今まで独立して存在していた「家」「学校」「コミュニティ」の敷居が、近年徐々に低くなってきているように思います。東京大学 情報学環・福武ホールとミサワホーム総合研究所が開催する、公開研究会「ミライバ」では、この変化めまぐるしい現代社会のなかで、大きく意味が変わりつつある「場」の未来について考えていきます。
第4回の公開研究会は3月12日(水)に福武ホールで開かれました。今回のゲストは東京大学大学院情報学環・特任助教の森玲奈さん。森さんはこれまでワークショップ研究を行うかたわら、東京大学大学院情報学環福武ホール主催のUTalk(ユートーク)(https://fukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/utalk/)というカフェイベントも開催してきました。これらに共通する「人が集まってくる」ことそのものへの関心が続き、2013年度からは新しい研究として、高齢者の学習やコミュニケーションに着目しているそうです。特に、先行する医療や福祉、住宅などの研究や実践事例と、自分の領域との接点を考えながら先進事例を考えていく中で、その1つとしてオランダへの視察を行ったそうです。今回の研究会では、前半に森さんが訪問した、オランダのユマニタス財団(http://www.stichtinghumanitas.nl/site/)が運営している集合住宅「Akropolis(アクロポリス)」についてお聞きしました。後半は参加者の質疑に答えながら、高齢者住宅の在り方についてディスカッションを行いました。
アクロポリスはオランダの第2の都市であるロッテルダムにあります。北欧と並んで福祉大国として有名なオランダですが、いくつかの背景を前提に事例を見る必要があると森さんは言います。1つは高税率高福祉国家であること。もう1つはキリスト教国家の文化的特徴として「清らかで貧しい、質素な暮らし」をしていること。最後に、オランダは海とクリークで囲まれているため、すぐに水が攻めてきてしまう地理的特徴もあります。こうした背景から、人が繋がりを作りながら生活をしていく特徴のある国家であると言います。
アクロポリスは地域の介護サービス拠点となっているため、医療施設、重度患者の介護施設、認知症高齢者や心身障害を有する要介護者の自立支援ホームが併設されています。今回は、要介護の低い方向けの集合住宅のお話を中心にお聞きしました。ここでは約260人の高齢者が生活していますが、住居だけではなく、劇場や、美容室、ミュージアムなど、様々な共有設備があり、まるで1つの街のように構成されています。そのため建物自体もとても大きいそうです。入居者1人に対し1部屋が提供され、要介護の方は介護者と共に暮らしています。施設内に食堂がありますが、部屋にはキッチンも備え付けられているため自炊も可能です。森さんが見学されたのは入居者と介助者と一緒に住んでいる部屋でした。24時間一緒に生活を共にしていますが、プライベートな部屋は別となっています。病室のようにスッキリしたお部屋とは程遠く、個別の部屋は一般の住宅とほぼ同じ生活空間として機能していました。
また、アクロポリスは運営における以下の4原則を掲げながら文化形成をしています。
・「自己決定の尊重(入居者が自ら決定する)」
・「Use it or Lose it(使わない能力は失われていく)」
・「Yes文化の構築(NoではなくYesと言おう)」
・「Family Approach(アクロポリス全体が住宅であり家族であるという考え方)」
特に4番目に関連した象徴的な点としては、看護や福祉のスタッフや約400人の無償ボランティアスタッフは制服を着用しませんし、食堂で一緒にご飯を食べる様子が見られます。そして看護や福祉のスタッフたちも、入居者と接する中で得られることや学ぶことがあると考えています。入居者それぞれの意思が尊重され、自分で責任を持って決めるための仕組みづくりをし、文化形成を行っていることがわかります。また、工芸や油彩画を描いたりできるアトリエで創作ができたり、建物の地下には、かつて昔別の場所で暮らしていたときに使われていたであろうものを収集したミュージアムがあります。古い記憶は思い起こしがしやすいため、ミュージアムは認知症予防などに役立っているそうです。その他併設されているミニ動物園や美容室やスーパーなどは、アクロポリスの入居者ではない地域の人も利用しています。建物内でもミュージカルやオペレッタなどのイベントを開いたり、地域の人が建物内で催し物を行ったりするなど地域の方へも開かれた場所となっています。
森さんが一番興味をもったことは、入居者が様々な場所でコミュニケーションを活発にとっている様子でした。アトリエやビリヤード台のある娯楽エリアも、明確な仕切りがなくガラス張りでした。食堂なども「抜け感」があると表現されるように、住宅の外のエリアに相互作用を生み出す仕掛けがされています。また、アクロポリスの特徴としては、他のコレクティブハウジングとくらべても、オランダのコレクティブハウジングは芸術に関しての力の入れ方が非常に強いそうです。芸術を愛する国民性も関係するかもしれませんが、「むしろそれが、共に暮らし参加していくときに何かキーワードになってくるのか、それは日本ではどのように取り入れることができるだろうか。ということを考えています」と森さんはおっしゃっていました。アクロポリスは高齢者住宅に対するイメージの固定観念を取り除くような、大変興味深い事例でした。
会場の参加者からはたくさんの質問が出されました。特にアクロポリスが入居者やボランティアの自己実現の場として機能している点に注目が集まりました。例えばどうして約400名の無償ボランティアが集まっているかという話が上がりました。森さんによると、国民性や宗教、地域の問題が関係するとはいえ、奉仕をしたいという気持ちが根底にある人ばかりだそうです。また、娯楽が街の中にあまりないので、人と関わるという機会にもなっているそうです。実際にボランティアもアクロポリス内で実施したいことを運営元の財団に提案し、料理教室を開いたり、ミュージカルを招いたりするなどしています。つまり自分たちの成果発表の場であり、ボランティアも楽しむ場としてアクロポリスが機能しています。入居者自身も建物内で出会った職員に提案をし、職員も実現に向けて前向きに動いていくようです。そうした気軽な提案も、シームレスな空間だからこそ、気軽に職員に相談する様子が見られたそうです。また、オランダの特徴として、こうした施設に対する第三者評価が整っており、評価結果の資料はインターネットで誰でも見ることができます。資料もイラスト付きで親しみがあり読みやすくできています。こうして常にチェックにさらされているからこそ、多くの人に役立っているのかを確認し合い、議論して、良いものは進めていくという構造はあると考えられるそうです。
通常の高齢者住宅よりは活動が充実しているアクロポリスですが、人と設備が充実しているからこそ「もう少し挑戦できそうなことがありそうなのにもったいない」とも森さんは指摘されていました。医療従事者との関係がフラットな点が売りであるアクロポリスですが、ヘルスリテラシーなどを学ぶインフラなどはないそうです。また、イベントも芸術系の体験講座を受けるものが多いですが、地下のミュージアムではせっかく過去の調度品を集めているにもかかわらず、それらを活かした学習活動(ワークショップのようなものなど)は企画されていないそうです。
日本では高齢者施設の閉鎖性の問題は指摘されており、介護者と入居者との関係性のみで完結している施設が多くあります。アクロポリスは大変立派な建物であり、資金も豊かであるため、ハコそのものを真似することは難しいかもしれません。しかし、ボランティアが主体的に参加するための工夫や、入居者以外の人たちとの関係性の構築など、アクロポリスの運営におけるソフト面の工夫は大変参考になるのではないでしょうか。また、高齢者福祉だけでなく様々な分野においても、アクティビティプログラムや人と人とが繋がる仕組みが参考になる事例といえるのではないでしょうか。
今回お話しいただきました森玲奈さん、そしてお集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。
ミライバ事務局( NPO法人Collable ):山田小百合