2014. 2.12 開催
島根大学教育開発センター
反転授業公開研究会(FLIT共催)

授業の常識をひっくりかえす! 『反転授業』を考える

Mohammad Qayoumi FLIT Seminar

基調講演
ブレンディッド・ラーニングの視点から

山内祐平 FLIT Seminar

山内祐平
東京大学

これから、反転授業の歴史をたどりながら、ブレンド型学習としての反転授業についてお話をさせていただきたいと思います。

反転授業とは何か

山内祐平 FLIT Seminar 教室で教員が基礎的な知識の説明をして、知識の応用は自宅で宿題にするというのが、これまでの伝統的な授業形態でした。反転授業では、基礎的な知識の習得を講義映像やオンラインテストを活用して自宅で行い、知識の応用を教室において対話型で学びます。これによって、より難しい知識の応用を教員や他の学習者の援助により円滑に行うことができるようになります。通常の予習では、理解を促進するための教員による解説というものは、基本的には用意されていませんでした。例えば、文献を読んで来て、授業で説明を加えることで補足をしてきたのです。反転授業では、従来の授業相当分の学習を、授業前に済ませるところに特徴があります。

反転授業はどこからきたのか

反転授業のアイデア自体は、Baker(2000)がClassroom Flipという用語で提唱していますが、大きく普及するきっかけになったのは、コロラド州の高校で誕生したFlipped Classroom (Bergman & Sams 2012)です。化学の先生である彼らは、授業を欠席した学生に対して、授業を収録して宿題として見るよう指示しました。この仕組みがうまく機能したので、全員が映像で予習し、授業では実験や個別指導を中心に行うようにしたところ、この方法が他の高校の先生に飛び火して、実践現場で拡大していきました。例えば、クリントンデール高校では、落第率が61.2%から10.8%に激減したという成果も上がっています。また、Flipped Learning Networkの調査では、67.1%のクラスで成績の向上が報告されています。

反転授業と高等教育

米国の初等中等教育での反転授業の普及においては、カーンアカデミーが重要な役割を果たしています。以前は、オンライン教材を教員がつくっていたので、彼らに負荷がかかるという問題と、学生にとって適切な教材を用意できているかという懸念がありました。カーンアカデミーでは、3000本以上の教育映像や理解度を確認するテストを用意していますので、反転授業を実践したいが迷っていた教師に広がり始めたというわけです。

こうした初等中等教育での流れを横目で見ながら、西海岸の大学は、“これは高等教育で使えるんじゃないか”と思ったわけです。その際に、非常に面白いのは、全く違ったタイプの反転授業がスタンフォード大学とサンノゼ州立大学で行われたことです。スタンフォード大学医学部では、覚えることがたくさんあって教科書がとても分厚いために、授業で臨床に関する知識を与える時間を確保できないという問題がありました。そこで、生化学の授業で得た知識を医学の臨床に応用させられるように反転授業を行ったところ、出席率が30%から80%に増加しました。

一方、サンノゼ州立大学工学部の事例では、高等教育で広がっているMOOCと呼ばれるオンライン講座を専門基礎教育に使っていて、MOOCのひとつであるedXに設置されていた電子回路解析入門を50人の学生が受講したところ、それまでは4割程度が落第していたのに対して、反転授業にしてからは、落第率が1割程度に減りました。

反転授業の2つのパターン –完全習得学習型と高次能力学習型–

山内祐平 FLIT Seminar 反転授業には2つのパターンがあって、ひとつは全員が一定の水準に達することを目指す完全習得学習型(サンノゼ州立大学など)で、もうひとつは授業の目標を高次な能力にシフトするという高次能力学習型(スタンフォード大学など)です。完全習得学習とは、はじめに学力を評価して、それに基づいて特別な処遇を適切に与えることで、全員をある基準以上の成績に到達させるという教育方法です。前者では、対面学習においてチュータリングが中心になるので、システム化しやすく、現段階でもかなり広まっています。後者では、対面学習は協調学習が中心になり、プロジェクト学習を実践できるような教員の力量が必要になってきます。そのため、高次能力学習型の反転授業はなかなか広まりにくいのですが、研究型の大学では今後このパターンが求められるようになっていくでしょう。

反転授業はなぜ効果的なのか

これまでの研究から、オンラインと対面を組み合わせた学習、つまりブレンド型学習は、対面のみ、オンライン学習のみより有効であるということがわかっています。オンライン学習の導入により学習時間がのびることや、対面型授業によりドロップアウトを防ぐ効果が複合的に働いていると考えられます。反転学習はブレンド型学習の一形態として捉えることができます。ブレンド型学習を設計することはかなり難しいのですが、反転学習のように方法として定型化されたパッケージを利用することで、学習時間の確保と学習の個別化がわかりやすく実現されます。だからこそ、反転授業が草の根で広まったのではないでしょうか。そのような意味で、反転授業はブレンド型学習のツアーパックのようなものだと思っています。

反転授業をはじめるみなさまへ

この会場にはこれから大学で反転授業をはじめたいという方も多くいらっしゃるかと思いますが、その際に完全習得学習型と高次能力学習型のどちらを目指すのか、明確に決めておいた方がいいと思います。この二つのタイプは対面の授業設計がかなり変わってきます。また、高次能力の育成をめざす場合は反転授業以外のブレンド型学習も選択肢として検討した方がよいでしょう。スタンフォード大学の研究グループ(Schneider et al, 2013)が明らかにしたように、領域によっては「説明(講義)→課題(演習)」という 活動の順序を「課題→説明」に変えることで学習効果が上がる可能性もあります。反転授業はすぐれたパッケージですが、授業改善の選択肢の一つとして冷静に検討していくことが重要であると考えています。

アクティブ・ラーニングの視点から

溝上慎一 FLIT Seminar

溝上慎一
京都大学

溝上先生の発表資料はこちら(20140212_mizokami.pdf)

最近ですね、アクティブラーニングについてちょっと話し飽きています(笑)。でも、MOOCとアクティブラーニングとのつながりを考える機会が増えてきていますので、それについてお話をさせていただきます。今日は、アクティブラーニングに見る2つの構図、能動性を後押しする社会の力、情報・知識リテラシーの育成から反転授業を見る、という3つの内容についてお話ししていきます。

アクティブラーニングの再定義

溝上慎一 FLIT Seminar アクティブラーニングの定義については、これまでの3、4年間、「受動的な学習に対する能動的学習の総称」だと述べてきました。つまり、受動的学習とは知識の伝達のような一方通行的な講義での学習のことであり、それを乗り越える方法としてアクティブラーニングを語ってきました。けれども、最近はアクティブラーニングがだいぶ普及してきて、質的転換答申によって緊張感がいっそう高まったように感じています。このようにフェーズが動いて、さらに反転授業が始まったことも含めるならば、「能動的」という意味をきちんと定義する時期に来ていると感じるようになりました。そして生まれたのが、アクティブラーニングに関する最近の定義です。能動的な学習は、書く・話す・発表する等の活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴うものだと説明しています。講義を聴きながら頭を働かせていれば、それは能動的になっているといえます。アクティブラーニングが普及すれば講義はなくなるのか、という疑問については、そうだとは思っていません。私にとって講義パートはとても大切なもので、アクティブラーニングはあくまで学習概念、講義パートを含めた教授学習概念は「アクティブラーニング型授業」だと、概念的に分けて考えています。

教授から学習へ、知識習得から成長へ

ここで、ポジショニングの視点から、アクティブラーニングの2つの構図と移行についてお話をします。

はじめに第1フェーズとして、アクティブラーニングの概念が日本でみられるようになったのは1990年半ば頃ですが、アメリカでは1980年代にInvolvement in Learningの論文の中で公的に登場しました。教授パラダイムから学習パラダイムへ、その学習パラダイムのひとつの具現としてアクティブラーニングの原型が出てきます。日本では、アメリカとは状況が異なりますが、高等教育の大衆化を背景に、講義が成り立たないという問題が伝統的な大学からも出るようになりました。

次に第2フェーズとして、能動的学習とは何か、どうやって作り上げていけばいいのかという議論が出てきたのが、1990年代のアメリカ、2000年代後半の日本です。つまり、高次の能力を目指したアクティブラーニングに進んでいくのが、このフェーズです。知識の習得が目的だった時代から、学生の能力を育てていこうという成長感を軸に大学教育が展開されるようになりました。これに関連して興味深いのは、アクティブラーニングの技法は、必ずしも社会の変化と関係して生まれているわけではなく、学生を育てていこうという成長感はかねてからあったという点です。加えて、アメリカではカレッジ教育の復権という見方もありました。Chickering(チッカリング)という学者が69年の本に面白いことを書いています。「人を育てていたカレッジ教育に戻れ、専門性を教えるだけの大学を変えていこう」と。こういうことがすでに1969年の本に書かれていて、高等教育の変化の中で学生を育てることに対する危機感が示されていました。

認知プロセスとしてアクティブラーニングを捉える

さて、アクティブラーニングの定義に話を戻すと、Bonwell & Eison(1991)では、「活動およびその活動についての思考に学生を巻き込むこと」だとされています。それに対して私は、思考という言葉を用いずに、あえて認知プロセスという用語を使ってきました。なぜなら、思考には論理的・批判的・創造的思考、推論、判断、意思決定、問題解決などが含まれますが、認知にはそれ以上のもの、つまり知覚・言語・記憶も併せて入っているからです。私たちは、いろいろな人たちに説明をしなければいけない機会が多いので、言語や記憶も含めて理解することが重要になってきます。つまり、認知という観点からアクティブラーニングを考えることが必要だと思っています。例えば、Fink(2003, 2010)は意義ある学習経験として、経験や情動、考えや省察に支えられたものをアクティブラーニング型授業として捉えています。

アクティブラーニングを後押しする“力”

先ほど述べた能動的学習の2つの構図と移行の話ですが、それを後押ししたのは、社会から学校教育に突きつけられた技能・態度(能力)の育成課題、すなわち学校から仕事へのトランジションです。技能・態度(能力)の観点から学校教育をリデザインすることが、トランジションの近年の発展として求められるようになりました。つまり、能力概念というのは世界各国で推進されていて、そこにアクティブラーニングが貢献していくというのが図式になっています。

けれども、技能・態度(能力)の育成では、アクティブラーニングによって育てられる能力が適切に表現されていないという問題があります。例えば、初年次教育でディスカッション能力やコミュニケーション能力を育てるという目標が掲げられていることがありますが、実際には活動がそれに追い付いていないという場合も目立ちます。その背景には、検索型の知識基盤社会(吉見 2011)があります。情報化が進む中で、知識の社会的機能は完全に変貌したと言われています。その中で、学生は知識を自分のものにしていくことが重要で、大学教育には知識の習得以上のことが求められているのです。つまり、そういった能力の養成講座だけではなく、理想を言えばあらゆる授業が多かれ少なかれアクティブラーニング型授業になることが重要だといえるでしょう。

知識の社会化はなぜ重要なのか?

知識の前提には、データ、情報などがあるでしょう。丸暗記するだけでなく、1.情報を知識化し、2.知識を活用し、3.知識を共有して社会化し、4.知識を組織化およびマネジメントする必要があります。このうち、知識の社会化はとくに重要だと思っています。他者に知識を伝えたり、他者の持つ知識とすり合わせて統合したりすることは、アクティブラーニングそのものであり、反転学習とも重なってくると思います。反転学習をどこに位置づけるのかについてはまだ思考中ですが、世の中の流れは受動的から能動的へと確実に移行しています。おそらく今後は、情報や知識リテラシーの4観点から見て、反転授業がどこまで徹底的なアクティブラーニングを実現しているかが、授業のよしあしをみる1つのポイントになっていくでしょう。

溝上慎一 FLIT Seminar