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020:2005年度 第12回 2006年3月25日開催

BEAT 特別セミナー 研究成果報告会
基調講演
「子ども・家庭・学校でのメディア教育を考える」

0. 趣旨説明

本年度のBEATでは、特にニッポンの親子を元気にする「学習テクノロジー」、「教育のあり方」を中心に研究を行ってきました。今回は、それらの研究成果をみなさんによくご理解いただくために、研究成果報告会を開催いたしました。

家庭教育メルマガ最高の読者数を誇る「親力で決まる子供の将来」を主催し、『「親力」で決まる!』『「プロ親」になる!』などの著書を上梓なさっている親野智可等さんをお招きし、BEAT客員助教授・堀田龍也氏との対談を組みました。

親野智可等さん http://www.oyaryoku.jp/

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「親子」に早くから着目し、子どもの学ぶ力を豊かに育てるための保護者とのコミュニケーションの大切さを伝え続けている親野さんと、子どもが新しいメディアとの安全な付き合い方を学び、健全な人間関係を自ら作っていくための力を育てる研究を進めている堀田客員助教授が、新しいメディアが拡げる親子のコミュニケーションの可能性について熱く語りました。

1.「親力」についての考え方

基調講演「子ども・家庭・学校でのメディア教育を考える」 堀田最近は、新聞や雑誌などでも親の存在について注目しています。これらのメディアでは受験に合格することに主眼をおいているように見えますが、内容を読んでみると、親のあり方について書かれているものが多いですね。

親野これらの記事には賛同するところがあります。

堀田勉強をどうやるかといったテクニック以前に、それに取り組むための精神構造が必要である。その精神構造を育むのはまさに親であるといえますね。

親野私はたまに、「当たり前力」という言葉を使いますが、当たり前のことをできる力をつけるのは家庭、はっきり言うと親と言えますね。

堀田今は格差社会などといわれています。以前から学力に差はあったのですが、近年は格差といっても下の方が重くなってきていると言われています。この現象には親力はどのように関わっていると考えられますか?

親野たいていの親御さんは真剣に取り組んでいらっしゃいますが、主に経済的な理由があって、家計を稼ぐために子どもの面倒を見られないといったことがあります。しかし、家計は安定していても、しつけなどの面で親が全く機能していない家庭があるのも事実です。

堀田上とか下という言い方はあまり良くないのかもしれませんが、今日は便宜上使います。今問題となっているのは上を伸ばすことについてですか、それとも下を底上げすることについてですか?

親野学習がうまくいかない子どもを、社会がどのように底上げしていくかが課題だと考えます。どのような家庭でも子どもがいるわけで、そのような子どもたちが将来どうなるのかが気がかりです。

堀田私も小学校の教員の経験があります。毎年30人ほどの生徒を見ていると親の愛情のかけ方に差があるのを実感していました。しかし、親がたくさん愛情を注いだからといって、それがうまく機能するとは限らない例も見られた気がします。

親野そうですね。親が愛情をかけたからといってもベクトルが違う場合があります。

2. 家庭・学校の現実

堀田学校での学力と家庭での愛情は、大変関係が深いわけです。そこで、次は家庭・学校の現実についてお話しいただきたいと思います。今の家庭では差が広がっていて、特に下の方が問題になっていて、底上げが必要であるということですが、昔から今までで何が変わったのでしょうか?

親野私も色々考えてきたのですが、40年くらい前から大きく変わったと考えます。人類が誕生した時と、今から40年前の間には、家庭には一つの大きな目的がありました。たとえば農家なら農業が中心的な役割を果たし、農家で育つ中で子どもは後継者として親から必然的に様々なことを学びます。そのようななかで、子どもは親を敬っていました。武士や商人でも一緒で、世襲制の中で親は子どもの良いモデルでした。40年前から、親は会社に行き子供は学校に行くということが始まり、親子生活はせいぜい食べて寝る、一緒にテレビを見るといった消費生活中心になりました。

堀田40年前に大きなターニングポイントがあったことは理解しました。しかし、私は丁度40年ほど前に小学生でしたが、昨今の状況はそのころともまた違うように感じます。一体何があったのでしょうか?

親野それは、テクノロジーの変化の影響が大きいと思います。新しいテクノロジーの変化に親は対応しきれないのに、子どもはどんどん対応している。そこで、敬意が逆転してしまっているところがあります。そのような状況で、親が子どもにどう言ったらよいかわからなくなってきています。

堀田龍也 堀田今は、少し前では倒産するなんて考えられなかったような会社がつぶれたり、少し前の常識が通用しないことが多いです。テクノロジーに関しても一緒で、少し前のモデルが通用しないことが多いですね。そのような状況全体が子供に見えればまだ良いのですが、子どもには親の背中が見えにくくなっているように感じます。私は研究者ですが、子どもから見ればコンピュータを使った仕事をしているお父さんに見えていると思います。しかし、出版社に努めている人の子供から見ても、父親はコンピュータを使った仕事をしているお父さんにしか見えてないのです。八百屋さんやパイロットといったわかりやすい職業のお父さんは少数派で、多くのお父さんの職業は複雑化して不鮮明になっています。

親野智可等 親野多くのお父さんは自分の仕事を子供に説明しにくくなっていると思います。私はNHKの「プロジェクトX」という番組が好きなのですが、たまに80日間研究室にこもって何かの開発をしていた、といった話が出てきて凄いな、と思ったりします。しかし、その一方でその子どもはどうなっていたのだろうかという疑問もわいてきます。お父さんががんばっている姿がその子どもに伝わっていれば、とても良い教育なのですが、そうでなかったら成果が出たとしても家庭がボロボロだったという可能性もあります。

堀田父親の姿が見えにくくなったこともあるのですが、最近では男女同権の流れに伴い、共働きの家庭が増えています。この影響も大きいと考えられます。親自身が教育を受けてきたときと、教育をしなくてはならない今とでは、状況が全く違うためにモデルが存在せず、ふらついてしまう。そこが露呈することによる子どもへの影響が考えられますね。

親野昔は親と同じことをしていれば良かったのですが、今はそうもいきませんね。

堀田次は学校についてお話を頂きたいのですが、今と昔では学校の状況は変わってきましたか?

親野学校の変化で一番私自身が感じるのは、学校に求めることが増えてきていることです。家庭ではできないこと以外は全部学校で、ということになってしまっています。しかし、学校にも限界があります。人員的な問題、時間的な問題がある上に、先ほどお話ししたように家庭環境も変わって、先生も対応しきれない状態になっています。今は1人の先生に対して生徒が最大40人です。今までは学校は教育の場といったように、このごろずっと分業制できましたが、親の力の重要性が見直されつつあります。もっともっと家庭の教育力を高める必要性があります。40年前以前の教育の良いところを取り入れる必要もあると考えます。

基調講演「子ども・家庭・学校でのメディア教育を考える」 堀田これは有り体に言うと、学校の教育力が落ちてきていると言われたりもします。マスコミでは先生の質の低下を訴えたりもします。戦時中は1クラス70人でも問題なく教育が行われてきたのに、今は30人でも手に負えていない、という論調は、職業が過去と比べて専門化・細分化された、さらに仕事が深化・横断化されて多忙化した今にあてはめるのは筋違いですよね。戦時中はしつけなどは家庭で行われ、学校に求められているものが画一的で明確でしたが、今は多様です。学校に求められていても、本来は家庭ですべき教育というのはどのようなものだと考えられますか?

親野基本的生活習慣が考えられます。たとえば歯磨きといったものです。私は学校で給食の後に歯磨きをさせて、歯磨き後に一人ずつチェックしています。歯垢が赤が染まるテスターを使わせると、ちゃんと磨けていない子供が多い。これは、給食後の歯磨きだけがちゃんとできていないのではなく、朝食後、寝る前の歯磨きもしていないと考えられます。私は給食後にしつこくさせた結果、寝る前や朝も磨かないと気持ちが悪い、といった子どもが増えてきました。このようなことは学校でやるべきことではないと思うのですが、それもできていないのです。

堀田教員以外の人には歯磨きのようなことは本来、家庭で教育すべきことなので家庭でやってください、と親に言えばよいのではないか、と思われるかもしれませんね。

親野できる家庭は良いのですが、それでできない子をどうするか、ということに最高のエネルギーをかけています。歯磨きだけでなく算数でも何でもそうです。

堀田教育行政に関わる人たちは、高度な教育を受けてきたために、そのような現実が見えていないまま教育に関する様々なことを決定している可能性はありますね。そこは学校の現場がもっと伝えていくべきことだと思います。親が学校に責任転嫁することも突っぱねていく強さが必要だと思います。

親野智可等 親野私もそれについてよく考えます。しかし、これは家庭でしょ、と言っても通じない家庭があるのです。典型的な例が週休二日制を導入したときに、学校は宿題を減らすことにしました。しかし、多くの子どもはこの二日間に何もしないのです。結局、親がやらないなら教師がやる必要があると考え、今は宿題を出す方向に戻ってきています。

堀田結局、親がやらないことを教師がしなくてはならない、ということで教師が多忙化するしわ寄せが子どもに来ることになるんですね。これも価値が多様化してきたために、サービスをまかなう大変さが増長されているといえますね。

親野その通りですね。

3. メディア社会と子どもたち

堀田龍也 堀田このように家庭が変わっている中、さらにメディアが変化しているんですよね。親野先生はたとえば、携帯電話などがもたらす親子関係の変化についてどのようにお考えでしょうか。

親野メディアといっても色々な種類がありますよね。テレビと漫画は戦後に出てきて多大なる影響を与えてきました。これらは遊びや家庭でのコミュニケーションの時間を奪ってきました。テレビを親子で見て、それについて語る時間は本当のコミュニケーションにはならないと思います。後に何も残らないのです。子どもが学校の、親が職場の話をする機会がないのです。その点、携帯電話やパソコンには期待をするところもあります。

堀田一方的なメディアであるテレビや漫画とは違って、コミュニケーションのメディアである携帯電話やパソコンには新たな可能性があると言うことですね。

親野そうですね。戦後出てきたメディアの多くは一方的でしたが、携帯電話やパソコンはそれらとは質が違います。これらを有効に用いて、家庭内のコミュニケーションを深める研究は重要です。

堀田携帯電話やパソコンでのコミュニケーションは、一見するとメディアに向かっているようにも見えるが実際には人に向かっているのです。よって、それを実感するには基礎的な人対人のコミュニケーション能力があることが前提になります。そうなると、親力によって家庭でやる必要がある教育が、メディア社会でも必要になると考えられます。メディアの陰の部分はたくさんあるのですが、もちろん光の部分もあります。親野先生のメールマガジンはどれくらいのペースで発行されているんですか?

基調講演「子ども・家庭・学校でのメディア教育を考える」 親野週に1回です。

堀田読者数は?

親野3万人強です。

堀田相当な数ですね。もしメールマガジンというメディアがなかったら先生のお考えも多くの人には伝わらなかったですね。

親野たしかに、一介の小学校の教師がこのような場にいることは不可能だったかもしれません。メールマガジンに書くような話は懇談会や学級通信でもできる話です。しかし、そこに参加してくれる親御さんは全体の半分程度で、しかもしっかり教育をしている人ばかりが出席してくれます。本当に聞いて欲しい人には聞いてもらえないのです。しかし、メールマガジンは効果的に、しかも無料で、教室内外問わず多くの人に考えを伝えられるメディアであると感心しています。

堀田コミュニケーションのメディアは、これまでの良い家庭環境のつながりの復活以上に、新しい教育のつながりをつなぐツールになると言えますね。世の中は既にメディア社会になっていて親も子どももその渦中にいます。今回はそのメディアを使ってどのような親子のつながりを実現できるかの意見交換が主な目的でした。親と子の関係が疎遠になったところに、コミュニケーションのメディアが現れて、それらは親と子の関係に新たなものを実現できるチャンスなのかなと考えています。

親野メディアを活用した例として一つすぐに思い浮かぶものがあります。小学校3年生の児童が、年齢制限上、児童クラブに入れないので仕方なく誰もいない家に帰宅するのですが、そこには携帯電話が置いてあるのです。そしてお母さんは子供が帰宅する30分前にメールを一通送ります。今日はお母さんは何をしたか、○○ちゃんは今日はどうだった?といった内容を送るのです。家を出る間際ではなく、ほんの30分前に送られたものだという実感が大切なんです。もっと発展したものを考えますと、たとえば、職場でがんばっているお父さんの姿を携帯電話で見られるようにするといったことが考えられます。また、家庭の共同の目的が無くなってきていると先ほど述べましたが、たとえば、我が家はスローライフを実践する家庭にする、キャンプを楽しむ家庭である、音楽をたしなむ家庭であるということを宣言して、そのライフスタイルをWEBサイトやブログで発信するといったことは、メディアを使いながら家族が一つの共同体になる方法の一つであると考えられます。

基調講演「子ども・家庭・学校でのメディア教育を考える」 堀田今のような話は、家族内だけでなく、家族同士もつながっていくというような、昔で言う地域のつながりのようなものも実現できるかもしれませんね。今回は親野先生にメディアの活用を中心にとてもためになるお話をお伺いできました。今日は本当にありがとうございました。

親野ありがとうございました。

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