第5回:障害の有無をこえた保育
― 逆統合保育を実践する文京区 「ひよこ教室」 ―

今まで独立して存在していた「家」「学校」「コミュニティ」の敷居が、近年徐々に低くなってきているように思います。東京大学 情報学環・福武ホールとミサワホーム総合研究所が開催する、公開研究会「ミライバ」では、この変化めまぐるしい現代社会のなかで、大きく意味が変わりつつある「場」の未来について考えていきます。

公開研究会「ミライバ」開催報告 第5回の公開研究会は6月18日(水)に福武ホールで開かれました。ゲストは文京区で逆統合保育を実践する「ひよこ教室(http://hi-yo-ko.org/)」の柴田先生、佐藤先生、相川先生、真々田先生です。障害のある子もない子も一緒に受け入れる保育を「統合保育」と呼びますが、多くの幼稚園や保育園では障害児の受け入れが進んでいます。一方、障害児のほうが多い形で保育実践をしている保育を「逆統合保育」と呼びます。今回の研究会では、前半に先生たちから、ひよこ教室の歴史や日常の保育の内容について、写真や動画を見ながらお聞きしました。後半は参加者の質疑に答えながら、逆統合保育の魅力についてディスカッションを行いました。

今から約40年前(1974年)、創設者であり代表の中野てる子氏には小さなダウン症のお子さんがいましたが、当時は保育園などに入園するのが難しい時代でした。そんな状況から、「障害のある子どもたちの身辺自立の場所、練習の場所を作りたい」そして「親御さんたちが少しでも子どもから離れてリフレッシュしてもらいたい」、という思いからひよこ教室は生まれました。現在、ひよこ教室は聖テモテ教会(文京区弥生)の集会室を借りて週3回(月水金)保育を行っています。地域の幼稚園や保育園に入る前の段階である2歳前後のお子さんを基本的に受け入れており、今年度は、障害児8名、健常児4名のお子さんが通園しています。中には文京区外から通園する子もいますし、健常児の予約待ちが出ているそうです。

子どもたちはひよこ教室で初めて親と離れて過ごすことになります。そのため、この段階で適切な母子分離の経験をさせるように意識されています。慣らし保育を2,3週間行い、お子さんに合わせて少しずつ保育の時間を長くしていきます。6月の下旬くらいになると、新入園の子たちもすっかり慣れて、1日笑顔で過ごせるようになるそうです。ひよこ教室のこだわりである逆統合保育の特徴は、障害児のペースに合わせた保育活動にあります。子どもたちは急かされることもなく、ゆったりとしたペースで1日を過ごします。そして障害児は健常児の成長や行為に刺激を受けながら、自分のペースでできることを養っていきます。一方健常児も初めは自分の周りを見る余裕もありませんが、そのうち障害児に手を貸してくれたり、遊びに誘ったりするようになります。統合保育や学校での交流などでは「健常児が障害児に手を貸しすぎる」という課題が指摘されることがありますが、ここではお手伝いをやり過ぎないことを経験で学んでいき、卒園の頃には手を貸す加減が的を得てくるのだそうです。

公開研究会「ミライバ」開催報告 子どもたちが適切に母子分離できるようになると、1日の活動も充実してきます。言葉の発達も社会性も遊びが原点だと考えているひよこ教室は、遊んでいる中で、子どもたちから「やってみようかな」という気持ちが芽生えてほしいと思い、遊びの重要性を意識し保育をしています。
遊びの内容は本当に充実しており、家では出来ないような遊びに取り組んでいます。例えばフィンガーペインティング、小麦粉粘土遊びなどは、子どもたちの感触を刺激する重要な遊びです。また、オリジナルのパネルシアターは、お昼の時間の前に実施することで、遊んでいるときのテンションからクールダウンをし、活動の切り替えができるように支援しています。年間行事も遠足や運動会、クリスマス会など、他の幼稚園や保育園と変わらないのは、次の新しい集団に馴染めるようにするためです。特に遠足は年間行事の中で一番重要な行事で、親睦を深めるだけでなく、保育者が親御さんと子どもの関係性を把握する機会として、遠足は親子で参加してもらっているそうです。こうした面でも、個々のペースを大切にするひよこ教室ならではの特徴が感じられます。

ひよこ教室は現在10名(常勤保育者6名)体制で運営されています。運営面における特徴は、保育者のみなさん全員が、かつて自分の子どもをひよこ教室に通わせていたお母さん(障害児だけでなく健常児の保護者も)であるということです。「先輩ママ」の保育者であるからこそ、保育者は親のフォローも大切な役目として考えているそうです。障害の有無を問わず、多くの親御さんは子育てに不安を感じています。その際に、同じ立場で経験談を話したり、「こんなこともできるようになるよ、あなたは一人ではないんですよ」と話したりすることによって、親が子どものあるがままをしっかりと受け止め、前向きになっていくそうです。 また、親御さんが給食を作る日を月1,2回設けたり、子どもを預けている間は集会室の隣の部屋で控室を設けたりして、親同士で情報交換をしたり、お互いに癒され励まし合う関係が自然と生み出されるそうです。 公開研究会「ミライバ」開催報告 さらに、ひよこ教室は5年毎に周年行事を実施しています。40周年時のイベントの様子も動画で紹介していただきましたが、一期生から現役生までが集い、時を経てもひよこ教室が愛されていることを目の当たりにしました。(右写真:40周年記念冊子)

公開研究会「ミライバ」開催報告 会場の参加者からはたくさんの質問が出されました。特に、他に類を見ないこうした実践における法律上の難しい課題が、議論の中で浮き彫りになりました。ひよこ教室の月謝は、他の保育園などと比較しても非常に安価です。創立以来40年、独自の活動場所を持たず大久保教会、聖テモテ教会のお部屋をお借りして保育してきました。継続的な運営をしていくために、ひよこ教室はこれまで助成金や寄付などで運営をしてきましたが、2013年に障害者総合支援法*1が施行され、法内化されてない活動は助成金の対象外となりました。ひよこ教室は法内化されていないため、昨年に助成金が打ち切られたそうですが、障害児は法内化された療育施設では金銭的負担が軽減されている事もあり、健常児とのバランスも考えると、これ以上の月謝の値上げは難しいと考えているそうです。その他、逆統合保育における健常児のメリットについては、子どもたちが自分のペースで育まれる点や、自然と障害理解が身につき周りに優しくなる子が育つといいます。年齢からしても、子どもたちはひよこ教室での記憶がない場合が多いですが、良い意味で障害の有無の区別がない環境で育まれるため、当時の学習が自然と生きている子が多いのだそうです。また、何よりも健常児の母親の心の成長が見られるそうです。障害児の親とたくさん関わる機会はなかなかなく、そうした立場の違う親同士の交流の中で、自分の子育てを見つめなおす貴重な機会となるそうです。
*1 障害者総合支援法(旧障害者自立支援法):厚労省ホームページ

公開研究会「ミライバ」開催報告

インクルージョンという言葉をよく耳にするようになった現代において、40年前から今も絶えず運営されているひよこ教室は、インクルージョンという概念が浸透する前から、インクルージョンを体現してきたパイオニアだと言えるでしょう。一方、逆統合保育は未だに稀な保育形態といえます。ひよこ教室の事例からは、単なる形式的運営では不十分で、理念に共感した人達による実践コミュニティをゆるやかに形成することが、継続のための秘訣だと感じられました。これは逆統合保育に限らず、これから新しい教育実践や保育実践を生み出す際にも同様のことが言えます。価値を守り伝導するコミュニティをどう形成していくのかを考える上で、ひよこ教室は大変参考になる貴重な事例ではないでしょうか。何よりひよこ教室の先生たちの強い思いが感じられる機会となりました。

今回お話しいただきました佐藤先生、柴田先生、相川先生、真々田先生、そしてお集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。

ミライバ事務局( NPO法人Collable ):山田小百合



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