概要
FLITについて
21世紀に生きる人々は、高次の思考能力を知識に基づき獲得し、また大量の知識を思考能力によって意味づけ応用できるようになることを求められています。この「知識習得」と「思考能力の獲得」を両立させるための大きな枷のひとつが「学習時間の確保」でした。
FLIT(反転学習社会連携講座)では、対面授業とオンラインの動画授業を組み合わせ、授業と自宅学習の連続化による学習時間の確保と学習目標に合わせた時間の再配置を可能にする、ブレンド型学習環境の研究と実践を推進しました。
私たちは、「教室に合わせて学ぶ」から「学びに合わせて教室を変化させる」へと、学びの時間と空間を大きく組み換えることを目指しました。
反転学習とは
反転学習と反転授業
2000年代後半から米国の初等中等教育を中心に反転授業(Flipped Classroom)というキーワードが草の根で広がり、教育関係者の間で注目されています。反転授業は一般に「説明型の講義など基本的な学習を宿題として授業前に行い、個別指導やプロジェクト学習など知識の定着や応用力の育成に必要な学習を授業中に行う教育方法」を指します。従来の授業では学習内容の説明に授業時間の大半を使うため、個別指導や協調学習など教員や学習者同士の相互作用的な活動に十分時間を確保することができませんでした。反転授業では、従来の授業相当分の学習を授業前に行うことで、知識の定着や応用力の育成を重視した対面授業の設計が可能になります。
2012年頃から徐々に日本の教育関係者の間でも反転授業に対する関心が高まり、その流れは高等教育や企業内教育にも拡がりつつあります。
FLITでは学校教育における正規の授業以外での活用も視野に入れ、反転学習(Flipped Learning)という用語を使用しています。
反転授業の起こり
「反転」の概念は2000年前後から主張されはじめました。例えば、Baker(2000)は大学講義の資料閲覧や学生同士で質問・議論ができる掲示板、確認テストをオンラインで授業前に行い、授業中にオンラインで学んだ知識の確認や拡張、応用のためのアクティブ・ラーニングを行う「Classroom Flip」を提言しました。また、Lageら(2000)も授業前に録画した講義を視聴させるなど類似した授業形態を「Inverted Classroom」として規定しています。初等中等教育では、BergmannとSamsが自身の講義を録画して授業前に視聴し、授業中に理解度チェックや個別指導、プロジェクト学習を行う形態を「反転授業(“Flipped” Classroom)」と呼び、彼らの実践がマスメディアで取り上げられたことがきっかけでこの用語が一般に知られるようになりました(Bergmann & Sams, 2012)。
反転授業とオンライン教材
初等中等教育に反転授業が広がった背景としてカーン・アカデミーの存在があります。カーン・アカデミーは、数学をはじめとする様々な科目の説明ビデオや確認テストを無償で利用できるウェブサイトです(Khan, 2012)。 元々学習者が放課後オンラインで学ぶことを想定したサービスでしたが、反転授業の普及とともに学校の教師が授業で活用するケースが増えました。カーン・アカデミーの説明ビデオは単元や概念ごとに細分化および構造化されており、教師は他人が作成したコンテンツでも指導内容に応じて活用できます。また、児童生徒の学習状況をモニターできる機能が用意されており、習得に苦労している学習者を特定し、個別指導するなどの対応が可能になりました。
高等教育における反転授業
このような対面とオンラインを組み合わせた教育スタイルは高等教育にも拡がりました。スタンフォード大学医学部では、従来の対面講義をオンライン学習に切り替え、授業で患者の臨床事例や生理学的知識の応用を中心とした対話型の活動にしました。その結果、学生の授業評価が上がり、授業への出席は任意だったのにも関わらず、出席率が大幅に向上しました(Prober & Heath, 2012)。また、2012年にオンラインで大学レベルの授業を無償で提供するMOOC(大規模公開オンライン講座)のサービスが本格的に普及しました。MOOCでは、講義ビデオを視聴するだけでなく、確認テストやレポート課題、学習者同志が議論を行うためのフォーラム(掲示板)といった総合的な学習環境が提供されます。サンノゼ州立大学はMITのコースを活用した反転授業を同大の工学部のコースで実験的に行いました。その結果、反転を行ったクラスの中間試験の成績が従来の講義形式のクラスに比べて上昇したことが確認され注目を集めました(The Chronicle of Higher Education, 2012)。
反転学習の学術的な位置づけ
反転学習は、 オンラインと対面を組み合わせたブレンド型学習(Blended Learning)の一形態とみなすことができます。ブレンド型学習は、 様々な「メディア(テキスト、動画、掲示板など)」を活用して対面とオンラインを有機的に統合し学習環境をデザインするための理論体系です(Garrison & Vaughan, 2008)。ブレンド型学習の研究知見は、目的に応じたメディアの選択と組み合わせに関して示唆を与えてくれます。ブレンド型学習から見た反転学習は、講義視聴や基本演習をオンライン(授業前)で行い 、個別指導や応用演習を対面(授業中)の順で行うブレンド型学習のパターンとして捉えることができます。一方で、「説明(講義)→課題(演習)」という 活動の順序を「課題→説明」に変えることで学習効果が上がるという報告もなされており(Schneider et al, 2013)、ブレンド型学習をはじめとする学術的な知見を活用することで、より効果的な反転学習のデザインや新しいブレンド型学習モデルの可能性が期待できます。
反転学習の課題
反転学習の実施や普及に向けての懸念や課題も指摘されています。まず、オンライン学習コンテンツにアクセスするためのデバイスとインターネットアクセスをすべての学習者に確保する必要があります。 また、反転学習の成功の鍵は対面でどのような活動をデザインするかにかかっています。実践した教員は授業と宿題の順序を変えるだけではうまくいくとは限らないことを指摘しており(Bergmann & Sams, 2012)、教員はテクノロジーを活用したオンライン学習の支援に加えて、知識の定着や応用力の育成を重視したインタラクティブな教授法を学ぶ必要があります。また、学校や大学単位でデバイスの確保や協調的に学ぶスペースを整備するなどの組織的な支援が普及に向けて重要になるでしょう(重田, 2014)。
反転学習FAQ
反転授業は予習と授業の組み合わせと何が違うのですか?
反転授業の大きな特徴は、従来の授業相当分(説明中心の講義)の学習を授業前に済ませてしまう点です。教科書を読んでくる、プリント学習に取り組むなどの予習には、教員による理解を促進するための解説が無いため、従来の授業相当分の学習とは言えず、この点で反転授業と異なると考えていいでしょう。
自宅でインターネットへのアクセスがない生徒がいる場合はどうするのですか?
すべての学習者にオンライン学習環境へのアクセシビリティを確保することは重要な課題です。BergmannとSamsの例では、自宅にインターネット環境のない生徒には講義ビデオのDVDを渡すなどして対応しています。大学においては、ラーニング・コモンズのような学生が自由にコンピュータを利用できる環境の整備が必要になるでしょう。
反転授業を導入することでどのような効果が出るのですか?
学術的な検証は不足しており、教育効果については反転授業を実践する教師や学校によるものが中心です。1)(試験の)落第者が減った(=合格者が増えた)、2)授業評価が上がった、3)成績が上がった、という報告があります(Bergmann & Sams, 2012; Fulton, 2012; Prober & Heath, 2012; PBS, 2013)。
反転授業は優秀な学生だけに有効な手段ではないのですか?
反転授業は落第や成績に悩む学生を抱える教員や学校で採用され、落第率の低下または合格率の改善の効果が報告されています。個別指導や学習者同士の教え合いにより、学習に困難をかかえる層に対して実質的な学習機会が保証されるためと考えられます。