公開研究会「ミライバ」は、これまで、様々な切り口で「場」「コミュニティ」について考えてきましたが、節目となる第10回をもちまして最終回を迎えることとなりました。最終回では、これまでのミライバで扱った事例のうち、3つの事例をご紹介するかたちの総集編企画として企画しました。ゲストに佐別当隆志さん、楊麗璇さんご夫妻(Miraie)、松田朋春さん(グッドアイデア株式会社)、後藤智香子さん(東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 特任助教)をお招きし、各事例の現在の様子や今後の展開についてご紹介頂きました。また、2015年度は株式会社ミサワホーム、ミサワホーム総合研究所、東京大学との共同研究の3年目ということもあり、2,3年目の共同研究の成果も発表させていただきました。
ミサワホーム共同研究プロジェクト成果報告
はじめに早川克美(東京大学大学院情報学環特任研究員・京都造形芸術大学准教授) さんからは2015年度に開発した「保育研究創造カード『ホイクリ』」(以下:ホイクリ)についてご報告をいただきました。2015年度は保育環境創造にむけた調査として、7つの保育園の見学調査、そして1つの保育園の施設の観察調査行ったところ、2つの課題が出てきました。1点目は設計者の意図が教育者に伝わっていないという点。2点目は教育者の想いが設計にうまく反映されていないという点です。これに対し、教育者と設計者の間をつなぐ共通言語の必要性を感じ、共通言語としてのコミュニケーションツール、ホイクリの開発に至ります。ホイクリは教育者と設計者のよりスムーズなコミュニケーションに役立てて頂く事を目的とし、全部で54枚のカードから構成されています。設計者は教育のプロではないため、教育目標や活動用語への理解が十分でない事が考えられます。また保育園の建設スケジュールは許認可の関係上、非常に短期間で行われる事が多い事から、設計者の意図が教育者に十分伝わっていないという課題も挙げられます。一方で教育者の視点として、教育者は設計のプロではないので自分たちが考えている教育方針を上手く伝えられなかったり、また図面を引くことにおいては十分な理解に及んでいないという課題も浮き彫りとなりました。その両者のコミュニケーションを円滑にするために開発されたツールがホイクリです。
ホイクリの開発に至るまで、様々な保育園への視察などから明らかとなった園児の行動をマトリクスで分類し、この分類をもとに保育空間を分析しました。これらの分類をもとに、54枚のカードを構成しました。カードの表は空間の語称として空間のイメージを共有するためのイラストを配し、裏面では空間のイメージと成立させ、設計者が設計に際してヒントとする為のキーワードを配しています。
図1 園児の行動マトリックス
図2 カードのデザイン
カードの一番下に空間イメージと連動する「8つの知性」と「5つの心」を記載しています。この「8つの知性」とはハーバード大学のハワード・ガードナー教授が提唱した多重知能理論をもとに構成され、「5つの心」はOECのレポートによって注目されている社会情動的スキルというものを参考にしています。
カードの使い方として、まず教育者の方は、教育方針を構想する段階で教育思想にそったカードを複数並べ、その上で設計者に教育方針を話してもらいます。図面を打ち合わせる時にも部屋毎の役割を確認することができますし、改築をする時にもカードで利用イメージをする事ができます。加えて、複数の保育士さんが教育イメージを共有する際にも使えます。設計者の場合は、カードを通じて教育者から教育方針を把握し、より深いヒアリングに使ってもらいます。特に図面や模型を使った説明の際に、言葉だけでは伝えるのが難しいイメージを伝える事ができるようになっています。
開発後は、教育者と設計者がホイクリを使って課題に取り組む実験を実施しました。理想の保育園を創造するという課題を与え、協力してくださった保育園の園長先生が、ホイクリを使って理想の保育園を想像し、設計者に注文を出すという内容です。設計士さんには園長先生から提示されたカードをもとに保育園の具体的な図面を起こしてもらいます。実験結果は現在分析中ですが、設計者の事後アンケートではホイクリによって教育者の意図を聞き出しやすかったという回答がありました。教育者の方は自分の考えを話す際に非常に役立ったという回答や、カードによって新たな気づきがあったという回答がありました。実験からは、ホイクリは教育者に取って支援ツールになりうるという事、一方で設計者にとっても園舎をこれから活用する人たちの意見を引き出す支援ツールになりうるということが考えられます。今後の展望としては、論文化を目指し、保育園以外の施設でも活用できたらと考えています。
※ホイクリについて:http://soken.misawa.co.jp/hoikuri/index.html
次の報告は山田小百合(NPO法人Collable)から、保育園における美大生と保育園児との共創ワークショップの開発について報告をさせていただきました。今回のテーマは「保育園における多様性」。保育園にはなかなか外部の人が関わりづらいという現状があります。そこで外部のゲストがポジティブに関わるためには、関わる他者と、園児たち双方に学習があってほしいと考えました。実際に、保育園児のみなさんは、美大生との関わりで豊かな発想の方法を習得する事を目指してもらいたいと思い、美大生のみなさんには、日常に関わる機会の無いような園児の子達と専門性を生かして関わる経験を得てもらう、というそれぞれの主目標をすえて開発を進めました。実際のワークショップは私とCollableよりスタッフ1名、美大生8名で実施しています。
コピープリスクールながとろさんの年長組の28名の園児たちと「絵本」をテーマにワークショップをさせていただくことになりました。ただし絵本をつくるのではなく、ここで美大生のみなさんとの専門性を生かしてもらうようにしています。卒園を控えたこどもたちが、工作、造形活動などで使うような身近な素材を活用し、思い出の1ページをコラージュ作品にし、1冊の絵本にまとめるという内容です。
当日スムーズに実施ができるよう、また、美大生の専門性を活かせるように、1ヶ月前から、美大生を含めたワークショップ運営側と園の方でワークショップの進め方や素材の準備などについて事前の打ち合わせをしています。その後、美大生のみなさんには当日使う素材を吟味してもらっています。紙やフェルト、毛糸などのさまざまな素材や、活用しやすくするための工夫や環境を検討するために3週間程とっています。例えば綿やのりをどういう風に使うかを実際に触りつつ、絵本の台紙の検討などもこの段階でしてもらっています。また、当日保育園での思い出を形にしてもらうにあたり、保育園側から行事などの写真を提供しただき、保育園での思い出の予習もしています。また、大枠の流れが決まった段階で保育園の方に一回リハーサルをお願いしています。
ワークショップは全体1時間半の構成です。最初30分くらいこちらからはじまりの挨拶をして美大生を作っている作品と一緒に紹介する演出を行い、その後に絵本を思い出してもらうような活動を行った後に、実際に1年間の思い出を絵本にしてもらうような活動を行いました。この時先生方に1年間の思い出に関する写真を用意していただき、こどもたちが過去の思い出を思い出してもらえるようにしています。その後制作を行い、自分たちが作った1ページ分を発表してもらう活動をしました。こどもたちは春夏秋冬の季節に別れてチームを組んでもらい、それぞれの季節の思い出をつくってもらう活動になっています。各チームには美大生が2人ずつつき、素材を面白く使えるようにアドバイスをしてもらっています。最初は美大生も緊張しているのですが、大分馴染んでいる様子がうかがえると思います。この中で特徴としてあげられるのが、普段活動を行うときは保育士さんが活動のプログラムを決めて行動を行うという事を伺っており、今回できるだけ好きに作れるように縛りを設けないようにしていたのですが、普段保育園での制作の活動に乗れないような子がすごく生き生きして私たちが驚くような作品を作ってもらったりもしています。加えて制作をするにあたって、普段こどもたちと接することのない美大生たちも自分たちの得意分野を生かして関わる事ができ、自信になったと報告をもらいっています。この実践を受け、今年度は実際に保育園の外からワークショップを届けにくる実践家が、彼らが保育園にどのような学びを提供しているのかという点や、保育園でのワークショップならではの面白さや難しさなどを明らかにする研究を行っています。