11月のBEAT公開研究会は、学習科学の世界的研究者であるスタンフォード大学:Roy D. Pea先生、中京大学:三宅なほみ先生、静岡大学:大島純先生という豪華ゲストをお迎えして、「学習科学とICTは学びのあり方を変えるか」というテーマで'BEAT Special Seminar'としてお送りします。
インターネットの急速な普及により、教室にコンピュータや携帯電話などのテクノロジーがある姿はめずらしいことではなくなりました。しかしながら、これらのテクノロジーが学習環境に統合され、人々の学びを支えているかといえば、全くそうなっていないのが現状です。
その原因として、人はどのように学んでいて、どうすれば支援できるのかという原理を意識せずにテクノロジーを導入していることがあげられるでしょう。このセミナーでは、学習科学の第一人者が「人はいかに学ぶか」に関する学習科学の知見を援用しながら、ICTを導入して教育実践を改善しているケースをご報告いただき、学びの場の構成において重要な原則を共有したいと思います。
我々はビデオ(記録映像)を学習のメディアとして使う取り組みを行っている。ビデオを使って学習のサポート、コラボレーション、インタラクションができないか、また学習の研究、教員の教育でビデオを活用できないかと考えている。文字ベースでの研究が多い中、ビデオを活用することによって、教育を受ける子どもの表情や動作を観察することができる。重要なことは、教育の環境において複数の視点を持つことができるということだ。たとえば数学の授業を観察した場合、教育学者と数学者では異なる視点で観察するだろう。また、カメラを複数台用意すれば、様々な角度から観察ができる。教育はインタラクションなので、多角的に観察する必要がある。
もう一つ重要なことは、教育者の教育である。教育者は論文を読んで教育を考えるのではなく、新たな教育の実践を観察して新たな教育を作り出す。そのためにはビデオが必要である。映像を使った学習方法といえば、これまでは娯楽番組と同様にただ見るだけであったが、これからは映像を解釈して、それを他者と共有することが必要である。こういった映像の特徴をどうしたら学習に生かせるかを考えている。
この研究を始めた1981年は、教育の現場でAppleのコンピュータが用いられるようになった頃である。当時はコンピュータで映像を扱うことさえ考えられなかったが、今では5億人のインターネットユーザー、15億の携帯電話ユーザーがいる。携帯電話は高機能化して写真やビデオが撮影できる。このことが示しているのは、「参加型の電子メディアの時代の到来」である。ウェブサイトの半分以上はアマチュアによって作成されている。ブログやWiki、写真共有、ソーシャル・ブックマーク、SNSなどが好例である。
参加型の電子メディアが台頭してきたことは先に述べたとおりだが、問題は「ビデオ(記録映像)の活用はまだ盛んではない」ということだ。しかし、潜在的な可能性は高いと考えている。研究分野においてビデオの活用もまだまだである。ビデオをリサーチ・コミュニティで共有することは難しい。我々の目的は、コンピュータ支援型の協同的ビデオ分析を一般化することである。
テキストベースでは、論文などで行われるように脚注を入れることがよくある。しかし、ビデオ(記録映像)ではそれが難しい。それを実現するためには、ダイナミックなメディアをタイムベースにする必要がある。同じスクリーンを共有していれば、指で示して該当する箇所を共有できるが、遠隔の場合はそれが不可能である。コミュニケーションのためのコモン・グラウンドを形成するためには、指で示すことが必要で、ビデオでもそれを実現しなくてはならない。
また、集団の知識を活用すべきである。協同的ビデオ分析では、様々な視点を共有することが重要である。世界のどこででもビデオがアップロードできて、解析ができて、視点を共有できるようにするためには、googleのように様々な視点を検索できる必要がある。
以上のような課題を解決するために我々が行っているのが「The Diver Project」である。学校が登場する以前の太古から、人々は学びという行為を行ってきた。教室が無くても大人が指で物を指し示してその説明をしていくことによって、子どもたちは学んできた。
また、人類学者のChuck Goodwinが提唱する「Professional Vision」という概念がある。これは各分野の専門家が、その領域での社会的経験を通して自らの視点を身につけていくという概念である。各分野の専門家達は、何らか物を見たときに、一般の人とは違った視点で解釈をすることができる。専門家にとっての新人教育はそのような物の見方を教えることである。
これらを、ビデオ(記録映像)を用いて実現しようというのが「The Diver Project」である。
まず、「Diver」を利用するのに必要なのは一般的なWEBブラウザである。WEBブラウザで「Diver」へアクセスすると、様々なビデオ(記録映像)を閲覧したり、アップロードすることができる。それらのビデオの中から、自分が気になるものを選んで、注目している範囲をマウスで選択する。そして、録画ボタンと停止ボタンを押すことによってその部分のクリップを取り出すことができる。取り出したクリップにはテキストデータを付加することができる。テキストデータは他者のクリップにも付加することができ、またそれをレイティングすることもできる。
このようにしてビデオに含まれている問題に対して、様々な視点を共有することができる。この一個一個のクリップは「Dive」と呼ばれる。指さし行為を「Diver」では、映像に「Dive」することで実現している。そして潜った先にあるものについて、コメントを付加し合うことによって、会話を実現している。また、各「Dive」にはURLが付いているので、「Dive」自体をURLで共有することが可能である。
また、「Dive」のページには「Remix」と書かれたボタンがある。「Dive」で範囲指定して「Remix」ボタンを押すことによって、独立した新たな映像として扱うことができる。
現在、サーバはスタンフォード大学にあるが、これはソフトウエアさえインストールすればどこでも可能である。サーバにアップロードされたビデオ(記録映像)は、Macromedia Flash Video形式に変換される。このビデオはサーバに置かれていて、各クライアントには保存されない。これは著作権とセキュリティに配慮しているからである。
教員は教育実習で、教育の計画を立てる。そして実際に教壇に立つわけだが、その様子をビデオカメラで記録する。ビデオ(記録映像)を見て教育の効果について反省をするのだが、現状テープベースの環境では非常に煩雑である。これを「Diver」に置き換える研究を行っている。ビデオをアップロードすることによって同僚や先輩の先生からのコメントをもらいつつ、教育の効果を測ることを目指している。
「Diver」を玩具メーカーに提供して、子どものための学習用ツールに応用できないかと考えている。インタフェースは子ども向けにタッチスクリーンを用いた物になっている。また、このツールのデザインをするにあたり、学生はカリフォルニアでユーザビリティ・テストを行い、その様子のビデオ(記録映像)を「Diver」にアップロードした。そしてニューヨークにいた私がコメントを書き込み、パリの技術者がソフトウエアの改善をするといったことが可能であった。このように「Diver」は商品のデザインにも応用できると考えている。
ワシントン大学と共同で行っている「Life」というプロジェクトは、学習のメカニズムを幼児期から青年期まで調査をするという大変大きなものである。形式的な学習に費やされる時間は、小学校から高校までの間で目覚めている時間のたった18.5%である。それが大学、大学院、社会人になるにつれてどんどん減っていく。この割合を増やしていくことが課題である。
「Life」では、形式的な学習の時間以外の時間、例えば家庭の中にどのような学びが発生しているかを、数学に関して「Diver」を用いて映像を記録し、調査をした。たとえば「家庭生活で方程式が使われるか」といったことである。その答えは「NO」で、ほとんど使われていなかった。この結果は数学の教育のあり方について、検討する必要があることを示している。
私は「Diver」を一般化するにはどうしたらいいかを常に心がけている。映像をめぐる環境は、磁気テープからデータへ、プロから消費者へ、リアルタイムからタイムシフトへ、固定から解放へ、放送からコミュニケーションへ、そして個人からコミュニティへ変化している。この流れはWeb 2.0で加速した。「YouTube」といった映像共有サービスはほんの少し前に若い技術者達が始めたことだが、今では1日に7万本の映像がアップロードされ、1億本の映像が閲覧されている。
しかし、「Diver」が目的とするところは「YouTube」とは異なる。「YouTube」は最大10分程度の映像を共有するだけだが、「Diver」では視点を共有したいと考えている。「Diver」では「Remix」を簡単にブログに貼り付けられる仕組みを提供している。また、「YouTube」の映像から「Remix」を作成することができる。
「コンピュータ支援型の協同的ビデオ(記録映像)分析」を一般化するのは大変な作業であるが、大変ユニークでエキサイティングな仕事であると自負している。研究や学習のための知識のストレージとなることを目指している。ビデオを学習や教育に活用したいと考えている方は是非「Diver」を活用していただきたい。