禁煙したのに長続きしない、ダイエットを始めてみたがなかなか痩せない。こんなことに悩んでいる方も多いのではないでしょうか。健康は学習と同様に毎日の一つ一つの行動をいかにコントロールするかが重要です。学習の世界においてはCAI(Computer Aided Instruction)、WBT(Web Based Training)のように1970年代くらいから学習者支援の分野でコンピュータやインターネット(WWW)などのICT(Information Communication Technology)が活用されてきました。
今回の研究会では、健康分野において、人の行動を継続させたり、変化させることについて、どのようにICTを活用しているのかという点を中心に、実際にインターネットを活用した健康促進サービスを運営されている団体・企業の方にお話しをいただきました。
多くの喫煙者は禁煙ができないと思っている。つまり行動変容における「無関心期」にあるといえる。行動変容のキーワードを「我慢するつらい禁煙は過去の話。楽しい禁煙をスタート。楽しく禁煙を続けましょう。」ということをモットーにして禁煙教育を行っている。
無関心期 | 関心準備期 | 実行期・維持期 | |
言動 | 70% | 20% | 10% |
気持ち | 10% | 90% |
表に示すように、70%の喫煙者は言動では禁煙に対して否定的であるが、実際は90%の喫煙者が気持ちの中では禁煙に対して関心準備期以降の状態にある。このギャップが我々の課題である。
タバコへの依存は大きく分けて2種類あり、一つはストレス解消などの「心理的依存」、もう一つはニコチンを渇望するといった薬物中毒による「身体的依存」である。禁煙はこの2つの依存を解消することである。身体的依存については、それを解消するためのニコチンパッチやガムなど薬がある。しかし、心理的な依存は薬では解決できず、人的サポートが必要である。
禁煙でもダイエットでも、一番難しいのは継続をすることである。平成15年度国民健康・栄養調査では、現在喫煙者のうち、男性53.5%、女性60.8%の人が禁煙を試みたことがあると回答した。禁煙を試みた回数は、男性平均4.6回、女性平均3.6回である。過半数の人が何度も禁煙に挑戦しているが、それが継続しないということが見て取れる。
「禁煙マラソン」とは、禁煙を目的にしたインターネットコミュニティである。「禁煙マラソン」では禁煙をする人、継続する人達が相互にサポートし合う。1年後の禁煙維持率は、自主禁煙は10%、禁煙外来が30〜40%、そして「禁煙マラソン」が60〜70%である。 喫煙者が禁煙を始めると、様々な場面で喫煙欲求が生じる。ここで挫折する人が多いわけだが、禁煙を継続する人には「自己効力感」が高い。禁煙を継続させるには自己効力感を高める必要がある。自己効力感を高めるためのキーワードは「楽しい」である。趣味にしろ禁煙にしろ、楽しいことは継続する。
「禁煙マラソン」では「禁煙した人」が、「これから禁煙する人」をサポートすることによって活躍できることが特徴である。活躍できる場があることは楽しさにつながる。また、うまくいくネットワークコミュニティでは、「ルール(Rule)」「ロール(Role)」「ツール(Tool)」が適切に機能している。ルールは自発的に生まれた経験則、ロールは自発的にそれぞれの役目を果たすこと、ツールは匿名性があるメーリングリスト提供、などであるが「禁煙マラソン」ではそれらがうまく機能している。
インターネットを介し、顔が見えない匿名性の高い世界において、
を心がけた結果、「禁煙マラソン」の活動は9年間継続している。
「禁煙マラソン」では、「吸いたい」と思ったときに、コミュニティのメーリングリスト宛にメールを出すようになっている。しかし、メールは1日1通というルールで制限している。これは吸いたいと思ったときにいくらでもメールが書けてしまうと、単にその感情を記したメールが横行してしまうだけなので、1日1回、理性的になってメールを記させるための工夫である。
また、自分がメールを出す際には、他者への励ましのメッセージを入れることになっている。この工夫によって「禁煙マラソン」はセルフヘルプの場として成長した。一部からは、「禁煙マラソンは、真心が通じる希なコミュニティである」との評価もいただいている。
「禁煙マラソン」はメーリングリストでのコミュニケーションを基本としているが、重要なのは専門家による自動応答のQ&Aのシステムではなく、禁煙を経験した生身の人間が24時間サポートをしているということである。支援メンバーはトレーニングシステムによって、支援者教育を受けている。匿名性と、適度な感情移入によって、「禁煙マラソン」は長年続いている。
以下にメールの例を紹介する。
タバコをやめると、どんないいことがあるかな、私は禁煙の先輩から、「いいこと探しをしたらいいよ」とすすめられ、いま実行しています。気づかないことがけっこういろいろあって、気持ちもウキウキします。
以下は、それに対する先輩のメールである。
禁煙して何が良かったかといって、娘が喜んでくれたこと、そしてコーヒーがうまくなったことが一番良かった。こんな些細な発見が楽しくなるのが禁煙ですね。
このようなやりとりによって、禁煙を継続することを楽しく感じられるようになる。CS(Customer Satisfaction)という言葉はよく耳にするが、ES(Employee Satisfaction:支援者の満足)がなくては、CSは成立しないと考えている。
「支援」と似ている言葉として、「指導」がある。指導者の指示に患者が従って行動し、結果責任は「指導者側」にある。対して「支援」は、禁煙者が自ら行動して、それを支援者が手伝う。結果責任は「禁煙者側」にあるので、成功すれば評価される。
また、禁煙中にはネガティブな「不満」が発生しやすいが、それを逆に「可能性」とポジティブにとらえさせ、それを「やるべきこと」であると認識できるようなサポートを行っている。「禁煙マラソン」のコミュニティは個人の参加者と企業単位での参加を取り込みながら日に日に成長をしている。
「禁煙マラソン」はメーリングリストのコミュニケーション主体のコミュニティであるが、最近ではWebで禁煙状況を記録したり、禁煙についての学習ができるコンテンツを提供し始めた。日に日に新しい場を構築して、心を育て、明るい未来を実現する活動を行っている。それが「楽しさ」とつながるのが「禁煙マラソン」である。
喫煙者の多くは「禁煙なんて考えていない。好きで吸っている。」と言うが、今の時代に禁煙を全く考えたことがない喫煙者は希である。なかなかできないことをしろといわれているので、腹が立ってこのようなことを言うのであって、楽しくて吸っているのは中高生くらいである。喫煙者は非喫煙者よりもタバコに関する知識が多いというデータもあり、心のどこかでは禁煙を考えているが、失敗をおそれて禁煙行動に移らない人がほとんどである。
禁煙マラソンは、先輩の姿(生き様、状況、思い)が生身の人間からメールの形で見えるプログラムである。ボランティアで運営するために、各人に無理がかからないように緻密に支援のシステムを構築しなくてはならない。その成果、上質なコミュニティであると評価されている。禁煙薬物療法による禁煙開始から120日目の禁煙持続率はかなり20%程度とかなり低くなるが、「禁煙マラソン」では70%以上とかなり高い成果が出ている。これは24時間親身にサポートしている成果であると考えられる。
「禁煙マラソン」を始めた当初の人は、「タバコをやめると思うと寂しくなって余計に吸ってしまっている。参加したことを後悔している。」といったことや、「母親とけんかしたときに優しく慰めてくれたのはタバコだった。やっぱりタバコが必要なんだなとしみじみ思う。」などと述べている。
「禁煙マラソン」に参加して、1年以上禁煙した人に「あなたはいつから禁煙する自信がありましたか?」と尋ねると、1年と答えている人が多い。禁煙直後は、気持ちが揺れ動くのは当然であって、決意と自信は禁煙が長く続いて身につくものである。そのような人の気持ちを前提に「禁煙マラソン」は運営されている。
では、そのような気持ちの人に対して「禁煙マラソン」は何をするのか。
決して肺ガンの人の肺の写真を見せられたりするのではなく、「その不安わかります。吸いたいという気持ちに負けたら惨めな気持ちになってしまうから、今日一日気をそらさないで禁煙してくださいね。ガンバレ、フレーフレー」といった内容のメールが届く。
このようなメールを受けた人は「同じ女性に、わかりますと言ってもらえて、自分だけではないと救われた気持ちになりありがたかったです。メールを読んで気持ちが前向きになりました。」と感想を述べている。その後も先輩達から、相手に起こる気持ちを予想して「自分が後悔したことなどの体験談」を交えた先の見通しが立てられる応援メッセージが届く。
喫煙してしまったときの罪悪感と、禁煙が成功して罪悪感から解放された喜びがつづられており、これから禁煙を始める人を継続的に強力に励ます。
「禁煙マラソン」が「禁煙を支援するプログラム」であることはここまで述べてきた。ここでは、禁煙に成功している人がこれから禁煙する人をサポートし、サポートされて禁煙できた人がサポートをする側に回るというサイクルができている。そういった意味では、「禁煙の支援」と同時に、「禁煙を支援する方法」の教育と言うこともできる。
弊社では大きく分けて2つの事業を行っている。一つは「食事指導支援事業」で、生活習慣病の患者や医療機関を対象に行っている。またスポーツクラブには予防志向の食事指導、2008年からは健保と提携して40歳以上の生活習慣病予備軍を対象とした指導を行おうとしている。これはリアルな施設や企業と行っていることである。
一方、「健康のナビゲーションメディア事業」も行っている。「生活改善レシピ」というフリーペーパーを医院やクリニックに置いてもらい、患者さんに旬のものを使ったおいしい健康レシピを提案している。これをWebに持ってきたものが生活改善SNS「かわるナビ」である。
かかりつけ医をねらう診療所は年々増加傾向にある。彼らはホームドクターを目指しており、生活改善を志向する我々と意向が一致している。また、生活習慣病患者は通院者と予備軍を併せて5,000万人以上存在する。メタボリックシンドロームの患者も2,000万人いると言われている。診療所や保険会社と連携して生活習慣病予防のレシピを提案する、また健康食品や機器メーカーのマーケティング支援を行っていくことが我々の事業である。
我々の強みとして、管理栄養士を組織していることがある。彼らは「カロリーママ」と呼ばれている。無理な生活改善ではなく、食べることを楽しむことを「カロリーママ」がナビゲートするのが「かわるナビ」である。生活改善を考えている人、健康志向の人、生活習慣病予備軍、生活習慣病患者をターゲットとしている。
生活改善は楽しくないと続けられない。生活改善には以下の3つの切り口がある。
私たちは、この3者に対応するツールの提供を目指している。
「自分で頑張るためのコンテンツ」として、自分で食べた食事を入力するとカロリーの研鑽ができる食事日記、それから生活改善レシピのデータベース、レシピを入力すると献立を提案してくれるシステムが挙げられる。
「みんなで頑張る仕組み」としてSNS、「専門家と頑張る仕組み」としてQ&A機能、書いた日記を添削してもらえる機能を搭載している。来年の初頭には携帯電話向けのサービスを予定している。ビジネスとしては、自分とみんなで変わる部分はフリーなサービスとして、専門家のアドバイスが得られるサービスを有料にしていきたいと考えている。
生活改善レシピを提案するシステムでは、材料や和洋中で探すといった基本機能のほかに、「体の状態」から検索する機能がある。「体調が悪い」とか「ストレスがたまっている」とか「スタミナをつけたい」といったことから検索することが可能である。また、血糖値、中性脂肪、コレステロールといったことから検索もできる。
今後の計画として、実際に作ったものをコミュニティで公開したり、友人に見せたり、専門家に見せる機能を搭載したいと考えている。
My 献立作成の機能では、メインディッシュに合ったサイドメニューが提案され、それを元に献立を作成する機能である。
ここでは日記を継続的につけてもらうための工夫をしている。食べたものを入力するためにメニューの検索をするが、あいまい検索が可能になっていて、キーワードを入れればたいていのメニューとそのカロリーが表示される。また、食べたものを入力するだけでなく、どういう気持ちでそれを食べたか、を記述するための機能が用意されている。これは非常に重要な機能である。
運動日記では、ランニングといった本格的な運動だけでなく、買い物など日常生活での消費カロリーも計算できる。また、デスクワークの人にも楽しんでもらえるように、会議でも、普通の会議の消費カロリーとプレゼンテーションがある会議の消費カロリーを分けるなどしている。
これらを入力すると、摂取したカロリーと、基礎代謝も含めた消費したカロリーの対照表が家計簿のように表示される。摂取と消費が差し引きゼロなら理想的な生活であるといえる。カロリーだけでなく、必要な栄養や、余剰なカロリーを消費するにはどのような運動が必要かを提案してくれる。
これまで紹介した「自分で頑張るためのコンテンツ」を共有できるようSNSにドッキングするために「My Page機能」がある。ここでは、基本的なSNSの機能の他に、自分で体重などの目標を決めて変化を記録する機能がある。
自分の支援者となる栄養士「カロリーママ」は選ぶことができるのが特徴である。カロリーママにもダイエットが得意な栄養士、サプリメントが得意な栄養士、レシピが得意な栄養士などの特性から、自分に最適なカロリーママを選択できる。カロリーママはメッセージや食事日記、プロフィールに目を通して、食事を提案する。肉料理が好きでカロリーを取りすぎている人に対して、無理に肉料理をやめろと言うのではなく、肉料理でもカロリーが低いものを提案し、無理なく食事改善ができるようなアドバイスをする。
今後以下のような機能の実装を検討している。
これまで生活改善SNSを運営してきた結果、以下の3点がわかってきた。
「Health 2.0」は、欧米で実際に使われ始めている言葉である。病気を治すことから察知して事前に対策を講じるというコンセプトである。そのためには、「日常の健康状態を数値化して管理すること」が必要である。それは健康状態を数値するセンサー技術、ウェアラブルコンピューティング、無意識のうちにつながるネットワークシステムの進化により実現される。しかしながらSNSを運営して感じたことは、テクノロジーだけでなく人と融合した取り組みが必要であるということである。
「iPod」が2001年に発売されてから、現在第5世代のモデルになるが、全世界で累計6,000万台販売されている。また、現在22カ国で展開されている「iTunes Store」では15億曲がダウンロードされている。「iPod」では音楽の他に、映画、テレビ番組、ゲームを再生することができ、それらも「iTunes Store」で販売されている。
また、「iPod」を楽しむ環境も多様化しており、例えばリビングルームでドックに乗せるだけで音楽を再生できるスピーカーや、FMトランスミッターや純正インタフェースを用いて車の中で使うこともできる。このような「iPod」を取り巻く環境を我々は「iPod economy」と呼んでいる。そして、Web 2.0と「iPod economy」を組み合わせた製品が、今回のトピックである健康に関わる「Nike + iPod」という製品である。
「iPod nano」のユーザーの50%以上がエクササイズをする際に音楽を聴いている。またジョギングをする人の40%以上が音楽無しではジョギングができないと答えている。つまり音楽とスポーツはとても親和性が高い。音楽の世界を代表して「iPod」、スポーツの世界を代表して「Nike」、この両者が組み合わされて「Nike + iPod」という製品ができた。
「Nike + iPod」は「Nike」の靴の中に入っているセンサーから電波で「iPod nano」に速度の情報が転送される。単なる万歩計とは違って、「iPod nano」では速度や距離が表示される。イヤホンからは現在の走行情報や設定した目標への達成度のアナウンスが流れる。また、苦しいときにボタンをおすと、自分が聴いていて元気が出る音楽「Power Song」が流れてペースアップを促す。
走行情報は「Nike +」というWebサイトに登録すれば、自分が走った履歴を蓄積することができる。また、友人や世界中の人と距離を競ったりすることもできる。
まず必要なのは音楽を聴くための「iPod nano」である。そして専用の靴である「Nike + Shoes」、これらを接続するための「Nike + iPod Sports Kit」が必要である。この中には靴に入れるセンサーと、「iPod nano」に接続するレシーバが同梱される。
レシーバを接続すると「iPod nano」のメニューの中に「Nike + iPod」のメニューが表示されるようになる。そこから距離、または減量したい体重目標を設定してランニングを開始するのが基本的な使い方である。他にも「Power Song」の選択、ガイダンス音の男女および無しの切り替え、キロ・マイル表示の切り替え、センサーの調整が可能である。
PCとの接続には音楽と同じく「iTunes」を用いる。接続すると「Nike + iPod」用のメニューが追加され、そこでPCに情報の転送ができる。また「Nike +」のWebサイトへの情報のアップロードが可能である。Webサイトでは日間・週間・月間での走行距離やペースのグラフを見ることができる。また距離や回数、消費カロリーで目標の設定が可能である。ここまでが自分の情報管理であるが、コミュニティでは友人や世界中の人との比較が可能である。また、走行距離などで大きな目標を達成した人をランキング表示することができる。中にはプロのランナーも登録されており、比較が可能である。
高橋:私自身の経験では、禁煙を継続するためにそのようなメッセージは役に立つが、これから禁煙をしようとしている人、禁煙が続かない人たちには役に立たないどころか、かえってストレスになり喫煙に結びつく可能性がある。
山内:罰を与えると言うことは行動を形成しないという知見は様々なところで出ている。行動の抑制には役に立つが、形成には役に立たない。
高橋:サポートをする人たちは一定のレベルに達するために医者以上の禁煙支援のためのトレーニングを受けている。また、送るメッセージは、過去に自分が受けて感銘を受けたメッセージが元になっていることが多い。万が一ネガティブなメールが送信された場合、さらに先輩達がすぐにフォローに回るようになっている。
渡辺:一人一人の個人の目標達成のために、SNSは同じ目標の人を探してつないでいくという役割を果たしている。
渡辺:そこはシステムで工夫をしていて、「カロリー家計簿」のデータを元にアドバイスの文例を引き出せるデータベースを作っている。文例そのままでは温かみがないのでそれをカスタマイズする形でおこなっている。それによって通常2〜3時間かかる作業を40分に短縮している。また、サポートのための教育プログラムも行っている。
小畠:他にも携帯電話や万歩計など色々な形が考えられるが、健康志向において、多くのシーンで登場するのは靴である。靴にすることによって、よりユーザーに密着することができると考えた。
小畠:アップルが他社とコラボレーションをするのは希である。それはアップルが世界最高のパーソナルコンピュータを作るという強力なポリシを持っており、コラボレーションする企業にも同等のポリシを求めるためである。Nikeはスポーツの分野で最高レベルであり、ファッション性も重視しているという共通項がある。
渡辺:「かわるナビ」はまだサービス提供開始後2ヶ月なので何とも言えないが、どれくらい日記を書くか、どれくらいコミュニティに参加するかを観察しているところである。その結果に基づいて、リマインドさせる仕組みを備えたいと考えている。適切なリマインドのタイミングについては現在検討している。
三浦:ドロップアウトには、「禁煙から」と「コミュニティから」の2つの意味がある。まず禁煙については、長い期間で見れば最初の数ヶ月の間に吸ってしまった、ということはあまり問題視していない。長い期間であっても、最終的に禁煙できればよい。コミュニティについてはメールを送信しなくても、他者同士のやりとりを見てモチベートされている参加者もいると思うので、完全なドロップアウトとは言えない。コミュニティから退会する人はやはり、ネットでのコミュニケーションが苦手な人だったり、インフラの問題が多いと考えられる。
三浦:禁煙の支援をされる側がする側に回っていくサイクルは、会社での上下関係や師弟関係に似たような所があり、自分がサポートした人がうまく禁煙できたことに充実感を感じることができる。それがモチベーションになっていると考える。
高橋:禁煙に成功した人はその成功談を人に話をしたいものだが、現実社会ではそれはあまり自慢話にはならない。しかし、「禁煙マラソン」では成功談として評価されることがモチベーションになっている。
渡辺:「かわるナビ」でのボランティアはコミュニティの管理者と管理栄養士が存在する。管理栄養士は在宅でサポートを行っている。管理栄養士は日本に約10万人存在するが、その資格を生かした仕事をしている人は3万人から4万人と言われている。残りは家庭にいることが多い。そのような人たちは資格を生かして何かをしたいと考えていることが多く、それをモチベーションとしている。一般ユーザーであるコミュニティの管理者については、まず管理者になる人は何らかの情報を発信したいという欲求を持っている。そこで重要なのはそれをサポートする仕組みをSNSが持っていることである。コミュニティ運営に関わるコツや知識を提供する必要がある。
小畠:「iPod」が爆発的に売れたのは丁度1年くらい前になるが、その半分は「iPod nano」である。つまり、日本で売れた数百万台の「iPod」のうちの半分は「Nike + iPod」を購入するポテンシャルを持っていると言える。アップルは「iPod」を様々に応用してもらいたいと考えていて、その成果としてできつつあるのが先程説明した「iPod economy」のビジネスモデルである。物を売るだけではなく、それを用いたコミュニティの提供を同時にすることによって、「iPod economy」の形成の促進をねらっている。
渡辺:「かわるナビ」は広告によって収益を得ている。ユーザーが入力した情報を元に、健康食品や機器、スポーツクラブや診療所の広告をマッチングさせて提示する。また広告を提示するだけではなく正しい使い方を説明することが重要である。
三浦:「禁煙マラソン」は受益者負担のB to Cモデルが基本であるが、今後はB to B to Cを展開したいと考えている。企業や自治体単位で禁煙を促進する動きがあり、そのような団体を支援するビジネスである。
山内:今日のお話を伺って、登壇者の皆さんが共通して持っている認識として、「人は変わる力を持っている」ということがあります。 教育の世界ではこのような認識が失われている面もあります。また、コミュニティに参加することによって、アイデンティティが変容し行動が変容することをねらっていることも共通しています。ただし、仕組みは違います。アップルは可視化が上手で、綺麗な物を見せてコミュニティへの参加を促し、逆に「禁煙マラソン」はよりコミュニティ寄りで、「かわるナビ」はその丁度中間にあると思われます。コミュニティ寄りが強い場合、普通の参加者が教える側に回るところをサポートする事が重要で、プロを使うとビジネスモデルとして破綻してしまいますが、ユーザーの力をうまく使っているのが「禁煙マラソン」のポイントだと考えます。一方緩やかなコミュニティを指向する「Nike+」では、高度な可視化技術によって、単純なことでも綺麗な物で引き込むことで、より行動を促す環境作りの工夫があります。こういったコミュニティでは例えばそこにプロを登場させ、よりユーザーを定着させるという方法でコミュニティを継続させることができると考えています。
今回のテーマは「健康とICT」でしたが、「健康になる」ためには「行動の変容」を伴い、それにはまず「人が持っているポテンシャルをうまく引き出すこと」が重要であると感じました。また、それをサポートする環境には、機械的な支援だけではなく、コミュニティとして人間からサポートが受けられることが重要であり、同じ目標を持っている人たちと励まし合ったり比較したりすることによって得られるものは、行動変容の大きなモチベーションになることがわかりました。
今回は、健康そのものに注力するだけでなく、「コミュニティに参加する」という活動を続けさせること、つまり持続的なコミュニティ運営のアイデアを多く得られたことが大きな収穫だったと思います。