大学での学習の目標をジェネラルに考えると、
が、得られることである。これらはいずれも領域知識を、「良質な」スキーマとして獲得することによって成立する。
講義の5ヶ月後に何を覚えているか学生にインタビューしてみると、内容を詳しく熱く語ってくれる可能性は2%程度である。これは残念な結果なので、学生に講義中に何をやっているかを聞いてみたら、うまく覚えている学生は先生の話を自分の経験に結びつけているという事例が出てきた。
そこで、このことがどれほど一般的なことかを実験で確かめてみた。講義のあとに、「先生の話のポイントを自分の意見に結びつける」群(自己経験群)と、「キーワードを提示して先生の話のポイントを思い出させる」群(キーワード群)を用意して、講義直後と1ヶ月後でどの程度内容を再生できるかを比較した。
直後では、自己経験群が再生数が多いが、1ヶ月後ではキーワード群が逆転する。これはキーワード群への介入としてキーワードを提示して話を思い出させる作業をしているので、ある意味講義を2回聞かせていると同じ事になっている可能性があり、その効果が現れていると考えられる。
再生内容を、講義の内容の「事実のみ」「結果のみ」「証拠つきの結果」の3つに分けて比較してみた。結果は、「事実のみ」、「結果のみ」の再生数はキーワード群の方が多いが、「証拠付きの結果」は圧倒的に自己経験群の方が多かった。これは講義内容を自分の経験を証拠として理解しようとした結果だと考えることもできる。大学の教育として得てもらいたいのは最後の証拠付きの結果であり、このような実験の結果から、自分の既に知っていることと結びつけたスキーマの生成を支援することによって、講義内容が長く保持される可能性が示唆される。
学習した内容のスキーマ化を促進する方法として協調的な吟味活動がどのような効果をもつかについて、実際の授業の中で実践して調べてみた。具体的な活動としては、
といったことを繰り返した。
その結果、講義を聞いただけの学生が5ヵ月後に内容を覚えている率が2.2%だったのに対して、協調的な吟味活動を経験した学生では15.8%になった。約8倍になったが、それでもまだ低いと言える。この質と量をさらに上げるための実践研究を繰り返している。
協調の基本は、人に話すなりモデルを作るなりして参加者ひとりひとりの考えが見えることである。また他人の考えが見えたところで、互いの考えを比較・吟味する。そして違いに気付いてそれを活かして自分の考えを深めることである。共通点を見つけただけで満足してしまうのは危険である。
協調過程を上のように捉えると、協調によって学習者一人一人の知識構築が支援できると同時に、学習者一人一人の知識構築の履歴が残る。教育者にとっては学習過程を知ることによって次の実践に役立てたり、自身が振り返って次の学習に役立てたり、学習の仕方そのものを研究することができる。
まず、初学者からは「自分の考え」を引き出す必要がある。ひとりひとりの学生が必ず自分の考えの「元」を持てるような環境と活動を保証する。その上で、ひとりひとりの考えを外に出すサポートが必要である。次に、「自分の考え」と「他人の考え」を比較するにあたって、違いに気付く仕掛け、そして違いを自分の考えに取り込むことの支援が必要である。さらに、そのプロセスを通して、他人の考えを参考に、自分自身の考えを作り変える時間が必要である。
具体的な方法は、
などを開発し、実践的に評価している。
学習目標は教養としての認知科学を身につけることであって、問題解決やコミュニケーション能力、メタ認知能力の育成である。対象は認知科学科の学生約80人で、スタッフは教員2名と1授業当たり2,3人のTA、授業は2年間で計8コマである。そして、学習のための協調的なコミュニケーションを活動デザインとツールで支援した。
2年目の秋に行ったDynamic Jigsawについて説明する。A4両面1枚程度の専門資料を24種類用意して、学生に分担させて相互に教え合うことによって、理解の幅を広げた。
担当の資料は徹底的に理解してもらおうと、1〜3週は90分の授業3回かけてA4両面1枚の資料を読み込んでもらう。4〜6週では他者と資料の説明をし合った。7週目では自分の担当の資料と、前の3週で他者から得られた資料とその知識について関連づけて、別の他者と説明をし合わなくてはならない。次の8週では7週で他者から新たに得た2つの資料の知識、計4つの資料の知識を関連づけて新たな他者に説明をする。同様に9週では、8つの資料について同じ時間で説明しなくてはならない。このようなタイムプレッシャーの中、異なるコンテクストの相手に説明する、という活動を繰り返し行うカリキュラムが組まれている。
このような活動をするために、先ほど述べた有効な学習過程の成立条件を満たすため
などを必要要件として設定し、具体的にこれらを満たすようなカリキュラムと支援ツールを開発した。中心的なツールの一つとして、「Reflective Collaboration Note」という概念地図による外化と協調的な吟味の支援ツールを用いた。このツールでは付箋状のエリアにテキストを入力してそれらを、配置したり連結したりすることが可能である。
2000年頃から本格的にデータを取り始め、2004年までに、273回分の教案と事後の実践メモ、266回の授業の記録ビデオ、52回の授業検討会記録、64回(900グループ)の活動記録データと150グループ分のプロトコル、ワークシートのPDFデータ43,204枚、システムログなどが集まっており、その後も同様なデータを収集・分析し続けている。
定量的な評価分析の結果から特徴的なものを紹介すると、
などが明らかになりつつある。
ペア活動の内容分析なども少しずつ始めており、
という比較から、ペアではこれらの作業中に相互に質疑応答が頻繁に起きていることがわかった。
また、学生の授業中の発話記録の分析から、知識は協調的な説明を繰り返すことによって、Portable(抽象化して他の場面でも使える形)になるかを評価した。
各週の説明で必要な発話単位数は、段々減ってきている。説明の時間が短くなるので当然の結果でもあるが、説明の内容を見ると選ぶ言葉に無駄がなくなった効果であるとも考えられる。また説明できる資料の数を週ごとに比較すると、週ごとに必要な数を説明できるようになっていくだけでなく、時間配分も適切になっていくようである。
しかし、説明の質の評価は数や時間だけでは測れない。説明の内容を、
に分けて評価してみたところ、回を重ねるごとにこれらを説明の中にバランス良く全て取り込めるようになってゆく様子が伺える。
このように、2年次秋にDynamic Jigsawを用いて学習スキルを学ぶことによって、
といった感想が得られ、3年次以降の活動が協調的なものに変化するようになった。
PortableでDependable、Sustainableな知識を身につけるには、
が必要である。最近では大学で受講モデルとそこで得られる成果を提示している大学もあるが、講義間の知識を統合できなくては意味がない。日本の大学は学生の自己管理能力に絶大な信頼を置いているのか、知識を結びつける方法については指導をしていない。今回の例は認知科学の授業だったが、この考え方を次の科目にも生かせるようにしたい。
最後に、学習科学という認知科学の一分野が目指すところは、
であると考えている。