対話において経験されたことがキーとなっており、そこで起こった変容的学習が、最終的には他者への理解やヘルスリテラシーの向上という学習へとつながっているのではないか、と考えているそうです。
次に、地域においてみんくるカフェがどのような活動をし、どのような役割を果たしているのかについて具体的にご紹介いただきました。
孫さんが以前、みんくるカフェを開催していた練馬区の団地では、団地の中の一室を借り、主に団地に住んでいる高齢者を対象に、「高齢者にとって健康な住まい」等の題材で開催を行ってきました。そうした中、地域の活動に興味のある民生委員さんや、練馬区の保健師さん、町づくりNPOとのつながりができ、地域診断活動というスピンアウト活動の実施に発展しました。また、島根県雲南市では、保健師の矢田さんを中心に「まちづくり医療」をテーマとした「みんくるcafeイズモ」が開催されています。矢田さんたちの活動では、カフェの枠を大きく超え、医療と保健に関する学習会や、医療関係者誘致ツアーなど、地域づくりにつながる体験型で楽しい企画をうちだしているそうです。
このようにみんくるカフェという活動には、活動それ自体の効果だけでなく、新たなつながり生み出すパワーと柔軟さが秘められているようです。
最後に、こうした実践の中に存在する困難と工夫についてもお話いただきました。
孫さんらの経験から、高齢者は横文字が苦手で、アットマークやカフェといった単語をタイトルに入れると迷われることもあるそうです。また、市民から見て医療者が「お医者様」のような感じになってしまうこともあり、参加者から個人的な医療相談をされることもあるなど、対話に持っていくのが難しいこともあります。
こうした困難を解決するファシリテーションがみんくるカフェには取り入れられています。例えば、いくつかのグループに別れる際に、多様なメンバー構成になるようにすると、ある参加者が医療者に質問を投げかけ続けている中で、NPOの人など他の支援的立場にいる人が合の手を入れるといったことも生じ、対話が一対一になりにくいといいます。高齢者が参加する際には、家族が同席することで高齢者が対話に参加しやすくなるということもあるそうです。
孫さんのご講演の後、約1時間程度の質疑応答の時間が設けられました。具体的な方法についてさらに深く尋ねられる方、カフェ型のコミュニケーションの意義について等、活発な議論が交わされました。
孫さんのお話から、高齢者を含めたヘルスコミュニケーションが具体的にどのように行われうるのかを知るとともに、そうした活動の中で行われる学習が、医療者と患者、一般の人の関係性を組み替え、さらには地域との新たな関わりを生み出す可能性を感じました。また、みんくるカフェを継続して実施していく中で孫さん自身の当初の問題意識が変わったり、新たな意義を見出されているということをおうかがいし、実践者であるからこそ実感できるカフェ型コミュニケーションの効果、そして未だ知られざる役割にさらに期待を抱きました。
今回お話しいただきました孫大輔さん、お集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。
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次回の研究会では、10月30日(木)18時より、大武美保子さん(千葉大学大学院工学研究科人工システム科学専攻准教授)をゲストにお迎えします。テーマは「高齢者と共に創る認知活動支援―ほのぼの研究所における取り組み―」です。ご関心ある方は
こちらからお申込みください。
[ラーニングフルエイジング研究会 アシスタント:宮田舞]