ICT(Information Communication Technology)を用いた学習効果は、それを道具として活用しようとするデザイナーの視点を学習者が持ちつつ、自らの学習をリフレクションすることによって生じている。
我々のプロジェクトは、最初から高等教育のデザイン研究を中心に扱ってきたわけではない。最初に行ったのは、小学校カリキュラムのデザインプロジェクトである。教科科目は難しいので、総合的な学習の時間である。マルチフォーラムというCSCLツールを用いて、知識構築のための学びという原則に基づいて、「知識構築のための教室」を実現しようと、コースや教材の開発を長年行ってきた。
ここで蓄積された成果を、何らかのかたちで将来先生になろうとしている人たちの役に立てられないかと考え、成果を教材化して、「教職科目デザインプロジェクト」として、教職科目に取り入れた。「知識構築としての授業設計を通した学び」を目指し、「知識構築のための教室」の設計を通して、知識構築とは何かを学ばせようと考えた。ここでも子ども達と同じCSCLツールを用いた。自分たちが使ってみて良いツールだったら、子ども達にも使ってみるという流れを作ろうとしたからである。
ここで起こった面白い現象は、「教職科目デザインプロジェクト」を行う「デザイン研究ラボ」自体の成長が見られることである。毎年同じ事をしているだけでなく、人の入れ替わりと共に研究コミュニティのクオリティの向上が見られた。
教職課程において、ICTを学習支援環境としてだけでなく、それを使うことを通してICTを理解し、これから相手にする子ども達の学習のデザインに活用するという視点で用いる。そのためには、ICTに学びの哲学がないとならない。便利になるだけではなく、どのように用いればどのような効果があるか、ということをはっきりわかっていなくてはならない。自分たちが利用したいと思う道具かをまず判断し、良い道具なら子ども達にどう利用させたいかを考えてもらった。
対象となったのは国立大学人文学部の学生で、教員養成のための学部の学生ではない。つまりカリキュラムの都合上、講義は主に集中講義で行われる。そのためにゆっくり、教員とは何か、学習とは何かについて考える時間を確保されているとは言い難い。5日間の中で分散認知をはじめとする新しい知識感、社会構成主義的な学習観について理解し、授業設計に利用することを目指した。
我々は学習科学を専門にしているので、受講生にCSCLとは何かをきちんと理解してもらおうと考えた。CSCLというテクノロジーは自分たちの協調学習を進めるのに役に立つ道具なのか、単に離れた学習者同士がコミュニケーションできるだけでなく、CSCLがあるとなぜ協調学習がうまくいくのかを理解してもらおうとした。
そのためにまず、受講生には「今までに自分が学んだ」と実感できた事例を思い出してもらった。それによって、その学びには学校で行われている教育だけでなく、友人とのディスカッションなどの中で生まれたものがあるということを実感してもらうことがねらいである。それを実感した上で、CSCLのようなテクノロジーを使ったらもっとうまくいったのではないかという話に持って行こうと考えた。
それをふまえた上で、次は教授者の立場になってみて、子ども達の協調学習にどのように取り入れるかを考えてもらった、自分たちで知識構築のための教室を設計し、それが国内で成果を上げている実践とどのように違うかを比較してもらった。
しかし、これらの試みはうまくいかなかった。
一番の問題点は、受講生には協調学習の経験が皆無であると言うことである。正確には「良い協調学習」の経験がない。グループ学習で自分は働かされるばっかりであった、手伝わない奴が同じ成績なのは納得がいかない、などネガティブな経験ばかりしている。そのため、彼らの経験と新しい学習理論を結びつけることができなかった。
学習科学の知見では、協調学習の効果が現れるのは、お互いに対して「Reflective Role」を取れるような場面であったり、多様なアイデアを必要とするような場面であるが、彼らの学習の環境がそのようなものであったかという確証がないため、良い経験がないのではないのかと考えた。
そこで我々が取った方法は、講義の中で協調学習のメリットをまずは感じてもらうということである。有名な「Jasper」課題を用いて、共同で問題を解決しなくてはならない状況に受講生を置いて、「良い協調学習」を体験してもらった。その上で教授者的な視点からリフレクションをした。ここでねらったのは協調学習の意味の理解進化とそれをふまえたCSCLの有効性の理解の進化である。
「Jasper」課題は小学校高学年向けのものであるが、大学生にやってもらうと面白いくらいにのめり込んでくれる。問題解決のためのアイデアが多方面から発生した。
「Jasper」課題を行ったあとで、協調学習の何が良かったか、悪かったかを議論し、良かったことについてCSCLをどのように用いたらもっと良くなるかを議論させた。それによって明確な学習効果の向上が見られた。初年度の最終レポートは、個人、もしくはグループどちらで書いても良いことになっていたが、3分の2くらいは一人で書いていた。個人とグループで点数を比較すると、グループの方が多少有意に高い得点であった。改善後の2年目のレポートはグループを条件にしたところ、大きく点数が向上した。CSCLのメリットだけを学ばせるのではなく、その背後にある哲学を理解した効果であると考える。
事例1に見られたのは短期的な学習で、内容の理解はできても認識論的な変化に大きな期待はできなかった。では、2年から4年間のデザイン研究ゼミに参画する教員養成系の学生ではどう変化するかを見た。デザイン研究という文化的実践活動に正統的に周辺参加をして、共同体の中で実践活動している学生に、どのようなタイプの知識が発達するかを観察した。
私の研究室には2人の学習科学研究者、教育学研究科修士の1年生と2年生、教育学部の3年生と4年生がいる。主なデザイン研究実践活動は、小学校のカリキュラム開発、教職専門講義のデザインであり、片方または両方に学生は関わっている。また経験値が異なる学生で構成されるサブプロジェクトを運用している。
そこでわかったことは、学ぶこと、教えることを学ぶ人にとって、それを研究することが非常にオーセンティックな課題であったことである。また、実践的にプロジェクトに関わって行くに当たって、自発的に皆が役割をどのように負っていくかを考えてもらうようなプロジェクトの運用をした。
参画した学生に見られる変化を、実践前のデザイン会議、実践中の形成的評価会議、実践後の総括的評価会議のビデオ記録、非公式的な観察ノート、個人インタビューから分析した。プロジェクトへの参加の態度を信頼性である「Authenticity」と役割分担である「Division of Labor」に、知識を学習科学の知識である「Knowledge in the Learning Science」と共同体運営の知識である「Knowledge in the Management」にわけてマトリクスにして評価した。
Authenticity | Division of Labor | |
Knowledge in the Learning Science | 自己学習 | 足場がけされた理解 |
Knowledge in the Management | 目的の理解 | 認識は無い |
新参者はTAとしてプログラムに関わってもらうが、実際にはTAどころではなく自己学習がメインで、何でそんなことをやっているのかという目的自体がわからないので、理解自体がタスクとなっている。何かをするにも経験者や古参者が足場がけをしている状況である。共同体の運営に関しては認識がない。
Authenticity | Division of Labor | |
Knowledge in the Learning Science | 問題発見 | より独立した理解 |
Knowledge in the Management | 必要性の認識 | 不十分な課題分割 |
1年関わって経験者になると、問題の発見ができるようになるが、こうしたら良いという提案はできない。役割に関して、より独立した理解ができるようになる。共同体運営に関しては、必要性は認識できるが、課題の分割が不十分である。
Authenticity | Division of Labor | |
Knowledge in the Learning Science | 解決提案 | 支援することでの理解深化 |
Knowledge in the Management | 運営に貢献 | 適切な課題分割 |
3年目、4年目の理解は、長期的ICTのデザイン実践からの学習の成果であると言える。教師が必要とする学習科学的な知識の獲得と、それを継続的に向上させ続けるためには、長期的な学習、授業の設計・実践・評価のサイクルに複数年参画し、異なる経験値を持つものの協調作業に関わらなければならない。
ICTは「目標」ではなく「道具」である。まずは真に学習を支援する開発の哲学を持ち、それがユーザーに理解されなければならない。また、教員養成系のプログラムでいえば、教師がICTを自分の学びの道具として認識して、それを子どもの学びを支援するために授業設計に組み込み、実践・評価・改善のサイクルを繰り返すことによって、彼らの専門性を高めていくべきである。